(2)
岸野くんと同じクラスに、小林くんという小学校から付き合いが続いてる仲のいい男の子がいるんだそうだ。その小林くんのお姉さんが、突然失踪した。
小林君のお姉さんは、二つ年上の高校一年生。反抗期真っ盛りで、堅物のお父さんとまるっきり反りが合わず、度々大衝突していたらしい。んで、一か月ほど前にど派手な親子喧嘩の挙げ句に家を飛び出した。失踪っていうよりゃ、家出だね。そのお姉さんというのは結構難しい性格だったようで、中学時代も高校に入ってからも仲のいい友達が出来なかった。家を飛び出したところで、転がり込める友達すらいなかったというわけだ。だから、親もすぐ戻ってくるだろうと悠長に構えていた。
ところがどっこいしょ。翌日になっても、三日経っても、一週間経っても、戻ってこないどころか連絡すら取れない。お姉さんの持っていた携帯へ何度電話しても、電源が切られているのか繋がらない。親族や数少ない友達のところに消息を訪ねたが、全く足取りが分からない。慌てて両親が警察に家出人捜索願いを出して、同時に興信所にも捜索を別途頼んだと。
俺は、それを聞いてあほかと思う。家出は初動が全てなんだ。一週間ものんびりぶったらかしておくバカがどこにいる。時間が経てば経つほど事件性が高くなるんだよ。親の対処があまりに甘過ぎだ。まあ、いい。俺のところよりもっとでかい興信所が動いてるんだし、そもそも岸野くんは当事者ですらない。それが、なんで?
でも、岸野くんの説明は理にかなっていた。つまり、小林くんからお姉さんの家出のことを相談された岸野くんは、自分のお父さんを紹介したわけだ。お父さんが、大手の興信所の調査員をやってるってことだったんだね。
自分がそのお父さんの立場なら、やだなあと思うね。依頼人と特別なつながりがないってのが、一番ビジネスライクにやりやすいんだ。知り合いの依頼ってのは、本当は受けたくない。見つけても見つからなくても余計なプレッシャーがかかるからね。でも岸野くんのお父さんは、息子の切羽詰まった頼みを断れなかったんだろう。自分の勤めている会社への依頼を仲介した。
お父さんが勤めているところは、沖竹とは違ったカラーを持つJDA(ジョンソン・ディテクティブ・エージェンシー)というところで、俺はそこの調査姿勢をとても高く評価している。所長はフレディ。フレデリック・ジョンソンという中年の米国人だが、軍務歴がある非常にごっつい男だ。でも、その調査は基本に忠実でとても緻密。強引さはなく、その代わり時間をかけてみっちり調査する。
その報告の丁寧さも半端ではなく、枕にしたら首が痛くなるだろうってくらいの分厚い報告書をクライアントに渡す。料金設定は沖竹のようにべらぼうに高くはないけど、調査に時間を要する分、それなりにはかかる。で。小林くんのご両親は、岸野くんのお父さんを通じてJDAにお姉さんの捜索を頼んだってわけだ。あそこの解決率は高い。たぶん、そんなにかからないうちに娘さんの足取りを掴んだんじゃないかと、俺は踏んだ。
だが。JDAから小林くんのご両親に、いつまでたっても発見したの一報が入らない。まだ見つからないの一点張り。そして岸野くんのお父さんが、岸野くんの度重なる催促を完全にスルーするようになってしまった。調査業は、たとえそれが身内や知り合いであったとしても知り得た情報は漏らせないんだと。そう、何度も念を押されたそうな。
焦る小林くんの家族の姿を見て、岸野くんはお父さんに不信感を持った。もう、お父さんはあてに出来ない。岸野くんは、セカンドオピニオンを探るという手段に出た。それが、俺のところだったと。そう言うわけだ。
◇ ◇ ◇
「なるほどね」
俺には、何が起きているのかは手に取るように見えた。そう、家出人の捜索自体は、JDAがすでに完遂しているだろう。俺がこの前探した猫と同じ。いくらJDAが慎重だと言っても、そこは商売だ。大都会ってわけじゃないこの街の娘さんの足取りを掴むのに一週間もかかっていないはずだ。じゃあ、なぜJDAがそれをさっさと小林くんの家族に報告しないのか。
決まってる。その娘さんが『帰れない』からだ。
もしそれが死体であったならば、JDAはそれを冷徹に家族に報告するだろう。フレディは元軍人らしく、そういうところは一切私情を挟まない。だが、そうでなければ……。そしてそれは娘さんの事情と言うよりは、JDAの方の事情だろう。フレディは今それに苦慮しているんだと思う。
「あの。引き受けてもらえます……か?」
「だーめ」
即、ダメを出す。岸野くんが、がっくり肩を落とした。
「つかね、岸野くんの貯金やお小遣いがいくらあるか知らないけど、そこの窓ガラスの修理だけでも結構吹っ飛ぶよ。私も商売でこういう仕事をしてるから、ただ働きは絶対に出来ないし、しない。それはこういう仕事をしてる者としての、プライドの問題なの」
「あ、あの。どのくらい……かかるんですか?」
料金を説明する。基本料と日当、捜索にかかる交通費等の実費。JDAよりずっと安いと言っても、おそらく十万は軽く出てしまうだろう。岸野くんは、すっかり落ち込んでしまった。貯金してあるお年玉とかでどうにかなる額じゃない。調査が終わるまで、必要額が確定しないしね。
状況は、この前のおばさんの依頼の時とちょっと似ている。あの時は沖竹、今度はJDAが、がっつり仕事をしている。俺は、すでに前の業者が依頼を完遂してるっていう材料を持ってるんだ。その上でどうするかを考えればいい。
ただ今度が前回と違うのは、俺には一銭にもならないってことだ。この子の窮状はよく分かるが、だからといって絶対にただ働きはしない。それは俺にダメージがあるからってだけでなくて、この子のためにもよくないからだ。
岸野くんのお父さんは、調査員としてちゃんと給料に見合った仕事をしているんだろう。もし岸野くんがその仕事ぶりを疑っているのなら、俺が動く前にその誤解を解かないとならないんだ。そうしないと、この子は明るいところしか見ない。探偵のかっこよさ。なんでも解決してくれるっていう幻想。華やかな部分だけを何の根拠もなく膨らませ、それに穴が開いて萎むと今度は幻滅して全否定する。そういう子供っぽさを今のうちに矯正しておかないと、今後起きうる事態に心が付いていかないだろう。そうだな……。
「じゃあ、こうしようか」
俺が何か提案したことで、岸野くんは必死の形相で身を乗り出した。
「はいっ!」
「今日は、もうこのあと用事はないんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、これから夕方の六時くらいまで、私の仕事ぶりを見てもらうことにしよう。私は貧乏なんで、バイト代は出せないよ。まあ、体験学習だね。私を手伝ってくれた分だけ、調査を引き受けることにしようか」
「あの、あのあの、僕がそんなの出来るんですか?」
「たぶん、やろうと思えば君だけでなくて誰でも出来るよ」
「ええー?」
信じられないって顔で、男の子が眉をひそめた。ちょうどそこにガラス屋が来たので、ガラスを入れ替えてもらって事務所を出る。
「じゃあ、早速行動開始だ」
「はいっ!」
「おっと、その前に。お母さんに夕方六時くらいまで外出するって連絡しておいて。その娘さんみたいに家出だと思われたら、私がとばっちりを食うからね。友だちと遊ぶとでも言っといて」
「はい!」
男の子はジャケットのポケットから携帯を出して、メールを流してる。スマホかあ。今時の子は、中学生でもこういうのを買ってもらえちゃうんだよなあ。俺は時代もんのガラ携なのに、なんだかなあ。
「連絡しました!」
「よし。それじゃ私に付いてきて」
男の子はやる気をむき出しにして、真剣な表情で俺のすぐ後ろを歩き出した。さて。今日の特売は盛りだくさんだ。スーパーを四つはしごせないかん。いつもより手が多いから、一気に行くか。
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