(8)
案の定、辛気臭いのは俺の挨拶だけ。あとは終始和やかな雰囲気の中で祝賀会が進んだ。
記念品や花束の贈呈があり、ケーキカットとブーケトスがあり、ざっくばらんな祝辞や即席余興の披露があり、最後に二人からシンプルなお礼と誓いの言葉があって、全員による万歳三唱で滞りなく祝賀会がおひらきになった。それですんなり終わり? そんなわけはない。ジョーク大好き米国人のフレディは、二人にとんでもないサプライズプレゼントを用意していた。
新婚さん用にこってこてにデコられたショッキングピンクのリンカーンコンチネンタルが、JDAの正門で新郎新婦が出てくるのをうやうやしく待ち構えていたんだ。嫌だあこんな
まあ、いいじゃないか。いろいろ辛いことがあっても、それを全部笑い飛ばせるくらいのイベントがあればなんとかしのげるもんだよ。フレディの悪ふざけも、生涯記憶に残る楽しい思い出にしてほしい。
祝賀会の参加者は解散後直帰する人もいれば、二次会に流れていく人もいる。俺は楽しげに三々五々会場を離れる人々の背を見送りながら、JDAの職員さんと一緒に会場の撤収作業に精を出していた。そこに、のしのしとフレディ登場。表情が硬い。
「みさちゃん、お疲れさん」
「ああ、フレディ。会場貸してくれてありがとな」
「いや、かまわないよ」
「盛り上がってよかった。夏ちゃんたちも嬉しそうだったし」
「そうだな。ああ、それより」
腕を取られ、ずるずる引きずられるようにして所長室に連れ込まれた。開口一番ずばっと詰問される。
「あの挨拶。本当か?」
「本当だよ。作り話をしたってしょうがない」
「……」
応接のソファーに身体を投げ出し、何度も深い溜息をつく。ふううっ。
「依頼者はまっすぐ俺の事務所に来たんじゃなく、船井さんの事務所を経由してきたんだ」
「む」
「船井さんのところでは人探しを請けていない。断る理由があってラッキーだと思っただろうな」
フレディが嫌悪感を剥き出しにした。それが普通の反応だよな。
「ひどいな。たらい回しか」
「外観だけを見れば、ね」
「……」
「俺もかちんときたから、船井さんとこに直接電話して意図を確かめたんだ」
「ああ、なるほど」
フレディの口からも大きな吐息が漏れた。そう、背景を知ると印象が激変するんだよ。それもまた、俺が挨拶で口にした『一つではない真実』なんだ。
「本当ならうちではできないと断るだけで済んだ。でも、みさちゃんを紹介したってことだな」
「まあね。三日以内で人探ししろなんていうのは普通は訳ありだ。俺だって絶対にお断りだよ」
「三日!」
「それも最長で、だよ。自分でも、もう死期が近いことを悟っていたんだろ」
「……」
思い返すたびに口の中が苦くなる。どうにもやりきれない。
「もし俺が依頼者の息子を知らなかったら、やっぱり断らざるを得なかった。でも、幸か不幸か知ってたからね」
「あとは……選択肢……か」
「そう。フレディならどう言う?」
ごっつい腕をみしみし音がするくらい固く組んだフレディが、そのまま黙り込んでしまった。
「宿題だよ。俺にとっては、生涯考え続けなければならないどうしようもなく重い宿題」
事実だけを放れば、逆城さんは後悔しかあの世に持っていけない。まだ報告できないというペンディングも結果としては同じだ。息子に会えないという点では何も変わらないからな。すでに死んでいるという答えは、諦めとあの世で会えるという期待につながる……そう判断したから真実を嘘にすり替えた。
しかし、それが逆城さんにとって本当によかったのかどうか俺にはわからない。逆城さんの真情次第では、かえって残酷だったかもしれないんだ。
「答えなんか出ないよ。死ぬまで考えるしかない」
「ああ」
「ただな、宿題はそれだけじゃないんだ」
「まだあるのか」
「ある」
逆城さんの手を握って最期を看取ったことは、俺に真実云々とは別の重い宿題を残した。
泥棒犬の時。側溝で亡くなっていた女の子は、すでに死骸という物体と化していた。精神に大きなひびが入るほどショックだったが、立ち直れたのは時間を逆回しすることはできないという諦めがどこかにあったからだ。
だが……逆城さんのケースは違う。手が届いていながら何もできなかった辛さや後悔は、泥棒犬の時の比ではない。なぜ、逆城さんを孤独の泥沼から引き上げられなかったんだろう。苦い苦い悔いが、容赦なく心を切り刻む。
「一人探偵からチーム制へ。その業態転換のどたばたに紛れて俺がダルになっていたってことを、これでもかと反省しなければならない」
「ダル? そうは見えないんだが……」
「いや、間違いない。一人の時だったら、きっと今よりはマシな対応ができてたんじゃないかと思う」
「どこがダルだったんだ?」
「俺は、孤独を甘く見たのさ」
自分の半生を振り返りながら、慎重に言葉を編む。
「孤独という毒はいたるところに散らばっている。正直言って、その
「ああ、その通りだ」
「俺もフレディも、どうしようもなく孤独だったからな。事実として、長い長い間」
フレディが苦悶の表情を浮かべる。俺がフレディに惹かれ、フレディが俺に傾斜したのは、根底が同じだったから。共に、自力ではどうすることもできない底無しの孤独感に苛まれていたからだ。
「孤独だったのは、必ずしも俺らに問題があるからじゃない。俺の場合はクソ親との軋轢から来る人間不信。フレディの場合は軍務や結婚生活の破綻がもたらした人間不信。外因が多分にある」
「ああ」
「今回の依頼者だってそうだよ。まじめに働き、まじめに暮らしてきた平凡なおっさんが、息子の不始末によって突然何もかも失った。それは彼のせいじゃない」
「そうだな」
「だがどんな原因でそうなったにせよ、全て失ったという事実をひっくり返すことはできない。そして依頼者が失ったものの中で一番深刻だったのが、人とのつながりだったんだ」
「だから孤独……か」
「そう」
顔を上げ、フレディの澄んだ瞳を見つめながら自問を続ける。
「俺だって、依頼者と同じように絶望的な孤独のどん底をずっと這いずっていたはずだ。それなのに。ひろと暮らすようになり、子供ができてからは、死につながりかねない孤独の痛みをつらっと忘れた。だから、どうしても強者の視点になる」
「強者の視点か。耳が痛いな」
「強者ってのは、カネとか地位がどうのこうのじゃないよ。孤独なのは自ら行動を起こさないそいつのせいだという発想になっちまうこと。実際には、行動を起こしたくても起こせないケースなんかざらにある。今回だってそうだったんだ」
「うむ」
「だけど……どうしてもどやしが先に口から出ちまうんだよ。俺はなかなか変われんな。ずっとへっぽこのままだ」
今日の挨拶だってそう。俺は……しくじったんだ。あんな場違いな重ったるいネタを振らなくたって、もうちょいマイルドな引き出物にすることはできたはず。
だが夏ちゃんと真奈さんのトラブルは、窮状を誰にも言えなかったからこそ事件にまで深刻化してしまったんだ。大元にあるのは孤立しやすい二人の体質で、その根っこ部分は今でも全く変わっていない。もし二人の間にすら言葉の橋がかけられなくなったら、噴き出してくる孤立のどす黒さはこれまでの比じゃなくなるだろう。
俺は、二人揃って孤立という闇を背負ったままだということがどうしようもなく心配だったんだよ。だから、あんな真っ黒なネタでどやしちまった。
ぐったり落ち込んでいる俺を見て、フレディがやれやれというように微笑んだ。
「なあ、みさちゃん」
「うん?」
「へっぽこってのはすごいと思うぜ」
「そうか?」
勢いよく立ち上がったフレディは、俺の隣に巨体を落とし込むなり背中を景気良くどやした。ばしん!
それから、吹っ飛びそうになった俺の肩を力任せに抱き寄せ、からっと言い切った。
「みさちゃんのへっぽこには、とてつもなくごつい筋金が入ってるんだよ。世界最強だ」
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