(7)
「みなさん! アテンションプリーズ!」
ざわついていた室内を一度鎮め、合図をして照明を落としてもらう。
「新郎新婦の入場です!」
賑やかに結婚行進曲が流れる。わあっという歓声が上がり、ぱっと再点灯した明るさに負けない、幸せいっぱいの二人が腕を組んで俺のいる最前列に向かって歩いて来た。当然のこと、新郎新婦はフル装備だ。新郎は淡いブルーグレーのタキシード、新婦は純白のウエディングドレス。本式の披露宴と何も変わらない。会場が一気に華やいで、暖かい拍手が会場内を埋め尽くした。
二人が参加者の方に向き直り、揃って深くお辞儀をする。会場に響き渡っていた拍手が治まるのを待って、開会宣言。
「本日は、夏岡義人くん、真奈さんの結婚祝賀会にお集まりいただき、まことにありがとうございます。本日司会進行を務めます私は、みなさんご存知、へっぽこ探偵の中村操でございます」
どっ! 大きな笑い声が上がった。
「あまり堅苦しい会にはしたくありません。立食ですし、出入り自由です。新郎新婦の結婚を祝い、二人の新生活を応援してくださるお気持ちだけ頂ければ、それで十分です。あとは無礼講にいたしましょう。でも、その前に」
この前、小林さんに咎められたな。めでたい席なのに重い話題を振るのか、と。確かにそうだ。でも、どうしてもここで言っておかなければならないんだよ。
普段の会話で口にするにはあまりに深刻な問題提起。誰もがそれをこなしきれるとは限らないんだ。めでたさ、賑やかさの糖衣でいくらか薄められる今しか切り出せない。このタイミングでしか言えない。
俺はこの前報告会の時に棚上げにした大問を、みんなに問いかけたかったんだ。どうしても! 夏ちゃん夫妻にだけでなく、ここに集ってくれた全ての人々にね。へっぽこの俺にはうまく表現できないかもしれないが、精一杯提言に編み上げよう。
「みなさんが、飲んで食べて、わいわい賑やかに盛り上がって、全ての憂さを忘れてしまう前に。一つだけ引き出物を持っていってください。それはモノではありません。言葉です。偉そうな金言、
ざわつきが治まるのを待って、着席を促した。
「私の話は少々長くなります。みなさん、どうぞお近くの椅子にご着席ください」
◇ ◇ ◇
「マンガ、名探偵コナンで、主人公の江戸川コナンが決め台詞にしているのが『真実はいつもひとつ!』です。ご存知でしょうか」
うんうんと頷いている人が多い。
「中村探偵事務所だけでなく、沖竹エージェンシーでもJDAでも同じ……いやどこの調査事務所も同じでしょう。私たちは、隠されている、もしくは隠れてしまった真実を探り当てることを仕事にしています。先ほど言ったコナンの台詞は、我々の仕事の生命線。真実を探り当てられなかったという結末は仕方ありませんが、決して報告に虚偽を混じえてはいけない。それが調査における鉄則です。なあ、フレディ。そうだろ?」
「もちろんだ」
大きく頷いたフレディだけでなく、沖竹所長もなぜそんな当たり前のことを言うのかという顔をしている。
「では、みなさんに質問させていただきます。真実って、なんでしょう?」
そう。それが四つ目の大問。そして、どうしても全員に考えてほしかったことなんだ。あの時限定ではなく、生涯にわたってずっと、ね。
「例えば。ここに私がいて、なんか偉そうにしゃべっていること。それはみなさんから見て、紛れもなく事実。真実ですよね」
あちこちで苦笑が聞こえる。まあ、言うまでもないよな。
「私は人間という物体で、今ここに在ります。クローンとか、ロボットとか、実は別世界の人間とか、幽霊とか、そういうファンタジーやエスエフの世界でない限り、ここに私がいることは疑いようのない真実です。でもね」
一度言葉を切って、ゆっくり会場を見回した。
「私の発言の後ろに、どんな真実があると思いますか? そして、私の真実をどのように探ったらいいのでしょう?」
あ……。小さな驚きの声がそこここで漏れた。
「ここで、最近私がやらかした不手際を一つ白状しておきます。私は、依頼人に虚偽の報告をしたんです」
「えっ?」
フレディが、目を剥き出して絶句している。
「それを例に、みなさんに考えていただきたい。真実というのはなんだろう、と」
ふうっ……。一度大きく息をついて、目をつぶった。そのまま話を再開する。
「つい先だって、私はささやかな人探しの依頼を請けました。行方知れずの息子を短期間で探し出してほしいという老人の依頼。そして幸か不幸か、私はその被調査者の居場所を知っていました。まあ……案件としてはイージーそのものですね。契約を結ぶ以前に、どこそこに居ますよと伝えればそれでおしまいです。でもね」
あの時の逆城さんの切羽詰まった表情が、つぶった
「その老人は、もう余命幾許もなかったんです。うちに来た翌日、私は報告書を携えて依頼者のもとに出向きました。老人は、私が報告を済ませた直後に」
ふっ。あの時逆城さんが最後に吐き出したのと同じ。置き場も行き場もない吐息がこぼれた。
「私の目の前で亡くなりました」
結婚祝賀会にはあまりにもそぐわない話。だが、俺の話に眉をひそめている人は誰もいなかった。
「私はね、報告の時に探偵として絶対にしてはいけないことをしました。依頼者に虚偽の報告をしたんです。息子さんは事故で亡くなっていました、と。なぜそんな嘘をついたか。依頼者の息子が凶悪犯で、つい先日逮捕されたばかりだったからです」
ざわざわざわっ! 会場内が激しくざわつく。
「息子がこれまで重ね続けた悪行三昧は、依頼者の人生を徹底的に壊していました。配偶者、家、仕事、人脈、社会的信用……全て失った上に病魔に侵され、病院にかかるカネもない。それでも……」
涙が……零れ落ちて来る。
「それでも、最後に息子に一目会いたい。依頼者は……心からそう願ったんじゃないでしょうか」
袖で涙を拭い、言い切れていない言葉を絞り出す。
「報告の時、私にはいくつかの選択肢がありました。先日逮捕されて収監中だと正直に報告する。短期間なので消息を追いきれなかったと報告を先延ばしする。そして」
「嘘……か」
フレディがぼそりと言った。
「そうです」
きっぱりと顔を上げ、改めて参加者に問いかける。
「ぜひみなさんも考えてみてください。真実というのはなんだろう、と。都合のいい真実なんてどこにもありません。そして、真実を見つけたからそれでいいということにもなりません。じゃあ、どうすればいいんでしょう」
し……ん。水を打ったように静まり返った会場内に、俺なりの提言を置く。
「これから二人で歩く夏ちゃんと真奈さんにも、ぜひ考えてもらいたい。私たちの心が生み出し、心で感じ取るものには、真実がひとつしかないという概念がそもそもあてはまりません」
目の前にある豪華なウエディングケーキを指差す。
「昨日好きだったケーキが、今日嫌いになる。そういう心境の変化は誰にでもあることです。じゃあ、ケーキが好きだった昨日の心はウソ? 違いますよね」
「は……」
夏ちゃんの口から、ぽろりと嘆息がこぼれ出た。
「真実なんか無数にあります。ひとつだけなんて絶対にありえない。そしてね、自分が真実だと思っていることをわかってもらいたいのなら、それは今私がしゃべっているみたいに言葉にするしかないんですよ。わかってもらえるまで、繰り返し何度でも」
拳を固く握り締め、それを顔の目に突き出す。
「真実が一つしかないと思い込んでしまうこと。その思い込みを心の中に閉じ込めて鍵をかけてしまうこと。私たちが素行調査で手がけているトラブルは、ほとんどそれが原因だと思っています」
振り返って夏ちゃん夫妻を見つめ、笑顔で締める。
「どうか。なんでも話し合って、お二人にとっての真実をいつも探し続けてください。それはきっと一つきりではないはずです。まあ、探偵ってのは探すのが商売です。きっと……上手にできるでしょう。これからもずっと変わることなく仲良く、お幸せに」
夏ちゃん夫妻が揃って頭を下げたのを見て、会場に拍手が再び響き始めた。
「すいません。私がへっぽこなもので、ずいぶんと辛気臭い引き出物になってしまいました。申し訳ありません」
会場が苦笑に支配されないうちに、手元にあったグラスを持って高く掲げた。
「みなさん、ご起立ください。夏ちゃんたちの今後の健康と幸福を心から祈念して、乾杯いたしましょう。ご唱和をお願いいたします」
座っていた人たちが立ち上がってばたばたと自分のグラスを確保し、思い思いにグラスを満たした。それを確認して、発声する。
「それでは二人の結婚を祝して、乾杯っ!」
乾杯っ!
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