(2)
おっと、宝井さんの事前調査に欠かせない作業がある。その指示を先に出しておこう。
「少なくとも宝井さんの勤務中は、カレシは手を出せない。そいつにも仕事があるだろうから」
「そうだな」
「その間は宝井さんの監視ではなく、相手の男の情報を確かめておくことにしましょう。私も、先行してその方向で動きます」
「じゃあ、現地に行くのは宝井さんの退勤前でいいな?」
沢本さんに確認される。
「監視班は午後三時現地集合にしましょう。まともな仕事をしてる男なら、その時間に園に来ることはない」
「だな」
「それまでは三人で男の裏を洗ってください。小林さんはもう情報検索に慣れたと思うし、夏っちゃんは元々IT関係のプロだから大丈夫でしょ。沢本さんは、臭うところをリストアップして、二人に調べてもらってください」
「おう! わかった」
「私はこのあとすぐもう一件の調査に行って、宝井さんの退勤時間に合わせて合流します」
「五時前に来るってことでいいかい?」
「はい」
宝井さんの婚約者の名前を書き出して、三人に示した。
「山本一郎みたいな特徴のない姓名だと難しいんですが、名前はともかく姓は特殊です。こいつが自分の情報をどのくらいネットにさらしているか、それをまず調べてください」
「よっしゃ! 中村さんはすぐ沖竹さんの現場に行くんかい?」
「いえ、そっちに行く前に、久良瀬と宝井さんとの間にどこで接点ができたかを探ります。それがわかれば、二人が実際どんな関係なのかをかなり正確に把握できるはずですから」
「む……そうか」
はあっ。でかい溜息を放り出す。宝井さん本人に直接聞けば数分で終わることだ。でも、その数分がどうしても確保できないケースってのが現実としてあるんだよな。宝井さんが幼稚園の中にいる間は、安全ではあっても俺らからアクセスできない。合理的なアクセスのために必要なファクトがまだないからだ。どう見てもヤバそうな久良瀬という男より、俺らの方が「あんた誰?」と言われてしまうんだよ。
契約前で、宝井さんと俺たちとがまだきちんと繋がっていない以上、今はまだ久良瀬という男の外堀を地味に埋めていくしかない。
「中村さんはどこを攻めるんだい?」
「婚活関連です。たぶんマッチングアプリとかじゃなく、結婚相談所系だと思うんだけど」
えっ? 三人揃って、素っ頓狂な声を挙げた。
「また、どうしてだ?」
苦笑しながら、沢本さんの疑問に答える。
「宝井さん。容姿は可もなく不可もなし。年齢はアラサーですし、年収や職業にも売りがあるわけじゃない。控えめで優しい性格というだけじゃ、男性にアピールできません。そして、幼稚園は女性の職場です。職場での出会いが最初から期待できません。パートナーを探すなら、どうしても外で漁る積極性が要るんです」
なんでかしらん。小林さんがせっせとメモを取っているのが笑える。
「そうか。逆ナンかける積極性がなければ、どこかで出会いの機会を確保しないとならない。地味で臆病な性格なら、出会い系サイトやマッチングアプリを利用するのは怖いはず。だから結婚相談所じゃないかということですね?」
納得顔の夏ちゃんが、ボールペンの尻でぽんと机を叩いて頷いた。
「私はそう思う。まあ、宝井さんに電話で直接確かめます。昼にね」
「なんで、昼?」
小林さんが首を傾げる。どうしてさっさと電話しないのかって思ってるんだろう。そらあ無理だよ。
「勤務中には電話できないよ。幼稚園の場合、本当は昼でもしんどいんだ。園児のお昼ご飯への対応があるからね。それに私はまだ宝井さんから依頼を受けてもらえるか打診されただけで、宝井さんの連絡先を聞いてない。園の電話にかけざるを得ない以上、今はまだどうしても慎重に動かないとさ」
「あ……そうかあ」
「でも、事態が切迫してたら早く確かめないとならない。そこは突っ込みます」
もう一つ手札を開けておこう。調査員の観察眼にバイアスをかけたくないから、みんなに伏せていたことがあったんだ。
「宝井さんから最初に電話がかかってきたのは、小林さんが帰ったあと。うちの営業時間外です。私の携帯への転送だったんです」
「うん。わたし、知らなかったもん」
「で、うちにかけてきた時には、幼稚園の固定電話が使われてる」
「えっ?」
夏ちゃんが絶句する。
「それはおかしい……」
「でしょ? 私がまともな依頼じゃないと警戒したのは、口調とか話しぶりだけじゃない。宝井さんの発信元がそもそもおかしかったからなの」
「そうか」
ひっそりと依頼するのに、誰に聞かれるかわからない職場の電話なんか絶対に使わないよ。でも、外部への通信ラインがそれしかないんじゃしょうがない。背に腹は代えられないってことだったのかもしれない。
「カレシに携帯を取り上げられちまったんじゃないかな。その上、勤務時間外にはカレシの拘束がひどくて電話ができない。私はそう見ます」
「やばいな。露骨な通信遮断じゃないか!」
みるみる沢本さんの表情が険しくなった。
「携帯に発信歴を残したくないからという理由かなと、最初はそう思ってたんだけど……どうにも……ね」
「ああ! おかしいよ」
懸念はどんどん膨らむが、ここで悶々としていてもしょうがない。
「打ち合わせはここまでにしましょう。時間がもったいない」
「だな」
「幼稚園組は、検索での情報収集をお願いします。私はさっき言ったように、別ルートからカレシの方を探ります」
「はい!」
さあ、行動開始だ!
◇ ◇ ◇
沖竹案件の現場では、意識を完全に切り替えて観察に集中しないとならない。でも、結局猿芝居のチェックだけなんだ。それなら現場に向かうタイミングを遅らせよう。社員が仕事以外の行動を見せるのは昼飯時だろう。11時過ぎくらいに向こうに着けばいい。それまで、自宅のノートパソコンを使って久良瀬の身元や行動の確認作業に没頭することにした。
久良瀬が幼稚園に堂々と顔を見せているのは、身分を隠すという意図がないからだ。そういうやつの公開情報を得るのは難しくないはず。その予想通り、ネット上で久良瀬の残している足跡にすぐたどり着いたんだが。
「こいつ、ブログやってんのか……」
実名ではなく『kuraKZFM』というハンドルを使っているものの、プロフに自撮り画像を載せていて、その顔が小林さんが撮ってくれた画像とぴったり一致したから間違いないだろう。容貌はごく普通のサラリーマン風で、沖竹案件の山崎と違って不真面目さが漏れ臭う感じではない。
記事はまめに更新されている。しかし大人しそうな外見とは裏腹に、記事は全て婚活絡みだ。それも、ことごとくうまく行っていないという愚痴が直近までずっと続いている。
宝井さんは婚約者だと言っていたが、その本人がまだ婚活中のまま新規投稿を続けていて、婚約できたという嬉しそうな投稿をしてないってのはどうよ? その時点で、すでにどうしようもなく真っ黒け。だめだこりゃと頭を抱えてしまった。
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