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「もうちょい深掘りするか」
更新がまめだというだけでなく、やたらにボリュームのあるブログ記事を一つ一つチェックしていく。
「ふむ」
久良瀬は、外見的には女性から忌避されるようなタイプに見えない。仕事も堅そうな技術系だし、顔出しでブログをやってるくらいだから積極性も自己主張もあるんだろう。それなのに婚活がうまく行っていないのは、性格や嗜好に大きな偏向や欠陥があることを示唆している。
金遣いが荒い、ギャンブル狂い、オンナ関係にだらしない……素行調査で必ずといっていいほど表に出てくる欠陥。それらの欠陥は、どんなに隠しても自ずと記事からにじみ出る。記事ってのは紛れもなく自己表出だからな。しかし、誰もがすぐわかるようなあからさまな欠陥は記事に出てこない。だとすれば、難があるのはおそらく性格だろう。
俺は、久良瀬が極端に支配的かつ粘着質な性格の持ち主じゃないかと踏んだ。支配だけなら、女を囲い込んだ時点で欲が満たされて拘束が緩む。粘着だけなら、もっと早くから周囲に警戒されて社会から浮く。だが、ろくでもない目的と手段が相互補完しているやつは始末に負えないんだ。支配するという目的で粘着し、粘着し続けている間は支配を決して手放さない。それは最悪の相乗作用だ。
そして俺の推測には根拠がある。久良瀬がアップしているブログ記事からは異常性がにじみ出ていたんだ。とにかく文字だらけで、文が長く硬く細かい。婚活絡みなのに色気のかけらもなく、まるで技術論文を読まされているような気分になる。
その上、相手女性に対するこだわりポイントがきっちり決まっていた。控えめで気が利き、男を立てる物静かな女性が理想。あほか。今時、そんな天然記念物みたいな女性がそうそういるかいな。露出しにくい控えめな女性を見つけ出すのが難しいから、出会いアプリや街角ナンパじゃないってことか。
久良瀬が記事でぶちかましている女性評も極端だった。自分の感覚と今の世相とのズレを全く認識しておらず、基準に合わない女性を徹底的にこき下ろし、基準をクリアした女性には異常なほど執着する。危険な偏りが文章からだだ漏れしていた。
さらに奇妙なのは、女性評は長々とぶちかますくせに、だから自分はどうしたというアプローチの記載が一切ないこと。うまく行けば嬉々として書くだろうから、久良瀬のアプローチは全く結実していないということだ。
「それにしても。第三者には情報量ゼロのコンテンツだな」
いくら調査のためとは言え、ジャンク文字列の山をうろつかされることに心底うんざりする。記事を通して誰かの役に立とうとか、共感を得ようとか、そういう他者との交流意図が全く感じられない。偏った人物評をひたすら垂れ流す長くて退屈な自己満記事だ。利用している婚活関連機関の情報が貧弱なら、そんなん誰も読まんわな。事実、婚活記事にも関わらずなんの反響もない。
こんなくそ記事を書いてるようじゃ、女性はおろか同性からも面倒臭いやつとみなされるよ。それを全く意に介さず、延々と同じような記事を垂れ流し続けてる。
ただ。久良瀬は、沖竹所長みたいに自分の偏った性格を達観しているようには見えない。自分の資質が女性たちから不当に過小評価されているという不満を常に抱えていて、だからこそ釣果がなくても女漁りに余念がないんだろう。
「む……そうか。こいつ、悪い意味で学習しているんだ」
登録しても女に会えない。会っても相手にしてもらえない。会って何度かデートしているうちに断られる。じゃあどうすればいいか。自分自身への執着がものすごく強いから価値観を変えることはできない。だが何度も失敗を繰り返してるうちにテクニックだけは向上するんだ。本心を隠す。鷹揚を装う。頼り甲斐があると錯覚させる。……そんな風に。
普通それは、ナンパを目的としたテクニックの向上。だが久良瀬の場合は違う。女を自分に取り込もう、完全に支配しようというというもっと危険な目的のためだ。
思考が異常なら、それに基づく行動は必ずおかしくなる。沢本さんが最初に「何かやらかしてる」と看破したように、きっと過去に女絡みのトラブルを起こしているはずだ。つきまといとか監禁とかね。だとすれば……。
「ブラックリストに載るよなあ」
セフレ募集のお遊びサイトならともかく、真面目なところなら身上書提出は必須。しっかりした業者なら、過去に何かやらかしたやつの入会は認めない。全国展開の大手であれば、どこから入会申請したってお断りだろう。つまり、ネットワークの限られている小さなお見合いサークルや結婚相談所しか漁場がなくなるが、それだって業界の横のつながりで「この人はダメよ」と通達が回る。久良瀬は向こうで干されたに違いない。
ブログには、半年前に名古屋からこっちに転勤したと書かれていた。転勤は業務上の理由じゃなく、向こうで何か女絡みのトラブルを起こしてこっちに
うんざりしながら、ごみ記事の山をわしゃわしゃかき回す。
至近一年の記事に出てくるお見合いサークルや結婚相談所は限られていて、それらは聞いたことのない地味なところばかりだ。その中に、ウエディアルという結婚相談所があった。紹介記事を読んだ限りでは、お見合いおばさんが一人で切り盛りしているレトロなタイプの結婚相談所のようだ。久良瀬が転勤する前に登録しているから、こっちへの転勤を見越しての登録ということなんだろう。
久良瀬は、ウエディアルのことを一回しか記事にしていない。登録してすぐ女性を紹介してもらったという記載があって……その相手への論評がない。おかしいじゃないか。毎回微に入り細に入り会った女性の品評会をぶちかましていた男が、それをスルーするなんてさ。
「ここだな」
直感した。
ウエディアルは大手ではなく、個人ベースの小さな相談所だ。成功報酬型で登録料が安い代わりに登録者の範囲は限られる。広く募集して登録者を増やすのではなく、所長さんが一件一件に責任を持つシステムなんだろう。だがネットワークが小さい分、ブラックリストに乗ったやつが潜り込みやすいんだ。久良瀬はそこで標的を探し、宝井さんに狙いを定めたんじゃないかな。自己主張が穏やかで前に出られない理想の女とみなして、一気にぐいぐい押したに違いない。
だが、宝井さんが久良瀬の強引な態度を喜んで受け入れるとは思えない。つまり……宝井さんは久良瀬によって早々にかつ強制的にウエディアルを止めさせられたんじゃないか、そう踏んだ。
「よし、直接確かめよう」
ネットでウエディアルを検索し、オフィスの場所と代表者名、連絡先を手帳に書き写してから家を出た。
個人情報を扱う商売だから門前払いを食らう可能性もあるが、おそらく久良瀬も宝井さんもすでに退会しているはず。まだ在籍している場合は慎重にアクセスしなければならないが、久良瀬はたった一回しかウエディアルの名を挙げていないし、婚約しているならば間違いなく退会だ。いわゆる成婚退会というやつ。結婚相談所は信用商売だから登録者の個人情報を第三者に漏らすことはないはずだが、退会者のガードはどうしても緩くなる。成婚実績をアピールする必要があるから、聞き取りは可能だと踏んで電話してみた。
「ウエディアルさんですか? 私は中村探偵事務所の中村操と申します。退会者さんのことで少々お聞きしたいことがあるのですが、そちらに伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい? 退会者さんのこと、ですか?」
「ええ」
どうかな?
「そうですね。お話を伺ってからでよろしければ」
おお! 助かるっ!
「申し訳ありません。貴重なお時間を頂戴いたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「今日はどなたのご相談もありませんので、気軽にお越しください」
「ありがとうございます!」
ははは。暇だったのかな。まあ、登録者の虚偽申告が疑われ、内密に調査が入るのは珍しくないんだろう。あとは……聞いてみて、だな。
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