(3)
昨日は小林さんたちが来る前にフレディの一家が来たが、今日も予期しなかった来客を迎えることになった。
「こんにちはー」
は? 席に着いた途端、戸口から聞き覚えのない女性の声がして、二人して立ち上がる。
「みさちゃん、誰?」
「知らん。俺は面談以外のアポは受けてないけどな。セールスか?」
生命保険も乳酸菌飲料も要らんぞ。そんなカネはない。追い返そうと思って戸を開けた途端に、強い既視感が。
「お久しぶりですー! トミーですー。覚えてますー?」
どごおん! 思わずひっくり返ってしまった。
「あわわわわ」
「あの時すっごいおんぼろだったんで、まだ立ってるかどうか心配だったんですけど、新調されたんですねー」
「ははは……」
なんつーか。
「まあ、お入りください」
「お邪魔しまーす」
なんで今頃トミーが? 麻矢さんの一件が円満解決したあと、俺とフレディのところに取材に来て手一杯かき回していったが、仕事はまじめにこなしていたし漫画家としての再チャレンジも続けていたらしい。そのあとどうしたかなあとは思っていたんだが、事実上没交渉だったんだよな。それが、なんでいきなり?
「あの……どちらさま?」
ひろは、当然心配するわな。
「ああ、俺が十年ちょっと前に請けた案件の関係者さ」
「関係者?」
「そう。その件は円満解決してる」
「ふうん」
「で、今日はどうなさいました?」
「あ、そうそう。打診でうかがいましたー」
「「打診ー!?」」
ひろと二人でデュエット。でゅわー。
「なんでまた」
「ちょっと事情がフクザツなもんでねー。マーヤが頭を抱えちゃってて」
「麻矢さん自身のトラブルですか?」
「違うの」
「ああ、そういうことか」
「分かりますー?」
「なんとなく」
ひろにはちんぷんかんぷんらしい。でも、俺にはぴんと来た。
「うーん……」
考え込んでるうちに、予定していたゲストが到着してしまった。
「ちっ。来やがったのか」
「え?」
さっと振り返って窓の外に目をやったひろが、ざあっと顔色を変えた。
「ちょ……まじ?」
「絶句するくらいの美少女だろ? さっさとアイドルやれよって言いたいんだが、中身がなあ……」
俺はトミーに一礼して、中座を詫びた。
「済みません、高崎さん。ちょい、面談の相手が来てしまってね。そいつがいるところで話の続きを聞きたいんですが。よろしいですか?」
「わたしはかまわないですけどー。でも、あの方が先客なんじゃないんですか?」
「『アレ』は客じゃないんでねえ」
思わず苦笑する。ひろは、秘密厳守のはずの話がなぜ無造作にばらまかれようとしているのか理解できないらしく、絶句を通り越して顔を歪めていた。いや、理由はすぐに分かるよ。
「やっぱり一人では来れなかったか」
ドアの前に立っていたのは一人だったけど、通りに二人の高校生の姿が。一人は弟で、もう一人は岸野くんだ。ここまで付き添ったか、逃げ出さないように見張ったか、だろうなあ。まあ、いい。席を立って、ドアを開ける。
「いらっしゃい。どうぞお入りください」
「……」
うんもすんもない。黙ったまま、よろよろと中に入ってきた。その態度を見たひろの顔が、あっという間に怒気で赤くなった。な? ひどいだろ? 今時、どんな礼儀知らずのガキでも挨拶くらいはするぞ。頭の一つくらいは下げるぞ。論外だよ。
これが採用面接なら、この場ですぐに『お帰り下さい』だ。でも、これは面接じゃない。面談なんだよ。
「ごめんね。君の前に大事なお客さんが一人いらしててね。面談の順番はお客さん最優先なんです。面談が終わるまで、待機をお願いします」
事務机の回転椅子を一つ引っ張り出し、それに座るよう指示する。
「面談の邪魔にならないよう、そっちで待っててください」
「……」
かすかに不満の表情を浮かべる小林さん。でも、あんたは自分の立場が全然分かってないんだよ。それをこれから思い知ることになる。今はまだその腐った意識のままでもいいけどね。
傍聴者が一人増えた状態で、トミーに向き直る。
「済みません、お待たせして」
「いや、かまいませんよー」
「で、さっきの件ですが」
「うん」
「麻矢さん自身のことでないとすれば、麻矢さんがお子さんを通わせている幼稚園の、ママ友さんの案件ってことじゃないですか?」
「うわ!」
仰け反ったトミーが、大口を開けて仰天している。
「す、すご! どんぴしゃりですよ!」
「ははは。麻矢さんの対人恐怖症は、そんなに簡単によくなりませんよ。今でも、ご主人やご家族、そしてあなた以外にはそんなに親しい人がいないはず」
「うー、よく読まれてますね。その通りですー。前よりはだいぶましになりましたけどねー」
「うん。で、家庭のトラブルでなく、それでいて今必然的にある外部との接点。それは幼稚園くらいかなあと」
「はい。
「ほう、いいことだ」
「その彼女から、相談を持ちかけられたみたいなんです」
「ぐわ……」
ひろが呆れてる。
「とんでもない遠回りだー」
「わはは。でも、珍しいことじゃない。探偵になにか頼もうなんてのはなかなか実行出来ないし、依頼人は出来れば身分を隠したい。覆面依頼は決して珍しいことじゃないんです」
「でも、請けないんですよねー?」
トミーの確認を、すぐ肯定する。
「麻矢さんの時と同じですよ。ご本人からの依頼でない限り請けません。代理人による依頼はお断りしてます」
「あのさー、みさちゃん」
「ん?」
「それなら、そもそも面談以前じゃないの?」
「いや、そうじゃないのさ」
俺は机の引き出しから名刺を出して、それをトミーに差し出した。
「中村探偵事務所の中村操です。この度事務所を新設し、業態を拡大することにいたしました。どうぞよろしくお願いいたします。彼女は私の妻で、協同経営者の中村広夢です」
私とひろが揃って深々と頭を下げたことに驚いたトミーが、わたわたとバッグから名刺を引っ張り出した。
「うへー。びっくりするなあ。わたしは、漫画家やってる高崎ひとみと言います。よろしくですー」
ぺこり。
ひろが、俺にそんな知り合いがいたのかと絶句してる。
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