(4)

 まあ、確かにそれでやっていけるんだろうけどさ。俺が黙り込んだことで、左馬さんはさっき以上にしょげきった。


「オンナ……失格よね」

「いや、そういうことじゃなくて」

「うん?」

「それは身体からだによくない。外食は、塩分、油分、カロリーどれもみんな高いの。掃除や洗濯は人任せでもいいけど、食べるものはもうちょい気を使わないと体調崩すよ?」

「う……ん」

「心配だなあ」


 話が思わぬ方向に逸れて慌てたんだろう。左馬さんが咳き込むように尋ねる。


「あ、あのさ。中村さん、なんでそんなになんでも出来るの?」

「自分でやらないと、誰もしてくれなかったから」

「あ、さっきの……」

「そ。お袋が台所に立って何か作ってる姿なんか、一度も見たことないよ。それどころか、家にいる時間すらほとんどなかった」

「うわ」

「服や身の回りのものは、なければ自分で買ってこい。両親揃って掃除とか片付けとか出来ないから、部屋はどんどん豚小屋になる」

「それじゃ……」

「でしょ? 俺はそれに耐えられなかったんだ。炊事、洗濯、掃除。誰もやってくれないなら、自分でするしかないじゃん」

「そっか。そだね」


 本当に、よく生き延びられたよなあ……。


「まあ、俺にとって家事は日常そのものだから、別に何の負担感もない。息をするのと同じように出来る」

「ううう、鍛え方が違う」

「はっはっは! 何の売りにもならんけどな」

「そんなことないよー」


 食事が終わったあと、食器を洗って片付け、コーヒーを淹れた。


「ふう……ごちそうさまでした。ほんとにおいしい。毎日食べたい」

「はははっ! 光栄です」

「そっか。中村さんのご両親も、すっごく変わった人なんだね」

「悪い意味でね」


 俺の中の毒。それは、どうしても親につながってしまう。もうちょいマシな家に生まれ育っていたら、俺は今みたいに世の中を斜めから見ることはなかっただろう。俺が頭の中でぶつくさ罵っていたら、左馬さんが……。


「うちも……なんだよね」

「へ?」


 どこからどう見ても、すごく育ちがいいように見えるんだが。


「うちは……結構いいとこなの」

「うん。そんな感じ」

「わたしは、跡継ぎの一人娘で甘やかされて育った。だから、こんなわがままになっちゃった」


 うーん……わがままとはちょっと違う感じだけどな。首を傾げた俺を見て、左馬さんが顔を伏せた。


「ただ……親の干渉が半端じゃないの。進路も就職も将来の結婚も、早くからあれこれ押し付けようとしてて」

「ああ、押しつけに逆らったんだ」

「うん。わたしは、両親とほとんど絶縁状態なの。そういうわがままとか意地っ張りのところが……わたしを狭っ苦しくしてるんだろうなあって」


 思わず首を傾げる。過小評価じゃないか?


「それは違うなあ」

「えっ?」

「本当にわがままな人は、自分を修正できない。俺に言わせてもらえば、左馬さんの修正能力はずば抜けてる。そうでなきゃ、その年齢で部長なんか出来ないよ。ロケットに火が点いちゃうと、どっかあんと行くところはあるけどさ。それはわがままとは違うなあ」

「ふふ」

「俺と違ってひねくれてない。おおらかだよ」

「中村さんは、ひねくれてるの?」

「ひねくれてる。だから、自分を手直しし続けないとならないんだ」


 ブンさんのしかめ面を思い浮かべる。


「最初に勤めていた沖竹エージェンシーの上司が、俺に大事な教えを残してくれた」

「ふうん」

「見える色の向こうを見ろ」

「見える色の向こう、かあ」

「どんな色に見えても、その向こうには違う色が隠れてる。自分のことも、他人のことも。そこから目を逸らしたら」

「ウソに……なるってことね」

「そう。たかだか数回会っただけで、その人の底にある色が全部分かるわけないよ」

「うん」

「それなら、ずっと知ろうとしないとさ」


 にこっ! 左馬さんが、特上の笑顔を見せた。


「おっけーって、受け取っていい?」

「まあ、なんと物好きな」

「あははっ!」


 ともあれ。俺も左馬さんも、最初のハードルは飛べたということなんだろう。あとは……やってみるしかないね。時間が遅くなったので、会話を切り上げてお開きにする。玄関で、靴を履いた左馬さんがくるっと振り返った。


「ごちそうさまでした」

「おそまつさま」

「ねえ、中村さん」

「うん?」

「提案がある」

「なに?」

「中村さんは、ここを出たら家賃が払えなくなるから、探偵業をやめようとしてるんでしょ?」

「そう」

「住み込みで、わたしにご飯を……作ってくれない?」


 意外な提案に、思わずのけぞる。


「俺に家政婦をやれってこと?」

「ううん。わたしは、中村さんが作ったご飯を食べたい。毎日でなくていい」

「……」

「あのね。わたし、あんなに心のこもったご飯を……食べたことないの」

「そう?」

「うん。家を離れてから、わたしはもう愛情の味を忘れかけてた。それをね、すっごく感じたの。しっかり食べないとだめだよ。明日元気に働くなら、ちゃんと食べなさい。そういう愛情」

「ははは! そりゃそうだ。食べなきゃ元気が出ないからね」

「中村さんの顔を見て、さっきみたいにいろんな話をしながら、おいしいご飯を……食べたい」


 ぽりぽりぽり。えれえ早くに、しかも俺がするより先に……プロポーズされちまったなあ。まあ、いいや。


「お試し終了」

「え?」


 俺は、左馬さんを正面からがっちり抱きすくめた。


「よろしくな」



【第二十四話 告白 了】


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