(4)

 街灯を見上げて、でかい溜息を吐き出す。


「はあっ。そしてね。明日トラッパーとトレーナーを潰しても、もう調教のシステムは出来上がってる。センサーはそれだけを持って、どっか別の場所で釣り堀を始めるだろう。センサーは、構築されたシステムを駆使することで専門知識や技術がなくてもトレーナーをこなせるから、ユニットの人数をさらに少なく出来る。今よりもっと目立たなくなるんだ」

「げ……」

「俺が一番危惧しているのは、そこなんだ。ミストは、あくまでも練習用の釣り堀なんだよ。あちこちに不具合があっても一向にかまわない。センサーは、ミストで試行錯誤した成果が得られれば、あとはどうなってもいいってこと」

「そんなあ!」

「だから、センサーは今時点では報酬に執着しない。一番利益をもたらすのは調教された女性たちではなく、金の卵を生み出す調教システムだからね」

「ど、どうにかならないのっ?」

「現時点では、どうにもならない」

「どうしてよっ!」


 掴みかかって来そうな勢いで顔を突き出してきたから、その額を右手で押し返す。


「俺に噛み付いてどうすんだよ」

「う……、ご、ごめん」

「どうにもならないのは、まだセンサーが誰か分からないからさ」

「分かったら、どうにかなるわけ?」

「相手による。それがもし日本人でなければ、俺や江畑さんの出番はないよ。バックにいるのは、かなり大型の国際犯罪組織ってことになる。俺らの手には負えない」

「く……」

「でも、たぶんそうじゃないね」

「どうして分かるの?」

「連中のユニットが小さ過ぎるんだよ。大掛かりな組織犯罪なら、俺が言った役割の他に必ずガードマンと見張役ワッチャーを置くはずだよ」

「あ」

「そうだろ? 万一の時に中核にいるセンサーを守らないと、全滅になるからね」

「うん。そっか、確かにそうだー」

「そうじゃなく、連中はいつでもユニットをばらせる。壊れること前提のユニットなんだ。それなら、センサーはおそらく最小単位、個人だ。目立たないように個性をぎりぎりまで削ぎ落として、まるで彫像みたいにじっと潜んでいる」

「個人かあ」

「そいつの身元の特定だけでなく、そいつが本当は何を狙っているのか。それが分からないと手の打ちようがないんだ」


 納得してくれたんだろう。左馬さんは、溜め込んでいた息をゆっくり吐き出した。


「ふううう……」

「ちょっと不便だと思うけど、そのスマホは電源を落としておいて」

「アプリ消すんじゃだめなの?」

「それじゃ、連中がやってることの証拠が残せない」

「あっ! そっかあ」

「でも、トリガーが生きてると物騒だからね。明日は会社でレンタルの携帯かスマホを使って欲しい」

「はあ? なんで?」

「トレーナーは、左馬さんに強い執着を見せていた。そのスマホを介して左馬さんに暗示発動のトリガーをかけられたら、しゃれにならないんだ」

「そんなの、ありえない」


 ふんと鼻で笑ったから、がっつりどやす。もうXデーはクリアしたから、今度は容赦なしだ。


「ねえ、左馬さん」

「なに?」

「俺は会議の時に言ったよね? あらゆる危機を想定して、しっかり備えてくれって。それなのに、まんまと引っかかったのは誰?」

「う」

「頼むよ。俺が一緒にいれば、今日みたいにカバー出来る。でも左馬さんの勤務中に、俺がべったりくっ付いて回るわけにはいかないんだ!」

「わ、分かった」

「過信だけは絶対に回避して。短時間とはいえ、左馬さんはもう暗示をかけられてる。それにどこかでトリガーがかかると、自力で行動を制御出来なくなるんだ。その恐ろしさを肝に銘じといて!」


 不服そうな顔だ。まだ、納得してないな。ダメ押ししとこう。


「社長のところでかくまわれてる光岡さん」

「うん」

「向こうで、トリガーがかかっちゃったんだよ」

「ええっ? みっちゃんがっ?」

「社長がスタンガンを持ち出すはめになった」

「ひ……」


 左馬さんと違って、もっと温和で慎重な社長がスタンガンまで持ち出したこと。左馬さんも、さすがにトリガーの恐ろしさが分かっただろう。人を操作する。そのヤバさは、はんぱじゃないんだ。操作するやつは『人を殺せ』とさえ命じられるからね。


「連中が使ってるシステム。まだ完璧ではないけど、かなり完成に近いところまで来てる。左馬さんは、その餌食になりかけているってことをしっかり覚えといて」

「う……ん」


 ふうう……。


「今の時点で、俺が反省しなければならないこと」

「え?」

「やっぱり……どんなにせっぱ詰まってるって言っても、素人の左馬さんを巻き込むべきではなかった。それは、俺が犯してしまった最大最悪のミスだ。本当に申し訳ない」


 改めて、深々と頭を下げる。


「ううん。わたしが引き受けたことだから、引き受けたことへの責任は中村さんじゃなくてわたしにある。気にしないで」


 ひらっと手を振って、左馬さんが大股で歩き出した。


「また、明日!」

「七時前にリトルバーズに行きます。左馬さんだけじゃなくて、社長、光岡さんも交えて打ち合わせをしたい。左馬さんもその時間に来てください。業務に影響しないよう、短時間で済ませます」

「分かりました」

「お疲れ様」

「おつかれさまー!」


 左馬さんは、ひどい目に遭ったとは思えないくらい最後まで元気良く。颯爽と帰っていった。


「タフだなあ……」



【第二十話 リビルド 了】


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