ひろとの出会い編 第五話 予想外

(1)

 フレディからの連絡を受けて、すぐに出撃した。


 JDAの調査員と囮の左馬さんへのアクション、それと店への人の出入りを確認するために、江畑さんとJDAそれぞれでもう人を張り付けているだろう。チームを組んだメリットはこういう時に発揮される。いろんな事象を観察する目を俺以外に増やせるからね。ただし、観察者の目が増えれば増えるほど、それは敵から気付かれやすくなる。敵に備えられてしまうと、証拠を押さえて一網打尽にするのはほとんど不可能になると言っていい。

 もちろん、フレディも江畑さんもそれは分かっているだろう。店を監視するためのスポットを目立たない位置に設定し、そこに複数のスタッフを入れ替わりで置く。スマホやタブレットの操作を交えることで視線を店に固定しないようにし、現場から行う報告や連絡は絶対に口頭で行わない。音声による直接のコミュニケーションを最少に絞ることで、敵に気配が漏れないようにする。まあ、フレディも江畑さんも俺とは比べものにならないくらいのプロだ。抜かりはないと思う。


 俺が現場に向かうまでの間に、フレディが出す調査員さんの写真が流れてきた。ベテランの女性調査員と俺を案内してくれた若い美人さんのコンビだ。同じ情報が江畑さんのところにも流されているはず。俺と左馬さんの人相の情報は、すでにフレディと江畑さんのスタッフの間で共有されているだろう。それは、こちらから再確認するまでもない。


 五時ちょっと過ぎに、田城駅近くのショッピングモールに到着。すぐにモール正面入り口の案内板を確認し、出入り口の数と人の流れを確かめた。駅とモールが相対する配置になっている。つまり、駅に面していない出入り口を使う客は、屋外駐車場に車を停めている客か、線路沿いに位置している商店等を利用する客ということになる。車での逃亡は難しいだろう。駅近は車の流れが悪い。渋滞に挟まるとその場で御用だからな。駅との間に行き来する人波に紛れる方が、ずっと効率がいい。江畑さんも、駐車場の監視には多くの課員を割いていないはずだ。


 落成してからまだそれほど経っていない、大型の商業施設だ。モールで買い物をした後に、わざわざ駅近傍の店にまで足を伸ばす客がいるとは思えない。もしいるとすれば、田城駅近くに前からずっと住んでいる地元住民だけだと思う。つまりミストに巣食っているやつも、そこにトラップされてしまった被害者も、群衆に紛れやすい正面入り口をメインルートにしているということが予想出来る。一応、俺の予想に穴がないかを確かめるために駆け足で一階の全出入り口をチェックして回った。何度か視線を感じたので、それぞれの出入り口にはフレディもしくは江畑さんのスタッフが詰めていることが分かった。それなら俺は、ミストから正面ゲートまでの動きだけに注目すればいい。


 動線を超特急で確認したあと、いよいよミストを拝むことにする。ミストは飲食店が集中している五階ではなく、三階のエスカレーター脇にある。中にいる連中に気配を覚られたくないので、遠く離れて外観からまずチェックだ。


「ふむ」


 婦人服中心のフロアだから、買い物を済ませた女性客の流れをキャッチしやすい。確かに立地はいいな。ただ……。


「うーん」


 まあ、なんともオーソドックスだ。若い女性が喜んで足を運びそうなおしゃれな店ではない。落ち着いたシックな雰囲気だが、モールの明るく開放的なコーディネーションにはまるっきりマッチしていない。商店街なんかによくある喫茶店を、無節操に切り貼りしたような印象。


「……そういうことだったのか」


 ネットで検索して調べた時には、ミストの外観が分かるような画像を見つけられなかった。店内の様子だけ。モールの案内板の画像もカウンターを写したものだ。店構えを公開しないと集客に繋がらない独立店舗と違って、店内店舗であればあえて外構エクステリアを出す必要はないのかもしれない。でも、モールに出店している他の店と違って、明るさとか華やかさってものがどこにも感じられなかったんだ。

 案内板の管理をしているのは、ミストではなくモールの運営会社だ。ネット情報の画像もそうだろう。つまり、釣り堀をやってる連中が意識して露出を減らしてるわけではなく、モールの運営会社がミストの扱いに苦慮しているということ。モールの雰囲気に合わないから、あまり露出させたくないってことか。


 予想外だったのは、店の雰囲気だけではなかった。ミストには外から中の様子がうかがえる開放空間がほとんどなかったんだ。上階から店内をわずかに覗くことが出来るが、見えるのはほんの一部だけ。全容はミストに近付かない限り分からない。


「ちっ!」


 設計段階から店がそういう密室風の造りになっているとすれば、俺が想定していたような小人数での犯罪ではなく、もっと大掛かりな組織犯罪を疑わなければならない。でも、その可能性は低いだろう。モールの運営者は、出店する店舗の設計を事前に把握していたはず。開放的な雰囲気を売りにしているモールが、その雰囲気にそぐわない閉鎖的で薄暗い喫茶店の設計を承認するとは思えない。外から見えにくい状態に変更されたのは、たぶんミストが開店した後だな。いきなり改造を施したわけではなく、徐々に開放空間を狭めていったんだろう。

 それを可能にしたのは、おそらく売り上げだ。麻薬を使うことでリピーターを増やし、その収益をたてにすれば、うちの雰囲気にそぐわないという運営側の苦情を突っぱねることが出来るからな。


 手帳を出して、事務所を出る前に調べた調査結果をもう一度見回す。


 喫茶店の経営者はミスト以外にもいくつかの飲食店を仕切っているが、自分自身は直接店に出張らない。繁盛しそうな場所を先に押さえ、店の切り盛りが出来るやつを雇って運営を任せている。雇われオーナーは、先行投資にかかる費用を経営者に持ってもらえる分、開店費用を少なく見積もれる。経営者は店の売り上げに関わらず賃貸料をオーナーから受け取り、それで安定収入を得ることが出来る。相互にメリットが大きい。そして経営者の商売自体は極めてオープンで、どこにも怪しいところはない。

 ただ……。経営者が運営している他の店はちゃんと宣伝アドを展開し、それを集客の拠り所にしているが、ミストだけは露出が極端に少ない。例のSNSの書き込み、つまり口コミしかない。それは極めて奇妙なことなんだが、経営者にはその奇妙さが見えてこないんだろう。立地がいいから無宣伝でも客が入ると捉えているはず。経営者は売り上げの少ないテナントの動向には神経を尖らせるが、アガリのいいところはスルーする。現場のスタッフに任せるんだ。ミストの連中が、そういうのを読んだ上で動かしてるってことか……。


「巧妙だ」


 喫茶店の立地が極めて目立つ位置にありながら、中で行われていることがちっとも外に漏れてこない。あえて店を雑踏の中に置くことで、店への出入りの不自然さを薄め、中にいる固定客の気配を消す。売り上げを確保することで、モールや店舗の上位経営者の信用を確保し、それをたてにして店を要塞化する。釣り堀の建設、維持費を非常に安く抑えているということは、ミストが潰れてもすぐに他で商売を再開出来るということだ。


 その発想は、人狩り部隊のスタッフ構成にも反映されているはず。


 ヤクを直接扱うトラッパーは、一番リスクが大きいので報酬も高額だろう。ただしすぐに替えが効く。ヤクの売人なんざ掃いて捨てるくらいいるからな。女性に暗示をかけるトレーナーは、女性やヤの字との接点が多いのでそこからぼろが出やすい。いくら物的証拠が乏しいと言ってもリスクが大きいから、そいつが首謀者ではありえない。やはり『駒』留まりだろう。


 つまり。釣り堀の元締めは、そいつの行為が外から見えるやつじゃないと思うんだ。ヤクを直接扱うトラッパー、女性や外部組織と常に接するトレーナーは、元締めがリスクを遠ざけるための切り代の扱い。それ以外のバイヤーかセンサーが元締めなんじゃないかと、俺はそう睨んでる。そして、そのどちらも……必ずしもミストの店内にいる必要はないんだ。自分は安全な場所にいて、トラッパーやトレーナーに指示を出すだけで済むから。


「うーん……」


 ただ。バイヤーはその名の通り、あくまでも『買い付け』が仕事だ。商品を見定め、売り物になるかどうかだけを判断する。手間暇かけて上玉を仕上げようなんて、そんなリスキーなことは考えないだろう。つまりスポンサーではあっても、主導的な立場にはなりえない。それ以外のやつ。俺が『センサー』と名付けたやつが、首謀者じゃないかと思うんだが……。今の時点では、そいつに関しては何一つ分からない。そいつが誰かも。目的も。何をしているのかも。店内にいるかいないかすら。

 しょうがない。そこはまだ未確定のままにしておこう。それより、トレーナーの立場と役割がズレていることに着目しないとならない。トレーナーを切り代に設定すると、そこに致命的な不具合が発生するんだよな。


 女性に暗示をかけるトレーナーには暗示をかける特殊技能が求められるが、いくらでもヤクの売人をあてがえるトラッパーと違って、専門家であるトレーナーの代わりはそうそういない。それは、トレーナーが組織上『駒』扱いされていることと矛盾する。


 でも、その矛盾を解消する方法があるんだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る