ひろとの出会い編 第四話 ハイリスク
(1)
「みなさん。ここまで、ミストで行われているであろうことの全体像をしっかり把握していただけたでしょうか?」
「はい!」
「おう」
全員の合意を得る。
「それでは、これよりチームMによるミッションをスタートいたします。ミッションの目的は二つです。一つは、光岡さんが自らの意志でミストから遠ざかるのではなく、光岡さんが行ったらもうミストがなかったという状況にすること。それと同時に、ミスト以外の場所で連中が調教を再開出来ないよう、一刻も早く連中を解体し、潰さなくてはなりません」
「再開?」
変なことを言うのねという顔で、左馬さんが聞き返した。
「ミストを潰せば、それでいいんじゃないの?」
「甘いです。光岡さんに暗示をかけてるトレーナーが光岡さんに指示している集合場所は、現にミスト一箇所ではないでしょう?」
「え?」
ぎょっとした左馬さんが、乗り出していた体を引いた。
「客の待つ場所までは、光岡さん自身に行かせてるはずですから」
「あ……」
「トレーナーの直接指示だけとは限らない。女性たちを遠隔操作出来るトリガーがあることも、疑わないとならないんですよ」
そう、そこがものすごく厄介なんだ。
「つまり、ミストに集約すれば効率がいいというだけで、トレーナーさえ居れば、調教はどこでも出来る。ミストは単に原料調達の場所だと考えた方がいい。トレーナーが何かのトリガーを使って人形を操作出来れば、ミストがあろうがなかろうが特に困らない。だから厄介なんですよ」
「そうか……何かしてるっていう証拠が」
「ないんです。今までも、これからもね。だから、そこは女性たちに取らせてる客との接点を利用して、第三者の介入で打開するしかないんです」
「証拠第一主義の俺たちには、どうにも手が出せないってことさ」
苛立った様子で、江畑さんがテーブルの足をがんと蹴った。
「術をかけたって現場を押さえれば……」
左馬さんが食い下がる。
「無理。それは物証にならない。私は隣の人と天気の話をしてただけですと言い逃れるトレーナーに、左馬さんならどう攻め込みます?」
「う……」
「つまりチームMでは、光岡さんだけでなく、同様にトレーナーの調教を受けているであろう女性たちを、トレーナーから『物理的』に隔離しないとならない」
「だから横取りして警察で事情聴取、なわけだ」
「そうです」
腕組みしたまま厳しい表情を崩さなかった左馬さんが、俺にぴしっと質問を投げつけた。
「JDAで横取りして警察で保護するのはいいけど、その後のJDAのケアに繋がらないんじゃないの?」
さすがだ。切れるなあ……。
「その通りです。ここにお集まりいただいているのは、あくまでもミストを瞬殺する態勢を急いで整えるためだけ。その後のことは、走りながら考えるしかないんです。ケアの実行は非常に難しくなります。手続き上の問題。効果を得られるかどうか。その両面ともね」
「うーん……」
左馬さんが、何度も首を傾げた。そんなに面倒なことなのかと言わんばかりに。その様子を見て、俺の悩みは倍増した。
左馬さんは、確かに切れ者だ。事態を冷静に見て、疑問点を放置しない。意思が強く、度胸がある。危機や困難に面しても、すぐ腰が砕けるということはないだろう。だが一度自分の中でイメージを固めてしまうと、それを頑固に
とりあえず、左馬さん個人にということではなく、メンバー全員で問題意識と危機意識を徹底共有してもらおう。それを自戒に繋げてもらうしかない。俺は、メンバーを見回しながら総括した。
「これからミッションを実行するにあたって、重要なお願いがあります」
ざわついていた場が静まるのを待つ。
「現時点では、まだ不確定要素しかありません。リスクが多過ぎて何が起こるか予測出来ません。でも、リスクを減らすために時間をかけてしっかり準備する余裕がないんです。当然、常に危険やアクシデントと隣り合わせになります。ミッションに参加してくださるみなさんは、心の備えだけは充分に整えてくださるようお願いいたします」
ゆっくり首を振って、俺の本音を吐き出す。
「私は、アドリブや出たとこ勝負というのは大嫌いです。それは私だけでなく、慎重な調査を社是とするJDAも、証拠第一主義の警察もそうでしょう。百パーセントの勝算がない限り、絶対に動きたくない。それが本音です」
ふう……。
「でも本件だけはそうは行かない。そんな時間的猶予がないんです。ですからこのメンバーの中で、私だけは全ての看板を下ろし、法の遵守を含め一切の縛りを受けずに臨機応変に動くことにします。その責任は私一人で全て負います。どうぞよろしく……お願いします」
みんなの前で深々と頭を下げた。
左馬さんが、俺を見て絶句している。そうさ。俺だって、こんなことは言いたかないよ。自分の身はかわいい。自分の生活や未来を無闇にぶん投げたくはない。でも、みんなに等しくリスクを負わせてしまう以上、言い出しっぺの俺がみんなと同じ役回りってわけには行かないんだよ!
ふうっ! 気合いを息に乗せて、ミーティングを締める。
「本件は 実質JDAの案件になりますので、指揮権と情報はフレディ所長のところに集中させます」
「了解」
「江畑さんは、ハーブティーの分析でクロが出たら、すぐにガサ入れの準備をお願い出来ますか?」
「ああ。ターゲットに出来るのはトラッパーだけだな?」
「はい。ブツを持ってるのは多分そいつだけですね。でも、所持だけでなく客のヤク使用を疑うなら、事情聴取の名目で店にいる全員を拘束出来ますよね?」
「おおっ! そうかっ! それでかっ!」
「私には、それしかセンサーやトレーナーの懐を探る手段が思い付かなかったんです」
「分かった! それなら合法的に出来る」
江畑さんには、俺が意図したことが読めたんだろう。一気に表情が明るくなり、気合いが入ったようだ。
「左馬さんは、これから私と一緒にミストへの潜入をお願いします。フレディが出してくれる調査員さんと入れ替わるタイミングになりますので、よろしく!」
「分かりました!」
「そして、光岡さん」
「はい」
「今夜は社長さんの家に泊まり込んでください。左馬さん、その連絡をお願いします」
「え? ど、どして?」
ぴっ! 光岡さんを指差す。
「二ヶ月間も強い暗示をかけられた自我崩壊寸前の人が、一日で回復するはずなんかないですよ。光岡さんは午後六時が近付くと、かけられた暗示に引きずられて必ずミストに向かおうとします」
「あああっ!!」
全員、大きな声を上げた。
「私のところに来た時にも、その兆候があったんですよ。うちに真っ直ぐ来てないんです。それをね。『物理的』かつ『強制的』にリセットしないとなりません。今日だけじゃありませんよ? 専門家による深層暗示の解除が完了するまでは、施設に入院という形になるでしょう」
「う……」
「光岡さんが、ミストでのトラブルに直接巻き込まれることはもうないです。でも、光岡さんの戦いはこれからなんですよ。覚悟を……お願いしますね」
「……はい」
「だから、左馬さんと社長さんにプライベートサポートをお願いすると言ったんですよ」
「恐ろしい……な」
江畑さんが低く呻いた。
「そらあね。そのくらいやらないと特級品の肉奴隷は作れないということなんでしょう。私が急いでいるわけ、分かりますよね?」
それぞれにメンバーが頷いた。
「じゃあ、これから私とフレディとで現場の段取りを詰めます。左馬さんと光岡さんは、社長に本ミーティングの内容を報告して、光岡さんのサポートを速やかに開始してください」
「おっけー!」
ぱんと跳ね上がるように立ち上がった左馬さんが、光岡さんを急かすようにして会社に戻っていった。
「ふう……」
手帳をぱたんと畳んだ江畑さんが、口をへの字にして唸った。
「うー、えれえヤマに突っ込んじまったな」
「すみません。本件、表に出るのは麻取の部分だけでしょう。はめられてしまった女性たちの人権保護の問題があるので、一番忌々しい人身売買の部分が一切表に出せないんです」
「だな。それをどう扱うかは、帰ってから上部と掛け合って詰める」
「お願いします! それと……」
「うん?」
「バイヤーをしでかしそうな、
「そらあ……数的にきついな」
「でも、アジア系じゃなく、過去に誘拐や性犯罪の前科がある欧米人という条件なら、絞れると思います」
「アジア系じゃない?」
「ええ、多分欧米人だと思います。黒幕がアジア系なら、コストのかかる日本でなんか調達しませんよ。自国生産です」
「む……」
「海外マーケットで売るなら、素養、教養の点でステータスのある日本人の方がいい。そう考えてるやつがいると見てます」
「分かった。当たってみる」
「お願いします」
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