(6)
「続けます」
俺は話をしながら、メモを取る左馬さんの表情をずっと見ていた。光岡さんと違って、さっきの俺の脅しにも平然としている。わたしにそんなの利くわけないでしょ。そんな感じだ。怯えの影がまるっきりなく、これから商談に臨むファイターの顔だ。それを頼もしいと考えるのは、普通の人。俺はそこまで甘くない。厄介だな……。
「そしてね。ここが肝心。よーく聞いてください」
「はい!」
「あなたは出されたお茶を飲んではいけません。必ず口を付けて飲むふりで止めてください」
「どうしてですか?」
「本当に飲んでしまうと、リスクがばかでかくなるからです」
「……。でも、飲まなくていいんですか?」
「飲んで薬の影響が本当に出れば、薬にやられたという演技はしなくても済みます。でも、その結果が……」
俺は光岡さんを指差した。
「最悪の場合、彼女と同じになりますよ?」
「う……」
「あくまでも、お茶を飲んで調子を崩したという演技でいいんです。その時に誰がどんなアクションを起こすか。私が確認したいのは、それだけですから」
「はい! 分かりました」
「これまでのパターンから見て、最初から左馬さんに深い暗示をかけようとはしないでしょう。またこの店に来るようにという、店にピン留めするアクションをまず起こすはずなんです」
「そうか」
「それなら、大した実害はないです。近々ミストは潰れますから」
左馬さんが、苦笑した。
「そうですね」
「左馬さんご自身で、トレーナーの特定をする必要はないです。てか、してはいけません。薬が効いて意識が飛んでる人に、そんなアクションが出来るわけはないんですから」
「あ……」
「あくまでも囮であるということを、しっかり認識なさってください」
「はい」
「なあ、みさちゃん」
フレディから質問が出た。
「なに?」
「みさちゃんの方では、こんな奴じゃないかっていうあたりは付けてないのか?」
「昨日光岡さんから夜遅くまで事情を聞いて、今日の午前中に光岡さんと左馬さんの会社で事情説明、フレディに依頼して、その直後に江畑さんのところに寄って、午後一でこのミーティング」
「ああ、そうか。まだ現場に行けてないんだ」
「そう。下見に行ってる暇がなかったんだ」
「うーん」
「光岡さんが昨日ミストに顔を出せていないエクスキューズを、どうしても今日中にこなしておかないと全てがパーになる。だから、すごく急いでるんだよ」
「了解」
「でも、トレーナーのプロファイリングは一応してある」
「どんな?」
「男。若くはない。たぶん老人。過去に不祥事か事件を起こして、医師としての仕事が出来なくなった精神科医」
「む!」
江畑さんが、さっと俺の発言を控えた。
「なぜ、男?」
左馬さんに聞かれる。
「ヤの字と売春婦の派遣でやり取りをしているはず。それは女性からは出来ないんです」
「え? どして?」
「ヤクザは男社会なんです。女性を全く信用してないの」
「へー……」
「暴力や脅迫に屈しやすく、修羅場で自分の意地や根性を通せない。周囲の状況で行動や思想をころころ変える。裏社会でそれをやられると、破滅につながるからね」
女がみんなそんなじゃないわ! そういうくっきりした不満の表情が、左馬さんの顔に出た。
「私がそう思ってるということじゃないですよ。連中の間では、そう考えられているということです」
「ふうん」
「女性から持ち込まれる話は、最初から疑ってかかる。持ちかけた女の出所がはっきりしてないと信用してくれない。でも『現物』を連れた男なら話は別です。今度デリヘルに女を派遣するから挨拶に来たと組事務所に行けば、それで話が済むんですよ。そしてヤの字同士のやり取りなら、必ず末端のちんぴらが表に出ます。こんなに潜りません」
「そ……か」
「老人ていうのは、どうしてだ?」
フレディの突っ込み。
「若い男や中年男性なら、介抱するアクションが他の客から見て不自然だからですよ」
「おーけー」
「精神科医ってのは、なぜだ?」
今度は江畑さんから。
「暗示をかけるっていうのは特殊技能ですよ。それを合法的にきちんと出来るのは、医師しかいないはずです」
「素人の付け焼き刃じゃだめ……ってことか」
「無理です。暗示が解けた途端に女性が騒げば、それで全部ぱーだ。お遊びじゃなく、人形作りを真剣にやるなら、相当腕こきじゃないとだめなんですよ」
「うーん……」
「その腕を悪用してるわけですから、必ず過去に何かやらかしてるはずです」
「それで前科……か」
「そしてね。そいつの施術が優れているだけでなく、深層暗示の手順がかっちり作り込まれているんでしょう。そこに乗せて、基準から外れた女性は捨てる」
「どの時点で見切るんだ?」
「客を取らせる前です」
「む……」
「トレーナーが密着していなくてもマインドコントロールが持続する段階まで行かないと、ミストから出さないんですよ」
「ってことは、女性への指示は店内で出してるってことだな」
「私はそう考えています。トレーナーは、人形の女性と一緒のところを外で見られるリスクを冒さないでしょう」
「ひでえな……」
「逆に言えば、トレーナーが人形に随伴して外に出ない限りは、店外に出た女性の保護にはリスクがないということなんですよ」
ぱん! フレディが、手を叩き合わせて大きな声をあげた。
「それで、か。納得だ!」
女性保護に調査員を出すことを躊躇していたフレディは、安心したらしい。
「でも、今の私のプロファイリングを鵜呑みにして先入観を持つのは禁物です。トレーナーが女性や若いやつであるケースも考えられますから。左馬さんは警戒を怠らないようにしてくださいね。」
「分かりました!」
「センサーは?」
「そっちは全く見当が付きません。誰もが聞き耳を立てているという前提が必要になります。そして……」
「ああ」
「トレーナーがセンサーを兼務しているという可能性も、当然考慮しないとなりません」
「なるほど。最小単位が四人ではなく、三人の可能性もあるということだな」
江畑さんが、メモを見ながら頷いた。
「はい」
「みさちゃん、決行日は?」
「潰すのは、最短でも明日です」
左馬さんが、甲高い声で俺をなじった。
「ねえ! 今日は出来ないの!?」
「出来ません」
「どうして?」
「準備が間に合いませんよ。トレーナーの特定は、左馬さんが体を張ってくれても今晩からしか出来ない」
「あ……」
「そこでトレーナーを特定し、女性調査員の方が回収してくれた飲み物の検体分析をし、最低でも証拠を一つ固めてからじゃないと、警察が動けないんです」
「そうか……」
「いきなり現行犯を狙っても、万一何も出てこなかった場合は誤認逮捕になる。その後、警察が全く動けなくなりますから。どうしても先に証拠が要るんです」
ぎりっ。左馬さんが爪を噛んだ。光岡さんは難を逃れることが出来るだろうけど、一日の遅れで不本意に男に抱かれる女性がいること。それに我慢がならないんだろう。気持ちは分かる。だが、今晩だけはアクションをぐっと堪えないとならない。まず、ファクト! どうしてもファクトが要るんだ!
【第十七話 チームM 了】
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