(3)

 悔しいんだろう。ぶるぶると体を震わせ固く口を結んでいた左馬さんは、目尻に涙を浮かべ、それでも頷いた。


「申し訳……ありません」

「私に謝ってもらってもしょうがない。今その是非についてがちゃがちゃ言い合ってる暇なんかないんです」

「ええ」

「重要なのは」


 くったり俯いてしまった光岡さんを指差して、きっぱり宣言する。


「もう光岡さんが、自力で自分をコントロール出来ないジャンキーにさせられているという事実なんですよ」

「……どうして」


 非難と同情が入り混じった表情で、左馬さんが項垂うなだれている光岡さんを見遣った。


「もう一度言いますね。光岡さんには何も非がありません。そこに居たのが左馬さんならば、左馬さんが被害者になっていたでしょう」

「!! ど、どういう……こと?」

「光岡さんは、勤務を終えられてから自宅に戻られるまでの間に田城たしろ駅近くのショッピングモールで夕飯の買い物をし、そこで軽くお茶して帰る。そういう時間の過ごし方をしていたんです」

「ええ」

「買い物は分かりますよ。でもお茶するっていうのは気分次第。普通はルーチンにしませんよね?」

「あ……」

「それが、最初からずーっと引っかかっていたんです。それも、いろんなところでお茶するっていうならともかく、ずっと同じ店なんでしょ? 光岡さん?」

「はい。ミストってとこです」


 ふう……。


「昨日、光岡さんから聞き取りをした後で、いろいろ情報を集めました。ミストがモールに出店したのは、ちょうど光岡さんがこの社に入社したのと同じくらい。まだ新しい店なんですよ」

「それが?」


 左馬さんが先を急かした。


「新しい店の評判というのは、すぐには決まらない。グルメガイドとかタウンガイドに宣伝込みで名前を載せて、最初はお得メニューで集客し、少しずつ評判を上げていく」

「そうですね」

「でもね、ミストに関する評価の書き込みが異様に多いんです」


 左馬さんと光岡さんが顔を見合わせた。


「おかしくないですか? ミストはいわゆるガイド誌には一切宣伝を載せてません。モールの中だと宣伝を打たなくてもそこそこ客が来る。そういう判断でしょう。地味なんです。それなのに、どうしてこんなに書き込みが集中するのか」


 地域SNSやモールの運営会社が主催する投稿サイトの投稿一覧。俺が検索して調べ、ミスト関連の投稿をプリントアウトしたやつを引っ張り出して、二人に渡した。


 『モールのミストってとこ、ハーブティめちゃうま!』

 『あれ、イケてるよね?』

 『すっごいおいしい!』

 『セットメニューお得だよー。ハーブティ付いてるし』

 『おいしいかあ? ちょっと癖あるけど』

 『おいしいよー。後味すっきり』

 『なんか、冴えるよね』

 『また飲みたくなるー。リピしちゃう』

 『んだんだ』

 ・

 ・

 ・

 ・


「地味で宣伝を打ってない喫茶店なのに、単独でスレが立つ。デザートや食事の記載はほとんどなし。飲み物だけ。しかも投稿者はほとんど女性だけ。女性専用のSNSじゃないんですよ? 私の目から見て、ものすごく不自然なんですよ」

「そうですね」


 左馬さんが頭を切り替えたらしい。ぐぐっと身を乗り出してきた。


「左馬さん。この続きを聞きたいですか?」


 しばらくじっと考え込んでいた左馬さんは、さっと席を立った。


「社長に……話をしていいですか?」

「是非お願いします」


 左馬さんは、俺が即オーケーを出したことに驚いたらしい。でも、サポーターは多いほどいいんだよ。


「この件、非常に厄介なんです。私一人ではどうにもなりません」

「なるほど」

「ですので、光岡さんのサポーターがどうしても必要なんですよ。現場には私が出張るにしてもね」

「分かります。少々お待ちください」


 あっけに取られている光岡さんを残して、左馬さんがさっと姿を消した。


「ううーん。すげえ」


 ぽかーんとチーフの背中を見送っていた光岡さんが、俺の方に振り返った。


「あの……」

「うん?」

「いいん……ですか?」

「いいも悪いもないの。この件、光岡さんの社の上位協力者がどうしても必要なんだ。左馬チーフは、その重要性をちゃんと汲んでくれた」

「はい!」

「うーん、あの若さで部長張るだけあるな。むっちゃくちゃ切れる。切れるわ」

「あの、どうして分かるんですか?」

「私は左馬さんを、やる気とエネルギーはとんでもなくあるけど、プライドがバカ高くて強情っぱりな人と読んでたの」

「うん」

「前者は長所。後者は短所。そしてね、どうしても追い詰められた時には短所が出ちゃうんです」

「あ! そうかあ」

「だからね、目いっぱい挑発したの。あんたは自分がかわいくて、部下を見捨てるんだねーってね」

「ひー」

「それにブチ切れて感情爆発するようなら、怖くてチームに組み込めない」

「チーム……ですか?」

「そう。チームM」


 光岡さんが、こそっと肩を落とした。わたしがみんなに迷惑かけちゃってる、そういう負い目があるんだろう。でも、光岡さんには何の落ち度もない。不運としか言いようがないんだ。不運があるなら、幸運だってあってもいいはずさ。そして、幸運は作れる。俺たちがね。だから、チームなんだよ。


「はっはっは。自分のためだけに誰かがサポートチームを組んでくれるなんて、一生に一回あるかないかですよ。だったら、今はそれをしっかり利用して、楽しんだ方がいい」

「げー。楽しめる……んですか?」

「楽しかないですよ。でも、そのくらい気持ちに余裕がないと修羅場を乗り切れません。本当にしゃれにならないんです」


 俺が目の前に拳を持ち上げ、全力で握り締めたのを見て、光岡さんも表情を引き締めた。


「はい!」

「左馬さんは私たちの緊迫感をちゃんと感じ取って、自分の仕事やスケジュールを二の次にしてくれた。それだけで充分なんですよ」

「そうかあ」

「そういう器の大きさを持ってるということ。社長さんがそれを見抜いたからこそ、あの若さで営業チーフに抜擢したんでしょ」

「はい!」


 ばたん! 突然ドアが開いて、はあはあと息を切らしながら左馬さんが戻ってきた。


「中村さん、済みません。社長にも話を通していただけますか?」


 そう来たか。もちろんその方がいい。


「すぐ伺います」

「よろしくお願いします。みっちゃんも一緒に来て」

「はい!」


◇ ◇ ◇


 フルオープンに近い社屋の間取りだけど、さすがに社長室だけは別室になっていた。でも、それも同じ空間内に後から組み込まれたという感じで、閉鎖感はない。オープン化が徹底してるな。


 ネットの会社情報で確かめてあったけど、リトルバーズの女社長さんも若かった。その若さが未熟さにつながっていないから、社の業績を順調に伸ばしているってことだ。左馬さんとはタイプが違うけど、社長さんも相当やり手なんだろう。


「どうぞ、おかけください」


 ソファーを勧められて、腰を下ろす。

 社長さんは、まだ四十になるかならないかくらいだろう。気さくな、気取らない感じの女性だ。容姿もスタイルも際立って優れているわけではない。でも、とても雰囲気が柔らかい。よくある若手社長の力任せ感がない。なるほど……。


 社長さんが名刺を出してきたので、俺もソファーから立って、背広から名刺を引っ張り出した。初対面なのにいきなり俺との戦闘モードになった左馬さんも、思い出したように名刺を用意した。名刺を交わしたあと、俺の方から先に自己紹介する。


「中村探偵事務所の中村操と申します。よろしくお願いいたします」

「株式会社リトルバーズの代表取締役、上条かみじょう遥香はるかです。初めまして」

「営業チーフの、左馬さま広夢ひろむです」


 応接セットに向かい合って着座してすぐ、俺から話を切り出した。


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