フレディとの出会い編 第六話 リライアンス

(1)

 高科さんがミーティング終了を告げて、見附さんのご家族と永井さんを見送るために会議室から出た後、残っていた俺たちは延長戦をやっていた。最後に殺伐とした雰囲気になってしまったことが気になっていたんだろう。沢本さんからダイレクトに突っ込まれた。


「なあ、中村さん」

「なんですか?」

「確かに俺は溜飲が下がったけどよ。あれはちぃとやり過ぎじゃないのかい?」

「いえ、これくらいやらないと効果がないんです」

「効果?」

「そうです。このトラブル、解決策は一つしかないんですよ。それを実行するには、麻矢さんが自力で現状を変えないとならない。そして早期解決させるためには、麻矢さんの翻意をちんたら待ってられないんです。だから全力でどやしました」


 腕組みして、沢本さんがじっと考え込んだ。分かんないかなあ。


「沢本さん。トミーという女は、刑期や猶予の有無がどうなろうと、必ずまた麻矢さんを付け狙いますよ。今回襲撃が未遂に終わったことで、もっと過激になるでしょうね」

「そりゃあ……」

「地獄絵図ですよ。毎日毎日、怯えて暮らさないとならない。しかも、家に篭っていれば安心とも言えなくなる」

「そうですね」


 はあっとでかい溜息をついたジョンソンさんが、ごつい拳でテーブルをがんがん殴りつけた。


「いえへのほうか。かぞくへのかがい。やくざへのいらい。いろんなてがつかえます」

「む……」

「見附さんの家は貧乏ではありませんが、大金持ちでもありません。高いお金を払って警備員をずっと雇っておくことは出来ない。そして、ご両親は仕事をされていますから、もし麻矢さんが家に立て籠もっても結局一人になるんです」

「耐えられんだろう?」

「発狂するでしょうね。つまりね、今まで麻矢さんがずーっと選択してきた逃げるという手段が、選択肢の中にもうないんです」

「そうだよなあ。じゃあ、どうすりゃいいんだ?」

「ねえ、沢本さん。沢本さんが麻矢さんの立場なら、逃げる以外にどういう解決法を採ります?」

「うーん、そう振られると、つれえなあ……」

「ジョンソンさんはどうですか?」

「わたしは、ちょくせつたいけつしてたたきのめします」

「うはあ! さすが、肉体派だあ!」

「はっはっはっはっは!」


 胸をぐんと張って、偉そうに笑うジョンソンさん。まあ、冗談だろうけど。


「沢本さん。アドベンチャーゲームで、敵が出てきた時のプレイヤーの選択肢って、だいたい三つなんですよ」

「ああ、分かる。逃げる、防御する、戦う、だろ?」

「そして、『逃げる』のコマンドは使えない」

「でも、麻矢さんに戦えってのは無理だろ?」

「無理でしょうね。防御、つまり耐える、我慢すると言うのも、逃げると併せて使ってもう限界だったんですから、無理です」

「うーん……それじゃもう打つ手がないぞ?」

「はい。でもさっきの三つのコマンドは、相手が敵だと分かってる時に選択するものなんですよ」

「あっ!」


 沢本さんが、拳で自分の頭をがんと殴った。


「そうか! しまった。昔のことをすっかり忘れちまってたなあ……」


 しみじみ呟いた沢本さんが、椅子に深く座り直した。


「現れたのが敵かどうかを、すぐに判断しちゃいけないってことだな」

「はい! 現れたのが敵じゃなければ、他のコマンド、例えば『仲間にする』っていうのが使えるんですよ。それを麻矢さんに使ってもらうためには、どうしても覚悟がいるんです」

「それで理解出来たわ。なるほどなあ」

「あの、わたしにわかりやすくせつめいしてもらえますか?」


 おや? ジョンソンさんのさっきの答えは冗談じゃなかったのか。おー、こわこわ。


「ジョンソンさん。会議の時に、私が麻矢さんに向かって加害者のくせに被害者のような顔をしてると怒ったのを覚えていますか?」

「はい」

「じゃあ、麻矢さんが『誰』に加害したか分かります?」

「む……」

「俺たちのことじゃないのか?」

「いや、私たちを知らなかった麻矢さんを、加害者だと責めるのは無理ですよ。違うんです」

「うーん、それもそうか。そうすると違和感が……」

「あの時は、誰もその違和感を指摘しなかった。それは、麻矢さんの態度が極端に自己中心的、セルフィッシュであることが見え見えだったからなんです。みんなを散々振り回したのに、まあだ自分しか見てないって。だから麻矢さんは完全な被害者なのに、みんなからあまり同情してもらえなかったんですよ。沢本さんも立腹されていましたよね?」

「ああ、確かにそうだ」


 何かに気付いたように、ジョンソンさんが前屈みになっていた上体をぐいっと起こした。


「そうか。そういうこと、ですか……」

「分かりました?」

「ええ。まやさんは、じぶんしかみていないから、じぶんのたいどやことばやふるまいが、ひとからどうおもわれるかをかんがえない。じぶんがだれかをきずつけていると、きづかない」

「正解です」


 ジョンソンさんは、すぐに厳しい表情になって、また前屈みの姿勢に戻った。


「お互いの意思をやり取りをするというのは、キャッチボール。今、この三人の間でも、上手にボールのやり取りが出来てますよね?」

「ああ、そうだな」

「そうですね」

「それは、自分からボールを投げて、相手に受け止めてもらう。相手が投げたボールを、自分が受け止める。そのコンビネーションが成立して初めてうまくいくんです」

「それで?」

「じぶんが投げたボールが相手から全く返って来なかったら、お二人はどう感じます?」


 ジョンソンさんと沢本さんが、顔を見合わせる。


「バカにされたと、感じませんか?」

「そうか。それで……か。うーむむむ」


 ジョンソンさんが大きな声で呻いた。


「もっとも近しい関係にあるご両親や永井さんとも、上手にキャッチボール出来てない。それじゃあ、それ以外の人とはもっと出来ないです」

「なあ、中村さん。それじゃあ、もっといっぱいトラブルを抱えていてもおかしくないんじゃないか? 大学や今の勤務先ではそういう軋轢はないんだろ?」

「ないですね。でも、それは彼女と誰も深くコミュニケートしようとしないから。表面上の付き合いで済ませているからです」

「そうですね」


 ジョンソンさんが、大きく頷く。


「露骨に嫌ったり、敵視するアクションを起こさない限り、内気な人だからそっとしておこうと思われるくらいで、それ以上の積極アクションは誰も起こしませんよ」

「ああ、そうか」

「そして、自分がそうしてもらいやすいやすい環境を、麻矢さん自身が選んだり、調整してる。計算尽くです」

「そんな風には見えなかったけどなあ……」

「ただの内気な女の子なら、もうとっくにストレスで潰れてますよ。頭がよく、忍耐強く、努力もする。私は派手にどやしましたけど、資質としては平均以上だと思います」

「なかむらさん。まやさんのけってんが、いいところをぜんぶけしてるということですか?」

「それで、ぴったりです」


 ジョンソンさんが、はあっと大きな溜息をついて何度も首を振った。


「もったいない」

「本当にもったいないですよ。ダメな人間だと思い込んで全てを自分から下げてしまう人なら、いいよあんたの勝手にしろなんです」

「ああ」

「でも、麻矢さんは違います。たった一か所の穴から、自分のいいところを全部漏らしてしまってる」

「なあ、中村さん。その欠点は、後ろ向きってことかい?」

「違います。麻矢さんは、自分の感情や意見を出すことを極端に嫌がるんです。それじゃ、絶対にキャッチボールが成立しない。それを分かっていながら、自分から改善しようとしないことが欠点なんです」

「うーん……」

「そんな風になってしまったのは、麻矢さんの責任だけじゃないかもしれませんね」

「ええ。わたしもそうおもいます」


 ジョンソンさんが、麻矢さんの座っていた席を指差した。


「ごりょうしんも、おばさんも、よくきがきくひとです。まやさんがこまっていると、さきまわりしてこっそりささえてしまう。そうじゃないでしょうか」

「なるほどっ!」


 沢本さんが、派手に手を叩いてぱんと鳴らした。


「それでか!」

「内気な一人娘ですからねえ。庇いたくなる気持ちも分かるんですけどね。でも麻矢さんの成長に伴って、親も永井さんもずっと囲い込んではいられなくなります」

「ええ」

「そして麻矢さんは頭がいいですから、親や伯母さんにはいつまでも頼れない、自力でなんとかしないとダメっていうのはちゃんと理解してるんです」

「それが、なぜうまくいかなかったんですか?」

「麻矢さんのチャレンジが、立て続けに失敗したからです」


 両拳をがっと握り締めたジョンソンさんが、顔を真っ赤にしてテーブルが壊れるんじゃないかってくらいぶっ叩いた。


 があん!


「ガッデム!!」


 沢本さんが、その怒気に驚いて慌てて椅子を引いた。


 ジョンソンさんの怒りは、俺らや麻矢さんに向けられたものじゃない。事前調査が甘かった自分自身に対する怒りだろう。ふうふうと荒く息を吐いたジョンソンさんは、悔しそうに何度もシット(くそっ)と吐き捨てた。


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