(5)
「でもね、そういう変則な依頼ばかりになってしまった全ての原因は、本来の依頼人であるべき麻矢さんの曖昧な態度なんです」
ぎっちり麻矢さんを睨み付ける。
「いいですか? 麻矢さん。あなたはトミーの奴隷には絶対になりたくなかった」
「はい」
「そのあなたが、なぜ私たちを奴隷扱いするんでしょう?」
「……」
「あなたのご両親も、永井さんも、あなたの発した危険信号を察知して、機敏に動いてくれた。でもあなたが全ての情報を隠してしまったことで、関係者間の連携がずたずたに切れて、全員が危険に曝されることになった。それは、自分さえよければいいという態度なんですよ。私たちの人格を何も考えてない! 奴隷扱いしてる! 違いますかっ!?」
分かってないね。まだ自分が被害者だと思ってやがる!
「いいですか? 繰り返します! 私たちは、あなたの奴隷ではない! 自分の命を懸けてまであなたを守ったり、困難を肩代わりする義務なんかひとっつも負ってない! ひとっつもです!」
「だ、だって……」
「麻矢さんが私たちの存在を知らなかったから、ですか? それなら、なぜ事件の後ですぐ動かなかったんでしょう? 私は会議の冒頭で咎めましたよね? 麻矢さんは、助けてくれた沢本さんやジョンソンさんにちゃんとお礼を言いましたか?」
「い……え」
「お二人の所属や任務が何であっても、あなたが真っ先にすべきことは、危険を顧みずに自分を守ってくれた人に心から感謝する、その気持ちを伝えることなんです! 出来てない! してない! 自分しか見てない! だから、こうやって全力でどやしてるんですよ!」
がりがりがりがりがりっ! まるで、あの世からブンさんが俺に降臨したかのように、俺は依頼人側の関係者全員を徹底的にこき下ろした。
だんっ! テーブルを力任せにぶっ叩いて、ぐるっと関係者を見回す。
「いいですかっ? 私がこうやってがあがあ文句を言ってるのは、みなさんの態度に頭に来てるからじゃない! そんなくだらないことはどうでもいい! 次のステップに進む。つまり、これ以上事態を悪化させないためには、みなさんの緩みや思い込みを徹底的に排除し、意識をちゃんと原点まで戻して足並みを揃えてもらう必要があるからなんです!」
麻矢さんと関係者を全力で睨みつける。
「これからも、今までみたいにてんでばらばらのままでは絶対に困る! 他人事じゃない! 自分自身に降りかかることなんですよ!? はっきり言いますね! このトラブルにはまだけりがついていません! 終わっていないんです!」
そして、厄介ごとはもう麻矢さんだけでは収まらないんだよ! 少なくとも、その危機意識を関係者全員が頭に叩き込んでおかないと、不幸を再生産してしまう。俺は、改めて麻矢さんをぎっちり睨み付けた。
「この件の当事者は誰ですか?」
みんなが麻矢さんを指差した。
「麻矢さん。あとは自分が何をすべきか、分かりますよね?」
「……はい」
ふう……本当に難しい。
最初から麻矢さんを本気でどやしてしまうと、もう二度と心の蓋が開かなくなる。それに親や永井さんが俺を敵視して、麻矢さんをフルガードする態勢になってしまう。言っちゃ悪いけど、その時点で麻矢さんは一生廃人決定だ。庇護を受け続けない限り、生きていけなくなるからね。
それを避けるために、クライアント全員のヘマを指摘して心理的圧力をかけ、麻矢さんを庇おうとするアクションに先に釘を刺した。それから、麻矢さんが誰にも知られたくなかったであろうレズ絡みの事実をあえて暴露した。俺がかき回して強制的に距離を確保しないと、親や伯母さんが麻矢さんを批判的に見ない。ガードが外れないんだ。親や伯母さんという麻矢さんの逃げ場を先に塞いでおいてから、一切の咎め立てなしで淡々と事実を並べて、麻矢さんの真情を引き出した。
真相をげろする。それで終わりなら、うんと楽ちんさ。でも、必要なのは真相究明じゃない。再発防止なんだ。対策は、これから始まるんだよ。だから、最後に麻矢さんをピンポイントで徹底的にどやして、残っていた彼女の逃げ場を全部潰したんだ。
隠すという手段、黙るという手段がどちらも使えない状況にして、恐怖を利用することで、どうしようもなく内向きの意識を強制的に外に向ける。俺は……そんな荒療治はしたくなかった。恐怖に駆動させるやり方は好きじゃないんだ。それは、裏目に出るとそいつを壊してしまうから。でも、ここまで来てしまうともう裏も表もない。危機はすぐ目の前にあるんだ。それを自力で乗り越えないと、自滅しちまうんだよ!
「ったく」
俺が打てる手は、全て打った。でも、それはあくまでも俺からのアドバイスに過ぎない。麻矢さんは俺の奴隷ではないからね。俺のアドバイスを活かすか無視するかは、最終的には麻矢さんの意思に委ねられるんだ。
一度深呼吸してから、抑え気味に話す。
「いいですか? 高科さんがされた最初の挨拶の中で、もう一つ大事な言葉が残っています。包括的解決。みなさん、意味が分かりますか?」
見附さんご夫婦も永井さんも、首を傾げてしまった。
「麻矢さんの関わったトラブルは、麻矢さん自身が解決するしかありません。解決への努力を私たちが代行することは出来ないんです。立場的にも、契約上もね」
「……はい」
「ですが、アドバイスしたり、お手伝いすることは出来るんです。だから、包括的、なんですよ」
「あ」
「一方的に筋論をがりがりぶちまかす私と違って、ジョンソンさんはとても優しいんです。犯人が捕まったからあとは知らないということには、決してしていません。これから、私たちのような調査会社に相談しにくくなるであろう見附さんや永井さんに、次にどうすればいいかの指針を示してくださるでしょう。でもね、それはジョンソンさんに課せられた義務ではありません。あくまでも、ジョンソンさんの厚意、ボランタリーなものです。それを……どうかご理解くださいね」
「はっはっはっはっは!」
全身を揺すって豪快に笑ったジョンソンさんが、すぱっと席から立った。
「なかむらさんは、とてもおじょうずですね。おして、ひいて、ひはんして、どうじょうして、いろいろなこころのひきだしをあけてくれる。みなさん、なかむらさんのおてつだいにかんしゃしましょう。わたしは、とてもあどばいすしやすくなりました」
にっこり笑ったジョンソンさんが、俺の肩をがっと抱いた。
「こういうとらぶるのときには、だれかがわるものにならないとまるくおさまりません。こんかいは、なかむらさんがあくやくをひきうけてくれたんです」
すうっとぶっとい腕を前に伸ばしたジョンソンさんが、麻矢さんを指差した。
「まやさん。あなたは、それをわすれてはいけませんよ。はんにんをとりおさえたわけは、わたしはじえいのため、さわもとさんはおしごとだからです。でも、なかむらさんがまっさきにとびだしたのは、じゅんすいにあなたをしんぱいしたからです。ぶきなしで、なにもできないのに、きけんをかえりみないで」
ごつい顔を真っ赤にして、ものすごい声量で、ジョンソンさんが全力でどやした。
「あなたは、それをぜったいにわすれてはいけません!!」
温厚に見せているジョンソンさんの中身が、紛れもなく恐ろしい猛獣であること。俺も含めて、全員がそれを認識したと思う。そのとてつもない威圧感は、俺の偉そうなどやしを不愉快そうに聞いていた見附さん夫婦や永井さんの不遜な態度を木っ端微塵にする破壊力があった。
し……ん。
静まり返った会議室に、麻矢さんのすすり泣きの音だけがずっと響いていた。
【第十二話 スレイブ 了】
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