(2)

「最初からの流れを、一度整理しますね」

「ああ、俺のどたまでも分かるように頼む」

「今回賽銭泥棒にやられた四社は、宇佐美さんが氏子さんの代わりに面倒を見ている末社の中でも、もっとも氏子さんの質が悪いところです。代が変わって、そもそもお社に興味がない。自分が氏子であることを知らない人すらいる」

「なるほど」

「参拝者も管理者もいない放置された寂れた末社。宅地化が進んで住民が入れ替わりつつある都市近郊では、決して珍しくなくなってます」

「うむ」

「だからこそ宇佐美さんが見かねて、外様の越権行為なのは承知の上で、手弁当で管理を代行してるんですから」

「確かにそうだな」

「その宇佐美さんでも、してきたのはせいぜい見回りと掃除だけですよ。今回のような大きなアクシデントがない限りは、それ以上深く関わることはなかった」

「ああ」

「つまり、そこは街の盲点なんです」

「盲点か」

「はい。社ですから、寂れてはいても参拝者がいるかもしれない。人がいてもおかしくはないんですが、人がいない時の方が圧倒的に多い。目立たない場所です」


 一番人通りが多い子安神社ですら、俺と雅恵ちゃん以外の人の出入りがなかった。パワースポットならぬ、ミッシングポイントだよ。


「でも、普段無人のところに頻繁に人の出入りがあれば、それは近所の人に怪しまれます」

「そうだね」

「それが、今回の賽銭箱の騒動で、社の関係者、警察、地元の氏子さん、杉田さんのような工事関係者、一時的に人の出入りが増えて、人がいることへの注目度が下がってるんです」

「む!」

「つまり周囲の人目が少なくて見つかりにくいけど、もし見つかっても怪しまれない。そういう状況を意図して作ってる」

「作る……か」

「そうなんです。それは決して偶然なんかじゃない。明らかに目的があるんです。一か所じゃなく四か所というのもそう。どこか一点に注目されないよう分散させるため」

「むぅ……でも、何の目的だ? 賽銭なんざ箱が新しくなっても増えるわけないだろ?」

「もちろんです」

「うーん……じゃあ、何が?」


 核心部分。でも、杉田さんの好奇心をいたずらに刺激するわけにはいかない。俺の説明は、あくまでもヤバいところに近付くなという警告でとどめる必要がある。


「見当は付きますけど、まだ何とも。それよりも、何か事が起きた時に杉田さんがとばっちりを食う状況だけは、すぐに解消しておかないとなりません」

「よく分からんが……俺はどうすりゃいいんだ?」

「賽銭箱の鍵をすぐに義仁さんに返してください。メンテに必要な時は氏子さんから鍵を借りられるから、それで間に合うって」

「ああ、確かにそれがスジだな。あとは?」


 ここだ! 俺がここに来たのは、杉田さんの足を止めるためだけなんだよ。


「しばらくの間、四つのお社には絶対に近付かないでくださいね。君子危うきに近寄らず、です」

「わ、分かった」


 まだ動揺が見て取れる杉田さんだったけど、おずおずと俺に探りを入れた。


「なあ、中村さんよ」

「はい?」

「あの賽銭箱に……銭以外のものが入るってことなんだろ?」


 さすがに気付いたか。


「そうだと思います」

「何が……入るんだ?」


 思わず苦笑した。


「それは、さっき言った通りです。見当は付きますが、今はまだ分かりません。賽銭箱に入るんですから、お社にとっては思わぬ贈り物ってことになるんでしょうね」

「うーん……」


 腕組みして考え込んでいた杉田さんは、僕が帰り支度を始めたのを見て慌てた。


「ああ、済まんね。茶ぁ一つ出さんで」

「いえいえ、おかまいなくー」


 立ち上がってジャケットを羽織った俺の背中越しに、杉田さんが予想外の質問を飛ばしてきた。


「なあ、中村さんよ」

「はい?」

「雅恵ちゃんのは依頼だって言ってたけど、銭は取ったのかい?」

「もちろんです。私は商売で探偵をやってますから、ただ働きは絶対にしません」

「いくら……だ?」

「ははは。さすがに高校生から大金はもらえません。基本料金は値引きで、日当だけ日数分いただきました。四日で二万円です」

「それでも、高校生にはきついなあ……」

「まあね。本当は、タダでやってあげたかったんですけど、依頼は依頼です。おじいさんが筋を通す人ですから、おまえは依頼者が女の子の時には甘いのかと突っ込まれたら、私も彼女もばつが悪いですよ」

「ははは。それもそうか」

「今回の騒動は、関係者が契約の締結前に勝手に動いたから起こったこと。私に依頼費用を払って契約をきちんと完了させれば、彼女は責任や信用ということの重要性を絶対に忘れないでしょうから」

「そうだね。じゃあ、俺のはどうなるんだ?」


 まあ……心配になるわな。でも、これは俺が請けたことじゃないんだ。


「杉田さんの依頼を受けての話じゃないですから、もちろんお金はいただけません」

「そうかい」

「でも、私のサービスやボランティアでもありません」

「は?」

「すぐ目の前が崖なのに、それに気付かないで歩いてる人がいたら、危ないぞーって大声で止めるじゃないですか」

「ああ」

「そういうもの。当たり前のことです」

「いいのかい?」

「いいも悪いもないです。探偵っていう商売は、そういうのの連続なんですよ。何かを知れば、そこからどんどん思わぬ方向に派生して行ってしまう。とても恐ろしいことなんですけど、それをさばけないと探偵なんか出来ません」

「若いのに、しっかりしてるなあ」

「いえ。そういう生き方を目指さないと……」

「うん」

「ひねくれ者の私は間違いなく崩れますから。大迫さんのお孫さんのことなんか、偉そうに言えませんよ」


 俺が杉田さんの窮地を救うために自分の生命や財産を懸けなければならないなら、それが妥当かどうかはやっぱり考えちゃうさ。でも、ほんの少しの警告やアドバイス、指示で危険を回避させることが出来るのなら、それは確実にしておかなければならない。リスクは、いついかなる時にもゼロには出来ないけど。ゼロに限りなく近付けることは可能なのだから。


「じゃあ、今日はこれで失礼します。状況の変化があれば逐次お知らせいたしますので」

「助かる。大事にならなきゃいいがなあ」

「そうですね。でも、二、三日中には何かしら好ましくない動きがあるでしょう」

「むぅ」

「お社は神様のおわしますところ。それなのに、ろくでもないことを考える連中が多過ぎますよ」

「全くだな」


 杉田さんが、顔をしかめて何度も舌打ちをした。


◇ ◇ ◇


 杉田さんほどの高リスクではないにせよ、宇佐美のじいちゃんにもリスクはある。雅恵ちゃんに、近頃何かと物騒だからおじいちゃんには夜間の見回りを決してさせないようにと注意喚起した。もっとも、目があまりよくない宇佐美のじいちゃんは夜は出歩かないらしいから、あくまでも念のため、だ。大迫さんは終日店から離れないから大丈夫。


 俺が杉田さんのお宅を訪ねた翌日、杉田さんが早速賽銭箱の鍵を返しに行くと言ったから、待ち合わせて一緒に大迫さんの店に行った。あれから、大迫さんが孫をこっぴどくとっちめたと見た。ぶすくれた若い男が渋々って感じで店番をしていた。格好といい、態度といい、ちゃらいなあ……。しかも、店に入った俺らを見ても不機嫌なまま。愛想笑いもいらっしゃいませもありゃしない。なんだかなあ。それを見て苦笑いしていた杉田さんは、作業服のポケットから鍵束を取り出した。


「ああ、ヨシくん。この前はどうもな」

「っす」


 ぞんざいな返事。ほんとにどうしようもないね。杉田さんの声が聞こえたんだろう。奥から隆晴さんが慌てて店に出てきた。


「正ちゃん、ほんとに済まん」


 態度のでかい孫とは対照的に、ぺこぺこと何度も頭を下げる隆晴さん。気の毒だよ。


「その件はおとついでしまいさ。蒸し返すのはなしにしよう」

「済まんね……」

「それより、賽銭箱の鍵を返しに来たよ。やっぱり、氏子以外の人が鍵を持ってるのはまずいよ。俺が不具合見る時には、氏子さんから鍵を借りる。それで済むからね」


 俺は、その時の孫の様子をじっと見ていた。さっと表情が強張った。明らかに動揺している。


「ヨシくんから、氏子さんに渡しといてくれ」

「っした……」


 見る見る大迫さんの顔が紅潮した。がっつりどやさないとならないネタがまた増えて、頭に血が上ったんだろう。血管が切れないといいけど。賽銭箱の鍵を氏子さん以外の人に預けるのは、それにどんな理由があろうとも論外だよ。でも、俺的には筋論はどうでもいい。孫と杉田さん以外に、俺と大迫さんが鍵の受け渡しに立ち会ってる。杉田さんがもう賽銭箱の鍵を持っていないってことを証明できる証人が、どうしても複数人必要だったんだ。


 賽銭箱の鍵を持っていないこと。賽銭箱には設置時以降、一度も近付いていないこと。事件への関与を否定出来る確実なアリバイを二つ確保した。これで、杉田さんが事件に巻き込まれるリスクをうんとこさ下げられる。よし! 一通りの備えが済んだ。


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