(2)
いやいや、昔を振り返ってる場合じゃない。まだ肝心の本題が出てないんだ。先を急ごう。
「で、おじいさんは、杉田さんのどこが気に食わないわけ? そして、どうしたいって言ってるわけ?」
「そこなんです!」
女の子の声に悲壮さが混じった。相当こじれてるってことなんだろう。
「おじいちゃん、話がうま過ぎるって言うんですよ」
「うま過ぎる……か」
「はい。賽銭箱がぼろぼろなのは、急にそうなったってことじゃないです。前からです」
「そうだよな」
「それなのに、突然泥棒が次々賽銭箱を壊して」
「うん。それを新品にする必要が出てきた、と」
「はい。一か所ならともかく、こんなに次々じゃ……」
「何か所やられたの?」
「四か所です」
確かにおかしい。中身のお賽銭を抜かれるだけならともかく、四か所も破壊じゃな。おじいさんの疑念は真っ当だ。
「付き合いが長いので、おじいちゃんは大迫さんは信用してます。でも大迫さんの紹介って言っても、杉田さんは信用してないんです。自分で賽銭箱を壊して、売り込んでるんじゃないかって」
いや、それは多分ないな。ないと決めつけるのはまだ早いけど、でも、ないな。
「だけど、賽銭箱をどうするかは、まだ氏子さんとの話し合いの決着が付いてないんでしょ?」
「それが……」
「げ! 大迫さん、作っちゃったの!?」
「そうなんですよー。一つが八万。それが四つ」
「三十二万か。微妙だなー」
「おじいちゃん、材料費と工賃が半々だって説明を大迫さんから受けてて、材料費の分はしょうがないけど、工賃なんざびた一文出さないって」
「ぐげえ!」
思わず変な声を出しちゃったよ。
「さ、最悪じゃん」
「うう」
「おじいさんは、まだ正式に製作依頼してないのに勝手に現物作っちゃった大迫さんをどやしたい。でも、これまでの付き合いのことがあるから、材料費くらいはしょうがないと考えてる。でも、本当は一円たりとも出したくない」
「はい。そうだと思います」
「つまりおじいさんは、杉田さんが手間賃欲しさに大迫さんをそそのかし、急かしてものを作らせちゃったと考えてるわけだ。だから、怒りの矛先が大迫さんを飛び越えて、杉田さんに向いちゃってる」
「間違いなく、そうだと思います」
「でも、杉田さんの立場からすると、それは違うよ」
「そうですか?」
「そうさ。大迫さんからの依頼があって、期日に間に合うように全力で作ったんだろう。俺はきちんと仕事をしたと思ってるさ。当然ね。そして大迫さんは、おじいさんと話をした時点でもうゴーサインが出たと思ってる。だから製作を急いだ。それしか考えられないよ」
女の子は、どうしてもおじいさんや大迫さんのミスだと考えたくないんだろう。
「でもぉ……」
「おじいさんが、そんないい加減な依頼をするはずないってことでしょ?」
「はい。たかが賽銭箱って言っても、必ず契約を結ぶと思うんですけど」
「そこも、社殿本体じゃないから、双方に意識のずれがあったんじゃないかなあ。まあ、いいや。問題はさ」
「はい」
「じゃあ、僕は何をすればってとこなの」
雅恵ちゃんは、依頼を口にすることをしばらくためらっていた。でも、意を決したように切り出した。
「……。三人を仲直りさせてっていう依頼は……ダメ、ですか?」
ずどおおおん! 思わず大げさに引っくり返っちゃった。今目の前で話をしてるのがいたいけな女子高生じゃなかったら、フザケンナバカヤロウってどやしてさっさと帰っただろう。
でも、俺もオトコだよ。かわいい女の子が、お目目うるうるで切なくお願いしてきたら、やっぱりぐらっとくるじゃん。なんとかしてあげたいって思うじゃん。俺は、そこがめちゃめちゃ甘いってことなんだろなあ……。ブンさんがもし生きててここにいたら、手一杯ぶん殴られたかも知れない。ううう。
とりあえず、雅恵ちゃんの方の事情は大体分かった。それを前提に、一度仕切り直ししよう。
「ええと。今までの情報だけじゃ、まだ出来るとも出来ないとも言えない。もうちょい詳しい情報が欲しい。それと……」
「はい!」
雅恵ちゃんが勢い込んで身を乗り出してくる。必死だ。こてこてのおじいちゃん子なんだろなあ……いいなあ。
「探偵……って言うか、僕がやってる調査業っていうのがどういう性格の仕事なのかを、その時に説明します。それをよく聞いて、僕に依頼するかどうかを判断してください」
「あ、そうですよね。分かりました」
「でね。今日はこういうスタイルでやったけど、時間が遅くなると物騒なんで、今度はもうちょっと早い時間に、気兼ねなく出来る方法で打ち合わせしましょう」
「はい。でも……」
「校則でいろいろ制限があるんでしょ?」
「はい。喫茶店とかもダメなんです」
「やっぱりね。まあ僕は貧乏だから、最初からそういうところを使うつもりはないけどさ。ええと」
「はい」
「横手町に、イズミっていう激安スーパーがあるのを知ってる?」
「知ってますー。そこで買い物することもあります」
「そこが、僕の買い出し拠点なの」
「へー」
「特売よく出るし、見切り品の値引き幅が大きいし」
「うわ……よく調べてるんですね」
「生活かかってるからね」
カバンから、チラシの束を出してひょいひょい振る。
「チラシのチェックが趣味みたいなもんだから」
どて。雅恵ちゃんがぶっこけた。
「でもぉ。そんなとこで話が出来るんですかあ?」
「あそこには休憩コーナーがあるの」
「あ! 知ってます。入って左手の奥の方に」
「でしょ? 無料のお茶サービスとかがあって、そこでお弁当を食べたりすることも出来るの」
「お年寄りがよく使ってますね」
「あはは。僕がそこで時間を潰すことはないけど、こういうことに使えるスペースなのは間違いない」
雅恵ちゃんは困惑顔。結局、知らないオトコと話をするってことは変わらないんじゃないの……そう思ったんだろ。
「今以上に、いろんな人が出入りしてるから目立っちゃう。それが心配ってことでしょ?」
「はい」
「そこで君が僕と話をしていても絶対に怪しまれない。そういう風にセッティングする。心配ないよ」
「え? セッティング……ですか?」
「そう。さっきも言ったと思うけど、ボクハタンテイデスなんて看板ぶら下げて歩いたら商売にならないからね」
「あ、そうか」
「依頼人と話をしていても怪しまれないための工夫は、いつでも要るから」
「分かりました」
「スーパーの定休日には使えないから水曜日はだめ。それ以外で、宇佐美さんが少し早めに下校出来る日を指定してください。それに合わせて時間を作ります」
「日曜とかは?」
「日曜は僕のコンビニバイトがフルタイムだから、ちょっとしんどいな」
「そうかー。済みません。なんかご迷惑かけちゃって……」
迷惑、か。確かに、カネになるかどうか分からない微妙な案件だ。でも、俺は所長に大見得を切ったんだ。
『沖竹で手に負えない案件があれば、俺が請けます』
大手とは違うポリシー、調査手法、解決手段を模索しないと、独立した意味がない。生活がかかってるからボランティアにするつもりはないけど、だからと言って最初から門前払いにはしたくない。いっちょ腰据えて取り掛かることにしよう。
「とりあえず、今日はここまで。暗くなっちゃったけど大丈夫?」
「はい! おじいちゃんの家は神社の敷地の中じゃなくて、門前町の通り沿いにあるので」
「ああそうか。あそこだと夜でも人通りがあるし、明るいものね」
「安心ですー」
「じゃあ、気をつけて帰ってね。連絡をお待ちしてます」
「ありがとうございます!」
「あ、それと」
「なんですか?」
「ここでの話は、おじいさんや関係者にはまだ伏せておいて下さい。当事者以外の人が中途半端に絡むと、かえって事態をこじらすことがあるからね」
「そっか。分かりました!」
「じゃあ、これで」
「失礼しますー」
ほっとしたんだろう。さっと参考書を畳んでカバンにしまった雅恵ちゃんは、ぺこぺこ頭を下げながら走って行った。
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