独立直後編 第二話 賽銭箱

(1)

 最初の大仕事をすっきり解決出来て、俺は少し気が緩んでいたんだろう。コンビニで俺に話しかけてきた女の子の依頼が、実はとんでもなく厄介だってことにすぐに気付けなかったんだ。不覚。俺もまだまだだよなあ……。


◇ ◇ ◇


 コンビニを出たその子を連れて、街中の公園の街灯の下に移動する。もう暗くなっていたけど、人通りの多いところだし、並べられているベンチにも結構人が座っていて、こっそり話が出来るという雰囲気ではない。俺から名刺を受け取った女の子は、きょろきょろと不安げに周りを見回した。


「あの……」

「なに?」

「ほんとにここで話するんですか?」


 思わず苦笑する。


「あのね」

「はい」

「君は高校生。しかも、その制服は名門女子高のだよね。そして僕は、見ての通りの冴えないあんちゃんだ。そういう大人と学生の組み合わせが閉鎖空間で目撃されると、どうしても嬉しくない誤解をされるの。援交とかね」

「あ……」

「でしょ? 僕はなんとかなるけど、不利益が全部君にくっ付いてっちゃうからね」

「そっか」

「こういうオープンスペースで、人目のある明るい場所。君は一人で座っていて、僕は君から少し離れて立ってる。第三者から見ると、僕らが親しげに話をしているようには見えないでしょ?」

「すごーい!」

「探偵っていうのは、目立たないのが一番だからね」

「へー」

「ああ、それと、本か何かを読んでるふりをしててください。念には念をで」

「分かりました!」


 女の子がカバンから分厚い参考書を一冊出して、それをぱかっと開いた。びっしり書き込みとマーカーの跡がある参考書。勉強熱心なんだろう。しっかりしたまじめな子だということがすぐ分かる。しょうもない万引き高校生どもと同じ人種だとは、とても思えないよ。俺も尻ポケットから手帳を引き抜いて、女の子との面談の内容を書き取る準備をする。


「ええと。まず君の名前から教えて下さい

「宇佐美。宇佐美雅恵です。聖ルテア女子高の二年です」


 ふむ。宇佐美姓か……。


「あの……なにか?」

「いや、この街で宇佐美姓の人なら、お社の関係者さんなのかなあと思ってさ」

「わ!」


 女の子は仰天したんだろう。その後、言葉が出てこなくなった。


「そ、そんなこと……分かるんですか?」

「ははは。亡くなった僕の師匠から、名前ってのは重要なキーワードだってことをがっちり叩き込まれたからね。街の名士や有名人、特殊な職業の人。そういう人の名前はちゃんと覚えておかないとさ」

「そうかあ。確かにそうです。うちのおじいちゃんが、高嶺たかね神社の禰宜なんです」

「やっぱり! 高嶺神社って、由緒のあるところじゃないか。すごいなあ!」

「そうなんですけど……ちょっと……」

「どうしたの?」

「うちのおじいちゃん、そこだけでなくて、近くの末社さんの面倒も見てるんですよ」

「ほう。名前だけの禰宜や氏子さんが多い今、しっかり仕事をされてるんだ」

「はい! 頑固だけど、頼りになります」

「うん」


 女の子が、おじいちゃんをすごく尊敬してるってこと。それがダイレクトに伝わって来る。


「でも、おじいちゃん、最近怒ってばっかで」

「何かあった?」

「はい。その末社さんの賽銭箱が立て続けに壊されて、お賽銭が盗まれたんです」

「あだだだだ。賽銭泥棒かあ。警察には?」

「届けてます。でも、被害額が小さいんです」

「だろうなあ。小さくて地味なお社の賽銭箱なら、その中のお賽銭の額もたかが知れてるものね」

「はい。賽銭箱自体があちこち腐ってぼろぼろでしたから、子供でもお年寄りでも中身を盗もうと思ったら盗めちゃいますし。壊されるまで気付かなかっただけかも」

「うん」

「盗まれたお賽銭の額は大したことないと思うんですけど、問題は……」


 ぱちん! 思わず指を鳴らしちゃった。


「そっか。壊れた賽銭箱をそのままにしておけないものなあ」

「そうなんですよー」


 困ったなーという感じで、女の子が街灯を見上げた。


「賽銭箱の値段て、ぴんからきりまであるみたいで」

「うん」

「安いのは数千円からあるみたいなんですけど、そういう安物じゃすぐにまた傷んじゃうし、ちゃちだから壊されやすいし」

「そうか。少し値が張っても、鍵がきちんと掛かるがっちりした賽銭箱を置きたいってことね?」

「そうです。でも、うちの神社のってわけじゃないから、おじいちゃんの一存では決められません」

「そりゃそうだわなあ」

「賽銭箱ごと持って行かれないようなしっかり作ってあるのは、最低でも十万以上しちゃうみたいで」

「ううう。一基でも、僕の生活費二か月分かよ」


 俺の情けないぼやきに、女の子が苦笑した。


「あはは……」

「でも、それじゃあ、氏子さんがなかなかうんと言わんだろ。お賽銭自体がほとんど入らないんだろうし」

「そうなんですよー。そんなもん安いのでいいって」

「おじいちゃん、氏子さんとぶつかった?」

「おじいちゃんは説得するつもりだったみたいですけど、自分でお金出すわけじゃないから難しいですー」

「うん。分かる」

「それでー、うちの神社の古い氏子さん、大迫おおさこさんて言うんですけど、既製品を買うんじゃなくて職人さんに作ってもらったらどうかって」

「ああ、そうか。手間賃と材料費だけなら、市販品よりずっと安く済むってことだな」

「はい。大迫さんとこの木を使わせてもらえれば、格安で作れるって」

「へー。大迫さんていうのは材木屋さん?」

「そうですー。うちとは付き合いの長い、昔からのお店です」

「なるほど。材木を売るだけじゃなくて、社殿の修理や建て替えを手掛ける業者さんの斡旋もやってくれるってことね?」

「はい! 宮大工さんにも顔が効くので」

「うんうん」

「それでー、大迫さんが引っ張ってきた大工さんが杉田さんていう人で」

「ちょっと待って。今控えるから」


 材木屋が大迫さん。その人の知り合いということで、杉田さんという大工さんを紹介、か。雅恵ちゃんのおじいさんは、大迫さんとは長い付き合い。でも、杉田さんのことはよく知らないってわけだ。じゃあ……。


「ええと。ってことは、おじいさんとその杉田さんていう人との間に何かトラブルが?」


 女の子が俯いて、黙り込んでしまった。


「そっか……」

「あの」

「うん」

「わたしはおじいちゃんじゃないので、実際に何がどうなっているのかは、よく分からないんです」

「おじいさんが怒りに任せてぶちまけてる文句を、君がずっと聞かされてるってことね?」

「そうです。しかもそれにお金が絡むので、いろんなところがぎくしゃくしてて」

「だろうなあ」

「わたしは……胃が痛いですぅ」


 女の子がみぞおちのところを押さえて、顔をしかめた。


「てかさ。なんで心配してるのが君なわけ? ご両親は?」

「わたし、おじいちゃんのところに下宿してるんです」

「親と仲悪いの?」

「いいえ。今年の春にお父さんが佐世保に転勤になっちゃって」

「あらら。付いてかなかったの?」

「わたし、今の高校すっごい好きなんです。友達いっぱいいるし……」

「ああ、そうかあ。先々の進学考えても、今のところの方が有利だってこともあるよね」

「はい。それと」


 ふうっと、女の子が溜息をついた。


「おじいちゃんが……心配なんです」

「お元気なんでしょ?」

「はい。でも一人暮らし長いし、何かあったら」

「それまでも同居してたの?」

「いいえ。家は別だったんですけど、近くだったので」

「そっか。すぐ様子を見に行ける距離だったんだ」

「そうです。今でも大迫さんとか、よく出入りしてるので、まるっきり一人っていうわけじゃないですけど。すっごい頑固ですから」

「交友範囲が限られてるってことか……」

「わたしはよく知らないんですけど、むかーし信用してた人に騙されたとかで、もともと疑い深いんです。人付き合いはよくないと思います」

「それじゃあ、確かに心配だよな」

「はい。わたしは、おじいちゃんの様子が見られるとこの方が……。大学もこっちのにしたいんです」

「親から離れて寂しくない?」

「うちは、親がうるさ過ぎるので」


 だははははっ! このしっかりした子にうるさいと言わせる親は、どんな親なんだか。


「でも、その厳しいご両親がよく下宿を許してくれたね」

「おじいちゃんもしつけ厳しいですし、わたしも夜遊びとかには興味ないので。自分の時間があれば、それでいいです」


 もう、なんつーか。この子、ほんとに高校生かよ。すっごいしっかりしてるわ。俺の高校時代なんか、親に完全放置されててぼろっぼろだったよなあ。


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