(3)
悪質万引きグループの一斉摘発と、クソガキどもの温床だった高校の綱紀粛正が同時に行われたことで、俺の勤めているコンビニでは売り上げに響くような万引きを心配しなくてもよくなった。もっとも、それまでの被害総額が七桁近くに達していたらしいから、ちょっと遅きに失したところはあるけどね。俺がもっと早くからバイトしてたら、そのあたりはいろいろアドバイス出来たんだけど。しゃあない。
高校側では、これまでの度重なる生徒の万引き行為を憂慮して、登下校時のコンビニ利用を全面禁止したらしい。何もそこまでという気はしないでもないけど、万引きに関わって処分を受けた生徒の総数が百人を超えたんじゃ無理もない。利用客が減るのは痛いけど、コンビニを利用するのはその高校の生徒だけじゃないし。もともと客単価の低い高校生をあてにする方がおかしいんだよ。店長。
ともあれ、これで一件落着だ。店内のレイアウトの復元と、クリスマス装飾の準備が進められて、これまでの殺風景から一変し、年末らしい華やいだ雰囲気に戻った。がらの悪い連中が出入りしなくなったから、それまで足が遠のいていた若い女性とお年寄りの姿が徐々に増えてきた。店に仕入れる商品も、それに合わせて変更して行かなければならないと思うんだけど、ここの店長だからなあ……。もうちょい、経営手腕を磨いた方がいいと思う。そんなことをぶつぶつこぼしながら品出しをしていた俺の背後から、店長の声がした。
「中村くん、今回の件は本当に世話になった。ありがとう」
「いえいえ。もっと早くに分かっていれば、もっと被害額を減らせたんですけど」
「まあね……あそこまでひどくなるとはさ……」
店長。そこが甘いんだって。ガキってのは、どこまでも図に乗るんだよ。もう片が付いたからいいけどさ。
「それにしても」
「なんすか?」
「よく、あんな腕の立つ刑事さんを引っ張ってこれたね?」
「わははははっ! 店長。ただの万引きで、江畑さんクラスの刑事が出てくるなんてことは絶対にないっすよ」
「どういうこと?」
「今回の万引きは、あの高校生の元締めの上に、もっとでかい親玉がいるんです」
「え?」
「あいつら、あまりに手際が良すぎるんですよ。知恵付けてる大人がいるってことです」
「うわ、そうなのか」
「ヤの字でしょうね。外見は古物商。中身は故買屋。ガキどもを手先に使って万引きで商品を安く調達し、他に流して高く売り抜ける。あの頭の悪いガキどもは、まんまとそいつに使われたってことです」
「げー、ヤクザが絡んでるの?」
店長が震え上がった。そりゃそうだ。ヤの字が正面に出てくるなら、俺だって絶対に噛まないよ。でも、今回のはそうじゃないからな。
「思いつきや勢いでの犯行じゃなく、ちゃんと組織されてるやつは素人にはそうそう出来ないですよ。間違いなくヤの字絡み。江畑さんの本当の狙いはそっちです。故買屋の金蔓を潰しておかないと、ああいうしょうもないガキどもがいっぱい出て来ちゃう」
「その親玉まで逮捕出来るの?」
「無理ですよ。それこそ証拠がないっす。あくまでも、盗品が流れるルートを断ち切っておくのが目的で、それ以上は踏み込めないと思います」
店長が思い切り顔をしかめた。そうだよな。納得いかんよなあ……。でも、簡単にヤの字の仕業だって特定出来るなら、誰も苦労しないよ。プロにすら検挙出来ないものは、俺らにはもっと無理さ。
「じゃあ、あの連中は使われ損ていうことかい?」
「そうです。その怖さが全然分かってないから、見るからにガキなんですよ」
「ふうん」
「あの元締めの子も、権威を使っているようで、実際は権威に使われてるだけだってことが全然分かってない。親離れ出来てない、ただの乳臭いガキです。それを一度徹底的に思い知らせないと、どこまでも堕ちてっちゃう」
「堕ちる……かあ」
「長い人生、こんな早くに残り全部どぶに捨てるつもりなんすかね? ばっかじゃないの? 育てた親が泣きますよ」
「そうだよなあ」
「だから俺も江畑さんも、これでもかとあいつらに脅しを入れたんです」
「脅し……って、じゃあ、また無罪放免になるのかい?」
店長が怯え顏を見せた。
「いや、無傷ってわけにはいかないでしょう。常習犯で、かつ組織的ですから。それでも、若いうちはまだチャンスをもらえるんですよ」
「ふうん」
「俺や江畑さんのどやしを聞き流すのなんか、簡単です。実際、これからの取り調べにしても審理にしても淡々と進みますから。なあんだせいぜいこんなものかと思ったら、出て来てすぐにまた何かやらかすでしょう」
「そうだよな」
「でも、忠告を無視している間にどんどん社会からの信用を失って、いつの間にか自分の居場所がどこにもなくなるんです。その怖さを、少しでもいいからあいつらにイメージさせとかないとね」
「連中に、そんなことが分かるのかい?」
「さあ。それは俺の料金の中に入ってません。俺と江畑さんのどやしは無料サービスですよ。それで間に合って更生する子もいれば、人生で支払うバカも出る。俺たちは、どやした先からはもう関われません」
「ああ……」
「俺たちも、自分の食い扶持を稼がないとならないですから。連中の更生が俺らの仕事だっていうなら別ですけど」
「そういうことか」
はあっと大きな溜息をついた店長は、現金の入った茶封筒を俺に差し出した。
「ありがとう。本当に助かった」
「ははは。解決してよかったです。これが、中村探偵事務所の初仕事。店長は、お客様第一号ですから」
封筒を受け取って、代わりに用意してあった領収書を手渡す。中村探偵事務所の名前と俺の印の捺された領収書。通しナンバーの『1』の文字が、妙に眩しい。たかが三万と言っても、それが俺の探偵としての初収入だからな。帰ったら控えを神棚に上げて、毎日拝むことにしよう。
「こんなのが初仕事で済まんね」
「いやあ、いきなりの大ヤマでびっくりですよ」
「そうなのかい?」
「俺みたいな駆け出しの探偵に出来るのは、ほとんど探し物だけっすよ。逃げたペットを探してくれとか、大事なものをどこにしまったか忘れたから一緒に探してくれとか、しばらく音信不通の恩人を探してくれとかね」
「ふうん。難事件解決とか、そういうのは?」
「ないないない。だいたい、探偵事務所って言ってもまだ名前だけです。俺がそう名乗ってるだけで、事務所もなけりゃ、実績もない。前に勤めてたところのノウハウがちょっぴりあるだけの新米もいいとこ。まだお客さんがねえ」
「その割には鮮やかだったけど」
「そりゃあ、最初からこけるわけには行きませんから」
「ははは。また困ったことがあったら頼んでいいかい?」
「喜んで。広告打てなきゃ口コミに頼るしかないので、他の方にも宣伝してくださるとすっごい助かります」
「ああ。大いに自慢させてもらうよ。今度来たバイトはすごいぜって」
「あざあっす!」
機材のレンタル料や諜報活動に要した時間、顔の怪我。そういうのを全部込みで三万の報酬は、完全に大赤字だ。だけど最初は持ち出しになっても実績を上げないと、次に繋がらない。先行投資で宣伝費を使ってるんだと、割り切るしかないよね。
俺がレジを挟んで店長と立ち話を繰り広げていたら、その会話に聞き耳を立てていたんだろう。さっきから俺らの方をちらちら見ていた制服姿の女子高生が、とととっと走り寄ってきた。中肉中背。容姿は平凡。肩下まである長いストレートヘアを黒い髪ゴムで束ねて、馬の尻尾のようにぶら下げてる。髪は染めてない。顔はすっぴんで、制服やカバンにもアクセ類、ファンシー系の小物が一つも付いてない。ミドルティーンにありがちなきゃぴきゃぴした雰囲気がまるでなくて、今時の女子高生にしてはうんと地味めだ。スレてない、素朴系ってとこか。
店内を見回して、俺と店長だけが居るのを確かめた女の子が、俺にこそっと声を掛けてきた。
「あのー……」
「はい。いらっしゃいませー」
「いえ、あの……あなたは、探偵さん……なんですか?」
「ははは。名前だけね。まだ駆け出しだよ」
「なんでも引き受けてくれるんですか?」
「法律に違反することはダメ。基本は情報収集と探し物かな」
「あの……お金はどれくらい……」
「仕事のめんどくささによるの。今のところ、このコンビニのバイトが僕の唯一の仕事だから、それに大きく食い込むようなら、それなりにお金もらわないとやってけない」
「わ! そうなんですか」
「月に五万でやりくりしてるからね」
「え? ご……まん?」
女の子が絶句してる。そんなのありえないでしょって顔で。
「なんとかなるもんだよ。家賃が二万円。光熱費で五千円。食費で一万五千円。通信費で五千円。あとの五千円は雑費と予備費」
「うそーっ?」
「男一人ならなんとでもなる。今回みたいな臨時収入もあるからね」
この人、大丈夫だろうかという顔で見られる。まあ、そうだろなあ。とほほ。
「実際の収入が五万しかないわけじゃないよ。でも自分の事務所を持ちたいなら、ぎりぎりまでケチって必死にお金を貯めるしかないもの」
「あ、そういうことかあ……」
少し安心したんだろう。
「あの……お願いが」
女の子が店長の顔を見た。ここではしたくない話なんだろう。察した店長が、俺の背を押した。
「中村くん。今日は上がりでいいよ。今回は本当に世話になった。ほんのお礼だ」
「あざあっす! じゃあ、公園かどっかで話しよう」
「え?」
「サテンに入るカネがもったいない」
女の子が苦笑した。
「分かりました」
【第五話 一号案件 了】
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