(2)

 騒がしい話し声が段々大きくなってきた。クソガキどもは、どたまは空っぽのくせに図体と態度と声だけはでかい。やかましいったらない。開くのがとろい自動ドアを蹴破るかのように、いつもの連中が勢い良く店内になだれ込んで来た。


「いらっしゃいませー」


 ……なんてこいつらには絶対言いたくないな。おまえら二度とツラ出すなとバケツで塩をぶちまけてやりたいくらいなんだが、一応型通りの挨拶をする。だが連中は誰も俺の顔なんざ見ていない。あいつらが確認しているのは店員の人数だ。店長と俺と二人の時は、店側での連携プレイが出来るから、あいつらもそう簡単には仕掛けない。店長か俺。どちらか単独の時を狙ってる。そして、俺はわざとそういう状況を作った。あいつらは、それを確認したらすぐに仕掛けてくるだろう。

 けどな、おまえらの手口はもう全部割れてんだよ。あまりにワンパターンなんだよ。そいつがいつまでも通用すると思ってんのか? バカめ。世間知らずのガキなんざ、そんなもんだ。あいつらの頭の中ではどんなに巧妙にやっているつもりでも、手口がパターン化した時点で、全てに備えることが出来る。俺がこれまですぐ対応しなかった理由の一つは、連中を泳がせて行動パターンを確実に把握するためだ。パターンが確かめられれば、ガキの浅知恵には残らず対抗策が打てる。そして、掃討作戦の準備はすでに整っている。あとは予定通りにそいつを粛々と実行すればいい。


 店内に入ってきたのは六人。ケツ持ち用心棒役のごついのが一人。常連の手下が四人。そして、生贄が一人。先輩に目を付けられた一年坊主だろう。早速生贄の子が、俺の目の前で見え見えの万引きをしでかした。それをすぐに咎めれば、注意がその子に逸れる。俺が事務室にその子を連れていって説教すれば、その間に店内のめぼしいものはごっそり持って行かれる。俺は阿呆ではないから、のこのこ持ち場を離れないよ。そんなちゃちな手には乗らないさ。だからと言って俺が今この場でその子を注意すれば、他の連中が一斉に手下を擁護するふりをして凄むんだろう。こいつが何かしたっていう証拠を見せろよ、と。ああ、見せてやるよ。たっぷりとね。


「君、今、万引きしたよね?」


 俺がレジカウンター越しに声を掛けて、その子を足止めする。初めてなんだろう。足が震えている。返事も出来ない。店員に何か咎められたら、とにかく黙っていろと脅されているんだろう。


「なんだあ? こいつが何かしたっていうのかよ?」


 ほら、来なすった。一番ごっついのが、その子が制服の下に隠した雑誌をさっと引き抜いて手に取った。


「それを買うんなら構わないよ」

「俺のもんを買うわきゃねえだろ。いちゃもん付けんなよ」

「いちゃもん?」


 俺はそこででかい声を張り上げた。


「ふざけんなおまえら!」


 店内に散っていた連中がぞろぞろとレジ前に集まってくる。


「あんだあ? 俺らにケチ付けようってのかよ!」

「クソガキども。今持っているものの銭払わないで店から出たら、ただじゃ済まさねえからな!」

「はっ。ここの店のもんだっていう証拠があんのかよ」


 いつものパターン。聞き飽きたわ。


「ほれ」


 店の中の防犯ビデオは、レンタルのものを含めてたっぷり増強してある。ダミーのカメラから見えなければ大丈夫だと思っていただろ? アタマの悪いクソガキども。俺が連中に向けて突き出した小型の液晶モニター。そのビデオ画像には、てんこ盛りに犯行の一部始終が記録されていた。


「これだけじゃないぜ」


 もう一つのモニターもカウンターに並べて、動画をこれでもかと見せつける。店内にあるのは吊り下げ型のカメラだけじゃない。小型のウエブカメラを商品陳列棚の至るところに仕掛けておいた。上からでは分からない部分も、二台、三台で多角で撮れば、どこかに決定的な瞬間が映る。


「言っておくが、この映像は全てこの店の外に送信、記録されてる。おまえらが消せとかなんとか言っても、絶対に不可能だ」


 そこで連中が神妙になるなんてありえない。必ず逆ギレするだろうと思っていた。


「このクソ野郎。シメねえと分かんねえか」


 ごついのが俺の胸ぐらを掴んで、いきなりパンチを出してきた。ここが難しい。まともに食らったら、本当にノビてしまう。かと言って躱してしまうと、目的を果たせない。ちょうどいい具合に、食らわないとならない。相手の腕が伸び切る少し手前で、あえて避けずに待つ。一番力が弱くなるところでわざとパンチを食らって、派手にひっくり返った。


 がったーん! がしゃがしゃっがしゃっ! いででででっ。受けたパンチより、こけた時の衝撃の方がでかい。今後の参考にしよう。俺はすぐに起き上がって、すかさず非常ベルのボタンを押した。


 じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりっ!


 店内に派手なベル音が鳴り響いた。だが連中が動く気配はない。警察は俺が呼ばない限り来ないし、店の前は連中の仲間が固めている。完全に俺を叩きのめしてから、ゆっくり店を出ようってことなんだろう。


「出て来いや。きっちりヤキ入れてやるよ」


 にやけたガキがカウンター越しに突き出してきた腕を、強く跳ね除ける。


「あほか。おまえら、外見てみろ」

「はあ?」


 にやけ顏のまま店の外に目をやった、そいつが。がっつり固まった。回転灯を回しているパトカーが五台。一台じゃないよ。五台。外の連中は、全員とっ捕まって事情聴取されてる。自動ドアが開いて、ゆっくり入ってきたのは江畑刑事だ。


「中村さん、大丈夫かい?」

「ちいと口の中が切れましたけど、まあ、なんとか」

「手ぇ出したのはおまえだな?」


 血相を変えた用心棒役の生徒が、江畑さんを突き飛ばして逃げようとした。でも、見事に足払いを食らって床に叩き伏せられた。ずしー……ん。


「ぐ……」


 さすが、ブンさんが鍛え上げた腕こきの刑事さんだ。見た目の温厚さに騙されると、こういう痛い目に遭う。柔剣道の有段者だからなあ。ひょろひょろの俺とは、鍛え方がまるで違う。ガキの腕を後ろでねじ上げた江畑さんが、容赦なくそいつをこき下ろした。


「図体でかいだけの寝しょんべんたれのガキが! していいことと悪いことの区別も付かんのか?」


 後から店に入ってきた警官が、江畑さんに組み伏せられたバカに、捕縄じゃなくて手錠をがしゃりとかけた。


「強盗致傷と公務執行妨害の現行犯で逮捕する。12月2日、いちろくさんまる、全員確保、と」


 残りの連中は、それを青ざめた顔で見ていた。これはお遊びでも、テレビドラマでも、別世界での出来事でもないからな。クソガキども。


「おまえら、携帯とスマホを出せ。証拠保全する」


 もうどうしたらいいのか分からないという感じで、ただうろたえるだけのガキどもに、江畑さんが容赦なく厳しい言葉を並べていく。


「出さなくても、おまえらの通信記録は全て通信会社を介して復元出来る。今のうちに素直に出した方が身のためだぜ」


 今店にいる連中も、結局元締めの手下だ。元締めを挙げない限りは根絶にならない。携帯やスマホには、犯行を指揮した記録がばっちり残っている。それをしっかり証拠保全すれば、何をどうやっても言い逃れ出来ないのさ。俺はレジカウンターから出て、手錠をかけられたバカを挑発した。


「世の中、そんなに甘くねえって。俺がなんでここまで我慢して引っ張ったか分かるか? おまえが18になるのを待ってたんだよ。はっぴーばーすでーつーゆー」

「ぐ……」

「いいか。万引きは窃盗だ。窃盗だけなら大した刑にはならないさ。だが、おまえらのやったことは強盗傷害だ。18過ぎれば成人と同じ審理になる。おまえらにはたんまりマエがあるから、確実にムショ行きだわなー。ムショは楽しいぞー。おまえらみたいなぴちぴちの若造のケツの穴を狙っているごっついヤーさんたちが、舌舐めずりしながら待ってるからなあ」


 ぽん。肩を叩いて励ます。


「痔になるくらいで済めばいいけどな。ケツの穴閉まらなくなるくらい釜掘られても、なんとか生きて帰ってこいよ」


 さっきの威勢の良さはどこへやら。ごっつい体に似合わずしょげきったガキは、すっかり小学生以下のヘタレに退化して、店の外に引きずり出されていった。どれ。元締めのガキの面も拝んで来るか。


 パトカーの中で事情を聞かれていたらしいそいつは、さっきの見るからにバカなやつとは違って、余裕をかましていた。現場にいなかったし、親のルートを使えばいつものように逃げられると思っていたんだろう。その表情を見ていた江畑さんが、パトカーの外に出たそいつの側にひょこひょこと歩いていった。


「おまえが元締めか」

「どこにそんな証拠があんだよ。言いがかりは止めろよ」

「おまえ、指揮系が外に漏れないと思ったか?」

「はあ?」

「俺たちをはなからナメてるから、行動計画が通信記録に丸出しだ。やり取りも実名だし。雑だなあ」

「親父が黙ってねえぜ。平デカが」

「はっはっはっはっはー!」


 江畑さんが高らかに嘲笑した。


「あほか。おまえの親父はもう失職してるよ。小汚いガキのケツ拭いてる余裕なんか、これっぽっちもないさ」

「え?」

「高校生なら、新聞の社会欄くらい読むんだな」


 ばさっ! 江畑さんがそいつに眼の前に突き付けた新聞の囲み記事。それは、そいつの親父が政務調査費を不正使用して私腹を肥やしたのがバレて、議員を辞職したことを報じるものだった。


「バッジ外せばなんの特権もないよ。おまえの親父も手が後ろに回るかもな」

「そ……」

「おまえは、自分が仕切ったと思ってんだろ? あほか。おまえも、故買屋にまんまと利用されたアタマの悪いガキさ。ムショでしっかり頭冷やしてこい」


 江畑さんは、呆然としていたそいつに止めを刺した。


「ああ、もしお情けで起訴猶予になっても、おまえは良くて無期停だよ。生徒指導不備の責任を取って校長が辞任した。トップが代わる。今度の校長は公募で採用された警察OBだよ。強面さ。容赦ないぜ。ワルがもとで高校中退になったガキには、極悪人のレッテルがべったり。そいつを引っ剥がすのはホネだ。前科もんは、誰にも信用してもらえんからな」


 元締めって言っても、しょせんはガキさ。店内で俺に殴りかかった奴と大して変わらん。江畑さんに手足を全部もがれて、完全にオチた。


「いいかっ! これ以上腐ってろくでもないことしやがったら、俺は絶対に容赦しないからな! 地獄の果てまで追い詰めて、一生ムショ暮らしさせてやるよ」


 江畑さんは、ガキの胸ぐらを掴んでがなり立てた。


「デカを舐めんじゃねえ! ガキがっ! 覚えとけっ!」


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