第13話 手紙

 東京で働く俊晴のもとに、手紙が届いた。鬼ノ子村郵便局の消印だが、差出人の名前がない。封筒を開けると宛名と同じ印字で “帰省して説明できなければ、犯人はあなた すぐに逮捕される ”とあった。

 どういう事なんだ…千恵子の恋人の殺人事件の事で何か進展でもあったのだろうか…

 何故、自分に疑いが向いたのか…第一、この手紙は誰が送ってよこしたんだろう…消印からすると鬼ノ子村から投函したのは間違いない。千恵子だろうか…いや、千恵子だったら自分の名前を伏せるわけがない…

 胸騒ぎを覚えた俊晴は、出社してすぐに当初の予定を早めて有給を取った。田舎を走るローカル線の終電に間に合うために、仕事を切り上げて夕方の秋田こまちに飛び乗った。俊晴には、旧盆の8月のこの時期、毎年必ず帰省しなければならない訳があった。


 鈴木家は代々、鬼ノ子村土着の伝統芸能保存会の重要な一員で、鬼ノ子村奉納祭りの駒踊りの舞い手を担ってきた。激しい駒踊りの名人の血筋とされて来たため、上京してもその役割は果たさなければならない立場にあった。祭りは三日間続く。夕方に鬼ノ子村神社から行列を組んで出発。町内を練り歩き、最初に集合墓地の御前で先祖霊の供養をする。一連の流れは、最初、戦いの場面を再現する「棒使い(俗称ヤチハライ)」。そして悪魔払いの儀式の「獅子踊り」があり、最後に激しい騎馬戦の模様を「駒踊り」で披露して移動となる。行列は、村の起源に関わった祖先の多くが眠る村の中心墓地・大山神墓地に始まり、途中、役場などを周ってから最後に鬼ノ子村神社に帰って奉納が完了する。最後の演目となる駒と馬子による万才や馬子唄は、演じ手がその年ごとに選ばれる名誉となり、祭りの大トリを飾るいぶし銀の妙である。こうした行事は、どの集落もが共通して後継者の絶える寸前にあった。


 帰省が近くなると、俊晴の脳裏にはいつも幼い頃の祭りの思い出が蘇る。特に千恵子との思い出は帰省の途には欠かせない。千恵子に会えると思うと胸が切なくなる。帰省の時は新幹線こまちと内陸線を乗り継ぐ。東京駅からこまちで角館まで3時間弱。俊晴は缶ビールを一缶だけ買って乗車する。2時間ほどで仙台だ。車内販売のワゴンが来るのを待って、大好きな区間限定の “乾燥ほや ”をつまみに一気に飲み乾すのが常だった。そうすると、どっと疲れが押し寄せる。そのまま眠ると決まって同じ夢を見るのだ。


 担任の北村睦子が小学校の教室で学芸会の配役テストの結果発表をしていた。


「俊晴君の役は “もず ”ね。もずは嘘吐きの役です」


 生徒が一斉に「や~い、嘘吐き、嘘吐き!」と俊晴を囃し立てた。担任の北村が生徒を制することは一度もなかった。今年も期待した役になれなかった俊晴は、うなだれたい気持ちを必死に堪え、平気を装って下校するしかなかった。後ろから同級生の千恵子が追い掛けて来た。


「俊晴が一番うまかったのにね」

「・・・・・」

「先生、なして下手糞な巌を主役にするんだべが?」

「・・・・・」

「ね、俊晴、なしてだべね」

「知らね」

「俊晴が主役になれば学芸会もっとうまくいくのにね」

「・・・・・」

「私、先生にもう一回頼んでみようかな」

「・・・・・」

「ね、俊晴、頼んでみよ」

「…やめろ」

「なして?」

「やめろったら、やめろ」

「ちゃんと頼めば主役にしてもらえるかもしれないよ」

「無駄だ、やめろ!」

「無駄でね」

「無駄だ! 金持ちでねば主役にはなれねんだ!」


 突然、俊晴は駆け出した。千恵子は追いかけたが、どんどん離されていくばかり。その背中に千恵子は泣きながら叫んだ。


「私は今年こそ俊晴ば主役にする! 俊晴のバガーッ!」


 俊晴も泣きながら走っていた。こんなみっともない姿を千恵子にだけは見られたくなかった。下校の時から悔しさで泣きそうだったのに、千恵子が話しかけてきた。涙が出る寸前で駆け出していた。学芸会は棒読みの巌の主役で幕が下りた。俊晴の役は木の枝に変わっていた。


 こまちの車内販売の声で起こされた。いつの間にかうとうとしてしまったらしい。宇都宮の先辺りだろうか…俊晴はコーヒーを注文した。それを窓際に置いて外の景色に目をやった。稲穂がこうべを垂れるにはまだ少し早い風景が心を和ませた。千恵子とはよく畦道を掛けっこして遊んだ。


「俊晴…これ!」


 俊晴の前にいつになく顔を紅潮させた中学生の千恵子が立っていた。


「何?」

「バレンタインデーのチョコレート」

「バレンタ? …んだが…オレ…チョコレート好きでねがら、誰がにやれよ。じゃ、スキーの練習あるんて」


 俊晴は他の連中と山に向かった。


「 “バレンタ ”って…あいつ、意味分かってねな…バカ~ッ!」


 窓際のコーヒーがすっかり冷めている。また眠ってしまった。疲れている。一口飲んだ。苦いコーヒーだと思った。椅子にもたれて少し角度を倒した。


「千恵子、安の滝に登ってみねが?」


 この夏は高校生活最後の夏休みだ。俊晴は経験したことのない胸の鼓動を躍らせながら、思い切って千恵子を青葉繁る安の滝に誘ってみた。


「ばあちゃんがら聞いだんだども、安の滝さ登る時、好きな人と一緒に登ると結婚でぎるんだって…」

「私も母さんがら聞いた事ある…」


それから二人は顔を赤らめて無言になり、黙々と渓谷沿いの獣道を登った。


 俊晴が千恵子を誘った安の滝…この滝には伝説がある。鬼ノ子村から更に奥の打当川上流、標高800メートルの高原に秘境・中の又渓谷がある。その中でも一際勇壮な落差90メートルの二段滝がある。日本の滝百選でも常に上位にランキングされてきた。この地が金山景気に湧いた享保年間、多くの人々が働き手として近隣の村から集められた。男は金掘り人足として、女は “かしき ”と呼ばれる賄い婦として働いた。閉鎖された山でのトラブルを避けるために、特に男女の交流は固く禁じられていた。そのため人足たちは、専ら賄い婦の “噂話 ”で憂さを晴らしていた。中でも “ヤス ”という17歳の娘は若い人足たちの憧れの的となっていた。掟を破って言い寄る者もいたが、ヤスは誰にも心を開かなかった。ヤスは人足のひとりに恋をしていたのだ。その相手は人足の中でも腕のいい久太郎という青年だ。久太郎もヤスの噂は聞いていたが、掟を守って日々黙々と働くだけだった。その日は丁度、久太郎ともう一人の人足・松兵衛が小屋番だったが、久太郎は薪を取りに出掛けて留守だった。ヤスは賄いの山菜を取りに来た帰り道で、人足たちの小屋の前を通り掛かった。松兵衛はヤスを呼び止め、賄い用にうさぎの肉をやるからと小屋の中に誘い込んだ。ヤスが小屋に入るなり、いきなり腕をねじ伏せて、もんぺに手を掛けたところに久太郎が戻って来た。


「何してんだ、おめえら!」

「助けて!」

「松、なにしてんだ、おめえ…」

「あとでおめえにもやらせるから待ってろ!」


 久太郎は松兵衛を突き飛ばした。ヤスは小屋の隅に逃れてガクガクと震えていた。


「後先考えろ、松…ヤスさん、早く戻れ」


 久太郎の声に我を取り戻したヤスは逃げた。少しして、作業を終えて入れ違いに戻って来た人足たちに、松兵衛が嘘を吐いた。


「久太郎がヤスを手篭めにしようとしていた」

「なんだと!」


 日頃から腕のいい久太郎に嫉妬していた人足たちは、松兵衛の言葉を信じた。人足たちは久太郎に暴力的に詰め寄った。弁解は無駄と考えた久太郎は、人足たちの腕を解いて逃げるしかなかった。逃げて来た久太郎の前にヤスが現れた。先に逃げたはずのヤスだったが、胸騒ぎを覚えて小屋に戻ろうとしていたのだ。その事がきっかけで二人は恋に落ちたのである。二人の仲を妬んだ人足たちは、久太郎を掟破りと騒ぎ立てた事で、二度と金山に戻れなくしてしまった。久太郎はヤスの事をかばって故郷に帰る事にした。帰る日、久太郎は幼馴染の人足のひとり、卯吉にヤスへの伝言を頼んだ。必ず迎えにくる…そう、ヤスに伝えてくれと。しかし、人足らの制裁を恐れた卯吉は、その伝言をヤスに伝えなかった。ヤスは久太郎の帰郷を賄い婦仲間から聞いて知った。それからというもの、胸を焦がす切ない日々が続くばかりだった。人足たちは、久太郎を山から追い出しただけでは気が済まず、法度を犯してお上に捕らえられたと、ヤスに嘘を吐いた。それを信じたヤスの悲しみは限界に達した。そして中秋の名月の夜、久太郎と恋に落ちた思い出の小屋に行き、淡い恋の過去に別れを告げたヤスは、その足で中ノ又渓谷への獣道を辿り、急峻な崖を這い上って滝の上に立ち 「久太郎!、久太郎!、久太郎!」 と三度名を叫んで、滝壺に身を投じたのである。以来、月夜には、ヤスが滝の水で黒髪をすいている姿を見ることがあるといわれ、この滝を 「安の滝」 と呼ぶようになったという。


 俊晴の修学時代の夢の旅が終わる頃、秋田新幹線こまちは角館に到着した。列車を降りた俊晴は、降り口のゴミ投函口に夢の欠片を捨てて内陸線に乗り換えた。しかしここからまた俊晴の一年前のつらい回想が繰り広げられることになる。俊晴が東京に出て以来、千恵子との距離は離れるばかりだった。帰京でこの線に乗るたびに、千恵子への思いは深くなっていった。

 昨年の夏に帰省した時、俊晴は思い切ってもう一度千恵子を誘ってみた。


「千恵子、久しぶりに安の滝に登ってみねが?」


 この滝に好きな人と登ると恋が叶うという迷信を、千恵子は今でも知っているはずである。誘う事で俊晴は千恵子とのことに一縷の望みを託したのかもしれない。しかし、その期待は残酷に打ち砕かれた。


「友達が来るの」

「友達?」

「大学の…」

「…そうか」


 俊晴は本能的に何かを察して、それ以上の事は聞けなかった。高校時代にはそれとなく付き合っていた二人だが、大学生活の間に、お互いの環境と価値観が変化し、同じ上京とはいえ、就職と進学の差が決定打となって、得体の知れない壁ができてしまった。俊晴が盆暮れの帰省のたびに、千恵子の素振りにその壁の向こうの距離がどんどん遠くなっているのを自覚するしかなく、やりきれない寂しさを背負ったまま過ごしていた。千恵子には、そんな俊晴の気持ちが痛いほど分かっていたが、その距離はどうすることもできなかった。


「したら…そろそろ迎えに行くから…」

「ああ、友達に宜しく」


 そうは言ったが、その言葉は千恵子との別れを認める言葉ではなかったのか…と後悔しながら、駅に “友人 ”を迎えに行くという千恵子を見つめていた。俊晴は千恵子の後姿に嫉妬のようなものさえ抱いてしまった惨めな自分を恥じた。実家に向かおうとする俊晴の足は重かった。千恵子が振り返ろうとしている。慌てて視線を逸らし、いたたまれず平静を装って、用もないのにすぐ側にある駅前の雑貨屋に飛び込んだ。


「あれーっ、俊晴でねが? 今年も帰ってきてけだが? えがった、えがった。かっちゃ(母さん)も喜ぶべ」


 暇を持て余して転寝をしていた店番のテルばあちゃんは、丁度良い話し相手が舞い込んできたとばかりに、同じ内容が何度か繰り返される独演会が始まった。エンドレスなテルばあちゃんの独演会から開放されたくて、缶コーラを買って店を出ようとすると、“友人 ”と歩く千恵子とバッタリ出くわしてしまった。しかし、千恵子は雑貨屋の入口に立っている俊晴には全く気付かずに通り過ぎて行った。俊晴は通り過ぎる千恵子の顔を、初めて女の顔だと思った。今まで自分にも見せた事もないような、幸せそうな顔をしている。その顔を見て俊晴は、憎しみが湧く自分に再び嫌悪感を覚えた。今まで味わった事のない感覚で心臓が騒ぐ。気が付けば、脇道に沿って気付かれないように二人の姿を付けている悲しい自分がいた。


 火葬船桟橋前の設営テントでは、今日も火葬船から荼毘に付される死者のセレモニーが行われていた。代々そうして来たように、火葬船が出来てからも、例え他所の土地からの御霊であろうと地域ぐるみで送るのがこの集落の慣例となっていた。ここでも “青年団 ”と称する地元老人たちの会が主体となって世話係を務めている。

 設営テント会場入り口の受付には、会葬者名簿や香典帳、供物帳、弔電や、出棺後の清め塩などが準備されている。葬儀の多くは “まくら経 ”のあとにお通夜があり、葬儀、出棺となって火葬に至るが、秋田県の場合は地元から火葬場が遠いケースが多く、まくら経のあと、法の定める一昼夜を置いてから火葬場で荼毘に伏し、お通夜、葬儀となるのが一般的だった。火葬船葬の場合、棺は既に船内に安置されており、設営テントでセレモニーが行われてから、遺族のうちの数名が火葬船に同乗する事になっている。鯨幕が火葬船を送る一同を囲むように張られている中、和尚が入場して席に着くと、火葬船・船長の高堰道英から開式の言葉が発せられた。葬儀司会も船長が務めていた。


「只今より、故・及川光彦殿の葬儀を執り行います」


 一つ目の鐘が鳴った。


「黙祷!」


 和尚の読経が始まった。読経が終わると…


「黙祷を終わります。これより供養の献杯を致しますのでお酒を配ります」


 婦人会のご老人たちが、参列者のひとりひとりにミニカップ酒を配り始めた。元ホームレスの笠原と、今ではすっかり酒好きの成田も、いつものように並んで待つのが慣例になっていた。話好きなテルばあちゃんが二人に近付いて来た。


「いろいろご苦労さんでございました」


 神妙な言葉とは不釣り合いに、献杯用のカップ酒を多めにくれるのも常だった。


「いつもどうも」

「ええがら、ええがら、黙ってれ」


 合掌しながら言うこの言葉もいつものことだった。


「行き渡りましたでしょうか?」


 世話役が恭しく船長に合図を送った。


「では、ご冥福を祈りまして献杯!」


 一同が儀礼的に一口だけ付ける中、既に酔ってご機嫌の松橋金治は美味そうに飲み乾した。成田は酒の師匠の飲みっぷりに吸い寄せられていた。


「オレの面に何が付いでるが?」

「い、いや、うまそうだなと…」

「決まってるべ、うめぇもの。まずそうに呑んでどうする。おめえも一気に呑め」

「いや、私はどっちかっていうと、こう…」

「ちびちびハイカラやってねえでグッと行げ、グッと! 体裁で呑んだふりこぐな、このッ! そんたら呑み方だば死人も浮がばれねべ。祟って出で来るど」

「た、祟って!」


 成田は金治に勧められるままにカップ酒を一気に飲干した。


「んだんだ、ぐーっとおいしぐ呑んでやるごどによって、仏さんも成仏するという事になる。お代わりすればもっと成仏するもんだよ。お代わり!」

「ご静粛に願います!」


 二つ目の鐘が鳴った。


「只今より弔辞を拝受致します。鬼ノ子村・村長、松橋誠一郎殿」


 村長が恭しく祭壇に進んで弔辞を奉読した。遠路身内だけでの葬が多く、故人の会社関係者は殆ど出席しないため、村長の弔辞だけというのが慣例になっていた。他所での葬儀のせいか、弔電も遺族が紹介を辞退するので、殆ど儀礼的となっており、分厚い弔電セットなるマガイ物が世話役によって儀礼的に仏壇に供されるのも慣例となっていた。


「各界多数の方々からの弔辞のお申し出もございますが、時間の都合上、献呈のみとさせて頂きます。ご参列の皆様には、これより順に献花をお願い致します。ご遺族の方はこれより乗船致します」


 和尚が木魚を打ち鳴らし読経を始めると、地域の参列者たちも一斉にその読経に続いて唱え始めた。順に献花がなされる中、老いた青年団葬儀委員達によって遺族が案内された。


「それでは、ご遺族の皆様は乗船して下さい」


 読経の中、故人の妻と思しき女性を先頭に、数人の親族たちが乗船した。弔笛が “雨降りじゃま ”の岩肌にこだまして、鬼ノ子村の空に響いた。火葬船がゆっくりと離岸して行く姿は、毎回参列者の心に慈愛を齎した。桟橋で見送る一同が一斉に合掌し、土地に根差したご詠歌が始まった。丁度、内陸線の電車が鬼ノ子村鉄橋にさしかかり、出帆したばかりの火葬船に向けて警笛を鳴らし、徐行しながら通過して行った。参列者の最後方には、智弘と千恵子が火葬船を眺めながら話しているのを覗き見している俊晴の姿があった。


 智弘は小さな包みを出した。


「これ、もらってくれる?」

「なに?」

「ペンダント…お揃いなんだ…子供っぽいかな」

「そんな事ない、嬉しい!」


 千恵子はロケットを開けた。


「写真…入れないとね」

「ああ」

「…智弘さんの写真入れようかな…智弘さんは?」


 智弘は首からペンダントを外して千恵子に渡した。千恵子はいたずらっ子が探るように智弘の顔を覗いた。


「開けていいよ」


 ロケットを開けると、既に自分の写真が入っている。


「私の…」

「迷惑だったかな…」

「…あたしも智弘さんの入れよっと」


 千恵子は嬉しそうに頬を紅潮させた。その様子を見てしまった俊晴は、打ちのめされた敗北感のような気持ちで桟橋を後にするしかなかった。火葬船の弔笛が響き、俊晴の足が止まった。自分が死んで焼かれるような錯覚に陥った。涙が溢れ出し、その場を離れる重い足が、いつの間にか全力疾走で駆けていた。丁度、学芸会の配役発表の帰り道と同じように…でも今は、叫んで止めてくれる人はいない。


 内陸線の警笛で俊晴は我に返った。列車が鬼ノ子村鉄橋に差し掛かったようだ。頬に涙が伝っているのに気付き、周囲の乗客に気付かれないように慌てて拭った。


「なんて夢だ…」


 窓越しに下を見下ろすと、暗闇の川に火葬船の灯りが見えた。俊晴は懐から例の手紙を取り出した。


「いったい、誰が…」


 俊晴は昨年の春先に思いを馳せていた。


 何やら話し声のする小沢鉱山跡の山中の廃坑前に近付いて行った。数人の男達が立話をしている。内容は聞き取れないが、桜庭土建の社長の桜庭泰治郎と県知事の西根伝蔵、そしてもう一人の男の顔は薄ぼんやりとして判別が付かなかった。


「…誰なんだ」


 思い出せないまま、列車は鬼ノ子村駅に差し掛かった。俊晴は意を決してポケットから携帯電話を取り出した。


〈第14話「夏の虫」につづく〉

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