DAY 17
彼女が僕の部屋に転がり込んで四日目、か。職場の方が中瀬さん絡みで慌ただしかったから、なんとなくそのままずるずるって感じになってるけど。まずいよなあ。アパートおん出されて、他に行き場がないっていうならともかく。彼女は、風呂やバイトの支度は自分の部屋を使ってるんだ。自分の部屋にもう戻れるだろ? あくまでも僕との同居は緊急措置で、既成事実にはして欲しくない。僕は、カレシの代用品じゃないからね。
ただ。疲れて家に帰った時に、お帰りーって言ってくれる人がいるのはいいなあって思っちゃう。所長さんががんばりなさいって言ったのも、そういうことなんだろう。それでも一度仕切り直ししよう。どう考えても、このままずるずるはまずい。
昨日のトラブルで打抜機が一台しか動かせないから、進行調整の関係で、僕は定時の上がりになった。部屋に帰れるのが八時前ってのは、この時期にしては奇跡的かもしれない。理由が理由なだけに、うれしくはないけどね。
アパートの鍵を回して、中に入る。
「あれ?」
明かりが点いてない。学校からまだ帰ってきてないのか? ああ、バイトだ。九時までって言ってたからな。僕は、なんとなくがっかりして部屋の明かりを点けた。座卓の上に晩飯が乗ってて、書き置きがあった。
『わたしは先に食べました。あっためて食べて』
「お、今日は肉じゃがだ。おいしそうじゃん」
味噌汁を温め直して、茶碗にジャーのご飯を盛る。
「おお、うまい!」
彼女は、料理が上手だよなあ。凝った料理っていうより、毎日食べたい普通のメニューがさっと作れる。ポイント高いよ。きれい好きだし、手縫いのオーナメント作ってるみたいに、針仕事も器用にこなす。今時の女の子にしては、家庭的で家事能力が高い。ただ、前のカレシはそれを全く評価してくれなかったんだろうなあ。もったいないことだ。
もっとも、彼女の年だとカレシも学生さんだったんだろう。生活実感を持ってないお気楽男じゃ、彼女の良さは分かんないと思う。おしゃれな会話が出来て、美人でスタイル良くて、友人に見せびらかして自慢出来るような彼女。そういうのを求められたら、彼女にはハンデが大き過ぎる。どんなに服装や化粧で見かけを調整しても、努力してそうやってますっていう雰囲気は分かっちゃう。そこが、めっさ田舎臭く感じられるんだろう。
僕なんか、無理しないでいいじゃんかって思うけどね。外見をどんなに取り繕ったところで、それが給料持って来てくれるわけじゃなし。それより自分の足下をしっかり見て、自分がしたい生き方を追求した方がいいと思うけどなあ。
ああ。そういう考え方も、カレシにはきっと田舎臭く感じるんだろう。田舎もんは田舎もん同士で勝手にやってりゃいいじゃん、てか。くそ! なんか、だんだん腹立ってきたぞ!
「むー!」
てか。会ったこともない男を妄想して、それに腹を立ててる自分がおかしくなった。
「ははは……」
食べ終わった食器を洗って片付ける。あれ? そういや……。
全く自炊しない僕は、ラーメン作る時に使う小さな鍋くらいしか持ってない。もちろん、炊飯ジャーなんか持ってない。食器もそうだ。僕はほとんど食器を持ってない。ってことは、今ある鍋釜や食器は彼女が自分のアパートから持って来たのか。なんか手間かけさせちゃったなあ。申し訳なくなる。もちろん、僕がそうして欲しいと言ったわけじゃない。彼女が、自分でそうしたいって一方的にやってることだ。僕との同居を規制事実化するための作戦ていううがった見方も出来るし、それはたぶん外れてないだろう。それでも。片手間に出来ることじゃない。
一途なんだよなあ。最初にツリーに固執したのもそう。どうしてもあれじゃなきゃって思い込むと、それ以外の選択肢が見えなくなる。突っ込んじゃう。それが、最後は自爆で終わるっていうのが見えてても、だ。その一途さを愛おしいと思うか、うっとうしいと思うかは、微妙なところだ。少し引いて、冷静に自分と周囲を見る。そういう姿勢を身に付けないと、将来やばいんじゃないか?
「ふうっ」
確かめないとならないね。彼女の『今』を。それからじゃないと、僕の次の手が打てない。
◇ ◇ ◇
彼女は、九時半過ぎにぐだぐだに疲れた様子で帰って来た。
「お疲れさん」
「あ、ただいま」
「ほんとにちゃんと食べてったの?」
学校から戻ってから炊事してその後すぐバイトだと、食べてる暇なんかなかったんちゃう?
「ほんとは……まだ」
「ちゃんと食べないとだめだよ」
肉じゃがをチンして、ご飯とお味噌汁を盛る。僕の分にしては多いなあと思ってたんだ。残しといてよかった。
「あの。いいの?」
「何が?」
「食費……」
ああ、それを気にしてたのか。
「一応、『今』は同居人だからね。かかった費用はちゃんと持つよ。食材のレシートはちゃんと残しといて。折半しよう」
「うん」
ほっとしたんだろう。安心したように夜食を食べ始めた。ん?
「ご飯残したらだめ! それだって軽くしか盛ってないんだから」
「だって、太っちゃう」
思わずぶっこける。
「おいおいおいおいおい。そのがりっがりで、太っちゃうもへったくりもないだろ! 40ないんちゃうの?」
「だってスリムじゃないと」
「前のカレシがそう言ったん?」
「う……ん」
「僕は、そのカレシじゃないし」
「三田さんは太ってても平気なの?」
「順序が逆だよ」
「へ?」
「見てくれとか好みとか、どうでもいいこと。まず健康でないと、自分を支えられないよ? 人のことじゃない。自分のことなんだから」
「う……」
はあっ。思わずでっかい溜息をついちゃった。
「いいから、しっかり食べて。その後話がある」
「うん」
◇ ◇ ◇
コーヒーを淹れて、彼女に渡す。
「クリーマーと砂糖は好みでどうぞ」
「三田さんは?」
「僕はこのままでいい」
「へー」
落ち着いたところで、話を切り出した。
「なんか、勢いでこういう同居生活になっちゃってるけど」
「うん」
「不自然だよね?」
「……」
「月曜に君が言ったのはここにいさせてくれってだけ。目的も理由も僕には分からないの」
「うん」
「いくら僕がお人好しでも、それは受け入れられない」
「出て行けって……こと?」
「今のままじゃね」
はあ……。話の持って行き方が難しい。僕は理由が知りたいだけであって、いろとも出て行けとも言うつもりはないんだけど。どうしても口調がきつくなっちゃう。
「君が前のカレシに振られて、精神的にしんどいってことは分かる。ショックから立ち直るまで、誰か側にいて欲しい。そう思うのは分かるよ」
「うん」
「でも、それだけなら同居の必要はないでしょ?」
「……」
「話し相手とか愚痴の聞き役とか、そういうのは別に構わないよ。でも、それは同居前提の話じゃないよね?」
「うん」
しゅんとしちゃった彼女は。どうしようかって感じで、しばらく考え込んでいた。それから、じっと彼女の次の言葉を待っていた僕に……白状した。
◇ ◇ ◇
「わたしは……」
「うん」
「大学行くのに上京してから、ずっと高望みばっかしてた。自分よりかっこいい人、センスのいい人、ライフスタイルがおしゃれな人。自分がそうなりたいっていう人ばっか追っかけてた」
「へえー」
「今回振られたのだってそう。初めてじゃないの。またやっちゃったって感じで」
やっぱりか。僕の予想してた通りだったわけだ。力なく俯いた彼女は、ぼそぼそとこぼし続けた。
「わたしは、上京する前からちっとも変わってない。考え方が古くさくて、何をしてもださくて、気の利いたことも言えなくて」
ふむ。
「だんだん自分と彼とのギャップがしんどくなってきたの」
「そんなの、最初から分かってることじゃんか」
「そうね」
彼女は、寂しそうに顔を上げた。
「背伸びし過ぎたのかな」
むー。
「正直、ツリーの売り場で三田さんに会った時の印象は最悪だった。こいつ何様? 偉そうに。冷たくて、優しくなくて、大っ嫌いなタイプだって」
ふむ。僕はこれまで面と向かってそう言われたことはないなー。逆にすっごくいい人だって言われたこともないけど。ははは。
「でも、ツリーに執着してたわたしの態度じゃなくて、その背景を見てくれた。そんな人、初めてだったの」
いや、それは君が見るからに危なっかしかったからなんだけどな。
彼女は、ふっと横を向いて僕から視線を逸らした。
「ちょっと見、機械的で冷たく見えるんだけど、中身はすっごいしっかりしてて熱い。いい人なんだなって興味持ったの」
それはいいんだけど。それがなぜ押し掛け同居にまでぶっ飛ぶわけ?
「でもね。三田さん。最初から、ずーっと忙しいを連発してた。実際、中瀬さんて人と話してても仕事の話ばっか。それだけ大変なんだなーって」
「確かにそう」
「そしたら、わたしのために時間割いてくださいって、言えないの」
ああ、そういうことか。
「こういう形なら、三田さんと一緒の時間を確保出来るかなって」
僕は思わず頭を抱え込んじゃった。
「ううー」
思い込むと、状況判断がぷっつんして周りが見えなくなる彼女の悪い癖。それが爆裂してたってことか……。
「いや、それ以前にさ」
「うん」
「独身の野郎の部屋にいれば、何かされるって思わないわけ?」
「……」
「僕らのような男から見ると、君みたいのは常識や倫理観がぶっ壊れたヤリマのぱー子に見えるの。そう思われちゃうんだよ?」
「うん」
やれやれ。
「でも、それも」
彼女は逸らしていた顔を僕に向けて、真っ直ぐ僕の目を見た。
「覚悟してたの。わたしは三田さんのことを何も知らない。わたしへのアプローチの方法すら、わたしには知りたいことの一つなの」
ずべ。思わずぶっこける。
「おいおいおい」
なんとなく、彼女の目的が見えて来た。
「ってことは、なんだ。君はクリスマスまでの間に、僕を値踏みしようって考えてたのね。なんだかなあ」
「ごめん。ごめんなさい」
彼女は、しおしおになった。
「で。僕は君のおめがねに叶ったのかな?」
じっと黙り込んでいた彼女は。僕の予想外の返事をした。
「分からない」
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