DAY 11
昨日と同じファミレス。時間も席も、昨日と同じ。違うのは、彼女のまとっていた空気だった。昨日までは、なんとか僕を説得出来るって言う可能性を信じていて、まだどこかに余裕と明るさがあった。でも今日の彼女は、スネと投げやりさを剥き出しにしていた。どうせわたしが何をどう訴えても、聞き入れてなんかくれないんでしょ? 無駄足踏ませてさー、やなやつ! そんな感じで。
まあね。僕は安易に妥協したくない。もし昨日の話を聞かなかったら。いや、聞いていても他の事情だったら。少しは譲ってもいいかなと思ったかもしれない。でも昨日の話を聞かされた後じゃ、どうしたって譲る気はしない。
僕は男だ。彼女のセッティングをカレシがどう考えるかは、手に取るように分かる。てか、それは僕じゃなくたって誰にでも分かるだろう。心がほとんど離れている恋人を呼び戻すなら、どうしても劇薬が要ると思う。どんなに心を込めた手作り品を並べたところで、呼び戻しの妙薬になんかなんないよ。そういう家庭をイメージさせるものは、少しずつじわじわと効くものでしょ。漢方薬みたいにね。
手作りのクリスマス料理と、ハンドメイドのクリスマスデコ。家庭を持った旦那さんには心に滲みるであろう情景も、興味のない遊び人にはただのガラクタさ。そして、侮蔑を突きつけられて壊れるのは彼女だ。
僕には、そんなアンバラな付き合いなんかやめろって彼女を引き止める義理はないけど、だからってツリーを譲って彼女の崩壊を手助けする義理もない。だったら僕がこのツリーを譲れない理由を彼女に説明して、納得してもらえばいいよね。さて、切り出すか。
むっすりむくれていた彼女を横目で見遣りながら、僕は話を始めた。
◇ ◇ ◇
「まずね。僕が自分の部屋にツリーを立てようとしてる理由。それは、君とは全く違います」
「え?」
「彼女のいない独り者の僕が、部屋にでかいツリーを置く意味がどこにある?」
「あ……」
「君と違って、僕はイブも次の日も仕事です。ケーキ食って、酒飲んで、どんちゃん騒ぎをする暇なんかこれっぽっちもないの。会社は書き入れ時で、年初までの納品分を今のうちにきっちり作り切らないとならないからね」
「じゃあ、どうして?」
「プレゼントが欲しいからさ」
「???」
「僕は、今まで誰にもプレゼントをもらったことがないの」
「ええーっ!?」
彼女が絶句して立ち上がった。
「うそでしょう!?」
「うそじゃないよ。僕は孤児だからね」
「え?」
立ち上がった彼女は、腰が抜けたようにどすんとベンチ椅子に落ちた。
「ホームにいる時は、プレゼントはみんなのもの。ホームを出て自活してる時は、生きてくことで精一杯で、プレゼントを誰かにあげる余裕も、プレゼントくれる友だち探す暇もなかった。でも、まじめに生きて行こうとするなら、やっぱご褒美が欲しいんだ」
「それが、あのツリーなの?」
「違う」
僕は持っていたクラッチバッグから、鈍く光る鉄片を何枚か出して並べた。サンタクロース、橇とトナカイ、雪の結晶、羊飼いと羊、そして……星。
「これは、僕がステンレス板の端切れを加工して作ったの。自分では器用な方だと思ってたけど、とんでもない!」
「すっごい素敵だと思うけど」
「いや、それじゃ全く使い物にならない」
「どうして?」
僕が次にバッグから出したのは、百均のオーナメント。僕のと同じような金属製のオーナメントだ。
「これと僕のとが並んでいたら、君はどっちを買う?」
おずおずと百均の袋を指差す彼女。
「正解。僕もそうします」
彼女は吸いつけられたように、二種類のオーナメントを凝視する。
「どんなに精魂込めても、製品としての出来が悪ければ、それ以上には評価してもらえない。それが物作りってことなの」
「うん」
「そしてね。僕は今の職場でオペレータをやってるけど、物作りを機械任せにするつもりはないし、それじゃ意味がないと思ってるの」
「どういう意味?」
「機械は命令されたことしか出来ないよ。機械が作り出したものがいいかどうかは、機械には決められない。それを決めるのは僕らなの」
「うん」
「そうしたら、僕らはものの出来を見極めるセンス、目、手を鍛えないとならない。機械があるから大丈夫じゃ、僕らがいる意味すらなくなるから」
「あ、そうか」
「でしょ? でも、それは一人では出来ない。お手本が。先生がいるんだよね」
「うん。分かる」
「その手本が今週末に来るの。僕にとっての、生まれて初めてのプレゼント」
「ええっ!?」
びっくり顔の彼女。それがプレゼントなの? そんな感じで。僕は、自分の作った不恰好なオーナメントを指差した。
「それをね、その道一筋のプロが作ったらどうなると思う?」
「それが手本?」
「そう。作ってくれるのは、うちの会社の大ベテランさん。ものっそうるさ型で、みんなから煙たがられてる。でも、その人の腕と目はぴか一なんだよ。三日前、その人が一日休んだだけで、工場内が大騒ぎになったんだ」
「どうして?」
「その人がオーケーと言ったものは、完品。ダメ出しされたものは、不良品。それが見かけ上どんなにまともでもね」
「うわ……」
「中瀬さんて言うんだけど、その人のチェックを通れたものだけが、うちの社の製品として出荷されるの。それだけ厳しい人なんだよね」
「すごいね」
「でしょ? でも、ベテランさんということは、いつか社を去るってこと。まだひよっこの僕は、目標を見失うことになるの。だから、妥協なく完璧に仕上げられた見本をいつも見て、自分をそこに近付けたい。僕以外には意味のない、僕専用の最高のプレゼントなんだ」
「うん」
「それを下げるツリー。百均のじゃ強度も足りないし、サイズがない。高価なのは僕のお財布が悲鳴上げちゃう。君と同じさ」
「でも、あなたは働いてるんでしょ? わたしよりお金あるんじゃ」
「僕の給料はちょぼだよ。たぶん、君のバイト代とそんなに変わらない」
「うわ」
「今年もホームに少しプレゼント送るつもりだし、ボーナスは出るかどうか分からないし。金ないから、コスパのいいものじゃないとね」
「それでかあ」
「そう。目的は違っても、コンセプトは君と同じだったってこと」
思わず苦笑いする。彼女もつられて笑った。
「あはは」
さて。
「ということで。僕は、君にツリーを譲るつもりはないです」
「うん」
彼女は、それで諦めが付いたんだろう。最初のようなふて腐れた態度はもう見せなかった。うーん……でも。ツリーごときで彼女がカレシを諦めちゃうっていうのは、やっぱりかわいそうかなあ。もしかしたら、僕には思いつかないような方法で一発大逆転を狙ってるのかもしれないし。気は進まないけど、チャンスをあげるか。
「ただね」
「え?」
「さっき言ったように、24日も次の日も、僕は仕事。部屋でゆっくりクリスマスを楽しむ余裕はないの」
「うん」
「だから、もし君がどうしても使わせて欲しいということなら、クリスマスの二日間だけ貸してあげる」
がばっ! 僕に飛びついてきそうな勢いで、彼女が身を乗り出した。
「ほんとにっ!? いいんですかあっ!?」
「ははは。勝負の日なんでしょ? 二日くらいはいいよ」
「きゃあああっ! うれっしーーっ!!」
彼女のはしゃぎようは尋常じゃなかった。ああ、それが涙に変わんなきゃいいけど。一抹の不安を感じながら。僕は、ぱたぱた手を振る彼女にちょっとだけ会釈してファミレスを出た。
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