DAY 7
じゃりじゃりじゃりじゃりじゃりっ!!!
クラシックな目覚まし時計が耳元でがなり立てて。僕はそれを拳で叩いて止める。
「ううー」
貴重な休みなんだから、もっと寝かせといてくれよう。思わずそうぶつくさ文句を言ったけど、いつもの癖で無意識に目覚ましをセットしてしまったのは僕だ。苛立ちをぶつける相手がいない。ちぇ。寝直すのもあれだしなあ。よろよろとベッドを降りて、カーテンを開ける。
「うわ、まぶ……し」
快晴じゃん。休みの日が悪天候だと気が滅入るけど、雲一つないすかっ晴れなら話は別だ。何かいいことありそうな気がするよな! よし!
顔を洗って作業服を洗濯機に放り込み、パンを齧りながらパソコンでチラシサイトをチェックする。新聞を契約しなくてもこういう情報がゲット出来るのは、薄給の僕には本当にありがたい。
「さて。どうするか、だなー」
十二月入りして、一週間。本番が近付くほどクリスマス用品がはけていくけど、まだ序盤戦だからものはいっぱいあるだろう。ただ、コスパのいいものからなくなってしまう。売れ残りが処分価格で出るのを待ってもいいけど、それがどんなものになるのか見当がつかない。予想が外れて百均のツリーを慌てて買うのもなあ。とりま、店で実物を見てこようか。ちょうど洗い終わった洗濯物をベランダに吊るして。僕は部屋を出た。
◇ ◇ ◇
駅に一番近いホームセンターで、展示されているツリーを片っ端からチェックする。
「むー。なるほどなー」
当たり前だけど、ツリー本体は本物のモミの木なんかじゃなくて、どれも樹脂製のフェイクだ。でも、それをどこまで作り込むか。そしてイルミや付属のオーナメントをどこまで充実させるかで値段が決まっていく。必ずしも、大きいものが高いということではないわけね。そして、意外や意外。もう見切りのものが出ていた。箱の汚れがあるもの。去年の売れ残り。展示品処分。うん、僕はそっちでいいや。
取っ替え引っ換えツリーの箱を開けて中を見比べていたら、横にほっそりした女の子が来た。
「あのー」
いきなり話し掛けられる。
「は? なんすか?」
「これって、まだ在庫あるんですか?」
僕が小脇に抱えていた見切り品。それは、僕が一番いいかなーと思って手元キープしてあったものだった。
「さあ。展示品限りってなってるから、これだけだと思いますけど」
「じゃあ、それを下さい」
をい。
「それはちょっと」
僕が渋ると、その子はきっと目を吊り上げて僕を睨んだ。
「店なのに、売れないんですか?」
あ、そうか。今日僕は、作業服の上にジャケットを羽織って買い物に出た。その格好を見て、店員さんと見間違えたのかもな。
「あのー。僕はここの店員さんじゃなくて、客なんですが」
「げ!」
どかあん! 真っ赤っかになったその子は、すみませーんの声が聞こえないくらい超特急でクリスマスコーナーから駆け出し、階下に逃げていった。
「くすっ」
まあ、確かに僕はそれっぽいスタイルだったし。勘違いされてもしょうがないよね。
ちょっとしたハプニングがあったけど、僕はすぐツリー選びに意識を戻した。お金に余裕があるわけじゃない。一度使ってそのまま粗ゴミってわけにはいかないからね。大きすぎると場所を食うし、あまりに小さいと中瀬さんの作ってくれるオーナメントとバランスが取れない。
高さが一メートルくらいだと、やっぱ最初のが一番しっかりしてるんだよなあ。イルミもオーナメントも付いてるし、ツリー本体の作り込みもまあまあしっかりしてる。ただ、難点は、付属のオーナメントがどうにもちゃちなこと。イルミは、箱の絵を見る限りまだましみたいだけど。オーナメントを買い換えるくらいなら、ヌードツリー買った方が安く済んじゃう。それで売れ残っちゃったのかなあ。それと……。
「うーん。足がちょっとなあ」
箱に印字されている組み立て図を見ても、土台があまりにお粗末だ。これじゃあ、使い古しのマイクスタンドだよ。立ってりゃいいんだろってか? それもなんだかなあ。ツリー本体にコストをかけた分、他が割り食っちゃってる感じだ。アンバラだよなあ。でも、同じ値段でこのサイズのセットものは他にない。ヌードツリーだと、サイズと値段はともかく本体の作り込みが雑過ぎる。ツリーの出来がいいのは、高くてでかくなるか、値段で縛るとコンパクトサイズのものになっちゃう。さっきの子も、そういうところを見てたのかもしれないね。
ここで買うのを諦めて、他の店で探すっていう選択肢もあった。だけど他店でも扱い商品のラインナップはそう変わらないだろう。ホームセンターはやっぱ安いんだよなあ。箱の上蓋を開けた状態で、ツリーをしげしげと見つめて悩む。
「うー」
「あのー」
突然真横から女の子の声が聞こえて、思わずのけぞった。
「おわっ!」
「さっきはすみませんでした」
ああ、びっくりした。さっきの子じゃん。彼女はまだ諦め切れないように、僕が開いていた箱に顔を突っ込むようにして中を覗き込んだ。
「それ、買うんですかー?」
「うー。迷ってます」
「どこらへん?」
「値段もサイズもいいんだけど、どうも土台とオーナメントがちゃちだなあと」
「うん。でも、それはどっか妥協しないと無理でしょ。いいものが欲しいなら、妥協しないでぽんと出さなきゃ!」
そう言って、特売のデラックスタイプを指差した。彼女は、作戦を変更したらしい。男なんだからけちけちするんじゃないってか? そうは行かない。
「お金があればね。特売品でも値段は倍以上だから」
僕は苦笑してみせる。
「じゃあ、小さいのでいいじゃない」
「いや、それなりのサイズと作り込みのが欲しいんです」
「むー」
どうして僕の持っているのを狙っているんだろ? 君の方こそ、他のでいいんじゃないの?
「あのー、君こそ他にいっぱいあるから、それを選んだ方がいいんじゃないかと。こんな見切りでなくて」
「お財布の中が寂しいのよ!」
「じゃあ、小さいのでいいのでわ」
「あんまり小さいと貧乏ったらしいじゃない」
見切りならいいのか? どうも、この子がこだわっている方向が微妙にズレているような気がする。もちろん、僕も人のことなんか言えないけどね。ともかく。条件が同じなら、僕が彼女の事情に配慮する必要はなさそうだな。僕は、彼女の未練を断ち切るように箱の蓋を戻し、それを小脇に抱えた。
「すいません。僕はこれにします。ごめんね」
いじわるかなと思ったんだけど、こればかりは譲れない。
「レディーファーストとかは?」
「ないです。先着優先」
「く……」
恨めしげに僕の抱え込んだ箱を見ていた彼女は、僕にひょいと指を突き付けた。
「イブまで、猶予をちょうだい」
「は?」
「あなたを説得する!」
「どうやって?」
「明日、少し時間をください!」
「うーん、僕は今仕事が立て込んでて」
「どうしてもだめ?」
今度は一転して、懇願の表情になった。
「てか、独身で一人暮らしの男性にいきなりそれ系の誘いはいかがなものかと」
「え? 独身? 一人暮らし? 彼女いないの?」
ぐさ。なんだよ、その言い方。
「いませんが?」
「それなのに、なんでツリー?」
どうも一々引っかかる言い方をする子だな。
「君の知ったことじゃないでしょ? 余計なお世話」
僕は露骨に不機嫌な顔をしていたんだろう。彼女は慌てて弁解した。
「ご、ごめん! その、バカにするとかじゃなくて」
「立派にバカにしてるけど?」
泣きそうな顔になった彼女。でも、僕は本気で気分が悪かった。
「じゃあ」
俯いて立ち尽くしている彼女を置いて、僕はレジに歩いて行った。ちょっと大人気ないかなあと思ったけど、だからと言って確保したツリーを彼女に譲るつもりもなかったんだ。
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