DAY 6

「おう、巧」

「おはようございます!」


 制御盤の前で苦戦していたら、鬼のような形相の中瀬さんがのしのしと近付いてきた。今日も機嫌は悪そうだ。何か言われるかなあと身構えたけど、中瀬さんの口から出たのは工場長からの単なる伝言だった。


「これから本格的に作業が詰まってくる。土曜も交代で一日勤務になるけど、それを了承してくれ」

「はい!」

「で、今日は早上がりでいいそうだ。その代わり、来週の土曜は一日出てくれとさ」

「了解です」

「後で、坪田さんのとこでもう一度シフト表確認しといてくれ」

「分かりました!」

「ああ、それから」

「はい?」

「例のブツだが、もう一週間くれ」

「あの……」

「うん?」

「忙しいのにこんなこと頼んじゃって、すみません」

「いや」


 怒るかと思った中瀬さんは、うなりを上げる打抜機をぎりっと睨みながら、でかい声でがなった。


「俺にとっちゃ、久しぶりのでかいヤマになった。負けらんねえんだよ!」


 それ以外、何も余計なことを言わず。中瀬さんは、さっと走り去った。


「うーん」


 どうも、いつものお小言モードとは違う。会社や世の中のシステムが理不尽だって、文句を言うって感じじゃない。


 そうか。僕は、折野部長が覚えてる戸惑いが改めてよく理解出来た。中瀬さんの気性は、この工場の誰もがよく知ってる。時期的に気が立つってことも、状況の変化を快く思ってないってことも今に始まったことじゃない。もちろん、折野部長もそれを知ってる。でも中瀬さんの怒りは、そういうことに対してじゃないような気がする。じゃあ、中瀬さんは何に対して怒ってるんだろう? 僕も含めて、誰もそれが分からない。中瀬さんのいらいらをぶつけられてる人は、見えない不満感に怯えてるんだ。機械との競争? いや、そんなのは意味ないよね。中瀬さんもそれは分かってると思う。じゃあ、何をライバル視して苛立ってるんだろう?


「ううー」


 いくら考えてみても、分からない。見当が付かない。僕は、思うようにセット出来ない制御盤を拳でがしんと殴りつけて。大きな溜息をついた。


「はああああっ」


◇ ◇ ◇


 宿題を持たされての早帰りは、どうもすっきりしない。触ると切れそうな中瀬さんには、今はとてもアクセス出来ないから、折野部長の依頼は後回しにせざるを得ない。仕事にきっちり集中したいから、そういうもやもやを抱えたくないんだけどなー。仕方ない。だいたい師走に入ってすぐの、あのクソ腹立つ悪戯プレゼントがけちの付き始めだよ。帰ったらさっさとゴミに出しちゃおうかな。


 僕は、ぶつくさ言いながら駅の自動改札機にパスケースを叩き付けた。また、そういう時に限って改札がパスモを認識してくんない。警告音が鳴ってゲートが閉まり、僕はそれにつんのめって転びそうになった。くそ! 融通が利かないってのは! いや、機械相手に怒ってもしょうがない。飛んできた女性の駅員さんを手で制して、もう一度パスケースをぽんと乗っける。ぱたん。今度はすんなりゲートが開いた。


「ふう」


 まあまあ、落ち着けってことだよね。そう、好意的に解釈することにしよう。ああ、そうだ。駅舎を出てすぐ真向かいにある百均で、ツリーを見て行こう。


◇ ◇ ◇


 混み合う百均の店内。十二月に入った途端に賑やかになっていたクリスマス用品のコーナーを眺めて、思わず唸る。


「ううーん」


 さすがに百円のツリーはないかなと思ったんだけど。あるんだなあ。百円でツリーが買えちゃうっていうのも、すごいと言うか。でも、本当にそれでいいのかなーって思う自分がいる。

 僕らが汗水垂らして作っているものだって、一個何円どころか何銭っていう値段だ。でも安いからと言って、そういう品質だとは絶対に思って欲しくない。小さい部品だから価格が抑えられてるだけで、精度や耐久性、フィニッシュが値段相応のちゃちなものっていうわけじゃ決してないんだ。こんなすごいのが、この値段で買えちゃうんだよ? 僕らは、そういう誇りを製品に込めてる。それが百均のツリーから感じられるかっていうと。うーん。やっぱ、百円なんだからこれで充分でしょって言われてるような気になる。それが、どうにももやもやしちゃう。手に取ってじっと見ているうちに、やっぱりこれじゃなあという気分になった。


 別に誰かを部屋に呼ぶわけじゃないし。僕一人でひっそり鑑賞するなら、百円のでもなんの問題もないよ。でも僕がツリーを立てようと思ったのは、中瀬さんのオーナメントを下げたいからだ。中瀬さんが精魂込めて作ったオーナメントを、そんなちゃちなツリーに下げるの? 自問自答の末に。僕は手ぶらで百均を出た。


「明日、ホームセンターを見てこようっと」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る