DAY 3

「うーん」


 オンラインで見られるおもちゃ類のカタログ。それをブラウズしながら、頭を抱える。


「何がいいんかなあ」


 自分がホームにいた時に欲しかったもの。それは、今でもいろいろ思い出せる。だけど、僕がホームにいた当時と今とでは状況が違うだろう。もう十年近くの歳月が経ってるからなあ。まだ幼かった僕が欲しいとか楽しいと思っていたものが、今ホームにいる子たちにそのまま喜んでもらえるかどうか、正直分からないんだ。僕が大金持ちなら、ものではなくてお金でぽんと寄付出来るんだけど、まだ自活するだけで精一杯の僕のプレゼントはささやかなものにならざるを得ない。かと言って、所長さんに何がいいですかって聞くのもなあ。


「プレゼントって簡単に言うけど、難しいよなあ。はあ」


 でも、とんちんかんなものを贈って迷惑がられるよりいいか。とりあえず近況報告も兼ねて電話してみよう。携帯を操作して、ホームの代表番号にかける。もう閉園してる時間だけど、所長さんはまだ残っているだろう。


「はい、マインホームです」

「あ、所長さんですか? 三田ですー。お元気ですか?」

「あ! 巧くん? わあ、久しぶり! 元気ー?」


 僕が先に聞いたんだけどな。思わず苦笑する。でも、所長のしゃきしゃきした声を聞けば、元気だってことはすぐ分かる。よかったー。


「元気ですー。仕事も今のところ順調です」

「それは良かった。彼女は出来た?」


 うへえ。いきなりそういう探りっすか。


「まだそんな余裕はないっすー。仕事がちゃんとこなせるようになってからじゃないと」

「あらあ、それはそれよう。忙しいのを言い訳にしないで、どんどんがんばりなさい!」

「あはは」


 相変わらず、突っ込みが直球で激しい所長さん。でも、それはホームにいる時から一人でいる時間が長かった僕を心配しているからだろう。


「ええとですね。今年もささやかながら、何か寄贈させてもらおうと思ったんですけど、だんだん物が思い付かなくなってきて」

「ふふふ。なんでもいいの。君がちゃんと私たちのことを覚えててくれるってだけで。いつもありがとね」

「いや、ほんのちょっとしかお手伝い出来なくて」

「そんなことないわ。とっても助かってるよ」


 そう言ってもらえてほっとする。所長さんは、はっきり言った方が僕が楽だと思ったんだろう。すぱっとリクエストが来た。


「そうね。子供たちが毎日使うから、ボール類の傷みが激しいの。サッカーボールとかドッジボールとかを少し送ってくれると嬉しいな」


 あ。自分はそういうのが好きじゃなかったから、そこらへんがぽっこり頭から抜けてた。


「分かりました! イブに届くように手配します。少しだけで申し訳ないんですけど」

「いやあ。君の生き方自体が、私たちにはプレゼントよ」


 う……。涙が出そうになった。やばやば。


「それじゃあ、またご連絡します。所長さんも、どうかお体に気をつけて」

「ありがとねー。たまにはホームに顔を出しなさい」

「あはは、そうですよね。仕事をもう少しこなせるようになったら伺います」

「そうね。気楽に来て」

「はい。それでは失礼しますー」


 ぷつ。


 うん。やっぱりかけて良かった。あの頃の僕に見えなかったものは、今も見えていない。それは誰かに指摘されないと分からない。自分では少しオトナになったかなと思うけど、肝心なところはまだちっとも改善されてないような気がする。まあ、いいや。とりあえずホームに贈るものが具体的に決まったから、そっちはすぐ手配しよう。それより。


 僕は、座卓の上に昨日中瀬さんに渡した設計図の写しを置いて、それをじっと見つめた。中瀬さんに頼んだのと同じものを、僕も作るつもりなんだよね。僕が自分でやりたいと思っていたこと。何かを作って、それで生きていきたいってこと。ほんの一部だけど、それが叶いつつある。ただまじめに生きて行くっていうことだけじゃなくて、自分が望んだことを自力で実現させて生きて行くこと。金属片で作る自作のオーナメントには、ささやかだけどその決意を込めるつもりだ。

 中瀬さんのお手本と違って、僕のはきっと人に自慢出来るほどの仕上がりにはならないだろう。見た目は、廉売店の打ち抜きのオーナメント以下になると思う。だけど、今はそれで一向に構わない。不格好なオーナメントでも、僕がプライドを持ってしっかり仕事してるってことがホームのみんなに少しでも伝わってくれれば。


 そして。中瀬さんのお手本がなくても、僕が一人でやってもそれなりのものは作れると思う。でも、僕はプレゼントが欲しかったんだ。僕が目指す先にあるもの。そこに到達するために、必死に頑張ろうと思えるもの。それが、僕にとってはかけがえのないプレゼントだ。


 腕っこきの中瀬さんが、数日かかるって言ったんだ。きっとやっつけじゃなく、僕の今の腕前では及びもしない素晴らしいオーナメントに仕上げてくるんだろう。中瀬さんが作ってくれるオーナメントが、単なるツリーの飾りで終わるはずがない。そんなの、ありえない。僕は楽しみで楽しみで、ぞくぞくする。僕の作ったのは、ホームへのプレゼントに付けて一緒に贈ろうと思ってる。でも、中瀬さんのは一流作家の工芸作品レベルになるだろう。それは間違いなく、僕にとって一生の宝になる。誰にも譲りたくない。


「せっかくだから、部屋にツリーを立てようかな」


 殺風景な部屋を見渡して、ふとそう思った。


「百均で買ってくるかー」


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