DAY 2
「おう、巧」
「あ、中瀬さん。おはようございます」
「朝っぱらから景気悪ぃツラぁすんな。運が逃げるぜ」
制御盤の前でマニュアル片手にしかめ面をしていたら、ベテランの中瀬さんが声を掛けて来た。
「そうなんすけどね。昨日、ちょっと腹立つことがあって」
「へえー、おまえが腹立てるってのは珍しいな」
そうなんだよな。僕は学生の時も就職してからも、喜怒哀楽がはっきりしない能面人間みたいな言われ方をされることが多い。確かに自分の気分を剥き出しにしない方だとは思うけど、だからと言ってへいへいと何でも受け入れてるわけじゃない。どうも、自分で思ってるのと人の評価とが思い切り食い違ってる気がする。
「いや、僕宛てのプレゼントってのが家に届いてて、開けてみたら空だったんすよ」
「おいおい。発送元で入れ忘れたんか?」
中瀬さんが呆れてる。いや、僕も全力で呆れたけどさ。
「それなら分かるんですけど、僕宛てになってるだけで送り主も運送業者も分かんないんですよ。クレームの付けようがなくて」
「なんだそりゃ? イタズラか?」
「そうかも知れません」
「これからクソ忙しくなってくるっていうのに、くだらん真似しやがって!」
僕の代わりに中瀬さんが怒ってくれてるみたいで、嬉しくて思わず頬が緩んだ。
「ですよねえ」
統括作業長の
でも、中瀬さんの腕前はぴか一だ。多くの加工工程が手作業からコンピューター制御の加工機械に置き換えられて来てると言っても、どうしても人の手でないと出来ない工程はある。その技術力がうちの工場の売りである以上、中瀬さんを過去の遺物として扱うことなんて絶対に出来ないんだ。作業以外にも、加工機械のわずかな不調や狂いを見抜き、フィニッシュの手抜きを指摘し、検品の精度を上げる。うちの工場でそれが完璧にこなせるのは、数マイクロメートル単位の精度で加工出来る腕と目を持つ中瀬さんしかいない。中瀬さんには、僕らにうるさいことを言えるだけの技能と実績があるっていうことなんだよね。
「それはそうと。巧は今年もホームに何か贈るんだろ?」
「ええ。ただ」
「どうした?」
「だんだん、贈るものを選ぶのが難しくなりますね」
「ほう?」
「ホームの孤児だから、遊ぶものが一般家庭の子より劣っていてもいいってことにはならないと思うんです」
「ああ」
「でも、親がいないことをモノで埋めてもなあと。そこんとこが」
「そうだよな。おめえもその立場だったから、よーく分かるんだろ?」
「はい。子供たちはゲーム機とかそのソフトとかを欲しがるし、それがもらえれば喜ぶのは分かるんですけど」
「ホームでは要らねえって言うんだろ?」
「ええ。子供たちの制御が難しくなるからって」
「まあな。俺も好きじゃねえ。あんなのは害毒だ」
ううう。中瀬さんは、絶対に世相に迎合しないからなあ。
「まあ、まだ本番までには時間がある。心のこもったものならなんでも嬉しいさ。あんま、深く考え過ぎんな」
「そうっすね」
僕の肩をぽんと叩いた中瀬さんが制御盤の前を通り過ぎようとしたのを、慌てて呼び止める。
「あ! 中瀬さん!」
そう、頼みたいことがあったんだ。昨日の不愉快な出来事に気を取られて、危なく忘れるところだった。
「ん?」
くるっと振り返った中瀬さんに、ホチキス留めした製図用紙を何枚か渡した。
「なんだ、こらあ?」
それをぺらぺらめくった中瀬さんが、訳分からんという顔で首を傾げる。
「いや、中瀬さんの腕を見込んで、一つお願いしたいことがあるんですよ」
「はあ?」
「僕はオペレータとしてここに配属されてますけど、本当は自分で工作機械を繰りたいんです」
「ああ。巧も根っからそういうのが好きそうだもんな」
「はい! でも、このままだとコンピュータ画面や制御盤とにらめっこだけなんで、腕がなまりそうで」
「分かる。こういうのは体に叩き込むもんだ。怠けりゃ、すぐに腕が落ちる」
「ですよね。少なくとも訓練は欠かしたくないんです」
「いい心がけだ!」
ばしん! 思い切り背中を張られた。いてて。
気難しい中瀬さんが、僕とは打ち解けて話をしてくれる。その接点が、手を動かすってことなんだ。中瀬さんの技術は、他には誰も真似出来ない。その競合相手がコンピューター制御の機械であっても、だ。それはすごいことだと思うし、僕もそうありたいと思ってる。だから僕は職人になるという志を曲げたくないし、中瀬さんがここにいるうちに自分の腕前をしっかり磨きたい。それにはどうしても訓練が要る。中瀬さんも、僕が単なる技術者じゃなくて職人指向だということを分かってくれてる。
「ステンの端板を使って、オーナメントを作ってみたいんですよ。打ち抜きならいくらでも出来るんでしょうけど、それじゃ味気ないし、練習にならないんで」
「おーなめんと?」
「クリスマスツリーにぶら下げる飾りです」
クリスマスそのものが好きでない中瀬さんは、あまりいい顔はしなかった。でも、僕の渡したデザイン図を見て何度か頷いた。
「そうか。俺に見本を作ってくれってことだな」
「はい! ステンの薄板じゃ、ちんたら加工してたらすぐに曲がっちゃうでしょ?」
「そうだ」
「ワイヤーソーやボール盤を素早く正確に使えるようにならないと、中瀬さんのレベルには追いつけないです」
「はん。二、三年じゃ無理だよ。こらあ、俺がガキの頃から体に叩き込んできたこったからな」
にやっと笑った中瀬さんは、それでも納得してくれたみたいで、僕の渡した原図をくるくるっと丸めて握った。
「数日中に作る。それで、勉強してくれ」
「楽しみにしてます」
「ああ」
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