DAY 1

「ふう……」


 まだ十二月に入ったばかりだと言うのに、もうあちこちからジングルベルのメロディが流れ始めて。僕は、なんだかなあと思う。この分だと、クリスマス本番にはもう年末年始のモードになっていて、サンタクロースもがっくり来るだろう。日本人てのはいつからこんなにせっかちになったんだろう? いや、そんなことを今さら愚痴ったところで何も始まらないんだけどね。


 僕は、油染みを落とし切れなかった手でジャケットのポケットをまさぐって、アパートの鍵を取り出した。


「あれ?」


 キーホールに鍵を突っ込もうとした時、足が何かを蹴った感触があって、僕は思わず声を出した。


「なんだあ?」


 ドアの前に、クリスマス用にラッピングされた箱がぽんと置かれていた。


「???」


 誰かが落としたのかと思ったけど、箱はそれなりにサイズがある。一辺が三十センチ以上ある真四角の箱だ。しかも、ラッピングされた箱にはメッセージカードが付いていて、それにくっきりと『三田 巧 様へ』と書いてある。間違いなく僕宛てだよなあ。でも、カードにも箱にもそれ以外のメッセージは何も書かれていない。


「おいおい」


 正直。嬉しいというよりも、気味が悪い。だいたい今日はクリスマスじゃないよ。十二月のついたちだ。クリスマスなんか、まだまだ先じゃないか。それに、誰がなんのためにこれをここに置いたのかがまるっきり分からない。宅配便なら置きっぱなしにはしないだろう。不在票が入るはずだよな。業者じゃなくて、誰かが直接ここに来て置いていったんだろうけど、贈り主の心当たりがないんだ。このアパートの住民とはほとんど面識がなく、贈り物をやり取りするような親しい隣人はいない。職場やそれ以外のところでも、こういうのを送ってきそうな人はいないしなあ。プレゼントみたいなものを贈られる心当たりが、どこにもない。


 僕は、その軽い箱を持ち上げてあちこち眺め回しながら、しばらく苦悶していた。悪戯や悪意で、何か危険なものを入れられていたらやだなあ。そういう不信感が、どうしても拭い去れなかったから。とはいえ、中を開けてみないと何も確かめられない。仕事帰りで疲れてるのに、精神的にさらに疲れさせるってのはどうよ?


 プレゼントをもらって嬉しいなんて気持ちはこれっぽっちもなく。なんでこんな厄介なものを捨てるみたいにして置いてくかなあと。むしろどっぷり不快感を覚えながら、僕は部屋の鍵を開けた。


◇ ◇ ◇


 座卓の上にその箱をぽんと乗せて。それを横目で見ながら、コンビニの弁当をかき込んだ。まあ、とてもじゃないけど食欲を増進させるような代物じゃない。


「えっぷ」


 それでなくても十二月は書き入れ時で、仕事がぎっしり詰まってる。元々クリスマスなんかゼニにならん、関係ないっていう職場なんだ。しかも今年は新型の打抜機パンチャーが二台入って、僕はそのオペレーションを任されてる。覚えないとならないことがてんこ盛りだから、こんなことに気を散らしてる場合じゃないんだけどな。僕はその箱の頭を小突くようにして、ぱんと叩いた。


「僕に何か贈ってくれるなら、そういう事情を考えてくれないかなあ」


 いやいや、箱に文句を言ったところで始まらない。箱は、ただの箱だ。それに手足が生えてしゃべりだすわけじゃないからね。気は進まなかったけど、開けて中身を確かめることにする。包装紙やリボンに何か手がかりがあるといけないから、一気にばりばりっと破って取り出すんじゃなくて、丁寧にリボンを解き、テープを慎重に剥がして箱を取り出した。


「はあ?」


 商品のパッケージだと予想してたんだけど。味も素っ気もない、ただの白いボール紙の箱だ。


「……? なんじゃこりゃ?」


 いや、箱が素っ気ないだけで、中には何かサプライズがあるかもしれない。一抹の期待を胸に、箱の蓋を留めてあったテープを剥がして、かぱっと開けた。確かに、とんでもないサプライズだった。


「おい。空じゃんか!」


 空っぽ。なーんにも入ってない。


「イタズラかあ」


 一応名指しのプレゼントだったから、もしかしたら素晴らしいものが入ってるかもという期待はかすかにあった。だけど、それはでっかい失望で終わった。危険はないけど、ただのゴミになる箱だけじゃなあ。腹立ち紛れに引き裂いて捨てる元気もなく。畳んだ包装紙とリボン、蓋をし直した箱をまとめて、部屋の隅っこに放った。仕事の疲労感だけが倍増して、でかい溜息に変わった。


「はあああっ」


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