しろがねの歌3 星見

「お兄様、すてき。とてもお似合いですわ」


 黒い巻き毛の貴婦人が、白魚のような手を僕の胸元に伸ばす。

 その手にある青く輝く大きな宝石が、ふんわりした絹のスカーフを品よく留める。


「完璧ですわね」


 銀のシフォンリボンを腰に巻いた、白いドレスの貴婦人――我が師の実妹アリージュワルドさんが、うっとりと僕を眺めた。

 前髪が上げられ後ろはひとつにひっつめた髪型の頭から、最高級の黄金牛革であつらえられた革靴に包まれた足元まで、まるでお母さんのようなまなざしで。


「お父さまも、きっとうっとりなさいます」

「いや、女の子じゃないから、うっとりはしないんじゃー……」


 妹さんは州公閣下のお気に入り。毎晩御前に呼ばれている。

 そのことを知るなり、さっそく両手を打ち合わせて妹さんに頼みこんだ結果がこれだ。

 身支度完了。

 今夜僕は城内劇場で歌劇を鑑賞したあと、妹さんと一緒に、州公閣下に謁見する。

 妹さん、万歳! だ。 感謝してもしきれない。


「お父様はご病気だから、そんなに長くは喋れませんわ。それはご注意なさってね」

「了解」

「あの。メキドの女王陛下って……お美しい方なの?」

「はい?」


 妹さんの顔が……なんだかちょっと変というか。眉が下がっているというか。


「女王陛下のために、どうしても訴えないといけないことがあるなんて。陛下をとても心配してらっしゃるのね」


 あ。ほっぺたがちょっと膨らんだ。

 えっとこれはもしかしてその……やきもち? みたいなもの、だろうか。


「いやあのその、閣下に陛下のことを頼むのは、世の情勢のためになると読んだからで……それに弟子のぺぺの遺言っていうか……いやー、それにしてもこの服、ほんと豪華ですね!」


 ああ、どんな対応していいかわかんない。女の人って難しい。

 僕の衣装は、侍女たちと同様、みんな妹さんが用意してくれたものだった。

 だれかに言いがかりをつけられないよう、僕は感謝しつつ侍女をお返ししたのだが、衣装や装飾品はどうか受け取ってくれと懇願された。ありがたいことだ。

 晩餐と観劇を控えた夕方五の刻に、妹さんは僕の準備を手伝うために来訪。

 侍女の代わりに私が、と恐れ多くもかいがいしく世話されることになってしまって、今に至る。


「私自身、お兄さまともっとお話したいですし。お世話してさしあげたいんですの」


 きれいなお姉さんに嬉しそうにいわれたら、大人しくなすがままにされるしかない。でも話をすればするほどに、この体の中身が我が師じゃないことがばれる確率が高くなる。

 戦々恐々の僕はカチコチにかたまり、妹さんの着せ替え人形と化した。

 兄妹とはいえ男と女。べったりだとあらぬ噂をたてられるんじゃないかと心配したけど、妹さんは僕の杞憂などまったく要らない人だった。


「ほうほう。やはりハヤートは、兄上のお子の中で一番二枚目ですのう」


 この城において、州公閣下とほぼ同位の地位にあられる御方。

 閣下の実弟にしてこの州を後見しておられる、黒き衣の導師スポンシオン様。

 妹さんはぬかり無く、この方を僕の部屋に招いていた。

 お茶に呼んだ、という名目通り、部屋には香りよいお茶の匂いが漂っている。


「よかったですなぁ。父上にお会いできることとあいなって」


 小指をたててティーカップに口を当てるスポンシオン様に、僕はぎくしゃくと頭をさげた。

 

「はい、ありがとうございます!」

「スポンシオン様、一緒にお茶を楽しんでいただけて嬉しいですわ。他にもお誘いがたくさんあったでしょうに」

「いやいやワルド、こちらこそ、骨董品のゲーム盤をいただいて嬉しいかぎりですぞ。あれは今ではまったく作られていない、炎華石製ですからなぁ」

「お気に召していただいて幸せです。あれは方々探させて、やっと見つけたものなんですの」

「ほうほう。それはかたじけない」


 つまるところ妹さんは、潤沢な財産を最大限利用して、頭頂まぶしき人を味方につけているようだ。

 それにしても妹さんもスポンシオン様も、僕に対してまったく無警戒。はばかることなく何でも話すので、内心びっくりだ。身内の絆、とでもいうんだろうか。少なくとも妹さんは、我が師に全幅の信頼を抱いているらしい。


「ワルド、今宵の劇場の演し物は何ですかな?」

「薔薇乙女歌劇団の新作ですわ。『薔薇よ、汝を庇護しよう』という題です」

「おお、新作! それは実に楽しみですな」

「本日はスメルニアからお客さまがお越しですの。ですのでお父様は、最高のもてなしをと、思し召しなんですわ」

「極東領の、平公閣下でしたな。たしかあの領は、スメルニアから独立したがってましたかな?」

「はい。お父様は、全面的にご支援なさりたいようです」


 僕の袖をつまんで寄りしわを直す妹さんの口調は、内容とは裏腹に、驚くぐらいさりげない。注意してないと聞き流してしてしまうぐらい、無頓着。

 でも頭頂まぶしき人はしっかり聞き取っていて、その目をきらりと光らせた。


「ほうほう。それはすばらしい思し召しですな」

「叔父さまがそうおっしゃるということは……」

「我が盤占いでは、かの地の独立は成されると出ておりますぞ」 


 あ。今のは……!

 妹さんもすぐにその言葉に気づいて、感嘆のため息をついた。


「まあ……どうしましょう、私、導師さまの『予言』を聞いてしまったわ」

「ほうほう。自分で言うのもなんですが、絶対当たりますぞ?」

「ええ、お父様がおっしゃってましたわ。叔父さまの予言は、いまだかつて外れたことがないって」

「それは嬉しい褒め言葉ですなぁ。ではひとつ、問題を出しますかの。国主。国民。そして導師の後見。この三項がそろえばどんな土地でも、大陸同盟から「国家」と認められる。その理由は、これいかに?」


 頭頂まぶしき人が上機嫌に聞いてくる。まるで寺院の講義のように、問答形式で。

 妹さんが首をかしげる横で、僕は反射的に即答した。


「はい。その土地は、『導師の予言を与えられるほど価値ある土地』と、みなされるからです。それほどまでに、黒き衣の導師の予言の的中率は高いのです」

「そのとおり! では近日中に、兄上と話し合いましょうかの。援軍派遣。立国。自治法典制定。後見人の選定。ほうほう、忙しくなりますなぁ。まずは攻め手に駒を置き直さねば」


 長老ではないし。毎晩すごろくで遊んでいたし……。

 スポンシオン様の印象って、僕の中では頭のてっぺんと同じぐらいとっても薄かった。でもこうして内輪の会話を聞くと、結構やり手なんだと気づかされる。

 もしかして、能ある鷹は爪を隠す?

 昼寝魔人の我が師といい、のんきなふりを装うのは、あの寺院では必須の護身法なのかもしれない。

 バルバドスさま。二位の御方。ヒアキントスさま。

 寺院は、恐ろしい陰謀をめぐらす人たちの巣窟だから……。

 などと、しみじみあの寺院を思い出していたら。


「叔父さま、私、誇らしいですわ。破門されたとはいえお兄さまも、叔父さまと同じ衣をまとってらしたんですもの」


 やばいことに話がこっちに向いてきた。


「白鷹の子ゆえ、私はハヤートを弟子に取りたかったんですがのう……カラウカス様が、この子がどうしてもほしいとおっしゃるもので、泣く泣くおゆずりしたんですぞ。カラウカス様が急逝されなんだら、ハヤートは今頃、どこかの国を立派に後見しておったでしょうなぁ」


 え。それは……どうかなぁ。

 だってあの人、予言なんてできるのか? 神がかって何か口走るなんて、一度も見たことないぞ。


「そうそう、ハヤートは星見が専門で」


 うん、そうらしい。でも夜空を眺めたことなんて、いままで……ほとんどない。

 この前の僕の誕生日のときだって、「天文学」を教えるとうそぶいたけど、結局ピピちゃんのきぐるみぎゅむうで終了だったし。


「まだ弟子だったころ、湖の地震を予知しましたなぁ。あれはすごかったですな」


 えっ!?


「お兄さま、すごい!」


 予知した?! うそ! 


「みなびっくりでしたぞ。しかも原因が、湖に住むでかい化け物だったというのも、さらにびっくりでしたな」


 あ。もしかしてそれって、カラウカスさまの形見の本にあった話……だろうか?


「ぺ、ぺぺが大活躍……して、その化け物を北の湖に移した……」

「ほうほう。あのウサギも、実にすばらしい使い魔でしたなぁ」


 内心、僕の心臓はバクバク。かろうじて首が繋がった気分だった。

 僕の知らない記憶。知らない思い出。そんなものが出てきたらお手上げだ。

 しかし妹さんにとって、あの鼻ほじりおじさんはあこがれの英雄そのもの。

 火に油を注ぐごとくスポンシオンさまがベタ褒めするものだから、俄然期待されるのは当然といえば当然だった。


「お兄さま、私、いいことを思いつきましたわ!」


 妹さんの瞳はもう、きらきらうるうる。

 はっしと手を握られた僕は、明るくはしゃぐ美しい人から恐ろしいことを宣告された。


「今夜お父様の御前で星見をして下さいませ。お兄さまが黒き衣の予言の力をお見せになれば、お父様はとても感心なさるでしょう。きっとなんでも、望みをかなえてくださいますわ!」




 

 かくして。

 僕は、絶体絶命のがけっぷちに立たされた。

 星見なんて、いまだかつてしたことがない。

 全体講義でほんのさらっと、星座の話を聞いたぐらいだ。

 我が師がちゃんと教えてくれてれば、なんとかなったかもしれないのに。

 あの人ときたら、ほんとに僕にはなんにも教えてくれなかった。

 ああ、頭がパンクしそうだ。晩餐に何を食べたか覚えてない……。

 今劇場で観ている歌劇調の演し物は、実に絢爛豪華。赤毛の美しい舞い手たちが、花びら降りそそぐ舞台で見事に舞い踊っていたけれど。

 僕は、乙女たちの華麗な舞を眺めるどころじゃなかった。

 なにせ晩餐のあとに、妹さんが第三食堂までわざわざやってきて。


「たった今、お父様の了承をとってまいりましたわ。今宵は屋上で『ナッセルハヤート天体観測会』です!」


 満面の笑みで報告された。

 その背後には、階下から昇ってきたと思われる会場設営係がずらり。

 妹さんは州公閣下から、城内の催し物担当の侍従さんたちを借りてきてた。

 みなさん看板やら椅子やらじゅうたんやら幕やらを持っているんだけど、それがなんと長蛇の列……。

 僕と妹さんと閣下、三人だけのほのぼの観測会じゃ……ない。

 あれは、観衆たっぷり招待しました的な一大イベントの雰囲気だった。

 おかげでもう頭は、混沌の渦。

 いったいどうやって「星見」をすればいいんだ? 

 星の位置どころか名前すら、危ういってのに。

 冷や汗がだらだら、頬をつたう。


「そんなに熱いか?」


 隣の席にどかりと埋まる金髪男、ゴランスン卿がじとっと睨んでくるけれど。


「いえ、こ、こごえそうです」


 かまってる余裕なんてない。


「なんだそりゃ。まぁいい、取引しようじゃないか。おまえは俺の部屋に妹を送り込む。俺はおまえの妹に子種を仕込む。孕むまで毎晩だ。あいつが俺の子をみごもったら、側室にしてやる。そうしたら俺のものになるあいつの財産を、おまえに三割やる。どうだ? うまい話だろう?」 

「今忙しいんで、パス」


 なんかモラル的に大変問題あるようなことを聞いた気がするが、せっぱづまりすぎてて反芻できない。


「ちっ。では山分けだ。あいつの財産を半分やる。それでどうだ?」

「今、脳内で知識めくってるんですっ。ちょっと黙っててくださいよっ。集中できないじゃないですかっ」

「はぁ?!」


 星見の本は寺院の図書館に数冊あった。でも真面目に読んだことはない。

 星座の全体講義をきいたあと、レポートを出したおぼえはあるけど、それってたしか……


『ぼくは「剣のつか座」がいちばんすきだとおもいました。

 なぜかというと、えいゆうジーク・フォンジュの剣がかっこいいとおもいました。

 あと、「ねこ座」のしろねこ王は、サンダルはだめだとおもいました。

 長ぐつがかっこいいとおもいました』


 ……。

 ……うん。

 僕の名誉のために言うが、あれを書いたのは十歳、寺院に入って数ヶ月たったころのことだ。 

 最低評価をもらって落第したんで、何を書いたかよくおぼえてる。

 我が師に爆笑されたので、一言一句おぼえてる。


『いやその通り! その通りだよなー! 俺も教科書のあの星座絵、だっせーと思うわ。猫がはくのは長靴の方が絶対いい! ぎゃはははは!』 

 

 ちくしょうあの人、自分はスペル間違いまくるくせに!

 少なくとも僕のは、誤字がなかったぞ! 

 大体僕は学校にいってなかったんだぞ? 

 文字覚えたて数ヶ月であのレベルって、すごくないか?

 ほんと誤字はなかったんだよ!

 もとい。

 だめじゃん! ぱにくりすぎて思考脱線してるじゃん! 

 全っ然予言と関係ないじゃん!

 

「うあああああ」

「なに身悶えてるんだ? う……?!」

「としょかん。この城、としょかんどこですかああああ~~~?」


 歌劇の公演時間は三刻の長丁場。

 ゴランスン卿に涙目鼻水だらだらで迫った僕は、上演中に少しでも知識を詰め込もうと、おなかが痛いと言い訳して劇場から脱出。廷臣たちが使う第七層の図書室に走りこんだ。


「ハヤート」


 そこの敷居をまたぐなり。


「ひい!」


 背後から肩を叩かれたので、天井まで飛びあがりそうになった。

 すぐ後ろでにこにこしているのは、なんと……頭頂まぶしい御方。

 まばゆい頭のてっぺんに、僕は一瞬目がくらんだ。


「星見の本はこれとそれとあれですぞ。『天について』、『光の交錯』、『空との対話』。まずはその三冊を読破されるとよろしかろう」

「え。あ。その。あの……」


 唖然呆然とする僕の腕に、次から次へと、本棚からだした分厚い本をどそどそ重ねていくスポンシオン様。

 こっちを向いたその顔は、穏やかに笑っている。


「いやあ、すみませんなぁ。ワルドを喜ばせたくて、ついつい嘘をついてしまいました」

「え? 嘘?」

「ハヤートが予知をしたなどと。しかし話を合わせてくれて、うれしかったですぞ」

「あの……」


 な?! 予知は、嘘? それってどういう……


「はぁ……しかし本当に我が弟子にできれば、ハヤートにあんな苦労はさせなんだ。星見も夢見も、そして我が盤占いも。じっくりとっくり、教えてやれたのにのぅ……」


 魔法の気配が降りてきて、うす暗い図書室にぽう、と光の玉があらわれる。

 スポンシオン様は手のひらの上でその光を毬のように弾ませた。


「カラウカス様は、なんでも『やってみぃ』のお人でしたからな。あのお方の弟子はみんなそう。ほとんど手助けされず、おのれ自身で気づかねばならぬ。それゆえに、ハヤートも同じ遣り方で弟子に接したのでしょうなぁ。おのれが知っている唯一の教育方法で」


 え。なんだか。すごくやわらかい口調。

 なにこれ……。

 スポンシオン様が肩に触れてきて。そしてゆっくり、囁く。

 

「ここで修行をやりなおしませんかな? 私の弟子として。アスパシオンのぺぺくん」

「……!!」

「虹色の魂なれど、その色はハヤートと微妙に違いますからな。君は、ぺぺくんですな?」

「え。あ。その。あ……」

「いつもそなたを見ておりましたぞ。ハヤートは昼寝ばかり。少しぐらい、君にかまってやればよいものをと。手助けしてやればよいものを、と。遠くから見て、そう思っておりましたぞ」

「あの……」


 まずい。

 暖かい。

 どうしよう。

 輝く灯り玉がスポンシオンさまと僕の顔の間に浮かぶ。

 その光がやわらかく、優しく、僕の頬を撫でた。


「あの……あの……」

「今宵は一緒に星見をしましょうぞ。ハヤートを立てて、私は補助にまわりますからな。もちろんぺぺくんの正体はワルドのため、秘密のままにしておきましょうぞ」



 だから、安心しなさい。


 

 穏やかに言われたとたん。

 僕の目が急にぼやけた。うつむくと、涙の粒がいくつもぽたぽた床に落ちた。

 やばい。

 やばい。

 どうしよう……

 

「あのっ……でも、僕は……僕は……お、お、お師匠さまの……アスパシオンの……あの人の、ものだから……あの人のものだから……」

「ほうほう。そうですな。弟子は師の所有物。しかし察するに、ハヤートはもうこの世には――」

「生き返らせたいんです!!」


 涙を落としながら、僕は叫んだ。

 ぎりぎりと、腕で分厚い本を絞りながら。


「あの人が僕の身代わりに死ぬなんていやだ! いやだ! いやだああっ!」


 暖かい腕がしゃくりあげる僕の肩に回されて。

 ぎゅうと、抱き締めてきた。

 僕は悲鳴のようなひび割れた声でしばらく泣きじゃくった。

 スポンシオン様の腕は、その時の僕にとっては救いと慰めそのものだった。

 暖かくて。力強くて。何もかも、包み込んでくれる気がした……。


「無理に私の子になろうとしなくてよろしいですぞ。それはゆっくり、考えればよろしい。ですがこれだけは、一緒に成してくれませんかな?」


 頭頂まぶしい人は、よしよし、と僕の背を叩き。

 またぎゅうっと、僕を抱きしめてきた。


「ワルドに、笑顔を」


 まるで、本当のお父さんのように。

 

 

 



 それから数刻後。

 歌劇が終わったのを見計らい、白鷹の城の屋上に、僕と頭頂まぶしき人が登って行くと。


「お兄さま! スポンシオン様!」


 白いドレスのすそをふわりとさせて、妹さんが駆け寄ってくる。


「見て。とてもすてきな会場になりましたわ。お兄さま、がんばってくださいね」


 やはり屋上は盛大な「特設会場」と化していた。

 椅子が何十脚も赤じゅうたんの上に並べられ、その四方にポールが立てられ、銀色帯や長い幕がぐるりと飾られている。

 城内劇場にあるのと同じかわいらしい小天幕が席の最前列にあり、すでにそこに州公閣下が、おなりになっていた。

 周りの席に「ご家族」が、そして後ろの方の席には第二層と第三層の男系親族が、ぞろぞろと腰を下ろし始める。あの金髪のゴランスン卿もいる。

 そして妹さんは。なんとするっと、閣下がおわす小天幕の中に入っていった。


「星見日和ですぞ」


 スポンシオン様が天を仰いで、頭上にひときわまばゆくまたたく青い星を指さす。


「さてあれが、基点となるしずく星。北点にてその位置は常に変わらず。あれを見失わなければ、大丈夫ですからな」

「はい!」


 僕はスポンシオン様と共に、小天幕の前にある平たい舞台に登った。

 そこで観察するようにとしつらえられた台に。

 空はとても晴れ渡っていて、月はなく。

 天にそびえんばかりの白鷹の城の屋上は、手をのばしたら本当に星をつかめそうなぐらい、天が近かった。


「これより、天のみ言葉を読み取り、皆様にお伝えいたします」

「大いなる技にて、このスポンシオン、もと黒き衣たりしアスパシオンのかい添えをさせていただきます」


 くるりとふりむき、席に座る方々に深々と頭を下げる。

 閣下と妹さんがいる真正面の小天幕の幕が、わずかに開けられている。

 その隙間から、「何か」が……こちらを覗いていた。

 まっすぐその隙間を見つめた僕は一瞬、息を呑んだけれど。

 心をなんとか落ち着かせて、天を仰いだ。


 今見えたものは……なんだろう……?


 そんな疑問をとりあえず、心のうちに押し込んで。

 僕とスポンシオン様は、フッと力ある言葉の囁きを当たりに散らし、同時に魔法の気配を下ろした。

 こうして僕らは、星見の儀を始めた。


 漆黒の天に星落ちる様を謳いあげる、不思議で荘厳な光の宴を。 

 

 


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