黒の章終歌

終歌1 走馬灯

 マブシイ……

 ココハ、ドコ?


 マッシロ

 ヌクヌク

 キラキラ

 マッシロ

 ヌクヌク

 キラキラ……



「……おはようございます……お師匠さま」

「おっはよー、お師匠様っ」

「おおハヤト、エリク、いい朝じゃのう。ハヤト、使い魔の名前は決めたかね?」


 ハヤト?

 エリク?


「はい。ぺぺにしました」

「ほうほう」

「センスないよなー。お師匠様もそう思うだろ?」

「まあまあエリク、飼い主が好きにつけたらええんじゃ」

「まだピンク色で毛が無いです。小さいから、つぶしちゃうかと思ってすごくこわいです。瓶の中で毛が生えるまで、培養できなかったんですか?」


 ピンクイロ?

 バイヨウ?


「本当ならば自然繁殖させたかったが、番のウサギのかたっぽが病で死んでしまったからのう。だからホムンクルス法で組織培養したんじゃが。培養瓶から出す時宜は難しいのは事実じゃの」


 ウサギ?

 ヤマイ?


「ハヤト、おまえが無理ってんなら、俺様が代わりに世話してやるぜ」

「こらこらエリク、そなたは一匹育てあげとるだろう? こんどはハヤトの番じゃよ」

「でも俺様が世話させられたのは、ウサギじゃなかったっすよお師匠様。甲羅がハート模様のミドリガメで――」

「がんばってみます」

「そ、そうか。でもさ、もっとよく考えて、超強そうな名前つけてやれよ。俺のミドリガメの、アルティメットギルガメッシュニルニルヴァーナみたいにさ」

「呼びにくいです」

「いい名前にすると愛着がわくぞー。使い魔だって、すぐになついてくれるぜ」

「え? 変な名前つけたから、逃げられたんじゃ……」

「はぁ? 違うって! いいか、アルティメットギルガメッシュニルニルヴァーナは、俺様が逃してやったの。逃げられたんじゃないの。逃してやったと逃げられた。これ大違いだからな? 俺様とあのカメはなぁ、ぎっちり抱擁しあって涙流しながら、別れの言葉を言い合って……」


 ハヤト 

 オシショーサマ

 エリク

 ミドリガメ

 アルティメットギ……ギ……


「……このウサギ、まだ目もあいてないんです」

「おいこら、聞いてんのかハヤト」


 ハヤト


「大丈夫じゃよ。もう少し経てばちゃんとウサギらしくなる」

「ペペには今、牛のリリアナのお乳をあげてます。これって、いつまであげたらいいんでしょうか」


 ぺぺ


「そうじゃのう。母親がおれば、離乳時期は親子任せにできるんじゃが」

「ペペもおかあさんがいない……俺と同じですね」

「これこれ、落ち込むでない。図書室の本を調べてみるがよいぞ。使い魔にする小動物の飼育の仕方が載っている本が、ごまんとあるでな」

「わかりました」

「ちょっとまてハヤト。俺様とアルティメットギルガメッシュニルニルヴァーナの話は、まだ終わってな……」

「またあとでね、兄さま」


 ぺぺ

 オカアサン

 リリアナ

 ハヤト

 アルティメットギルガメッシュ……ニルニルヴァーナ


「ウサギの育て方か……使い魔的にはめずらしいから、あるといいけど。あ……ぺぺ? どうしたの? おなかすいたの?」


 ペペ

 ヌクヌク

 フワフワ


「! 目……ひらいた?」


 メ?


「あ……まっかな目の中に、俺が映ってる。ぺぺ。見えてる? 俺、ハヤトだよ」


 ハヤト?


「ハ・ヤ・ト。よろしくね。僕は君の主人……えっと、おかあさん……になった方がいいかな」


 ハ・ヤ・ト?


「うん。おかあさんだよ。でっかい目でかわいいね……」


 ……!

 ハヤト!

 ハヤト!

 ハヤト!





 そうだった……

 僕は、ウサギだったっけ……



 僕がこの世でいちばんはじめにみたものは。

 黒い髪の、男の子。

 暗い顔の、男の子……


 ああでも。ここは、一体どこだろう。

 まぶしくて。ふわふわしていて。暖かくて。とてもなつかしいところ……





 黒い髪の男の子は、ハヤトっていう名前だ。

 とっても根暗で。無口であんまり喋らなくて。

 寺院で友達はひとりもなく。無愛想な奴で通ってて。

 ウサギの僕に、毎日牛のお乳をくれた。

 お乳がいつしかニンジンに変わったころ。


「鼻水でてる!」

「あ?」 

「ハヤト風邪引いたんじゃないの? フードかぶれよ。あれ? フードやぶれてるじゃん。おいらが縫ってやるよ」

「ありがとペペ」


 面倒を見られるはずの僕はなぜか、ハヤトの面倒を見るようになってた……。


「なに書いてんのーハヤト?」

「あ……エリクにいさま」

「あー、なにそれ手紙? 隠すなよって……うあ? なんだこれ? 『ハヤトへ、元気ですか』って……ええええ?おまえ自分で自分あてに書いてんの? なんで?」

「……」

「あー、もしかしておまえ、他の弟子みたいに、実家から手紙もらえないから? 手紙捏造? うっわなにそれ、めっさきもいw」

「……」

「ちょ……な、泣くなよ。俺がいじめたみたいじゃねえか」

――「いじめてるわ!」

「うおぶっ! ぺ、ぺぺさんっ? いたいっ! 後ろ足で蹴らないでっ」

「あっちいけエリク! ハヤト、おいらにペンをかせ。おいらがおまえに手紙を書いてやる」 

「え……」


 ハヤトは、すごくさびしがりやで。泣き虫で。

 ほんとにドジで。ほんとに笑わなくって……。


「『ハヤトげんきか、おいらはげんきだ。きょうもおししょうさまにおこられたけど、どんまいだぜ』……へへ、

おいら字も絵もかくのうまいだろ? これ、ハヤトの似顔絵♪」

「にてない……」

「うっそ、にてるだろ」

「なんで……ウサギのくせにペンもてるんだ? 数ヶ月で言葉も文字もすっかり覚えたし」 

「さあ? お師匠様にきいてよ。おいらわかんない。でも、この似顔絵にてるだろ?」

「……こんなに、口開けて笑えない」

「笑えるさぁ♪ ほーら、ぱっかりにっこり♪」

「はがっ!」


 ウサギの僕は、あのときハヤトの口の端を持って、思いっきり引きあげてやったっけ。

 笑い方を教えるために。 


 しかしまぶしいな。

 ほんとここ、どこだろう……。




 白い光があふれてる。

 だれかといた気がする。

 だれだっけ? さっきまでどこにいたんだっけ?

 ああ、ハヤトに会いたいな……


 ハヤトはとてもえらい大公の隠し子で。お母さんが死んでから、お城にひきとられたんだそうだ。

 家庭教師は、少しでも笑うと鞭で叩いた。だから笑いたくても、自由に笑えなかったらしい。

 でもハヤトは、実はお笑い芸人の隠れファンだった。

 それが発覚したのは……いつだったっけ?

 ああ、豊穣祭の時だ。

 寺院の秋のお祭りで。弟子たちの間でなんでもやりたい催しができる、年に一度の無礼講。

 そのとき仮装大会をやって、エリクがお笑い芸人リューノゲキリンの扮装をしたんだ。それで、モノマネをしたんだっけ……。


「激・リーン!」


 集会の広場でエリクが弟子のみんなを笑わせてたら。ハヤトがむっつり怒り出したんだ。


「……にてない」

「え? あれ、だめなの? けっこう面白いじゃん?」

「だめ。ぜんぜん、だめ。ポーズが全然なってないよ」

「まあ、寺院じゃいいとこ雑誌しか手に入らないからなぁ。生公演なんてとても見られないしね」

「リューノ・ゲキリンは、俺んちによくやってきたよ」


 俺んちっていうのはようするに、白鷹家の大公の大きな城で。全然普通の家じゃなくて。たくさんの音楽家だの芝居一座だの、芸人たちだのが四六時中呼ばれて公演しにきてたらしい。なんでも、大陸でも指折りの有名どころとは、定期公演契約を結んでたんだとか。


「じゃあ、ハヤトがやれよ」

「えっ?」

「実際にゲキリンの生公演見てるんだろ? すごいじゃんか。みんなにどんな風か見せてやれよ。おいら、一緒に出てやるからさ」


 ハヤトを舞台にひっぱって。お尻を思いっきり叩いたら。

 そしたら飛び出したんだ。あれが……。


「激・リーン! 激・オコ! 俺のニセモノめ! ひっこめこら!」

「ちょ……ハヤト?! なにそれ! ななななんでやねん!」


 びっくり仰天のエリク。それから舞台は最長老の兄弟弟子の漫才になって、みんな大ウケ。

 ハヤトがひと皮むけたのはあれからで。弟子たちの間で超人気者になった。

 それからしばらく弟子たちの間では、激・リーンポーズがひそかに流行ったっけ。

 蹴鞠の試合にも、優勝したりし始めたなぁ。

 ああでも。ハヤトにはまだまだ必要だった。面倒見てやる人が必要だった。

 だってオネショはなかなか治らなかったし。そばで見てないとニンジンをエリクの皿に入れちゃうし。ひとりで衣を着れないし。サンダルの紐だって全然結べなかったんだもの。


「靴なんて高価なもの、はけなかったんだよ」

「うそつけ。ハヤトの家は大公家だろ。召使がみんなやってたんだろうが。ほらもう一度、結んでみろよ」

「ほんとだよペペ、ごはんもろくに食べられなくてさ。俺も妹もいっつも病気しててコンコン咳き込んでさあ。だから母さんはいつもかいがいしく看病をしてくれて……」

「おいハヤト! それは俺様んちの話だろーがっ! おまえんちはスキマ風だらけの城でいっつも家族はケンカばっかり。腹違いの妹は借金のかたにどっかの王様の妃にされちまったし、オヤジの大公は飲んだくれで毎晩大宴会、義理の母ちゃんは外に若い愛人作って、腹違いの弟は病気で死んだんだろっ! 正直に言え、正直にー!」


 兄弟子のエリクが横から突っ込みを入れると。

 ハヤトはぺろっと舌を出して、激・ポーズをかましてた。

 たぶんうらやましかったんだろうな。ものすごく貧乏でも、お母さんがいる家が。

 だから想像の中では、自分の家を兄弟子の家とそっくり同じだってことにしてたんだろう……。

 しかしここはほんと、ぬくぬくあったかいなぁ。

 どうしてここにきたんだっけ?

 そういえば、とてもきれいな人に抱っこされてたような。

 とても長い銀の髪の……

 あの人。一体だれだろう……


 いつの間にここにきたんだろ。

 ふわふわな白い雲が当たり一面、たくさん浮かんでる。


「ぺぺ! 今日はニンジンスープ作ってみた」

「なにそれハヤト。早く食わせろよ」

「どう? おいしい?」

「うおおおおお! ハヤト最高おおおお!」 


 う……? 何今の。まぼろし?


「ぺぺ! あっついよなぁ。ニンジンカキ氷どう?」

「うひいいい! ハヤト最高おおおお!」


 え……? なんで、記憶がとぎれとぎれに見えてくるの?


「ぺぺー! 俺鍾乳洞に放り込まれちゃうよおおお。なにもしてないのにいい」

「まかせろ! おいらもついてってやる!」


 どうして……次々と、幻みたいにあらわれてくるんだろう?


「……で、かしこまって俺様にご相談というのはなんですかね、使い魔ウサギのぺぺさん」

「エリク……人工の魂でも、生まれ変われるよね?」

「うーん、そりゃなんともいえないなぁ。そのケースの記録は、いまだかつて読んだことねえから」

「おいらウサギだから、アルティメットギルガメッシュニルニルヴァーナとちがって、あんまり長く生きられないってお師匠様が言ってた。でもそれじゃ困るんだ」 

「ほうほう。なんで?」

「ハヤトの面倒見たいんだ。ずっとずっと、見たいんだ。だってハヤト、おいらがいないとてんでダメなんだもん」

「あー。そうっすね。えっとまあ……これっていわゆる相思相愛?」

「は?」

「あー、いやこっちの話。そうだなぁ。死んだら、神様にお願いしてみれば? 寿命の永い生き物に生まれ変わらせて下さいって。人間がいいかな。うん。人間おすすめ。超おすすめ」

「神さまっているの?」

「うーん……いるんじゃね?」


 ……まるで本のページをぱらぱらめくっているような感じ。

 どうしてこんなに次から次へと? こういうの、走馬灯のようにっていうんだっけ?


「泣くなよハヤト。かわいい顔が台無しだぜ」

「だって……ぺぺ、もう手足動かないじゃんか」

「すまんなぁ、カラウカス様が呼んでるもんでよ。ちょっくら行ってくる」

「行くなよぉ……」

「すぐ戻ってくるから、心配すんなハヤト」

「いつ、帰ってきてくれる?」

「ま、十年か?」

「そんなに待てねえよぉ……」

「待っとけ。がまんしろ。ごほうびやるから」

「ほ、ほんとに? 約束だぞ? 破ったら承知しないぞ?」

「ああ、約束する。ちゃんと待ってろよ、相棒」

「約束だぞぺぺ。ペペ? ペペ……! おい! いやだ! ぺぺー!!!!」 


 そうだ……僕はあの時……ウサギの天寿を全うして……

 たしかここに……白い雲がたくさんぷかぷか浮かぶここにきたんだっけ……

 ここは……とてもまぶしい。

 白くて。輝いていて。あたたかくて。なつかしいところ。

 声がきこえる。

 とても遠くの、下の方から誰かが叫んでる。でも、よく聞こえない。

 ここはあたたかすぎて、とけてしまいそうだ。

 ほろほろと。とけてなくなっていくような気がする。

 ほろほろ。

 ほろほろ……


 白くて。輝いていて。あたたかくて。なつかしいところ。

 白くて。輝いていて。あたたかくて。なつかしいところ。

 白くて。輝いていて。あたたかくて。なつかしい……


 ほんのりあたたかい光が雲を照らしてる。

 ぶわっと、風が吹き抜けていった。生暖かい風。

 雲の合間に、誰かがいる…… 


「神……さま?」


 ちがう。あれは……なんだか見覚えのある人。

 長く伸ばした白い髭。導師の黒い衣。あ……! あの人は……!


「カ……え!? えええ?!」

「やあ」


 ふわふわの白い雲に座っているその人が、立ち上がった。

 その人は、両手を広げて僕を迎えてくれた。

 顔に、満面の笑みを浮かべて。



「おかえり、ぺぺ」



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