幕間4

幕間4 六翼の女王 (エリク視点)

 いてえ……。

 左腕が痛え。むっちゃ痛え。

 腕の先の触感がない。片腕がもげたか? うわあ、ビンゴ。

 右腕じゃなくてよかった。右手を失くしたら韻律をかませなくなるもんな。


「兄弟子さま!」


 ああ、リンちゃん。大丈夫か? ちゃんと卓の上に乗っていろよ。

 しっかしすごいな。床一面に渦巻いてる黒い瘴気。

 こいつの中に落ちたらやばいな。一瞬で燃え上がっちまう。


「兄弟子さま、後ろの卓へ後退しましょう!」


 そうできたらいいんだが。ちょっと洒落にならないぞこれ。

 ハヤトとウサギは何してるんだ? 外の様子はどうなってる?

 広間から廊下へ出て行くのは不可能だ。

 今、俺の目の前にそびえ立っているのは。

 燃え盛る、闇色の巨人――

 




 床一面を覆う、どろどろした黒い瘴気の海。

 こいつはついさきほどじわじわと、食堂の入り口から入ってきた。

 音もなくなだれこんできて、広間にいる人々の足元を焼いた。

 宴席酒宴の席にいた人々はみな、卓上に避難した。

 広間にはいくつも窓があるし、東西と北側に扉がある。

 だがそのどれも、茨のような黒い結界に阻まれてしまい、だれひとり外に出ることができなかった。

 瘴気の正体は、闇の精霊。しかもかなり高位のものだ。

 実体は一体何だろうかと心眼を開いて見極めようとしたとき。床からたちのぼってきたのが、この……  


「兄弟子様!」

「ぐっ、は!」


 燃え盛る闇色の巨人の腕が、俺を殴り飛ばそうと唸りをあげる。

 かろうじてかわした俺を、同じ卓上にいるリンちゃんが、背中をつかんで支えてくれた。

 瘴気の海に落ちるのは、なんとかセーフ。俺の目前の卓はひっくり返り、巨人に踏みしだかれ、ぼうぼう燃えている。

 さっき食らった敵のひと薙ぎで、頭をかばった腕がちぎれたんだよな。

 こんなに簡単に結界を割ってくるなんて、なんて馬鹿力なんだ。

 強すぎるだろ、こいつ。導師ひとりで操っているもんじゃないな。


「少なくとも導師三名はいないと、こんな芸当は無理です!」


 卓上でリンちゃんが同じ事を考えてる。

 導師。

 そうだろう。

 この大陸で精霊を操る技を使えるといったら、まず黒き衣の導師が想起される。

 しかもその精霊が、闇属性のものとなれば確定とみていい。

 黒き衣の黒の技は、契約する精霊を選り好みしない。

 たとえそれが禍々しいものであろうが、何の抵抗もなく契約し、行使する。

 あそこの寺院の導師どもは、そんなやつらだ。

 信仰をもたぬ者ども。すでに俗世を離れた死者たる導師たち。

 やつらの絶対的な基準はただ、使えるか。使えないか。だ――


「リンちゃん、横に流れてきた! 気をつけろ!」


 闇色の巨人がずるりと俺たちの卓の横を走る。


「ぐああああ!」


 恐ろしい悲鳴をあげ。後ろの卓上へ飛び退いていた金獅子家のじいちゃん将軍が、闇色の巨人に吹き飛ばされた。

 リンちゃんは右手を突き出し韻律を唱え、じいちゃん将軍を浮遊させようとしたが。

 なんとか卓上に引っかかったそいつは頭部を砕かれ、即死。卓の下に滑り落ち、ぼうと燃え上がった。

 ケイドーンの巨人たちが戦斧をふりあげ、瘴気の海に波動斬を流し込むも。


「消えぬか!」「なんという瘴気」


 女王さまが卓上に避難している人々を後方正面の長卓に集める。

 聖結界を放てる彼女は、人々の周囲に幾重も結界を張った。

 そのそばで桃色甲冑のサクラコが、窓の結界を破ろうと必死に体当たりしている。

 瘴気を消せない巨人たちはサクラコに加勢。窓に波動を打ち込み、突破口を開こうと協力し始めた。

 赤甲冑の巨人は女王さまを守ろうと、彼女の前に陣取り、闇の巨人が近づかぬよう身構える。

 サクラオ。

 こいつ、ハヤトに取り憑かれてたみたいだが、女王さまのことはほんとに好きみたいだな。

 貌が如実にそれを物語っている。

 ここで絶対に婚約者を死なせるかという、覚悟。

 己の命を張っている男の顔だ。

 しかしこれがシドニウスの仕掛けたものなら、容易には破れまい――。

 って、のんきに状況把握してる場合じゃないぞ。

 巨人の動きは結構速い。俺は一本腕を失くしてだらだら血を流してる。 

 これはもう、本気を出すしかない。


「兄弟子さま! こちらへ!」


 リンちゃんが女王さまの聖結界へ入ろうと、俺を引っ張ってくれたが。

 窓の結界を破るより、巨人が正面席の人々に攻撃をしかけるのが断然速いだろう。

 俺の結界を破ったこいつなら、女王様の結界を壊すのもなんなくやりそうだ。


「リンちゃん、聖結界の中へ入れ!」


 俺は変身術の韻律を唱えた。

 さあ、どれになる?

 馬? 鳥? 亀? ひよこ?

 ひよこは捨てがたいな。あれはたしか、聖属性最強レベルのにぎりっぺを放てたはずだ。

 この瘴気をなんとかできるかも。

 いやいや、やっぱり――。 





 きらめく白光が俺を包む。






「え……?!」


 あ。リンちゃんが目を剥いてる。

 女王さまも驚いてるな。

 そうだろうそうだろう。

 この都の領主も唖然。金獅子軍の士官どもが、俺の真っ白い体を見てわあわあ喚きだす。


「しっ……神獣だあっ!」「ひいい!」


 いやそうだけど。俺は今はどこの国を守っているわけでもないから、問題にはならないだろ。

 我ながらまぶしい体だ。真っ白い羽毛がひらひら。

 この姿だと、闇色の巨人の動きがほとんど止まって見える。

 反応速度が上がってるせいだな。


『横臥翼!』


 背中に生えている輝く翼を動かす。  

 右に三枚。左に三枚。六翼すべてを動かして、床にうずまく黒い影に光の風を吹きつける。

 とたんに、ほうきでゴミを掃くように、瘴気の渦が広間のはしに寄せられていく。

 よし!

 少し余裕ができたので、闇に向かって目を凝らす。

 心眼が働いた一瞬、どこかの谷間が見えた。

 痛ましい死体だらけの、戦場跡のような光景。突き落とされて死んだのか? 

 これ、どこだ? いつのものだ? 鎧がぼろぼろだ。相当昔っぽいな……。

 戦で、深い谷底へと追い落とされて死んだ兵士たち。

 その怨念がたまった谷自体が、この闇の精霊の正体らしい。

 シドニウスめ。洒落にならないものを手駒にしやがって。


『聖光翼!』


 卓から舞い上がり。右手を突き出し、闇の巨人に波動を打ち込む。

 ううう、痛い。体の再生細胞が動き出して、左腕がめきめき軋んできた。

 吹き飛ばされた左腕が治っていくのはいいんだけど。新陳代謝を早回ししてるせいで、痛みがはんぱない。精神ぶっとびそう。

 それにしても。

 羽ばたく度に、ほよん、って。胸のあたりが揺さぶられるっていうか。重いっていうか。

 自分の胸を見下ろすと、豊満なまーるい二つの塊が揺れている。


「六枚の翼……! まさか……」「六翼の女王?!」


 こっちを振り向き、あんぐり口をあける桃色甲冑の巨人サクラコ。度肝を抜かれて固まっている赤甲冑のサクラオ。

 前世の姿に変身した今の俺。誰が見たってびっくりするだろう。

 こいつは、おとぎ話の生き物だもんな。

 まだ蒼き衣の見習いで、変身術を覚えた時。

 変身術、やってみ? ってお師匠さまにいわれて、すんなりできちゃってさ。

 俺はとてもうれしかった。

 術自体とても高度なものだったし、いろんなものになれるのがすげえ面白かった。

 俺の前世って一体どんだけあるんだろうと、夢中で次々試した。

 お師匠様はすごいすごいとすんげえ喜んでくれた。

 でも、今変じている鳥人になった時。悲鳴を上げられ腰を抜かされた。


『これだけは容易に変じてはならんぞ、エリク』

『えっ、どうしてですか?』

『他の神獣たちがざわついて起きてしまうでのう』

『は? 神獣?』

『だっておまえさんのその神気、はんぱではないぞ。それに普通の鳥人には二枚しか翼がないというのに、おまえさんには六枚もある。そんな鳥人は後にも先にもただひとり――』


 だからおまえは十代で導師になれるんだなと、お師匠さまは誇らしげに言ってたな。

 魂の積み重ねが、ハンパじゃないからって……。


『エリクよ。いよいよの時以外、その姿になってはいかんぞ。よもや神獣の御魂が、人間に受肉するとは……』


――『圧衝翼!』

 

 白い羽毛が散る。

 右手を薙いで、飛び上がってきそうな勢いの闇の巨人を、光の波動でおしつけると。

 闇色の巨人がべちゃりとつぶれた。

 よし、と思ったのもつかの間。やばいことに、はじけて空中に飛散する。

 飛び散った闇のしぶきが俺の脇をすり抜け、奥へ飛ぶ。そこで再び凝縮して、女王さまを守っているサクラオのまん前に――

 狙いはトルナーテ女王なのか!

 俺が羽ばたきの力をためる間に、再結集した闇の塊が聖結界をがりがりひっかいて、あっというまに砕き割った。

 サクラオの戦斧が唸る。


「波・動・斬――!」『聖光翼!』 


 俺の光の羽ばたきとサクラオの波動斬が、同時に敵を穿つ。

 だが、闇はまた周囲に飛散した。

 シドニウスたちのしつこさが腹立たしい。

 その粒ひとつひとつをすべて消し去るまでにはいかない。

 女王さまが聖結界を再び召還するが、きっとまたすぐに砕かれちまうな。

 ここから逃がすのが得策だと、俺はサクラコと巨人たちに加勢して、窓に羽ばたきを放った。

 一発では無理だった。

 二発目でようやく、びきりと音を立て、黒い茨のごとき結界がちぎれる。


「陛下、外へ!」


 サクラオが背後を守りつつ、女王さまとリンちゃんを窓の外から出してやる。

 都の領主や官僚、金獅子軍の高官たちが後に続いた。巨人たちが、ふたたび固まりつつある闇の塊にむかって、戦斧の技を繰りだしけん制する。

 何度も砕け散っては凝縮を繰り返す闇。

 そこに注意を向けていた俺たちは、窓の外から響いた悲鳴に凍りついた。

 今のは――。


「女王さま? リンちゃん?!」


 俺はあわてて、窓の外に飛び出た。

 庁舎のすぐ目の前は広場。そこにも、闇の瘴気がうずまいてるじゃねえか!

 これは三人どころじゃねえ。

 いったい何人でこの闇の精霊を操ってるんだ! シドニウス!

 広場のあちこちからぼこぼこと、闇色の巨人が形をとって立ち上がる。

 たった一体でも難儀しているのに、それがあとからあとから?

 この広場全体を吹き飛ばす大技を繰り出しても、消せるかどうか微妙だ。

 

「大元を断つしかねえ!」


 俺は導師の姿を探すべく、広場の上空に舞い上がった。


 導師どもはどこにいる?

 精霊が湧き出しているところは?


 広場の向こうから、影がとうとうと濁流のように流れ込んでいる。

 そこをたどって行こうとしたとき。

 眼下に、斧の波動を繰り出すサクラオが見えた。

 直近の闇色の巨人を見事に砕いたものの。細かい粒がちらばり。サクラオの脇を飛び。

 後ろの女王さまめがけて――

 

「だめっ!」


 リンちゃんが身を投げ出した。聖結界を強化しようと韻律を唱える女王さまをかばう。

 ――やべえ!


「リンちゃん!!」


 優秀なあの子は、とっさに自分で結界を張ったはずだ。

 だがそれもむなしく、闇の粒は弾丸のように物理結界を貫通し――


「リン!! いやああ!」


 きらきらと、女王さまの聖結界が辺りを包むのより。

 闇の粒が、リンちゃんの体に突き刺さる方が早かった。

 女王さまの悲鳴とともに聖結界が展開する。

 くずおれるリンちゃんを守るように立ち、赤と桃の巨人たちが波動を放って闇を退ける。

 急がねえとみんなやばい!

 六枚の翼をはばたかせ、ぎゅん、と闇の潮流のもとに飛びだした俺の真下から。突然、どうっと激しい音がとどろいた。

 白銀の光が庁舎から噴き出している。まぶしい光がみるみる、闇の川をさかのぼっていく。


『なんだこいつは。一体、なんだ?!』


 またたくまに広場を覆う白銀の光。その魔力量に、俺はおののいた。

 この光も精霊だ。

 勢いも。威力も。シドニウスたちの黒い精霊とは段違いすぎる。

 この神気。もしかして、恒星か惑星級の精霊じゃないのか?

 操っているやつの魔力をびんびん感じる。アホみたいに強い。

 魔力の質が均一で一色にしか見えねえってことは、たったひとりでこれを?

 この魔力。どこかで感じたことがあるぞ。こいつは――


『うわ!?』


 いきなり翼の浮力がなくなった。怒涛の勢いで広場を流れていく、白銀の精霊のせいだ。

 あわててはばたくも、引き寄せられる。なんて引力だ。

 とぷんと広場の中に落とし込まれ、光に包まれる。

 なんてあったかいんだ。焼け付くようではないから、実体は太陽ではないな。

 一体なんだ?

 光が広がる。広がる。広がる――。


『ぐあああああ!!』『ぐうううう!』『ひいいいい!』


 広場の向こうから、複数の断末魔が聞こえる。

 シドニウスたちか? 光の流れが、闇の大元を刺したらしい。


『死なないで!』


 急激に退いていく闇。追いかける光の海の中から、魔力と一緒に悲鳴が流れこんでくる。


『死なないで、ピピさん!!』


 ピピ? それって…… 





『お? ハヤト、お師匠さまから使い魔もらったのか?』

『あ。エリク兄さま、見て。かわいいでしょ』


 この魔力は……たしかに覚えがある。


『ウサギの赤ちゃんか。ほうほう。じゃあかっこいい名前つけないとな』

『うん。ピピにする』

『なっ……おまえそれ、ぱくりじゃん。ほらあれだろ、有名な絵本に出てくるウサギだろそれ。最近出てきた、果て町のゆる神のモデルになったやつ』

『そうだけど、あの絵本大好きだから』


 まさかもしかして……


『オリジナリティ全然ないだろが。アルティメットギルガメシュニルニルヴァーナぐらい斬新なやつにしろよ』

『え、えっとそれ、エリク兄さまの使い魔だっけ? たしか亀……』

『そうそう。強そうだろ?』


 もしかして。この精霊を出したのは……


『じゃあ……ぺぺ』

『おまえそれ……全然センスないわ……』

『いいんだ。ぺぺにする』


 この光の海を出したのは。

 ハヤトか?!

 こんな箍が外れたような魔力の潮流なんて、尋常じゃないぞ。

 まさか……ウサギになにかあったのか?!


――『ピピさん!』


 魔力は十中八九ハヤトのもの。

 だが悲痛なこの叫びは、あいつのものとは思えない。

 一体、誰だ?!


『回転翼!』


 ドリルのように我が身を回転させ、俺は広場の向こうへと低空飛行した。

 闇が消え入ったところ。都の公園の一角に、黒き衣をまとった輩の姿があった。

 全部で五人。

 光に包まれているそいつらはみな倒れ、微動だにしない。

 二位のシドニウスが真ん中にいる。目を見開いて固まった姿で、まるで恐ろしいものを見たとでもいいたげだ。

 一瞬にして導師たちの命を奪った光が、フッと動きを止めた。

 直後、そろそろと後退を始める。


「リン! しっかりして!」


 光を追って広場に飛び戻れば。

 女王さまが血まみれのリンちゃんを抱きしめて泣いていた。

 幸い息はまだあるようだが、かなりの重傷だ。

 ハヤトたちが気になり、庁舎に入ってみれば。光の源は、回廊にあった。

 光り輝く白銀の塊から、とうとうと精霊の光が流れ出ている。

 人、だろうか。まばゆすぎて分からない。そいつは何かを抱えていた。


「おまえ誰……だ?」

『六翼の女王、ルーセルフラウレン! 顕現なさったのですね』


 その光の塊が。俺に気づいて声をあげた。とても悲しそうな声音で。


『私のウサギを、どうかよろしくお願いします』


 なんだか、覚悟を決めたような口調だった。

 この光の塊は、ハヤト……なのか?抱いているのは……


「ぺぺなのか?!」


 光の中で、ウサギの体がみるみる人間に戻っていく。

 なんてこった……胸に大穴が開いてるじゃないか! し、死んでるのか?

 ぺぺの隣に、光り輝く人がどさりと倒れた。

 頭髪は長く、銀に見えた。

 ハヤトじゃない、と思った瞬間。光がどんどん退きはじめ、精霊が消えていく。

 と同時に。倒れたその人の姿が変貌していった。

 銀の髪が黒に。紫の瞳が青に。細い腕が太く――。

 そうして見目麗しかったそいつは……よく見知っている、むさいおじさんに変わった。


「ハヤト!!」


 黒い衣のそいつは一瞬微笑み。目を閉じてがくりと床に突っ伏した。

 韻律のつぶやきとともに、魔法の気配が周囲に渦巻く。


「待て、その韻律は!」


 俺の白い羽毛に覆われた全身が身震いした。光り輝いていた人――ハヤトがしようとしていることは。とんでもないことだ。


「やめろハヤト! おまえ自分の体をぺぺにやるつもりか?!」


 なんてことを!  

 ウサギの代わりに自分が――


「ハヤト!!」





 こいつら。

 絆が深いっていうか。ハヤトが、ウサギに依存しすぎっていうか。

 真剣に悩んで俺に訴えてくるほど、ハヤトはウサギにぞっこんだが……

 まさか自分の命まで差し出すっていうのか?


『エリク兄さま、なんで人間はウサギと結婚できないんだ? 俺、ペペと結婚したい……』


 あの「相談」を持ちかけられたのは、俺が導師になる直前のこと。

 俺が十九の時だから、ハヤトはたしか十四の時だ。


『はあ? ウサギと結婚? なんで?』

『一緒に寝たらあったかいし、だっこしたら超モフモフで最高だし。俺の面倒みてくれるし……ていうか、漫才の相方もできるウサギなんて、そうそういないじゃん』


 たしかにいないが、ウサギだぞ? 


『「なんでやねん!」ってさぁ、つっこまれる俺にとっては、「愛してる」に匹敵する愛情表現っていうかなんというか……』


 顔を赤らめてもじもじするハヤト。

 あのとき。正直、開いた口がふさがらなかった。

 ペペはたしかに、過保護すぎるぐらいの世話焼きだったよ?

 ハヤトが鼻垂れてたらいちいち拭いてやるし。尻叩きながら当番仕事させるし。好き嫌いするなとニンジン嫌いを治してやったし。オネショの始末はしてやるし。

 完全に母親代わりだったのは、間違いない。

 白鷹家の庶子に生まれ、厳しい家庭教師にぎっちぎちに育てられたハヤトにしてみれば、やさしいお母さんみたいなものだったんだろう。

 深く心を閉ざし、うんともすんとも笑わないむっつり根暗なお笑いファン。

 それが三年後には、すっかり超おバカで明るいボケ役に変わった。

 ひとえにウサギのおかげなのは、文句なしに認めるところだ。

 が。


『ハヤト、おまえ……まじでバカ? 人間がウサギと結婚できるわけないだろ。大体ペペはおまえのことなんか、超頼りない下僕としか思ってないって』

『じ、じゃあ俺、もっと強くなる』

『いやだから、生物学的にムリ。ペペが人間になるとか、そんな奇跡が起こらない限りムリ』

『じゃあ、変身術で人間にすればいいんじゃ?』

『時間制限あるぞ。もし前世が人間だったらずっとそのままでいられるが、ペペはお師匠さまが作った人工の魂だから、前世なんてない。半日に一回は唱え直さないと。でも四六時中変身させてると、体への負担がはんぱじゃねえぞ』

『そんなぁ……』


 あー……ハヤトの泣き顔思い出しちまった。やべえ。

 あの時、俺なんて言ってなだめたっけ。ああ、そうだ。


『ま、ウサギは寿命が短いからな。死んだら人間に生まれ変わってもらえよ』


 ペペが死ぬとか縁起でもないこと言うな! とか、ハヤトは顔を真っ赤にしてかんかんに怒ってたな。

 でもこの状況を鑑みるに、ウサギは本当に人間に生まれ変わってきている。

 これってもしかして俺のおかげ? でもなんでぺぺは男の子に生まれたのよ? 

 おまえら、男同士じゃ結婚できねえぞおい……

 うだうだ考えながら、俺はハヤトに走り寄り、肩を掴んで揺さぶった。


「ハヤト! おい! 早まるな!」

 

 だがもう。ハヤトは、動かなかった。

 伸びたままぴくりともしなかった。

 その顔に。満足げな微笑を浮かべて――。



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