深淵の歌9 ケイドーンの戦士
金剛石の煌めきこそ
王妃の涙の
巨人の戦斧は唸りたち
大地を引き裂き 海を割る
『英雄賛歌 ケイドーンの章』
目にも鮮やかな紅の鎧と桃色の鎧。
頭のてっぺんから爪先まですっかり鋼に覆われたその指揮官の号令一過。
全身銀甲冑の巨人たちは、炎と煙でけぶる眼下の広場に展開した。
緑の地に戦斧を組み合わせた旗を背にはためかせて。
ケイドーン。
一騎当千と言われる、大陸随一の巨人傭兵団。
かつて大陸には巨人の種族は五種以上いたといわれるが、四塩基の人間と共存して今も生き残っているのは、このケイドーンだけだ。
彼らは生粋の戦闘部族。男も女も分け隔てなく、立って歩けるようになった時から斧を扱う戦士としての訓練を受けるという。
そう。彼らの得物は巨大な戦斧。
あの武器は、山を砕き海を割る――
僕は大鳥の背から広場を見渡した。
巨人の指揮官から「同盟軍」という言葉が聞こえたけど、たぶんこの巨人たちは、金獅子州へ会談しにきたトルを警護するためついてきた一団にちがいない。
とすると、もしかして近くにトルがいる? この小さな都にいる?
「ああ、トル……」
リンも同じ思いらしい。くりくりとネズミの目を動かして探している。
だが広場には、それらしい姿は見当たらない。
どうか遠くにいてくれ!
ホッとしながら僕は願った。
安全なところにいてくれ、トル――!
「しっかし、いくらケイドーンといえど、古代兵器が相手じゃ……」
瑠璃の大鳥が、ぎゅんと広場の上を旋回する。
「苦戦するんじゃないのかぁ?」
「たしかにあの熱線をかわせるかどうか……あっ?! なんて速い動き!」
ネズミのリンが目をみはる。
「あの鎧、鉄製ですよね?」
眼下の広場に散った巨人たちの動きは、おどろくほど敏速。とても全身鎧を着込んでいるとは思えぬ軽やかさだ。しかも、ただ適当に広がったのではないことがすぐにわかった。
『おまえらはなんだ? われらの邪魔をするな! 兵士ども! 溶かしてしまえええっ』
我が師の体に巣食う宵の王が命じるも。
広場にいるくろがねの兵士たちのどれもが、熱線を放つことができなくなった。
兵士のそれぞれに巨人が三人ずつ、すばやく取り囲むように近づき。
「
「
「
交互に、斧を地に打ち降ろし始めた。
とたんに斧の先から飛び出す風の刃。地走り。竜の息吹のような炎……。
間断ないその攻撃に反応して、くろがねの兵士たちはくるくると鉄の頭を動かした。
熱線を吐こうとすると、三人の巨人のいずれかからすかさず攻撃が放たれてくる。兵士たちは攻撃してきた者に反応するゆえに、狙いを定め直すばかり。巨人たちの見事な連撃によって、たちまちその場に釘づけにされた。
「お、斧を打ち降ろすだけで、かまいたちや炎が出てる!」
「導師の杖と同じですね。斧は増幅器にしてベクトル」
驚く僕にリンもうなずく。
「物理的な風圧や震動だけじゃありません。あの攻撃には魔力がのっています!」
ケイドーンは純粋に肉弾戦に強いだけかと思っていたが、違うらしい。
一騎当千の巨人たちの強さの秘密は、魔道を駆使するということだったのか。
だがくろがねの兵士の装甲は硬い。刃物も熱も全く効いていないようだ。巨人たちは、ただその場に足止めしているだけで、状況はたちまち膠着状態となった。
いや、これは……
「もしかして、斧で打ち込んでも兵士の装甲を割れないって分かってる?」
「ええ、まるで時間稼ぎしているようです」
「そのようだっ」
瑠璃の大鳥が再び高度を下げる。
「広場の兵士たちを押さえてる間に、指揮官たちが司令塔をつぶすつもりらしいぞ」
兄弟子様の仰る通りだった。
赤と桃の甲冑の巨人二人が、我が師の左右に陣取って戦斧を振り上げている。
――「サクラコちゃん! 同時に烈風斬かますぞ~!」
「了解ですわサクラオ兄様!」
サクラコちゃん……桃色甲冑の巨人の方は女性らしい。
でも鉄化面に完全に顔が隠れていて、まるでおとぎ話の巨神のようだとしか形容できない。お兄様と呼んだってことは赤甲冑の巨人の妹なのか。
「
「
赤と桃。二人の巨人が振り上げる巨大な戦斧の先から、大きな風の渦が出てきて唸りだす。
「「
指揮官たちの魔道技は、兵士たちを固めている巨人たちの比ではなかった。
『うぐおおお?!』
宵の王が両腕を組んで顔を覆い、片膝をつく。
戦斧から飛び出したのは大きな風のうねり。それが宵の王の左右から同時に放たれ、おそろしい勢いで我が師の身体を守っている結界を穿った。
なんて波動だ。太いうねりはドリルのごとくぎゅるぎゅる結界に食い込んでいき、バキバキめりめり音を立てて、あっという間に宵の王の結界をかち割った。
『ぬううう!』
「サクラコちゃん! 一気にいくぞ! 次は土属性!」
「はい! サクラオ兄様っ」
赤桃兄妹がもう一度戦斧を振り上げる。
「
「
まずい!
我が師はくろがねの兵士たちとは違って、黒き衣一枚だけの超軽装。
防御結界が破られた今、巨人たちの波動をもろに喰らったら――
――「やべえ、ハヤトがバラバラにされるっ!」
「ああ! ナッセルハヤートさん!」
「おっ……お師匠さまあっ!!」
超低空飛行で広場に進入した瑠璃の大鳥が、ずざああと滑り込み。
「うっらあああああ!」
長いくちばしで我が師を突き飛ばした。
刹那。
「
勢いすさまじく、赤と桃の巨人が戦斧を振り下ろした。
ぼんぼん瓦礫を巻き上げながら、目にもとまらぬ速さで地走りが迫り来て。
「ぐはああああっ!!!」
瑠璃の大鳥の羽根があたり一面に舞い散った。
「兄弟子さま!!」「きゃああ!!」
直撃した地走りが変化する。ずずずんと大鳥の周囲から茨のような触手が出てきて、みるみる大鳥を縛りつけていく。
「あ? あれええ? なんだこの鳥! なに縛られてんだぁ?」
赤甲冑の巨人から間の抜けた声がした。
「サクラオ兄様! 宵の王が向こうに飛ばされましたわ!」
桃色甲冑の巨人がすっころげた我が師を斧で指し示す。
「ちょっとおい、おまえなんだよ! 華麗なるサクラオ様の捕獲作戦の邪魔すんな! って……あれ? 背中にウサギ?」
僕に気づくや。
「おおおお!?」
赤甲冑の巨人はとたんに狂喜の声をあげた。僕のことをよく知っているかのように。巨人はごっとんと戦斧を地に落とし、両腕を広げて嬉しげに叫んだ。
「来てくれたかあ! 俺のぺぺーっ!!」
その瞬間、僕の全身の毛が逆立った。
この赤い巨人は僕のことを知っている?!
ウサギの僕を見てのこの興奮ぶり。「俺の」呼ばわり。なんだこのざわっとする既視感は。
直感が我が脳を打つ。
もしかして。
もしかしてこの巨人は――。
『う……ぐああああっ! おのれええええ!』
よろよろと宵の王が身を起こす。兄弟子様の突き飛ばしが相当な勢いだったようで、我が師の体は広場の隅に並ぶ屋台に激突していた。衝撃で崩れ落ちた橙色の果物の海から立ち上がった宵の王が、その鼻からだらだら鼻血を噴き出しながら右手を突き出す。
とたん、巨人たちも。茨のごとき触手に囚われた大鳥も。僕とリンも。
やばい! まずい! いけない! と一斉に短い声をあげて身構えた。
宵の王の韻律波動が来る!
衝撃を覚悟して、僕がとっさにネズミのリンをかばいながらぎゅっと目をつぶった時。
――『守れ音の神!』
凛とした韻律の調べが、声高らかに広場に降ってきた。
『聖域に在りしは 優しきつわもの
かかげし御旗は慈愛の鎖』
堂々とした、高い音域の澄んだ声。
とたんに宵の王がその声に反応し、右手をあげて魔力をためながら周囲を見回す。
『来たれよ拡がりて 抱擁するもの
強き
だれかが精霊を呼んでいる。
この歌声を……僕はよく知っている。
でも一体どこから?!
うろたえる僕の隣で、ネズミのリンが広場の奥正面にそびえる建物を見上げた。
「あそこだわ!!」
『歌え 轟け 音の神
たえなる盾を解き放て
歌え 守れ 音の神
優しきつわもの撃ち放て!』
建物の正面にあるバルコニーから、大きな光の玉が落ちてきた。
殺傷目的の光弾ではない。落下する途中でそれはパンと傘のように大きく拡がり、僕らの頭上を覆った。
バルコニーにほんのり光り輝いている人がいる。
まごうことなくそれは……
「……トル!!」
まばゆいぐらい真っ白な鎧を着込んだ少女が、そこにいた。ところどころに黄金の彫金が入った軽装甲。肩から羽織っているのは目にも鮮やかな緋色のマント。炎のごとき赤い髪はかすかになびき、白い額に嵌めた頭輪の宝石が煌めいている。
まごうことなく、トルだった。
夢まぼろしじゃなく。彼女は、僕らが見上げる先に本当にいた。
味方を、守るために。
同盟を結んだ金獅子家のために、軍団を派遣しただけじゃなかった。
トルは、自分だけ安全なところにいるつもりはさらさらないんだ。
まさしく。まさしく……
「ああ……まさしく、トルは王ですね。なんて美しい……」
ネズミのリンがうっとりつぶやく。
トルがその右手から落とした光は、聖属性の精霊だった。いまや巨人たちも僕らも、その神々しい光に包まれている。強力な結界となりうる精霊の加護だ。
『聖結界だと? 聖王を従えているというのか? 我に相対する力で対抗するとは生意気な! いますぐ消してやる!』
宵の王が鬼のような形相で右手に魔力を貯める。
渦巻く真っ黒い球がみるみる大きくなる。
その体は完全に、奥正面の建物のバルコニーにいるトルに向いていた。
まさかあれをトルに投げつけるつもりなのか?
「させないっ!!」
ぎっちり茨のごとき触手で縛られている兄弟子様から、僕は飛び降りた。
その口に、籠から取り出した鋼の扇をくわえて。
宵の王に向かって走る僕のすぐ横に、同じく飛び出したリンがいる。
リンもやはり僕と同じ気持ちなんだろう。
宵の王の目前に迫るや、白いネズミは弾丸のようにその腹のあたりに体当たりした。
ぐらりとよろけ、あらぬ方向へと飛んでいく闇色の玉。
「うらああああ!!」
そのありがたい援護に感謝しながら。
僕は鋼の扇を口から両手に持ち変えて、宵の王に躍りかかった。
「攻撃なんかさせないっ! お師匠さまから出て行けえええっ!!」
鉄の扇に「
きっと作られた年なのだろう、四つの数字も……
「ったあああああ!!」
『ぬああ?!』
僕は後ろ足に力をこめて飛び上がった。
勢いよく振り上げたその扇の先から、まばゆい光がほとばしり。
『なんだその扇は!! 我に突っ込みを入れるつもりか!!』
「なんでやねんんん!!」
僕と宵の王を包み込んだ。
明るくまぶしく。
そして。熱く――。
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