深淵の歌8 破壊の爪跡

 

 瑠璃の大鳥が塩の道をたどって南へ飛ぶこと数刻。

 僕らは、北の辺境からついに金獅子州に入った。

 塩の道の終着点は、州の最北端にある巨大な塩湖。

 鏡のようにつるつる透き通った湖面が眼下に果てしなく広がる様に、僕らはしばし言葉を失い、魅入られた。

 一瞬、どちらが本物の空なのか見分けがつかなくなるほど、湖面は太陽と青空をそっくりそのまま映しとっていた。

 岸辺近くにいくつもそびえ立つ三角錐の小山は、塩の塊。人の手で寄せあげられたものだ。

 僕らはその岸辺近くに、黒く焼け焦げた跡地を見つけた。

 それは。すっかり焼きつくされた村――。 

 焼いたのは……おそらく、宵の王と鉄の兵士だろう。

 普通の火災によるものではない。熱線を放射されたものだということが如実にわかるような焼かれ方だ。焼け残った家々の屋根や壁がところどころ、どろっと溶け落ちている。

「うわあ、やっちまってるなぁ」

「周囲の村も、軒並みやられているようですね」

 ハツカネズミのリンが白い体をいっそう白くする。僕もモフモフの白い体をぞわっと逆立てた。

 塩湖の岸辺にはいくつも小さな村が散見されたが、例外なくほとんど焼かれて廃墟と化していた。すでに火災は鎮火しており、煙が立ちのぼっている処はない。ひんやりした風に乗ってくる焦げ臭い匂いには湿気が混じっている。焼かれて数日経っているようだ。

 生き残った人々は南下して大きな街に避難したり、近くの森に逃げ込んだのだろうか。村には人の姿も生き物の姿も、ほとんど見あたらない。

「交戦の跡は無いようだな。金獅子家の軍はここには来てないか」

「国境近くですから、まだ鉄の兵士の動向が把握できてなかったんでしょうね」

 大鳥グライアは塩湖から流れ出る川に沿い、さらに南へ飛んだ。

 川には、塩や物資を運ぶために使う船が、船頭がいないままいくつも流れていた。

「焼け焦げてるものがある……」

「ひどい蹂躙ぶりですね。塩湖の塩は金獅子州の主要な輸出品。州公家の財源ですから、これは……」

「経済的に大打撃を被ったわけか」

 二位の方の目的は、金獅子州の破壊と州公家の弱体化、なのだろう。

 それにしても、くろがねの兵士たちの破壊力はすさまじかった。

 河岸に寄り添うように在る村や小さな街がぽつぽつと見えてきたが、どれも無傷ではない。

 丸焼けにされたとある街で、僕らはようやく、金獅子家の軍隊と思われる残骸を目にした。

 それは鉄の戦車のようで、数は十台ほど。土嚢を積み上げた防塁の前で無残にもどろどろに溶かされて動けなくなっていた。

 他の戦車があわてて退却していったらしい跡が大地にしっかり残されている。

「州公軍が太刀打ちできないなんて」

「古代兵器だからなぁ」

 瑠璃の大鳥がギン、と溶かされた戦車を見下ろす。

「鋼すら一瞬で溶かす熱線。あの鈍足車が吐きだす鉄の弾とは、破壊力が桁違いだ。小さな村なんざ、あれニ、三体で数刻かからずに丸焼けにできるだろう。それが何百っているんだろ、ぺぺ?」

「果て町の広場を埋め尽くすぐらいだったので、五百ぐらいはいたかと」

「うは」

 それにしてもくろがねの兵士たちの侵攻速度は、信じられぬほど速い。

 こっちは空を飛んでいるというのに、まだその姿を捉えられない。

 金獅子州公家に古代兵器を出させて対抗させる――最長老様はそう仰っていたが、そのような動きはまだ全然見えなかった。

 眼下の川は非常に長かった。その川はよそから流れてくる川と合流してかなり広い河となり、ついには大きな湖に流れ込んでいた。

 瑠璃の大鳥はその大きな湖めざして飛んだ。

 はるか上空から見下ろせば、今向かっている湖の周囲にも、大小の湖がおびただしく点在している。

 蒼く丸い水の輝きは蒼鋼玉の粒のようにきらめいて、僕の目を焼いた。

「金獅子州ってほんと湖ばかりなんですね」

「そりゃあ、かつて黒竜家が持ってた神獣が大暴れして、ここら一体水びたしにしちまったからな」

 黒竜家というのは、五つの州公家のひとつ。

 今は北五州の中央にある黒竜州を治めているが、かつては北五州を一時期統一したこともあるほどの、古くて強大な家だ。

「水びたし……この地勢、ほんとに黒竜が暴れてできあがったってこと?」

「おう。古い記録は、軒並みそうのたまわってるぜ。黒竜ヴァーテインは金獅子レヴツラータを倒すために、十日十晩大嵐を起こし続けたってな」

「気象兵器ですよね……天候をあやつるなんて凄いです」

 ネズミのリンが遠い目で点在する湖を眺める。 

「神獣は地表を変えるだけではなく、星をかち割ってしまうような力を持つものもあったとか」

「そうそう。大昔はそんなおそろしいもんを、どこの国も最低一体は保有しててさ。戦争になるたんびに互いに戦わせてたのよ。おかげでかつて何度も、星そのものが危なくなるってことがあったんだ」

 それゆえに。統一王国が大陸全土を統一してから、神獣は封印しなきゃならないって風潮になり、神獣たちは伝説の生き物となった。

 そして統一王国時代の末期ごろからは、高性能な兵器や超技術を使ったものもすべからく、危険なもの、必要ないものとして封印されるようになった。

 大陸同盟が制定した、遺物封印法によって。

 封印法が施行されて七世紀あまり。

 統一王国が瓦解し、あまたの国に分かれてもなお、遺物封印法は大陸全土を支配している――。

「兵器ってもんは、持ってりゃ絶対使いたくなる。見れば手に入れたくなる。だからひと目に触れないところに隠さないとってなって、うちの穴ボコだらけの寺院に白羽の矢がたったって話さ」

 大きな湖の湖面に、おびただしい数の船が見える。

 乾いた大地よりも圧倒的に水が多いので、このあたりは船が足代わりらしい。

 湖の中央辺りから、もうもうと幾本もの煙の柱が巻き上がっている。そこはかなり大きな島に建てられた街だった。

「ちっ。ここもすでに襲われたか」

「かなり大きな街だけど……ここって州都?」

「いいえ、金獅子州の州都の人口は二十万だそうですから、違いますね」

 大帝国の帝都出身であるリンは、ここはせいぜい数万程度の街だと断じた。

「街にしては小さい方ですよ」

「そ、そうなのか」

 人口数千の果て街しか知らない僕は、これが「小さい街」ときいて内心驚いた。 

 島いっぱいに尖塔や大きな建物が林立していて、なんとも壮観だ。中央付近の石造りの城のような建物以外はほとんど木造で、街全体が茶色っぽく見える。

「お? 炎が見える」

 僕はくくっとウサギの耳をひくつかせた。

 ビーッ、ビーッと、たえず熱線が吐き出される音が耳に入ってくる。

「くろがねの兵士の音だ!」

 すさまじい煙。そこかしこからぼうぼうと燃え上がる赤い炎。 

「追いつきましたね!」

「早く止めなきゃ!」 

 僕は司令塔から身を乗り出し、赤い目を凝らした。

 今まさに。鉄の兵士たちは湖上の街を襲い、焼き尽くしているところだった。

 鉄の兵士たちが頭部から恐ろしい熱線を出しながら、街の通りをガシャガシャ音を立てて歩いている。

「ぺぺ、リンちゃん、さすがにシドニウス本人はまだ金獅子州に足を踏み入れてないだろうが、奴に情報を送ってる間諜がどっかにいるはずだ。警戒しとけ」

「はい!」「了解です!」

 最長老様が亡くなったであろう今、二位の御方はやりたい放題だ。

 おそらく当初の計画通り、「くろがねの兵士たちを退治した英雄」になるべく、金獅子州にやって来るだろう。

「中継司令塔になってるハヤトから宵の王の魂を叩き出せば、兵士どもを無力化できる。二人とも、街の上を飛んでやるからハヤトを探せ」

 我が師は? あの人はどこ? 

 僕は目を皿のようにして我が師の姿を探した。兵士たちを操っている、黒き衣の導師を。

 街の通りは逃げ惑う街の人々でごった返していた。悲鳴と混乱に満ちた街は、煙と炎がもうもうと立ちこめ、上空からでは通りの様子がよく見えない。

 人々は街の端に押し寄せ、次々と船に乗りこんで湖へ逃げ出している。

 鉄の兵士たちはどうやら街中にばらけているようだ。頭部から出される熱線の光が、そこかしこでまばゆく輝いている……。


――「うははははは!」


 僕のウサギの耳がひくついた。

 いかにも悪の帝王らしい勝ち誇った笑い声が、耳に飛び込んできたからだ。

 この声は――!

「兄弟子さま、我が師の声です! あっちです! 街の中央の方!」


――「焼けてしまえ! 滅んでしまえ! うはははは! 滅びだ! 破壊だー!」


「うっわ、なんかすんげえ楽しそう」

「不謹慎なこと言わないで下さいっ!」


 僕は大鳥の首筋にかじりつき、その長い首を声がした方向にぐいっと向けた。  

「いてえって! わかったって! そいじゃ降りるぜ。落ちるなよ」

 大鳥が街の中央へ向かって下降する。

 ぼうぼうと燃え盛る炎の中をつっきり、突風を起こしながら。

 煙の向こうに広場が見える。くろがねの兵士たち数十体が、広場を囲む建物を焼こうと、頭をぐるりと回して熱線を吐いている。

 黒き衣のわが師の姿が、その向こうに――


「!? あれはっ……!?」


 そのとき。

 かいま見えていた我が師の姿が、僕の視界から隠された。

 目前にひらめいたのは、大きな旗。旗。旗。

 その旗を背負った巨大な何かが広場になだれこんでくる。

 これは――

「巨人?!」

 全身銀色甲冑の巨躯。丸太のように太い腕。太いもも。

 肩に担ぐは、巨大な戦斧。


「ケイドーン……!!」 


 広場に降りたちかけた大鳥が、あわててぎゅんと頭を上げ、再び空に舞い上がる。

「なんだなんだ? 州公軍が巨人傭兵を出してきたのか?」

「違う!!」

 僕は呆然と巨大な筋骨隆々の戦士の一団を眺め下ろした。

 旗を背負う全身銀甲冑の巨人たちはズンズンと地を踏み揺らしながら、我が師と周囲にいるくろがねの兵士たちの間に割って入る。

 その旗模様は……

「およ。金獅子州公の獅子紋じゃねえな」

「緑の地に二本の戦斧!? アスパシオンの、あれは――!」 

 そう、あれは……あれはまちがいなく……


「メキドの紋だ!!」

 

――「よっしゃおまえらあ! 我らが女王陛下の命により、これより宵の王捕獲作戦開始すっぞー!」

――「これ以上、街を破壊させてはなりませんわ! みなさま、われらが盟友、金獅子州公軍をお助けしますわよ!」

 

 巨人たちの一団の先頭。そこに並びいるひときわ背の高い甲冑巨人が二人、巨大な戦斧を掲げて叫びたてる。

 ひとりは炎のような赤銅色の甲冑を着込み。もうひとりは、鮮やかな桃色の甲冑を着込んでいる。

 なんと人目を引く巨像たちか……!

「戦神のご加護はわれらの頭上にありぃ!」

「その御名にかけて、敵を打ち払いましょう!」

 威圧感すさまじい巨大な二人は戦斧を天に掲げ、巨人たちの一団に命じた。


「「総員、突撃トンデ・コルム――!!」」







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※ Tonde collum 首を斬れ、という意味。

 



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