幕間3

幕間3 時計鍵 ―創砥式7320―(リン視点)

 (今回はメディキウムのリン視点のお話です)



 打ち広がる冷気。

 空を斬るはばたき。

 舞い落ちる、白い羽毛。

 う……なんてこと。

 氷結の御方が変身なさるなんて。しかも白い鷹に?

 この方、前世は鷹だったことがおありなのね。

 この姿でこれから暴れるということは、白鷹家を貶めるおつもりかしら。

 視覚情報は記憶に刻み付けられやすい強烈なもの。

 理屈など、一瞬にして鮮やかな映像に喰われてしまう。

『離れよ、メニス!』

「ひ!」 

 はばたきが、こごえる魔法の気配を吹きつけてくる。

 勘気をびんびんに放ちながら揺らめく冷気。

 腕を切って甘露を出そうか。ううん、だめね。

 涙も血も、この冷気では瞬時に固まってしまう。香りも浸透不可能。

 防御結界を張ってしのぐのが精一杯。

『私に触るな! 汚らわしい娼婦!』

 そんな侮辱でこの私が怯むとでも? 聞き飽きた悪口ね。

 混血。娼婦。すぐに足を開く生き物。

 生まれた時から、毎日のように言われていたわ。

 お母さまも。私も。朝な夕な耳にたこができるぐらい聞かされてきた。

 こころなく口さがない官どもの囁きを。

 でもそれは、甘露に耐性のない人間どもの負け犬の遠吠え。

 高次の生き物に対する妬みでしかない。

 四塩基の遺伝子を頑なに保持する北の人間セプテントリオナリスごときに、いまさら認識させられることではない。百年ぽっきりの寿命しかもたぬ、低能な生き物に……!

 氷結の御方はその汚い言葉で私を威圧できたのかと思ったのか、大きな羽音をたてて階段を滑空して降りていった。

 ねらう獲物は、ウサギのぺぺ。

 ぺぺは最長老様のもとへ注進しにいったようだけど、階段をかけ降りてきたということは……

 残念だけど、その目的は果たせなかったのね。

 最上階にはたぶんあの方がいたんだわ。

 二位の長老シドニウス。狸の面を被った狼。

 この寺院で名高き「使い魔ぺぺ」とて、あの方とまっこうから対峙して勝つのはきっと不可能ね。二位の御方は、惑星級の大精霊をお持ちだという噂だもの。

 そして今のぺぺには、生前の記憶はないのだもの――。

 


 寺院に入って以来、私はメディキウム様から度々、「使い魔ぺぺ」の武勇伝を聞かされた。

 カラウカス様の使い魔ウサギは、再三にわたって寺院の危機を救ったのだそうだ。

 地震を起こして寺院を壊しかけた湖のヌシを説得して、別の湖に引っ越しさせたとか。

 病気が蔓延した時に、鍾乳洞から薬効のあるコケをとってきてみなを救ったとか。

 悪霊が憑いて断罪されたカラウカスのハヤトを、鍾乳洞から無事に生還させたとか……。 

――『ああああ! 俺のぺぺ大丈夫かぁ? あいつ喋れなくなってるっ』

 びゅう、とつむじ風が私の周囲を吹き抜ける。

 頬を撫でるその爽やかな風に、私は話しかけた。

「使い魔ぺぺのお噂はかねがね聞いております。あのウサギに助けられたそうですね、ナッセルハヤートさん」

『うん。俺のぺぺはすごいんだぜ。いっやあ俺ね、まだ蒼い衣だったとき、召喚で大失敗こいちゃってさあ』

 くるくる回る風から、からっとした声が聴こえてくる。

『お師匠のカラウカス様が、やってみ? とかいって俺に精霊召喚させたのよ。それがなぁ、まさかあんなブラックホール級のもんが出てくるなんて思わなかったわ。それで東棟の一角を消し飛ばしちゃったもんで、長老どもがびいびい騒いで、鍾乳洞送りにされちゃったのよ。お師匠さまはかばってくれたけどなぁ……。ま、でも、ぺぺのおかげで余裕で帰還できたわー。へへへ』

 ひゅうひゅうと風が唸る。

 爽やかな音をたてて。

「二位の御方と氷結の御方が、最長老様を暗殺しようとしてるって……それにトルが狙われているって……本当ですか? ナッセルハヤートさん」

『うんうん。さっきまでヒアキントスの真っ青な部屋を、窓からじいっとのぞいてたからねえ。間違いないぜ。あ、リンちゃん、あのさ、その名前、こそばゆいからやめて?』

 ふおん、ふおん。きれいな音。

 この風は、なんて軽やかに舞うのだろう。

『アスパシオンでいいってば』

「ですがあなたはもう破門されているのですよ、ナッセルハヤート・フォン・アリョルビエールさん。導師名でお呼びするわけにはいきません」 

『ほんとリンちゃんは堅苦しいなぁ。じゃあ、ハヤトって呼んで』

「了解しました」

 果て町からの帰りの船で、私の衣の中に飛び込んできた時は驚いたけれど。

 このつむじ風は本当にナッセル……ハヤトさんみたい。

 シドニウス様に見つかってしまうので、ぺぺさんのそばにあらわれるわけにはいかないんだとか。

 この風がいろいろ囁いて事情を教えてくれたので、私はぺぺさんを銀の籠から逃したのだけど。前世の記憶のない「使い魔ペペ」は、あの鷹から逃げ切れるかしら。

『鷹は俺が追いはらう。あとはリンちゃんに頼んでいいかな。弟子に伝言頼むよ。俺、急いで金獅子州にいかないといけないんだわ』

「わかりました」

 伝言を伝えるだけなら――。

『ありがとな。くれぐれも弟子によろしくいっといて。えっとね、それでね、伝えて欲しいことはね……』

 伝えるだけなら、大丈夫よね。

 氷結の御方には睨まれたけれど、明確に敵対する態度は取っていない。 

 しつこく構おうとして拒まれた、そんな体裁をとった。

 だからこれからも寺院にいられるはず。

 ここが一番安全。

 お母さまがそう言った、この場所に……。





 つむじ風が吹き抜けていく。

 回廊の隅で身をひそめて見守れば、その勢いある風は、びゅうと中庭に突入していった。

 今にもウサギをわしづかみにしそうだった鷹が、いきなりの突風にバランスを崩し、あらぬ方向へと飛ばされる。

 ぎゅん、とするどい音がする。

 これはかまいたち? 白い羽毛が散っている。

 またぎゅん、と音がする。

 翼を切られて白い鷹がばさりと地に落ちたそのとき。

 レストとフェンが度肝をぬかれて鷹を遠巻きにするその足の隙間から、ふわふわの塊が弾丸のように飛び出してきた。

 ぺぺさんだわ!

 ウサギは回廊の奥へと逃げていく。追いつけるかしら。

「待って!アスパシオンの、待って!」

 叫んで走る。

 ウサギは、はるか向こうへ駆けていく。なんて速い!

 賢いウサギ。いったんどこかに身をひそめようと思い始めているようね。

 はすむかいにある階段にとびこんでいって、あっという間に地下へと降りていっている。鍾乳洞へ逃げ込むつもりなんだわ。

 それは大正解。

 でも待って!

「アスパシオンの……アス……ぺぺさん!!」

 ああ。名前を読んでしまった。ぺぺさんはこの名前が大嫌いなのに。

 ごめんなさい。ごめんなさい……

「きうう?」 

 あ。とまってくれたわ。ぺぺさん、ぺぺさん、お願い待って!

「ぺ……あ、アスパシオンの! 木戸から降りたら、右じゃなくて左へ曲がって!」

 ふりむくウサギの耳がひくりと動く。

 なんて……かわいらしい。なんだか体がぞわっとする。

 思わず、走り寄って抱き上げてしまった。

 もふもふとした感触。やわらかい。

「つむじ風が――あなたのお師匠様が、地下へ行けと。封印所へ入ってくれと仰せです」

 ウサギを抱きしめる。木戸を開けて地下への階段を降りながら。

 何をしているの、私。伝言を伝えるだけなのに。

 勝手に足が動く。どうしよう。

「封印所に、取り憑いた悪霊をはがす道具があるそうです。それを手に入れて金獅子州に持って来て欲しいそうです」

「きゅうう?!」

 ウサギが目をむく。私たちが結界を越えて寺院から出るなんて、私もおよそ無理だと思っていました。でもつむじ風は、たしかにそう言ったのです。


『俺がかつて呼び出した暗黒精霊がさあ、寺院の建物消して大変だったんだけど。俺の身体乗っとってやりたい放題しかけたもんで、お師匠さまが『深淵』から秘密兵器ひっぱりだしてきたのよ。『蛇腹扇』っていうやつ。それ持ってくるように言って』


「きゅうううう?!」

 それもってこい? もってこいってどうやって?!

 と言いたげに、キョロキョロ首を激しく動かすウサギ。

 なんて……かわいいの。また体がぞわっとしてしまったわ。手触りもよすぎるし。

 ああ、でも。私の心は……

「『深淵』の入り口は、これで開くそうです」

 もふもふの胸にさがった時計のような鍵。きらきら光ってとてもきれい。それを指し示すと、ウサギはまた激しく悲鳴をあげてキョロキョロ。

「きゅううううう?!?!」  

 あ……もうだめ。これ、もう……はなせない。むり……ずっと抱きしめていたい。

 あの人と一緒にこのかわいいものをかわいがれたらいいのに。

 金獅子州。ああ、あそこに……。

「あの。あの。私も」

 ああ、何をいっているの、私。伝言を伝えるだけ、にしないといけないのに。

 ウサギを離さなきゃいけないのに。きつくきつく抱きしめるなんて。

 こんなことしたら。

 こんなことしたら。

 寺院にいられなくなる――



「あの、私も、一緒にいきますから」



 ああ。言ってしまった……。

 我が師メディキウム様。弟弟子たち。

 どうしよう。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい……。




 

 地下の封印所に灯りはない。

 鉱石掘り用のカンテラを壁からとって、私たちは地下へ降りた。

 ぺぺさんが持っている時計のような鍵は、封印所の鍵なのだそうだ。

 でも。『深淵』は、長老さまたちがひとつずつ持っている七つの鍵が揃わねば開かない。本当にこれで開けることができるのだろうか。

 軽やかなつむじ風は、かかっと笑って自慢していたけど。

『カラウカス様の形見なんだよ。コマとか札とかのおもちゃと一緒に譲りうけたんだわ。万が一のときのための万能鍵なんだってさ』

 おもちゃと一緒っていうのが、とても不安。

 一見すれば、ペペさんの胸にかかっている鍵は、何の魔力もこめられていない。

 からからと軽くて、まさに安っぽいおもちゃのような質感。

『ルデルフェリオっていう、うちの鍛冶作業まかなってた導師さまが作ったらしいぜ。導師になる前は凄腕の鍛冶師だったってカラウカス様言ってたなぁ』

 軽すぎて鍛冶物には思えない。 

『深淵』から『蛇腹扇』を取り出して、金獅子州の州都へ――。

 簡単に言われたが実行するのは難しい。大体にして鍾乳洞からどうやって抜け出せばいいのかと聞けば。

『幽霊にたのめ』 

 つむじ風は迷いなく即答した。

『深淵の番人だ。あいつ、俺の名前を出したらきっとなんとかしてくれるわ』 

 番人。

 そんなものがいるなんて。いったいどんなのかしら。巨大な鉄人とか? 魔法を放つスフィンクス? 強そうなものを思い浮かべてしまう。

 それにしてもそんなものと知り合いだなんて、さすが前最長老様のお弟子様ね。

 暗い洞穴のような封印所の入り口には、まっ白な結界が蜘蛛の巣のように張りめぐらされている。ハヤトさんの伝言を聞いたぺぺさんは、封印所の入り口で胸の時計鍵をかざした。

「きうううう……」

 でも何も起こらない。鍵穴があるのかと、暗い岩壁を探る私たち。

 でも何もみつからない。

 ぺぺさんが時計鍵を調べる。裏側にある刻印は神聖文字。数字の横に、なぜか人の名前らしきものがびっしり刻まれている。

 もしかして……これを唱えなければいけない? まさか名前が、鍵だというの?

「きう! きう! きううう!」

 ぺぺさんが名前を読み上げようとして、必死にきいきい鳴き声をあげる。

 なんてかわいい……ああ、ほっこりしてる場合じゃないわね。ぺぺさんは氷結の御方に封印韻律をかけられていて、人語が喋れなくなっているのだから。

 代わりに唱えてあげなければ。この一番始めの入り口を開く鍵の名前は……たぶん一の数字の横に刻まれている名前ね。


『偉大なる鍵師、黒き衣のアペリオン!』

 

 とたんに、時計のような鍵が輝き、光がほとばしる。

 やったわ。光がかかったとたん、結界が消えたわ。

 私、ついてきてよかった。口が封じられた状態のぺぺさんじゃ、封印所は開けられなかったわね。役に立ててる……。 

 中へ入るとすぐに大広間に出た。

 カンテラをかざすと、天蓋高き岩盤を支える壁一面に壁画が浮き上がった。

 大きな星船。そこから降りてくる、真っ白な服を着た天人たちの列。

 天人たちの背中からは翼のようなものが生えている。

 小さな子どもたちが親らしき天人の女性に手を引かれている。

 先頭にいるのは、金髪緑眼の少女。指差す先には一面の、黄金の大地――。

 その不思議な絵の下に、神聖文字が刻まれていた。

  

  『さらば命育む星。我らは母なる汝を旅立つ。

  太陽に打ち込まれし楔が、その息の根を止めたゆえに

  青き海よさらば。我々はソラを漂い、安住の地を求める。

  赤き大地よさらば。我々はその名だけを、記憶に留めるのみ。

  我々を生み出した星よ。安らかに眠れ。久遠の闇の深遠に。

  さらばソルの子、美しき青の三の星 ――テラ』


 結界を越えて進み入った岩間はとても広い。光は奥へは届いていない。

 大部分が暗闇に埋もれたまま。

 壁画の美しさに私たちはしばらく息を呑んで立ち尽くした。

 淡い光に照らされた壁は極彩色に塗られ、ほとんど色褪せていない。

 数千年、いやもしかすると万を越える年月が経っているかもしれないのに。 

 カンテラの光が文字のさらに下を照らしている。まだまだ文字が続いている。

 きっとこれは伝承の言葉。

 描かれている者の姿は、メニスではない。

 おそらく四塩基の人間たちがこの星に来た時の記録にちがいない。


  『迎えよ命咲き誇る星。我らは新たな母なる汝に降り立つ。

  新たな太陽に打ち込まれし槍が、その息吹を緩めたゆえに。

  翡翠の海よ、迎えよ。我々はソラより降り立ち、安住の地を見つけた。

  黄金の大地よ、迎えよ。我々は汝の名を刻み続ける。

  我々を迎え入れた星よ。華やかに栄えよ。永久の光の高処に輝け。

  迎えよグリーゼの子、麗しき黄の四の星。――ガイア』


 岩間の奥にカンテラを向けて進んでみる。いくつも岩穴がある。十以上。そのひとつひとつに結界の膜が見える。

 どれが深淵へいたる道なのか。

 ぺぺさんがまた時計鍵をのぞきこんだ。なにか手がかりがないかとがちゃがちゃいじる。すると、かぱりと蓋のようなものが開いて、中に小さな宝石が転々とはめられた模様板のようなものが現れた。

 一番手前に大きな赤鋼玉が嵌まっている。一番向こうには蒼い鋼玉。そして、その途中には宝石と線がびっしり。つながっているものもあれば途切れているものもある。宝石のところにはうっすら数字がうがたれている。

 これは――地図!

 見た瞬間、ぺぺさんも私もそう悟った。

 青鋼玉のところがおそらく、『深淵』。

 おどろいたのは、封印所は七つではなくもっとあるらしいということ。

 時計鍵に置かれた宝石は二十ほどもある。これがみんな結界で守られた部屋なのだとしたら。長老様にひとつずつ渡されているクラビスは、その中のほんの一部にすぎないみたい。

 深淵への最短の順路は、三つの小さな間と二つの広間をつきぬけていくもの。

 宝石の数字は、裏側の名前の表としっかり対応していた。

  私たちは鍵の名前を唱えて結界を解きながら、奥へと急ぎ進んだ。

「偉大なる語り部、黒き衣のデカテンシス!」

「偉大なる呪い師、黒き衣のサフレシアス!」

 どの部屋にも無機質な金属の箱ばかり積み重なっている。武器みたいなものは見当たらない。通路を兼ねる部屋だからだろうか。

 何があるかと期待したのに、ちょっと残念ね。

 間と間をつなぐのは真っ暗な通路。途中いくつも分岐の道があり、うねうね曲がっていて、ずんずん下へ下へと沈んでいた。

 最後の広間を抜け、さあこれで深淵の入り口につく、というとき。

 ふおっ、と背後の空気がうねった。

 その風はいきなり吹いてきて私たちを取り囲んだ……。

「きうううううううう!!!」

 ぺぺさんがうろたえる。

 一瞬、あのつむじ風かと思ったら違った。


『待て、使い魔ぺぺよ!』


 ねっとりとしたうねり。気味の悪い、くらい風。

 刹那。


『冒険ごっこは、そこまでだ!』


 恐ろしい声が耳元で轟き。私の体はびりびりとしびれた。

「きゃああああああっ!」

 なんていう衝撃!

 自分の悲鳴がどこか別のところから聞こえる。

 そんな感じがしたとたん。

 意識が。飛ん――。

 

 


 

『アスワドのこと、心配なんだ』

 あ…… 

 ああ……

 これ、走馬灯?

 私、今一番に会いたい人を思い出してる。

 トルナーテ・ビアンチェルリ。

 赤い髪のあの人。

『とても心配でたまらない』

 トル……。

 トル……!


 赤毛のあの人はいつもぺぺさんのそばにいた。

 黒髪の少年を起こすのはいつも彼女。

 夜明け前に女の子部屋から起き出して、丁寧に身づくろいして、男の子の共同部屋へ駆けていく。

 トルは黒肌のラウみたいに香水をぷんぷんにおわせたりはしない。

 眉やまぶたに墨をさすこともしない。女の子の弟子がよくやるような、袖や裾に飾り帯やフリルをつけることも全然しなかった。

 でも炎のような赤い髪はそれはもう、艶が出るまで丹念にくしけずっていた。

『アスワドが切るなっていうから伸ばしてる』

 にこにこそういいながら。

 彼女のすっきりとした石鹸の匂い。私は大好きだった。

 自分のもやっとあまったるい甘露の匂いを、同じ匂いのする石鹸で消そうとした。

 たぶんぺぺさんが好きな匂いなのだろう。

 そう思ったけれど、彼女と同じ匂いをまといたかった。

 ぺぺさんとトルは食事も一緒。当番も一緒。いつも一緒。

 だから私はひそかにあきらめていたけれど。


『リン。ボクはここに、親友……をおいていかなければならない』  


 女王に即位するべく寺院を去るとき。

 トルはきっぱり、ぺぺさんのことをそう呼んだ。   

 友達、だと。

 でもその顔は今にも泣き出しそうだった。

 そう割り切ろうとしているのはありあり。

 断腸の思いで絞り出した言葉なのは、一目瞭然。

『アスワドはボクを笑って送り出してくれるだろうけど、内心ではきっと……。

 いや、ごめん。これはボクの勝手な願望だ。寂しがって欲しいだなんて。

 あの、よければでいいんだけど……アスワドを食事にさそったりとかしてくれると、ありがたい。気にかけてくれたら嬉しい』

 トルは、私の気持ちを正確に把握していなかった。

 たぶん、勘違いしていたのだと思う。

『リンなら、ボクは安心できる』

 つまり。

 私がぺぺさんの恋人になってもいいと。

 トルはそう言ってくれたのだ。

 私なら、いいと。

 トル。

 トル。

 ありがとう。

 その想いは。その言葉は。

 私にとっては最高の褒め言葉。

 私を見込んでくれた。みとめてくれた。

 とても嬉しい。嬉しすぎて、どうしよう。

 でも。

 でも。

 私はぺぺさんじゃなくて……

 トル、あなたが……

 だから心配でたまらなかった。いてもたってもいられなかった。

 メキドに帰ったあなたは、とても苦しんでいるようだったから。

 ぺぺさんがあなたからの手紙を見せてくれた。本当に嬉しかった。

 一緒に贈り物を送らせてくれた。あのあと、嬉しすぎてひと晩泣いた。

 私は、あなたが幸せになればそれでいい。そのためになんでもする。

 だから私は、ぺぺさんに協力する。危機に瀕するあなたを救うために。

 できればこれから、ペペさんと一緒に……

 あなたの。もと。に。行きた……


「きゅうううううううう!!!!!」

『我がもとへ戻れ、ウサギよ!』

 

 ああ。ペペさん。

 私。たおれ。てるわね。ごめん。ね。

 もう。だめ。みたい。 

 なんて。昏い風。体が。うごかな。い。

 もう。息が。できな……


「きゅうううううううう!!!!!」

『ウサギよ、大人しく我が下へ降れ! でなくばこの混血の息の根をとめようぞ!』


 だめ。よ。ぺぺ。さん。どうか。

 トル。を。救……

 どう。か。

  

「きゅうううううううう!!!!!」

『おまえは私のものになるのだ! いと賢き使い魔よ!』

――「あああああああああああああ!!

 目の前でひゅんひゅんきゅうきゅううるせええええええっ!!!!」

 

 だ     れ?

 

「そこの風うぜええ! きえろお!! そこのペペみたいなウサギ! だまれえ!!」

 

 だ。れ……?!


「うっせえ! うっせえ! すんげーうっせええ!!」

 

 ひか。り。

 まぶ。しい……

 ひか。り。

 ひか。り。 

 六まい。の。つば。さ……



「おまえら、俺様の昼寝のジャマすんじゃねええええ!!!!」



 ひ。か。り。





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