くろがねの歌4 くろがねの兵士

 漁師のメセフの報せは、瞬く間に寺院中に広まった。

 七人の長老様はただちに会議室へと集われ、事情を聞くべくメセフを呼び入れた。

 蒼き衣の弟子たちは、不安と好奇心が入り混じった顔でわらわら会議室の前に群がったのだが。

「今回の事は、すぐに公報として掲示板に張り出されます。君たちは待機していなさい」

 二位のシドニウス様が命じると、さっと長老たちの年長の弟子たちが動き、弟子たちを共同部屋へつめ込んで監視役についてしまった。

 ほどなく丸窓から導師様たちの歌声が流れ込んできた。石舞台で風編みをしているのだ。

 湖に結界を張るのは朝夕二回。今日はすでに朝の回を終えている。だが念のためにもう一度風編みをして、その結界をさらに強固なものにするつもりなんだろう。メセフの言う「兵士ども」が、絶対に湖を渡ってこないように。

「レスト! こわいわ」

 弟子たちが大人しく自分の寝台に座って待機していると、黒肌のラウが隣の共同部屋――女子部屋からやってきた。レストの所へ一直線、すとんと寝台に並んで座る。

 回廊で見張っている年長の弟子たちはラウの越境を大目に見たようだ。たぶん色目かなにかを使われたんだろう。

「どこの軍隊が来たんだろうな。エティアの中央部ならいざ知らず、人口一万もないようなど辺境を異国の軍が攻めるなんて、まずありえない」

「とすると叛乱かしら。果て町は国王陛下の直轄領よ。陛下に訴えたい不満分子が集まったとか?」

 ラウは不安げにわずかに首を傾げた。

「でも、ここまで兵士がやってくることは絶対ないわよね?」

「うむ。風編みの結界は鉄壁だ」

 レストはすっと立ち上がり、ラウの左側についた。女性の左側に添って立つのはエティアや北五州の騎士の所作だ。たぶんどんなことがあっても彼女を守る、という意思表示だろう。

 トルが居たら僕も彼女のそばにいたいと思ったかもしれないが、残念ながら他人を気づかう余裕はなさそうだった。自分の両手を見れば……小刻みに震えている。

 あきらかな動揺。

『明日には戻れる』

 我が師はそう言ったけど、メセフの船には乗ってこなかった。

 つまり。我が師は今、戦いに巻き込まれてしまっている……?

 相手は兵士、とメセフははっきり言っていた。となると、いかな韻律を操る導師とて苦戦する。

 どうしよう。

 師が怪我でもしたら。

 万が一の事が起こったら……。

 あんな人でも、いちおう僕の保護者だ。六年間親代わりをつとめた人。

 かなりずれてるけど、本人なりに僕を気にかけてはくれている。

 その人に何かあったら――。

 震えがとまらない。

 丸窓からかすかに流れ込んでくる導師様たちの歌。結界を強固にするためのたえなる歌声。

 あの歌声が、我が師や果て町の人々にも及ぶといいのに……。

 僕は心中真摯に願った。我が師が、無事でいることを。 





――「果て町の人々を助けるべきです!」


 石舞台から聞こえる導師様たちの歌声が止んでほどなく、回廊から怒鳴り声が響いてきた。

 共同部屋の戸口から、黒き衣のユスティアス様が必死に流行物研究家のデクリオン様に訴えている姿がかいま見えた。石舞台から降りられた導師様方は、今度は会合の広場に向かわれるようだった。

「風編みをするだけなんて! 皆様は、寺院を守ることだけしか頭にないんですか?」

「まだ状況が、皆目分からぬからだ」

 回廊を進むデクリオン様は憤るユスティアス様をなだめるように、もの柔らかな口調で仰っていた。

「まず長老方が透視をなさって、果て町の状況をご覧になる。町に対する我々の行動は、それから決まるんじゃ」

「でもお師様! こうしている間にも、だれかが傷つけられているんですよ?」

 ユスティアス様はとてもお若い導師だ。弟子の時の呼び名はクリフといい、昨年までデクリオン様の弟子であられた。正義感溢れる面倒見のよい方で、レストにからかわれる僕を助けてくれたことが何度かある。今でもよく、弟子たちの間で起こるいじめや小競り合いを仲裁していたりする。

「これから会合の広場で協議が行われる。そこでおまえの主張を訴えればよい。さあ、おいで」

 デクリオン様がやるせない表情のユスティアス様の背を押して急かす。お二人の足音は、他の導師様のものと混じり合って遠のいていった。


『こうしている間にもきっとだれかが……』


 震えがひどい。

 湖に在るメセフの舟すら焼かれた。

 町はいわずもがな。おそらくたくさんの家が焼かれ、多くの人が傷ついているはずだ。

 他の弟子たちは共同部屋で韻律書を見たり語り合ったりしていたが、僕はなにも手につかなかった。我が師が心配で心配でたまらなかった。

 おもわず、首から下げた「お守り」を衣の上から握りしめる。小さな懐中時計のようなもの。

 我が師こそ、これを持っていけばよかったんじゃないのか? どんなご利益があるかわからないけれど……。

 正午近く、会合の広場で協議していた導師様方がぞろぞろと、共同部屋の前に来られた。

 弟子たちは一斉に部屋の外へ出て自分の師のもとに駆け寄り、事情を聞き始めた。

「ユスティアスがガンガン主張してなぁ、参ったわ」

 デクリオン様がご自分の弟子たちに苦笑混じりに話す声がひときわ大きく聞こえてきた。

「やれ救護班を作れだの、結界を一時解いて町の人を寺院に保護しろだの」

「大にいさまは、正義感の強い人ですもんね」

 回廊をのぞいてみれば、デクリオン様は額の冷や汗を拭っており、眼鏡をかけた若い弟子がうんうんうなずいている。やはり向こう岸の町は、相当破壊されているようだった。

「メセフの報告、それに長老様の透視によれば、町は火の海。半分以上丸焼けだそうだ。そして襲ってきた軍隊というのはどうも人間ではないらしい。全身鋼くろがねの、虚ろな魂の一団とのことだ」

 虚ろな魂。

 おそらく、古代の遺物にちがいないとデクリオン様は渋い顔をなさった。

 体が全部鉄でできた兵士というものがあるという。古い遺跡からしばしば発掘されるもので、生き物ではないのに動きだすそうだ。

 その動力源は――。

「恐るべき魔力の持ち主が町にやってきたようだなあ。メセフの話じゃ、何百もの鉄の兵士が操られて動いとるそうだ」

 鉄の兵士たちは、韻律の力で動く……。

 デクリオン様の言葉に、眼鏡の弟子も、聞き耳を立てる僕も、ごくりと息を呑んだ。

「まあ、古代兵器を使用しているとなれば、我ら導師の出番ということだな。古代の危険なものは、みな寺院預かりになるか、導師の手で破壊されるべしと大陸法典に定められておるからのう」

――「アスパシオンの」

 そのときリンが僕のところに駆けてきた。

「大丈夫ですか? お師匠様のこと、心配ですね」

「あ、ああ、うん」

「掲示板に今回のことが貼り出されるようです。見に行きましょう」 

 まもなく調理場の前の掲示板に、最長老様がしたためた公報が張り出された。

 デクリオン様が仰ったとおり、向かいの町が古代兵器を操る何者かに蹂躙されている、とそこには明記されていた。

 その何者かをくいとめるために、導師を五人、町へ派遣すること。

 そして、弟子の中から補助役の志願者を募るということも書かれていた。

「弟子は負傷した町の人たちの手当てを手伝い、避難誘導するべし、か」

 むろん僕はいの一番に志願した。我が師の無事を確認したい。その一心で。

 しかし。掲示板の前で選定を行う長老様、とくに二位のシドニウス様が渋いお顔をされた。

「アスパシオンの、そなたは寺院に残りたまえ。町は大変危険だ」

 愛弟子のメイの手を握りながら、二位のお方は猫なで声で仰った。

「君の師に万が一何かあったら、わしが君を引き取ろうと思っておる。君を庇護してやりたいのだ。きっと君の師もそう願うだろう」

 一瞬。この方が言わんとすることがわからなかった。

 しかし隣にいるリンが鋭く二位の方を睨んだ。

「ようするに。シドニウス様は、アスパシオンの一番弟子を大変気に入られておられるということですね? そして、アスパシオン様が亡くなりでもすれば、即座にご自分の弟子になさるおつもりであると。ゆえにおのが息子となる可能性のある者には、危険を犯させたくないと」 

「そういうことだよ。もう君は私の子も同然。体に傷一つつけてほしくないのだ」

 にこやかにうなずくシドニウス様。

 ちょっと待て。それはどういう意味だ。私の子も同然って……我が師がもう死んでるような言い方じゃないか!

――「しかし止めるのは酷というものでしょう、二位のお方。ぺぺは父たるアスパシオンのことが誰よりも心配なはず。探しにいきたいはずです」

 そのとき、なんとお若いユスティアス様がその場で口ぞえしてくださった。

「どうか養父の無事を確かめに行くのを、許してやってくださいませ。弟子たちの安全は派遣される導師が――この私が、しかと確約いたします」

 なんとありがたい助け舟だっただろうか。おかげで僕は果て町へ渡る小船に乗り込むことを許された。

「ぺぺ。君の気持ちはよく分かる。アスパシオン様が無事であるように祈ろう」

 ユスティアス様は僕の肩を叩いて励ましてくださった。本当に、この方はよきお方だ。

 船は寺院所有の小型帆船。船頭はメセフ。

 志願した弟子はたくさんいたが、船の定員の関係で、僕を含む十五名が選ばれた。

 派遣される導師はお若いユスティアス様と、黒髭の長老バルバトス様、それから魔力随一のヒアキントス様、薬学に詳しいメディキウム様、そして俗世にお詳しいデクリオン様。

 メキドの後見を外されてまだ怒りのさめやらぬバルバトス様と、彼に悪知恵を囁くヒアキントス様が一緒とは。なんだか気になるが、この人選は最長老様が決めたもの。長老ひとり、腕のたつ者ひとり、と選ぶさいに一番目に頭に浮かんだのがこの方々だったのだろう。

「これが旅行に行くというのだったら、良かったんだがなぁ」 

 出航早々、デクリオン様は船べりにもたれ、使命感に燃える「もと弟子」をチラ見しては、ため息をつかれた。

 ユスティアス様は意気揚々と船の舳先に立ち、向こう岸をまっすぐ見据えておられた。デクリオン様は本当は来たくなかったようだったが、血気にはやる「もと弟子」のお目付けとしてついていくよう、最長老様に命じられたらしい。

「せめて遺跡めぐりのお務めなら、ささやかな楽しみもあるというものだが」

「遺跡めぐり……古代遺跡の検分ですね。そういえば最近行われてないように思います」

 優等生のリンがぴく、と白い耳を動かす。リンは師のメディキウム様が行くのだから当然自分もと志願して、選ばれた十五人の弟子のうちに入っていた。

「うむ。昔はいったん発掘し終えた遺跡でさらに何かの遺物が見つかる、ということがままあった。危険なものほど、地下深くに封印される傾向がある。そいつが地震や何かの弾みで、ひょいと地表に出てくる。それで我ら導師が遺跡を定期的に見回っていたものだが……百年間異常がなく、何も出てこない遺跡は見回り対象から外されることになっていてな。ゆえに最近はとんと、遺跡めぐりは行われておらぬ」

「古代の遺物は、機械なのに韻律で動くものが多いそうですね」

 リンの言葉にデクリオン様は深くうなずかれた。

「うむ、魔導と科学の融合……灰色の技じゃな。本来なら、作った奴らに始末させるのが筋なのだがなぁ。しかしもうこの世に灰色の導師はおらぬゆえ、我ら黒の導師が尻拭いさせられておるわけだ」

 かつて導師の衣は習得する技に応じて三色あったという。

 しかし今は黒き衣の導師しか存在しない。古代兵器を次々と創造したといわれる灰色の導師も、癒しの技を司っていたという白の導師も、大陸から絶えて久しいものだ。

 とくに灰色の導師たちは、彼らが生み出した神獣メルドルークを制御できなくなり、この生物兵器に焼き滅ぼされたと言い伝えられている。が、真相はさだかではない。

「町を破壊するのに古代兵器が使われているとなれば、十中八九、どこかの遺跡から掘り出されたものには違いあるまい。はて、この近くに遺跡があったかな」

 デクリオン様は船べりから湖を眺めながら、ため息をもらした。

「遺跡は大陸の三大景勝地近くにより多く在る。おかげで遺跡巡りをすると、観光も一緒に楽しめるという寸法だったが」

 大陸三大景勝地。ああそれ、試験に出たからしっかり覚えたんだった。

 生命の大樹を擁する妖精の森。黄金砂漠の大渓谷。それから、虹の大滝。

 どれも大陸の大人気スポットで、毎年大陸中から何十万人と観光客が訪れるという。旅行するとなればまずこの三箇所が候補にあがり、誰でも一生に一度は必ず行くのだとか。その中のひとつであるエティアの虹の大滝は、この北の辺境のすぐ近くにある。

 デクリオン様は導師になりたての時に一度、その大滝の近くの遺跡を見回ったことがあると仰った。

「大滝はすばらしいぞ。何重もの滝が一斉に流れ落ちとるところに、虹がいくつもいくつもかかっとるんだ。あれはまさに一見の価値がある」

――「今回のものは、大滝の近くの遺跡から来たものかもしれませんね」

 観光地を思い浮かべてうっとりなさるデクリオン様のそばに、ヒアキントス様がすっと並び。目と鼻の先に近づく向こう岸を、冷たいまなざしで見つめた。

「大滝付近の遺跡群はここからかなり近いですし、大規模です。その昔この一帯は統一王国の軍用地で、軍事施設がひしめいていたと伝えられております。今回の鉄の兵士も、きっとその時代のものでしょう」 

 岸が近づいてくる。

 船の上から、僕らは目を凝らした。

 件の兵士たちは、なんと岸辺近くにいた。ガシャガシャという鎧の擦れ合う音とともに、たくさんの鉄の兵士がものすごい速さで動いているのがはっきりと見える。

 動きは人間のようだが、鎧の中身はからっぽなのだろうか。動きからして生き物ではなさそうだ。

「あ……!」

 その兵士の群れの中に。

「お、お師匠さま!?」

 黒き衣。

 まちがいない。

 我が師の姿――!

 僕は船べりにがぶりより、身を乗り出した。

 導師の証であるあの衣。あの長い黒髪。あれはまちがいなく我が師! だ……が……。


――『破壊しろ! なにもかも! うはははは!』


「……えっ?!」

 ちょっ……と待て?!

「な? なんで?!」

 信じられないことに我が師は。岸辺に仁王立ちで両手をかざして……

『うはははは! 破壊だ! 破壊!!』

 ひび割れた変な声で叫んでいた。

「お、お師匠さまっ?!」

 我が師がさっと手を振ると。その方向に兵士たちが方向転換して動いていく。

『そ、そんな! なんで!』

 おそるべき光景に、僕はその場に凍りついた。

 なんと。

 黒き衣の裾をひるがえして……我が師その人が、くろがねの兵士たちを動かしていた。

 不気味な韻律を、声高らかに唱えながら。





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