#2 内定の終わりとハードボイルドワンダーランド

 就職に失敗して田舎に帰ってきた。それが僕のすべて。

 すべて、は言い過ぎにしろ、僕の社会的ステータスは、おおむねそのひとことでいい表すことができた。

 「きみはホラ、なんか。自分自身に興味ないだろう」

 社長は僕にそう言った。

 内定者を集めた飲み会。僕もそのうちの一人だった。僕はリクルートスーツを着て、慣れない大ジョッキのビールを飲み、同期が芸人のものまねを披露するのを見ていた。

 「そうだろ?」

 その社長は、じっと僕をみて言った。

 「そういう感じなのは、なんか、だめだ。おまえはダメだ」

 そしてぼくはその会社の内定を失った。いわゆる内定取り消しというやつ。

 「それ、裁判したほうがいいよ」

 同じ寮の先輩は僕にそう言った。

 「慰謝料ぐらいはとれるはずでさ」

 でもけっきょく、僕はとくに抗議らしい抗議もせず、就職先がないまま日々を過ごした。リクルートスーツに袖を通す回数も減った。ゲームばかりしていた。

 何かの糸みたいなものが自分の中でぶっつり切れていた。

 卒業式を終えて、同期たちもつぎつぎと寮を去っていく。

 大学の事務から「貴殿はすでに本学を卒業しているので、とっとと寮を出ろ」という内容の手紙が来ていた。後輩たちの視線も、日に日に冷たくなってきていた。

 田舎に帰るしかなかった。


 僕たちがウシガエルの養殖を企だてたのは、昨年の春だ。

 「おい、カエルの養殖をするから手伝えっ!」

 ある日、サチコはそう叫びながらうちに上がりこんできた。

 彼女は玄関を勝手にあけて入ってきた。ここはまあ田舎だから、そういうこともなくはない。だが僕は困った。自慰をしていたので。

 「おーい」

 サチコはのしのし階段をのぼってくる。やれやれやれやれ。足の指でリモコンを踏み、テレビの音を消す。

 ポルノの再生が停止したのと、部屋のふすまが開いたのは、ほぼ同時だった。

 「カエルの養殖をするぞ、ナカタくん」

 「な、何?」

 僕は平静を装った。DVDのパッケージが床に置きっぱなしだった。さりげなく蹴って隠す。サチコは部屋に入り込んで、僕がさっきまで自慰をしていたクッションに座る。グレーのタンクトップにデニム地のホットパンツという格好だった。

 「カエルを増やすんだ」

 「増やしてどうするのさ、カエルなんか」

 「ネットで脚を売るに決まってんじゃないか」

 決まってない。

 サチコとの話はいつもこんな調子だった。

 「だからさあ」

 サチコは裸足を空中にもちあげ、ぺちぺちと鳴らす。

 「仕事がみつかんなくて田舎に帰ってきたナカタくんですね?」

 「はい」

 彼女のタンクトップには、ネイティヴに言ったら爆笑されるか殴られるかどっちかみたいな英語のフレーズが書かれていた。

 「仕事がないわけだろ?」

 「サチコもないだろ」

 「いっしょにカエルの養殖会社をやろうと言ってるんだよ」

 「カエルの養殖って何するんだよ」

 「何度同じ話をさせるんだきみは。カエルを増やして売るに決まってるじゃないか。ナカタ君はあたま悪いね。大学まで出たとは思えないなあ」

 「売るの?」

 「売るんだ」

 ようやく話が見えてきた。

 冗談とも本気ともつかないその提案に、僕はいつもどおり答えた。

 「ああ、うん。まあいいけど」

 そしてサチコは本気だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る