三人目、悪役


 「悪役も疲れるよぉ、ほんとに」

「そうですか。」

「て、いうか俺は悪くないんだけどねぇ、なんだよ、狼少年扱いしやがってよぉ」

「まあ、必要な嘘もありますからね。」

「お、よくわかってるじゃん?」

 彼は何処かの世界で悪者として生きているそうだ。

酒は無いが甘ったるくしたフルーツティーを出すと、酔ったように愚痴をこぼし始めたので、私はそれに相槌を打つ。それこそがこの世界の仕事である。

 「でも、あなたにも仲間はいるんですよね。」

「居るさ、あいつらとずっと一緒に苦労してきたんだ、正義の味方だのが邪魔しなければ、夢は叶ったはずなのによぉ」

 そういって泣き出した。

もううんざりだ、別の世界で普通にこうやって生きていたいと叫んでいた。

「では、もう戻りたくないと?」

「ああ、もう、うんざりだからよぉ、どうしたって正義の味方とやらには勝てねぇんだ、あの世界に思い残すことなんてねぇよ」

 私はそう言った彼の為に一冊の本と、マッチを取り出し、カウンターに置いた。

キョトンとした顔で悪役の彼は見つめている。

「な、何をしてるんだ」

「もう、思い残すことなんて無いんでしょう?」

「ま、待ってくれ、だから、何を……」

シュッとマッチを擦り、灯された小さな火を本に移す。私の手によって燃やされる本を前に、彼は発狂し、燃えている”ひとつの世界”に彼は触れた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

彼も炎に包まれ、人の形、ではない。灰になって床に崩れ落ちてしまった。

 「ああ、間違えた、申し訳ないことをしたなぁ。」

床に落ちてしまった灰を箱に詰め、お詫びの言葉と共に紅茶の詰合せを彼の世界に送った。

 さて、この本は”誰の”世界だったろうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る