五人目、代役
随分疲れきった顔の若い男性が、吐き出すように話していた。
彼が首元に付けているチョーカーが更に締め付けて吐き出させている様にも見えて仕方ない。
彼は最近、代役を任されたというのだ。
「いつまで任されているんです?」
「いや、まだ代役を任されてからまだ数ヶ月ですけど、もう駄目だなぁ、なんて」
「何故、引き受けたのですか?」
「可哀想だったんですよ、その人がいない世界が。」
それを聞いて、藍色の液体の中に氷を落とした。
「私はてっきり舞台の話かと思ってたのですが、それはあなたの住む世界の話ですか」
藍色の飲み物を彼の目の前に置く。躊躇いもなく彼は受け取り、一口飲み込んだ。
「普通の舞台ならきっと、代役の期間だってそんなに長くないはずです。これは現実なんです。もう本当の自分を忘れるくらい、僕は本当に彼になってしまいそうだ」
代役を任されたうえに、更に本来の役を演じながら生きなければならない。と彼は笑った。
「ひとつ、お伺いしても?」
そう聞くと、代役の彼はびくりとした様子で私を見た。
「は、はい、なんですか?」
「仮に代役のあなたがなくなった場合、代わりに演じてくれる方はいるのですね?」
「そうなりますかね、代役をやりたいと宣言するか、選ばれた場合に。」
「あなたは宣言を?それとも選ばれて?」
「宣言しました、ええ。家族が代わりを募集してたんです、とても寂しく思ったんでしょう。それを見て可哀想だと思って、それで」
代役の表情が変わり、にやりと笑って私を見る。
「本当は亡くなったその人の代わりになれば金が貰えると聞いて、それで近づいたんですよ、でもそこの父親が金を渡さないって、ほんとに参ったよ」
これは成功だ。
「続けて下さい、本心は?」
「兄が居ることは聞いたんだ、それで今日やっと見つけて、こっちは保険金も目当てだからそのうちに一家心中を装って皆殺すつもりなんだけど。兄が帰ってこないからなかなか計画も進まなくて、帰ってくるように仕向けようとしてるんだ」
計画を話した彼は口を抑える。焦っている姿を見るのは、とても愉快だ。
「ありがとうございます、弟の代わりを演じて下さって感謝します」
口を抑えたまま、顔を赤くして涙目になっている弟の代役。必死で言葉を出さないようにしている。
飲ませたハーブのカクテルがこんなにいい効果を見せてくれるとは思わなかったが、やはり弟の代わりなんて宣言するのは怪しすぎるからこれは正解だ。
「本心なんて筒抜けですから、気をつけなさい。今度は本当の弟として来てください、待ってますから」
「…ッ!二度と来るもんかっ!!代役なんて辞めてやる!!」
代役は怒鳴り散らし、涙をボロボロと零しながら店を出て行った。
「あれでは、成りきれやしないな。」
彼が出てすぐ、店の外から叫び声が聴こえてきて、様子を見ると通行人達は怯えていた。
それもそうだ、”頭の無い体”が道に横たわっていたのだから。
その後、家族として病院に代役を連れて行った。
「怒りで爆発したということで、代わりの頭を付けてもらってます。入院の手続きが二重であるのですが、すぐに来れますか」
代役の本当の家族に連絡をすると、電話越しに焦りが伝わってきた。
そして代役の本当の家族が来ていろいろ聞いたところ、チョーカーは代役を宣言した人が契約違反になる発言などをした際に爆発するものだったらしい。頭を取り換える手術もあるが、前の顔には戻せないそうだ。
病室を覗くと、代わりの頭を差し込まれた代役の頭は悲しそうに俯いていた。
「今度また、お見舞いに来ようか」
「今度はあなたに成りきれてるといいですけど」
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