第七章 百子の恋

1 恋の季節


 百子は辺りを見た。


 百子のバイクの両サイド。おびただしいVの群れ。うごめいている。

 まるで、ゾンビーだ。無表情。無気力。無意識。同じ方向に流れていく。

なにをするでもなく。なにを話すでもなく。同じ方向に歩いていく。


「なによ。これ。なによ!!」


 百子は声なき声で叫んだ。心の中で叫んだ。スピードを落とした。ゆるめたどころではない。バイクはほとんど止まっている。Vの群れのほうが、前進するスピードが速い。


 それで生じる錯覚だ。駅で停車している電車に乗っている。隣を電車が通過する。じぶんの乗っている電車は動いていない。それなのに、後ろへ置き去りにされているような。


 錯覚。あれだ。そんなときは、どうすれば錯覚からぬけだせるのか。反対側をみる。電車が通過していない側に目を移す。


「アブナイ。百子」


 美少年Vの声。

 ビルのガラスの壁面にはなにも映っていない。

 いや、Vの群れらしき、薄墨色の影のようなものが。ただよっている。霧のようだ。電気的誤信号を受けたテレビのように映像が乱れている。

 

 影がとぎれとぎれになる。上下がずれる。


「あぶない。百子。よそ見しないで」

 

 頭に直接ひびいてくる少年の声に従う。


「百子。どうかしたの? リーダー、しっかりして!!!」


 併走している麻子の声がとんでくる。頭の中にVの声がする。


 いえない。そんなこと、いえない。わたしはクノイチ48のリーダー。百々百子だ。


 心の動揺は口に出せない。意識が乱れている。彼に会ってから。夢の中の彼に魅かれている。たしかに、わたしはオカシイ。混沌としている。いままでになかったことだ。


 考えがまとまらない。美少年Vを夢で見たときから……。おかしくなった。

 わたしたちクノイチは、対V戦の経験は豊富だ。対Vとの心理戦の経験はない。

 初めてのことだ。それも、わたしを狙ってくるとは。いや、これは戦いなどでない。恋だ。恋の迷路に迷い込んでいるのだ。


「百子。百子!!」麻子がいる。


 百子はヘルメットを片手に、地下の駐車場にいる。

 なんということだ。百子はまだ街にはでていなかった。

「さっきから、なにか独りつぶやいていたわよ」

 麻子が笑っている。


「春だから、恋してるのかな……?」

 ピンポン。図星だ!!


2 抜け穴を探せ!!


「金縛りにあったみたいだった。……まったく動かなかった。でもトキメキ顔だったよ」


 麻子になら話せる。百子と呼びかけてきたり、リーダーといったり、かなり気を使ってくれている。でも、むかしからの、友だちだ。気軽にタメ口で話しの出来る仲だ。


「それはVの念波攻撃よ。ユウヤたちもときどき使っていた。まちがいない。Vの特殊能力よ。ひとの夢の中に入り込めるの。どうしょう。百子。手強いよ」

「ともかく――夕実を追いかけてみる」

「わたしもいいかな?」

「こちらで、おねがいするわ」

 

 夕実は日枝神社に着いていた。禍々しい瘴気が辺り一面に漂っていた。

 モニターの前に座っていたのではわからない敵の気配だ。そしてここはハル子の討ち死にした場所だ。心のなかで黙祷をセンパイ、ハル子に捧げた。


 でも5班のメンバーはだれもいない。夕実が新しい班長にきまった。

 百子から知らされているはずだ。百子組の第一班の生き残りも、だれもいない。

 だれもいない。神社の周辺で争いが生じているとモニターは伝えていた。

 それなのに。だれもいない。夕実は鳥肌だった。瘴気は神社の裏側から流れてくる。もしかして……不吉な予感。携帯がふるえた。


「夕実班長。ハヤブサです。先に進まないで。隠れてください」


 切羽詰まったハヤブサの声だ。伊賀の里でともに修行に励んだ後輩だ。周囲にはなにも遮蔽物はない。夕実は大地に伏せた。


「だれかいたみたいだった」


 スゴイダミゴエ。こいつら、どこから現われたのだ。声からして、鬼沢組のコワイお兄さんたちだ。


「たしかに――」

「いたぞ!!」


 表の鳥居の方角に彼らは走りだした。玉砂利を踏む音が遠をのいた。夕実はすっぽりと被っていた灰色の覆いの下からはいだした。あぶなかった。


 ハヤブサからの警告がなかったら。見つかったのはわたしだ。敵の気配を先によめなかった。勘がにぶっている。夕実は争う声のほうには駆けつけなかった。


 彼らが出てきた辺りを探った。古来から連絡係や記録をつけることに専念していた家系だ。夕実はある古文書の一節を思い出していた。


 日枝に抜ける穴が掘られている。江戸城の抜け穴の出入り口がここ、日枝神社にある。


3 恋する百子


 百子は神社に着いた。夕実に任せた第一班のメンバーが五班の仲間と共に戦っていた。

 百子はハル子の死に疑問を抱いていた。どうして、ふいにハル子はここで襲われたのか。ガードに当たっていた高校生のFを無事に自宅におくりつけた。

 そのスキをつかれた。それはわかる。ても、なぜここなのだ。


「麻子。夕実が見えない。わたしたちより先についているはずよ」

「了解。百子。わたし探してみる」


 百子は敵に近づいた。体から発散する気は真正のVではない。Vが陽光の下であんなに機敏に動けるはずがない。敵はRF(Vの従者)。たぶん、元は鬼沢組の男たちだ。真昼間から白刃を抜いての戦い。


 こんなことが、日常的に起きるなんて普通ではない。変化の時代の始まりを目にしているような感じだ。百子は近づきざま敵の腕を切り落とした。

 絶叫が境内に木霊した。「リーダー」ポニーテールの菜々が笑っている。

 子どもなのにイイ度胸だ。そこで百子は初めて菜々を5班に補充したことを思い出した。御成り忍群から離れて、独り立ちさせるためだ。


「麻子がきている。会ってきたら。境内の裏にいるはずよ」

「ありがとうございます」


 残りのメンバーが植え込みの陰から現れた。百子をみて勇気づいた。攻め立てられ、傷を負い敵は境内の裏に逃げだした。白昼からこんな刃傷沙汰が起きる。

 世の中が、かわってしまった。こんなの普通じゃない。


 そう思う百子の脳裡に少年V声がひびいてきた。


「いけない。百子。アイツラを追うな。危険過ぎる」

「あなたに、実体はあるのね。会ってみたい」

「もうじき、会えるから……」


 その言葉を聞いて百子の胸の動悸は高鳴った。

 顔がほてった。なんてことなの。クノイチだ。禁欲的修行もつんできた。

 異性にこころを奪われるなんてことはない。はずだ。それなのに。なんて、テイタラクだ。恥ずかしい。でも、少年Vの金髪の顔が眼先にチラチラする。 


4 美少年からの電話


「もうじき会えるから」


 という直接頭にひびいてきた声。そしてそれを聞いた百子。こころのざわめきを気取られまいとした。そのひとつ前の少年Vの言葉に問い返した。

「アイツラを追うなって、どういうこと」

「………………」

「わたしでは歯が立たない。そういうことなの……?」

 麻子がふりかえった。心配そうに百子を見守っている。独り言をいっていると、思われたくなかった。百子はテレ隠しもあった。百子は携帯をとりだして話しだした。


 ところが、予想をはるかに超えることが起こった。架かってきてもいない携帯。カラ電話に、こちらから、一方的に話していた百子なのに。画面では――。少年Vがそれも指でVサインをつくってほほえんでいる。


「危険すぎるってどういうこと!!」おもわず、声を荒げていた。

「アイツラは従者であって、従者ではない。Vとおなじ不死のものなのだよ。首を斬り落とすか、心臓をえぐりださない限り、すぐに再生する」

「そんなバカな」

「いや、ほんとだ。医学的改変がほどこされているらしいんだ。ぼくにも、よくはわからないけど」

「会って……もっと詳しくきかせて」

「ぼくはいいけど」シンプル過ぎる応えがもどってきた。

「モモチャン。ダレトハナシテルノカナ」麻子がからかうように近寄ってきた。


5 美少年Vの出現


「夕実班長が消えたよ」


 菜々が無邪気にいった。麻子が菜々の報告の後につづけた。


「抜け穴があったの。夕実さんがアイツラの後を追いかけた。止めたんだけど……」

「あぶないわ」悲鳴のような言葉がのこった。百子は麻子が戻って来た方角。境内の奥に走りだしていた。

「だめだよ。百子。危険すぎる」

 携帯は閉じたのに。まだ少年Vの声が。直接頭に聞こえている。

「どう危険なの」百子を追い越した菜々が石垣に掌を押しつけている。

「ここよ。ここ」まるで扉だ。悪意が噴き出してくる。

「菜々はここにのこって」

 

 菜々の不満そうな顔。

「百子リーダーの命令に従いなさい」麻子にいわれて納得した。

「わたしたちの帰りが遅かったら、桃加に連絡する。いいわね」

 麻子がつづけた。

 百子。麻子。そして五班のめんめん。

 が。

 洞窟。

 に。

 とびこむ。決断が早過ぎた。

 のではないか。ふいに、飛び込んだりして軽率ではなかったかと、タジログほどだ。抜け穴の内部には悪意が濃厚にたちこめていた。


 不覚にも、足もとが、ふらついた。前方を注意深く見詰めながら進む。透視能力とまではいかないが、薄闇の中を歩くには不自由しない。

 さすが、クノイチの集団だ。


「夕実……」

 低い声で呼ぶ。でも声は遠くまで届く。忍び独特の声だ。

「夕実。夕実。夕実」

 百子の頬がぴくぴく痙攣する。

 もうこれ以上仲間を失いたくはない。


 血しぶきをあげて倒れる夕実のイメージが脳裡にうかぶ。

 血だまりの中でもがく、夕実。死相が現れている。

 

 いままでにまったく経験したことのない悩みだった。クノイチにあるまじき悩みだった。夕実の死を恐れている。わたしは、死を恐れている。もうだれにも死なれたくない。


「百子――」

「夕実。夕実なの?」

「百ちゃん。おちついてよ」


 麻子が親友の声で言う。わざと、タメ口でいう。どうにかして。百子をいつもの冷静なリーダーにもどそうとしての配慮だ。麻子の目論見は成功したようだった。


 百子が立ち止まる。やはり聞こえる。

 こんどは、麻子たちにも聞こえた。

 たしかに、夕実の声。それも裂帛の気合。

 ずっと、奥の方だ。キェェー。夕実のレッパクノキアイだ。


「夕実!!」

 百子は全力疾走。前方に仄かな明かり。

 洞窟の中央に美少年Vがいた。動くたびに金髪が顔にかかる。

 美しい。幻想的だ。夢のなかのイメージそのままだった。

 少年は、でも受け流しているだけ。夕実が一方的に攻撃している。

 まるで。3D映画のように鮮やかだ。少年があまりに美しいので。

 非現実。非日常。百子が近寄っていく。


「やはり来てしまいましたね」

「えっ!? この少年知り合いですか?  リーダー」

 前進をジャマされている夕実が叫ぶ。


「警告です。ここから先へは進まないほうがいい」

 百子が頷いている。いつもの強気の百子がひるんでいる。

 すさまじい殺気が奥のほうから吹き寄せて来る。

 まったく想像も出来ない凶悪なものがやって来るようだ。


6 「逃げて!!」叫ぶ百子。


「撤退!! 撤退しよう」


 いままで決してなかった。戦わずに撤退する。退去。いままでにまったく経験したことのない屈辱の決断。クノイチにあるまじき決断だ。それも恐怖からでた叫び。に。近かった。多くの仲間に死なれた。悲惨な死を、この平和な平成の世なのに。見過ぎた。


 百子からでた命令だった。前方からとてつもない兇暴な悪意が迫ってきている。

 これだけのクノイチでは戦いきれない。

 そしてここは薄暗いトンネルの内部だ。

 狭い。暗い。ヤッラのテリトリーだ。


「ありがとう、百子。こんな会いかたはしたくはなかった。でも……ぼくの忠告を受けいれてくれて、ありがとう」

「はやく。早く逃げて!!」


 逃げて。などという言葉。

 百子が口にしたことが信じられない。

 みんなが、それでも後ろにすさる。

 そして、走りだそうとした。だが、だが、遅かった。 


7 人造吸血鬼


 少年Vの背後からやって来たものは。

 鬼沢剛三だった。パソコンで組員を自由自在に動かしていると噂の組長だ。

その実像はあまりしられていない。


「クノイチ忍者と子分どもが大騒ぎしている。会ってみればこんな小娘の集まりか」


 人造吸血鬼に変貌した鬼沢組のボスだ。

 それにしても、組事務所で一度会っているのに、おかしなセリフだ。

 顔を見ただけで、ソレと知れる。魁偉な容貌をしている。赤ら顔には爬虫類のような鱗模様。長く伸びた犬歯。尖った耳。赤光を放つ菱形の目。


「お初にお目にかかります。伊賀の忍び百々百子です。お見知りおきねがいます」

百子は初対面のアイサツをする。


「あんたには、この次はない。そんな古風な挨拶は抜きだ」

「剛三さん。止めてください」とV少年。

「裏切り者はあんたか。どうして真正吸血鬼のあんたが……」


「わたしたちVは生きるために血を求める。吸う。剛三さんは、ひとを殺して、血を吸う。吸わなくても生きていけるのに、ひとを殺す。そして血を吸う。まるでテロリストですね」

「裏切り者がなにほざく。このネエちゃんにホレタましたね」


 百子が十字手裏剣を剛三の喉元めがけて投げた。わずかに体をずらすことで避けられた。夕実がボウガンを発射しながら剛三に迫る。


「夕実!! ヤメテ!!!」


8 剛造の正体は


 手裏剣もボウガンの矢もヒットしない。

 剛三は獲物を前にニタニタ笑っている。

 こんなヤツに負けるわけにはいかない。


「夕実!! やめて」


 百子が叫ぶ。夕実は百子の制止をふりきって進む。


 剛三に体当たりをした。剛三は微動だにしない。

 それどころか、素早く夕実を抱え込んだ。うしろから夕実を拘束した。


 夕実の無念の表情がみえる。刺し貫いて。わたしごとコイツを刺して。

 夕実の狙いだ。じぶんが剛三に捕らえられることで。

 剛三を機敏に動けなくする。夕実の必死の顔。

 おねがい。刺して。みんなの恨みを晴らして。


 そんなことできるわけがない。


 剛三の顔が。牙が夕実の喉元にせまる。


 おねがい。百子。

 おねがい。リーダー。

 刺して。

 刺して。

 このとき、百子は聞いた。


「百子。目だ」


 百子は反応した。少年Vの声に。手裏剣は剛三の菱形の赤色に輝く目に突き立った。

 

 ギヤッ。と叫ぶ。剛三。夕実を前に突きとばした。

 みよ!! 剛三の体がマツプタツに避けた。ボディスーツを着ていたのだ。

 現われ出た剛三の真の姿は。


9 ???の野望

 

 抜け穴。というよりは。周囲はコンクリートで出来ている。


 正体を現したものは――。

 真の姿は――。


「室長??? どうしてあなたが。ここにいるのですか」


「百子。おまえには、わたしの真の姿を知らないまま死んでもらいたかった」


「逃げろ。百子」


 と、少年Vの叫び。そして、少年Vが百子をかばっている。


「まだ裏切りつづける気ですか。真正吸血鬼のあんたが、どうして」

「それは答えた。わたしは生きるため。キサマはじぶんの権勢を拡大するために人を抹殺する。お前こそ、人の血を吸っている者だ」

「裏切り者が、なにをいうか」


「百子、みんなを連れて逃げるんだ」

 頭に少年Vの思念が伝わって来る。

 ――あなたは、剛三の真の姿を知っていた。

 それで、わたしに警告を発していたのね。


 ありがとう。でも、わたしはコイツを見てしまった。


 コイツを許すわけにはいかない。わたしは戦う。コイツの謀略のために――。


 何人の仲間が死んでいったことか。いままでだって。Vストーカーに襲われる少女たちのために戦いつづけてきた。


「内閣調査室の木村室長、どうしてあなたが」

「室長だからこそ、こういうことになった」

「いままで多くの総理に仕えてきた室長だからこそ……の行動だというの」

「よくわかっているな。日本は政治から変革しなければならない」

「それが、木村さん。あなたがみずから人造吸血鬼となることと、どうつながるの」

「権力か欲しい。じぶんの意のママにこの国を動かしてみたい」

「わたしは、そんな、ことには関心がない。わたしたちの小さな幸せを害する者と戦う」


10少年Vの名は?


 百子、麻子、夕実。

 そして夕実の配下となった五班のめんめんが木村と睨みあっている。


「室長こそ裏切り者よ。あんただったら、総理がお忍びで思い出横丁に飲みにいったのをVにリークすることなど簡単ですものね。こちらの動きは全て筒抜けだったのね」


 木村は応えない。ニタニタ笑っているだけだ。木村の背後から鬼沢組の組員が現われた。

「遠慮するな。餌食にしろ!!」

「させるか」

 少年Vが右手をつきだす。

 なに!! 指先から鋼となった剣がとびだす。

「真正吸血鬼のぼくに逆らうの。あんたら、みんな再生不能の死をむかえるよ。死にたかったらどうぞおいで」

 少年Vは左手でカムオンのジェスチャをする。そのおいでおいでに誘われたのか。組員がドスをかまえて少年Vに襲いかかる。

「バカが!!」

 少年Vの右手がキラメイタ。

「そこまでだ」

 木村の手に拳銃が握られている。

「お前の心臓が右側についているのをおれが知らないとでもおもっているのか。一発でしとめてやる」


 百子の手裏剣。

 夕実のボウガン。

 麻子のコヅカ。


 が木村にトブ。

 よりもはやく。

 木村の拳銃からマズルフラッシュ。

 銃声。


「あなた」


 まだ少年Vの名前をきいていなかった。

 おもわず、百子は絶叫していた。少年Vは倒れなかった。


「ボディアーマーを着衣しているのは木村さんあんただけではないのですよ」

「ぬかせ!!」


 木村は不利をさとった。ジリジリと後退する。

 ――追うのは止めようよ。百子。この間に、光のさす外にでよう。


11 少年V胸に被弾


 鉄製の扉を押し開くと、黄金色に輝く太陽光の下に出た。

 扉の表側、は石垣に偽装されている。

 菜々が待っていた。

 少年Vを見るとサッと身構えた。

「このひとは味方だから」

 あわてて麻子がいう。


「よかった。みんな元気だったの」

 大人なら、〈無傷〉だったのと訊くところだろう。いかにも小学六年生のクノイチらしい。

 頭のシュシュが風にかすかに揺れている。うれしそうに麻子にかけよってハグする。


「心配してたよ。みんなが、もどってこなかったら、どうしたらいいか。そろそろ本部に連絡したほうがいいかなって、心配してたの」


 二十分は経過している。菜々はグチッタ。よほど心細かったのだろう。

 洞窟の内部では。Vの地下迷宮では時間の感覚まで狂ってしまった。と百子が思ったとき。少年Vがグラッと百子に倒れかかってきた。


 百子は――光が強すぎたの、と、声を掛けようとして、絶句した。

 右の胸に緑の染み。みるまに広がっていく。ただでさえ青白い顔が、さらに白くなる。血の気の失せた白さだ。防弾チョッキなど、着ていなかった。

 木村の放った凶弾は少年Vの胸を射ぬいていた。

「少しずれているから……」

「そんなことないでしょう。真っ青よ」

 救急車を呼ぶという百子に少年Vは首をよこにふった。寂しそうだ。

「いまの人間の医学はぼくらには適合しない。ぼくの部屋に連れてってくれ」

「バイクのリヤーシートに乗れる」


 少年Vは後部座席にまたがった。後ろから弱々しく百子の腰にしがみついた。

「わたしもいく」夕実がいうのを麻子が目で止めた。

「麻布霞町」少年Vがささやくような声で行き先をつげた。


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