第四章 菜々襲われる

1


 麻子の携帯がふるえた。

 開く。

 菜々からだ。


「麻子オネエ。わたしオソワレタミタイ」


 菜々がしょぼくれているときの声だ。


「どういう状況なの……」

「シュシュもっていかれたの」

 まるで子どもだ。しかたないか。最年少のクノイチ。修業中だ。まだ小学生なのだから。下校の途中でなにものかに、おそわれたらしい。


「後追っていいですか」


 がらりと声の調子がかわった。クノイチとして出動許可を求める声。


「それはいいけど。このまま話ながら追跡できる」

「路地から自転車で飛びだしてきたの。高校生みたいだったよ。さっとうしろから手をのばしてきたの。なにか刃ものもってたみたい。わたし殺気を感じた。首をすくめたので助かったみたい。でなかったら――首筋切られていた。……と思うの。首筋狙うなんて、あれって、やっぱVかしらね。オネエ」


 かなりヤバイことになっているらしい。麻子はバイクに飛び乗った。菜々の下校路はわかっている。駅前の商店街は歩行者オンリーだから、迂回した。

 菜々には人通りの少ない路を通学路にさせた。一般の小学生の影ガードもかねてのことだ。その菜々がおそわれた。


「蛍光ボールたたきつけたからね。ソイツの姿、見えないけど路に粉がとびちっている。戸沢美容院のほうにつづいているよ」

 走りながら話しているのに。息切れは感じられない。さすがよ。菜々。

 松戸や三郷市。柏で女児を襲う刃物男が出没している。

 それでクノイチ48のメンバーは、登下校の生徒の警戒態勢にはいっていた。

 わたしたちが、少女を守らなかったら――誰が守るの。そう考えていた瞬間、麻子のバイクの直前に自転車がとびこんできた。

 急ブレーキをかけた。バイクが横に流れた。危ないじゃないの。ののしりながら見れば――。背中から後輪まで赤く光っている。


2 少年の手にナイフが!!


 コイツね!!


「ターゲット発見。でもおよがせてみようよ。菜々」

「わたしも見つけたよ」


 菜々は本日開店の焼き肉屋の立て看板のかげに穏業。スゴイ。いつのまにか立て看板隠れ?  の術をあみだしている。 木トンの術の応用だ。わかいクノイチの環境にadjust、適応する能力。スゴイ。


 焼き肉屋からでる煙と立て看板に同化している。菜々がそこにいることには余人は気づくまい。菜々は自転車の少年を注視している。菜々と麻子。ふたりの視線が少年をとらえている。少年の眼は濁っていた。それでいてルナテックに妖しく光る眼で麻子をにらむ。


 走り去る。

 菜々が近寄ってくる。麻子はバイクを路肩にとめる。遠ざかっていく少年は視野にとらえている。


「ドウシタの、菜々。血が……」

「ヤダァ!! シュシュ切りとられた」


 ポニーテールがかわいくゆれている。そこにはシュシュはついていない。

 菜々は手でモギトラレタと思っていた。だが――。襟足に血がひとすじながれている。

 あぶなかった。 クノイチ菜々。反射能力抜群の菜々でなかったら血にまみれて路上に倒れていた。 それをなんども少年が刺していたろう。


 ナイフでシュシュを切りとられた。それをしって「アイツ、許せない」いまごろになって、怒りがバクハツした。 ポニーテールがぴんと直立しそうな気配だ。


「走って追いかけよう」


 麻子はバイクは路上に止めたまま放置する。ふたりは移動する。徒歩のほうが尾行には気づかれないだろう。少年は交差点を右に曲がった。

 公園のある方角だ。中学のある方角だ。


「百子リーダーにアシスト頼んでおこう」

「菜々も、イヤーな予感するよ」


3 少年は殺人鬼?


 M中学の学生が歩いてる。次第に、枝分かれする。

 自宅に向かって路地に曲がっていく。少年はまたやる気だ。

 菜々ではミスった。こんどこそはと獲物をあさっている。

 はるか前に、ポニーテールがゆれている。アイツはポニーテールフェチなのね。


「菜々。あの子、おそわれるよ!!  走って」

 少年の自転車がスピードを上げた。少女は気づいていない。少年が片手に刃ものをふりかざした。


「間にあわないよ!!」


 麻子はもっとはやく少年を確保すべきだった。と後悔する。


 少年の手にしたのはなんとナイフではない。ナタだ。


 菜々が走る。走る。走る。


 麻子は走りながら十字手裏剣をなげた。


 手裏剣が風をきってとぶ。


 少年がナタを振りおろす。


 追いついた菜々。


 飛び蹴りをかました。


 少年は自転車からふっとんだ。


 ナタを持った手に、麻子が走りながら投げた手裏剣が突き刺さっている。


「なんだよ。なんなんだよ」

 起きあがった。ニタニタ笑っている。

「なんだ、オマエか」

 少年はクスクス笑っている。

「わたしのシュシュ、返しなさいよ」

「しるか!! そんなもの。オマエもキザムぞ」

「バカ、何やっているのか、わかっているの」

 菜々をおそう気で立ち上がった少年に麻子が正面蹴りをカマス。

 少年は舗道にのびる。だが、ホイト、また起きあがってくる。

 あれ??? まだヤル気。少年は、ニタニタ不気味に笑っている。

 痛み感じていないみたい。

「逃がさないわよ」

「逃げるわけナイジャン。ぼく女の子、殺したいんだもん。本当はね、誰でもいいんだ。殺してみたいんだ。でも、女の子の悲鳴――好きだから。女の子が痛い、イタイイタイって泣き叫ぶ声、聞きたいんだ」


 麻子は少年の手からナタを奪い取った。プラスチックの民間用の手錠をかける。

「きみんち、この近く」

「そんなに遠くない」

 意外とスナオナ返事。いまやろうとしていたことの、重大性が分かっていないみたいだ。

 

 平然としている。

 反対に、おそわれかかった少女はガクガクふるえている。


「家のヒトに携帯して。それから念のため、住所と名前きいていいかな」

 少年は歩きだしている。足もともしっかりしている。

「直ぐ後おうから」

 菜々が後に残る。十数分も歩いたろうか。アパートの二階に案内された。

 ドアを開けるとスサマジイ臭気。乱雑な部屋の奥にベットが。

 ――死体が。男だ。麻子はかけよった。首筋に手を当てる。噛み傷がある。だが、まだ生きている。バイクの音が外でした。あの音は人狼のみんなが、駆けつけてきたのだ。


 瀕死の男はナント、竹原の仲間。

 行方不明になっていたセキュリティの町田警部補だった。

 警察手帳が床頭台の上に置いてあった。


4 少年の猫殺し。


 麻子は現場に残っていた。

 百子も美咲も駆けつけた。

 アリサも来た。

 ともかく仮死状態? の町田警部補は救急車で運ばれていった。


 どこから情報が漏れたのか。現場はマスコミも集まってきた。

 大変な騒ぎになった。菜々がもどって来ていた。


「なあに。これ!!」


 呆然としている。無理もない。いくらクノイチの修業をしているとはいつても。小学生、少女だ。草深い田舎街から出てきたばかりだ。

「なぁに、これ!! 猫の死骸よ」

 異臭のもとは押し入れにごろごろ投げ込まれていた猫の死骸だった。切断された猫であったもののパーツだった。猫好きの麻子としては絶対に許せる行為ではなかった。駈けつけた警官に少年の身柄をわたした。こうと知っていたら殴りつけておけばよかった。


 竹原が来て美咲と話している。麻子も呼ばれた。


「麻子さん、お手柄でしたね。ありがとう」

「あのかた助かるといいですね」

「すごいよ。麻子。行方不明だった町田警部補を発見したんだから」

「タスカルトイイネ」


 菜々がよってきてアドケナクいう。そうだ。きっかけは菜々が襲われてのことだった。


「菜々。傷は?」

「バンドエードはっておいたよ」

 ケロッとしたものだ。

「ユウヤ。ありがとうね」

 外で待機していた人狼のユウヤたちに礼をいう。

「みんなが来てくれたので、心強かったよ」

「あのガキ。なんだったのだ」

「たぶん。噛まれているとおもう。Vの従者。レンフイルドよ」

「猫の死骸だらけなんだって」


 うなずきながら麻子は歩きだした。マイクをつきつけられたら、何いっていいかわからない。路駐して置いたバイクまでもどった。


「麻子、オネエチャン。サンザンな一日だったね」

 バックシートで菜々がいう。しっかりと麻子に抱きついている。菜々は怖かったろう。修行と実戦ではこうもちがうものか。麻子も都会の闇にリアルに触れた。その実感だ。この都会は腐っている。空には皆既月食の月がいまのところはまだ光っていた。どこかでユウヤたちの配下の人狼の吠え声がしていた。 


5 少年Xの変貌


 所轄署の大森警察の取り調べ室。

 少年Xが自供をはじめた。

 透けて見える鏡のこちら側で竹原、百子と美咲はそれを聞いていた。

 本来なら直接少年Xの逮捕に貢献した麻子と菜々も同伴してくるはずだった。

 だが、菜々は未成年だ。それに少年Xに襲われた。そのあとの異常な展開でさすがに、疲れきっている。いったん、Vバスターズの本部で休養をとるために帰らせた。


「ぼくは公園のベンチであの人見つけたんだ」

取調官「どうして直ぐに警察に連絡しなかった」

「おれは警官だ。知らせなくていい。このまま死なせてくれって……いったんだよ」

取調官「なぜそんなことをいったんだろう?」

「そんなことわかんないよ。そしておれに噛みついたんだ」

取調官「噛みついた。ほんとか!!」

 取調官の動揺した口調が百子たちに伝わってきた。

 だれもが、少年Xの声に耳を澄ませた。

「肩をかして部屋に連れてくる途中で噛みつかれた。すまないな。すまないなって……。あやまっていたよ」

取締官「それで、いままで放っておいたのか」

「血を吸いたいっていうから、ネコを殺して血をすわせたよ。そのうちぼくも、血を飲みたくなって、少女をおそったんだ。初めてだよ」


 それは確認済みだった。あの地域でおそわれた少女はいなかった。おそわれたのがクノイチの菜々でよかった。もし普通の女児だったらと思い、美咲はぞっとした。

竹原も同じ思いなのか美咲の隣りで、しきりとうなづいていた。ふたりは肩が触れ合っている。

 百子は町田がVに噛まれていた事実を知って同情した。それで竹原たちとは会いたくなかったのだ。Vに噛まれていたのであれほどの傷があったのに、生きつづけていられたのだ。


 少年Xはヨダレをたらしていた。

 V化現象の現われる前兆だ。

 竹原が隣室に飛びこんでいった。少年Xがスチールのデスクにとびのった。竹原が後ろからおさえこんだ。

 少年Xは脚でデスクの上をけった。

 顔がみにくく紅潮している。

 爬虫類のような皮膚、ざらついている。

 ヨダレだらだらたれている。 


6 赤い月に吠えるもの。


「美咲!! 鍼を!!」

 部屋にとびこんだ二人。

 百子が美咲に叫ぶ。

 竹原がふりとばされそうだ。

 美咲はあたふたとしている。

 少年Xは脅威の体力で暴れ回っている。

「早く!! 鍼を打って」

 美咲は鍼灸用の鍼を手にしていた。

 細く長い。きらりと光った。

 どこに潜ませていたのか。

 それを尾骶骨に打ちこむ。

 少年Xの動きがピタリととまる。

 兇暴な動きと呻き声がピタリとおさまる。

 あまりのトッピな美咲の処置にみんな沈黙する。


 少年Xの異形への変化に驚き、恐れていた部屋の警官が。

 ほっと溜息をつくのがわかった。

 それにしてもあまりに突拍子な美咲の手さばき。

 あの鍼はどこからだしたのだ。

 あの鍼はいまどこにあるのだ。

 だれもが、疑問におもった。


「麻子さんの知識です。人狼との千年戦争のなかで学んだ経験です。人狼に噛まれて獣化するクノイチを。なんどかこの方法で救ったことが古文書にあるそうです」

 青ざめていた警官たちが平静に戻った。

「この間に、しつかりと拘束して留置所にいれたほうがいいですよ」

「いや百子さん。すぐにも本庁へ移動します」

 と竹原がいった。外は赤い月がでていた。どこかで獣の月に吠える声がしている。


 不気味な月、皆既月食の赤い月。やがて、月明かりのない皆既月食が始まる。やがて、月明かりのない、闇となるだろう。獣のざわめく夜だ。


7 虐殺の街。


「いまどこ?  百子」

 携帯を開くと麻子の声が叫んだ。

「総動員かけて百子!! なにかおかしいよ!!! ユウヤたちが騒いでいる。月食と関係あるみたい」

「わたしも赤い月に吠える人狼の声きいた」

 百子と美咲は竹原の車に同乗している。麻子と百子の携帯での会話。

「ともかく、注意して。ユウヤたちの血がさわぐということは、Vの活動も活発になるということよ」と麻子。

 麻子は不穏な気配を感じていたのだ。百子は携帯を切らないでいる。こちらの状況が麻子に刻々と伝わるように――。百子も同じ危険な気配を感じていた。百子の顔色から危険信号を美咲はよみとっている。百子と美咲は竹原の覆面パトカーに同乗していた。

 ただならぬ気配を美咲も感じている。

 百子と美咲は前方を注視する。

 前方の闇へ眼をすえたまま叫んでいた。


「あぶない。バンボ!!」

 美咲と竹原はもはやバデイ。一心同体だ。

 覆面パトカーで前を行く護送車を追っている。運転している竹原に美咲が声をかけた。

 対向車はない。ただ、闇の中に獣の目のような無数の小さな光が出現した。美咲の叫びは携帯から麻子にとどいている。


「わたしもそっちにいく。本部で休んでなんかいられないよ」

 携帯から麻子の声がしている。

「麻子と杉子も援護に駆けつけてくれるって。たしかにブッそうな夜になりそうね」

 百子は美咲に言葉をかける。

 携帯を閉じた。――百子も見た。前方に。

 

 ゾンビーが群れていた。どこから湧いて出たのだ。

 眼が獣のように光っている。

 麻子もわたしも、美咲も、みんなが感じていた不吉な胎動はこれだったのだ。

 新宿中央公園でのフンイキと同じだ。噛まれて従者になったレンフイルド。あやつられているRF。人狼からの警告の吠え声はこれだったのか。


「月の満ち欠けに反応しているのよ。そうか。皆既月食の夜だものね」

 美咲のコトバがおわらない。まだつづいている。前を行く少年Xを護送する車が蛇行している。


「アブナイ」


 竹原、百子、美咲の三人が同時に叫んだ。護送車が路肩にのりあげ、ポールに激突した。

 RFの群れを避けようとして――。ハンドルを切りそこなった。そうした状況だ。


「どう戦う??!!」

「まかして。バンボ。まさか拳銃で射殺するわけにはいかないでしょう。いくらVにあやつられていても。アイツラまだ人間だよ。東京都の都民よ」


 バンボ。バンボと竹原に呼びかける美咲におどろいている百子。あきれ顔だ。


「いつのまに、あんたたちそんなに、仲良くなってたのよ」

 と冷やかすわけにはいかない。緊急事態だ。竹原は転覆した護送車に向かって走りだした。百子と美咲は鍼を投げた。


 竹原の行く手を妨害するRFに鍼がザアッとふりそそぐ。夜目にも明らかにみえるヨダレをたらしたRF。じぶんたちが、なにをしているのかわかっていない。

 暗い路地口からハーレの轟音がひびいた。Vが、ユウヤたちに追いたてられて出現した。


 こいつらが、RFをあやつっていた元凶だ。大きい。2メートルちかくある。

 まだVとしての姿をしていない。そのほうがかえって不気味だ。

 ユウヤたちはバイクから降りない。巧みにバイクを操作してVと戦っている。

 片手でハンドルをきる。空いた手にspear、鉄パイプを尖らせた武器だ。

 中世の槍騎兵のようだ。容赦なくVに槍をつきたて、追い散らしている。


8 弓矢尽きるまで。


 ほんの一瞬でもいい。この光景を消せれば。

 ほんの一瞬でもいい。この光景を見なくてすめば。

 だが。現実は凄惨なバトルフイルドとなっていた。

「竹原さん。みんなを助けだして!!」

 竹原は転倒した護送車にかけよった。運転していた警官の顔は血まみれだ。

「美咲は竹原さんを守って」

 百子は美咲と竹原を守るために数歩前にでた。血に飢えたRFが群がってくる。

 襲ってくる。武器は何も持っていない。キョウシンのように両手を前につきだしている。ビルの狭間から赤い月がみえる。RFの影が長くのびて見える。


 月光を背後から浴びているからだ。百子はボウガンをかまえた。

 射る。

 当たる。

 射る。

 命中する。

 射る。

 射ぬく。

 射る。

 いずれの矢もみごとRFの喉元を貫く。

「百子!!」

 追いかけてきた杉子と菜々がバイクからとびおりる。

「リーダー」

 クノイチのcrewがつぎつぎとバイクではせ参じる。前列のクノイチは左ひざをつく。中腰にかまえる。後列は立ち位置で。それぞれ百子に倣いボウガンを連射する。

「美咲!! いまのうちに桜田門に急いで」

 さいわいエンジンには異常はなかった。ノウズのつぶれた護送車は――。

 RFのおしよせてくる正面を避けた。美咲が護送車の運転台に座っていた。

 右手をあげた。百子にアイサツをした。尾灯がビルの谷間の路地にきえていった。

「さあ。これからがわたしたちの戦いよ」


9「遅れてゴメン」


 どうして戦うのか?

 Vの脅威から少女たちを救うため?

 Vをはっきりと見ることのできるものが――。

 戦わなくて。

 だれが。

 戦うというのだ。

 普通の少女たちはショールのマキ方を研究したり。クリスマスの彼とのデートスポットを決めるのに。こころを砕き。悩み。キャアキャアさわいでいる。それでいいのだ。それが平成の平和だ。


 ワタシタチクノイチには戦いの冬が目前に在る。街を行くひとたちには壮大なロケとしか映らない。百子はこころのイメージを消し去るように矢を放った。今宵もわたしたちのなかから犠牲者がでる。無名のクノイチとして散った仲間のひとりひとりを。思いうかべた。わたしに、もっと力があれば、彼女たちは死なずに済んだ。


 ごめんね。仇はとりつづけるから。Vを滅ぼすまで戦う。この都会がわたしたちの戦場だ。そして百子はふいに気づいた。Vと戦っている麻子たちを救援しなければ。

 RFはただジワジジワと迫ってくるだけだ。直接の被害はこちらにはまだない。

「あとは任せたわよ」

 人狼ユウヤたちは薄暗い路地に誘いこまれていた。バイクを捨てて徒歩となっていた。麻子と杉子がVの群れに囲まれていた。


「遅れてゴメン」

 気合いのように百子は叫んだ。抜刀して、跳躍した。白刃一閃。Vの首を二つ同時に斬りおとす。

「百子!!」

 麻子も精気に満ちた声で目の前のVの心臓に剣をつきたてた。

 抉った。三個のVの胴体が路上に倒れた。

「あぶなかったよ。百子ありがとう」

「なにいうの。まだまだその元気。さすが御成り忍群。最強のクノイチよ!! すばらしいわよ」


10 ケンの恋。


 Vは首を斬り落とさないと死なない。Vは心臓を貫かないと消滅しない。

 首を斬るには身長差があるから――。跳躍して斬りつける。Vは右胸心臓のものがおおいから苦労する。心臓を一突きしたつもりでも――。無傷に近いときがある。

コイツモ、右か!! 心臓を突いたのにまったくひるまない。

 さっと杉子は後ろに跳んだ。杉子の残像をVの腕が薙いだ。もちろん鉤爪が長くのび光っている。さらに長く伸びる。杉子の胸元へ――

「杉子!!」

 杉子よりも早く――。人狼のサブキャップのケンが――。Vのふところにとびこんだ。

「杉子――。怪我はないか!!」

「おやおや。おまえらそういう関係か」Vがセセラ笑っている。

 ケンがspearを、杉子がVを突いた剣の傷跡につきたてた。

「おなじところを突いている。おまえらバカか」

「Vにそんなこといわれたくないよ」


 杉子がケンの背中を走りあがった。ケンの肩をけった。高く中空に舞い上がった。Vの首を横に薙いだ。刃がはねかえされた。金属音がした。

「ウウイテエ」

 Vが首を横にかしげて回している。

「ネックガードをしてきてよかったな」

 ニヤニヤ不気味に笑っている。ケンのからだが崩れた。倒れた。胸にspearが逆に突き刺さっている。

 Vは突きたてられたspearの中ほどを左手で掴みとっていた。そのままケンに向かって突き刺したのだ。穂先はじぶんの胸に納めたままだ。

 何てやつだ。何という力だ。ケンのカッと見ひらかれた双眸は驚愕の色をうかべていた。

 

 瞳は――。

 胸を刺されて――。

 なお、嘲笑するVの顔を映している。

 槍の石付きが――ケンの胸につきたっていた。

 ぐいと腕にちからをいれてくる。

「タァッ!!」

 杉子がVのspearを握った手を斬り落とす。

 百子は杉子の背中を駆け上がった。先ほどの杉子の技を真似た、虚空に飛びVの脳天に刃を突きたてた。


11 ケン、あなたとわたしはバディだよ。


 杉子もおれも、まちがいなくVの急所は突いた。外していない。確かな手ごたえがあった。それなのに、Vを倒せなかった。いままでのヤッは、あれで灰にできたのに。


「ケン!!」

 ユウヤの声だ。

「どうしてだ。人狼に変身しなければ勝てる相手じゃない。どうして変身しなかった」

「杉子にはおれの毛むくじゃらの姿みせたくなかった」

 モミアゲから顎にかけて多い毛。多毛な腕。のユウヤが苦笑いしている。

「すまない。とじだ。おれは」

「ケン。あなたなら毛だらけになっても好きよ。あなたと組めてよかった。わたしたちはバディ(相棒)だよ。死んでも離れないよ」

「……なにいってるんだ。杉子。おまえのことは、守りぬいたはずだ」

 あとのコトバは声にならなかった。杉子の胸が、血でグッショリとぬれている。

 やはりアイツ鉤爪でえぐられていた。それなのに、なんという意志の力だ。


 愛するケンを守るのに必死だった。命を掛けた。ケナゲナいかにもクノイチらしい行動だった。杉子は鉤爪を突き立てらいていた。おれには見えなかった。


 女忍者の極みの働きだった。

 もっと早くコクっておけばよかった。

「杉子、好きだ。愛している」

 杉子とケン。ふたりは、ドット重なるように倒れた。

 麻子が杉子の手をとった。

 百子がケンの手をその上に重ねた。

 

 ふたりには。

 じぶんたちで。

 手を握り合わせるだけの力は。

 残っていなかった。

 ……でも、でも……杉子の指がかすかに動いた。

 ケンの手のなかで、何かにすがるように動いた。

 ケンと手と手を触れ合っている。

 ふたりはつながっていると確かめるように――。

 そして目じりに涙が浮かんでいた。

 

 こぼれ出るほどではないが、涙の一滴が目じりで光っていた。

 涙の中にケンの顔がうっている。

 ケンと杉子。こうして。死んではじめて手を握り合った。

 麻子と百子の手が、ふたりの手に重なる。

 ふたりの、ケンと杉子の手はまだあたたかかった。

 四人の手に麻子と百子のながす涙がハラハラとこぼれ落ちた。


「麻子。すまない。わたしがあなたたちに声をかけなければ……杉子は死なずにすんだ……」

「故郷にもどろうとは考えていない。この都会はイイ死に場所よ」

 ユウヤが月に吠えた。ケンの死を悼んで、赤い月に吠えた。

 夜の闇にクノイチの少女と人狼が消えていった。


12 クノイチ、九字を切る。


 クノイチ48のcrewが、白刃片手に集まってきた。

 菜々は杉子の亡骸にとりすがって泣きだした。

 涙をボロボロとこぼしている。


「どうして杉子オネエチャン。死んじゃったの。菜々があたらしいシュシュかっても見せられないよ」 


 あとのものは、切っ先を天に向かって上げた。月光を浴びて刀の穂波がキラキラと輝いた。刀のツバを打ちあわせて杉子の魂を天国へと送った。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

 百子が唱える。クノイチが唱和する。

 百子の脳裡にははじめて杉子に会ったときの彼女の勇姿が浮かんでいた。

 共に枕をならべて討ち死にしたケン。

 あのとき杉子はケンと闘った。

 あの頃はすでにお互いに好きだったのだろう。

 クノイチの実のらぬ恋を思った。哀れでならなかった。


「RFのほうはどうしたの」

「蹴散らしました」

「逃げました」

「鎮圧しました」

 それぞれの応えがもどってきた。おかしい。確かにここビルの谷間の狭間でも、Vの気配が薄くなっている。闇の奥で人狼とVの戦う気配が充満していたのに。いまは、潮が引くように遠のいてしまった。バイクのエクゾースト・ノウズが煙を吐いて止まった。


「百子リーダー。ナニカヘンダ」

 ユウヤだった。彼も気づいている。

 ケンの死を悼んでいた声に不安が混入している。

 確かにおかしい。こんなに、簡単に引き上げるVではない。

 始まりは少年Xの搬送の途中でRFの群れにおそわれたのだ。

 そうだ。ヤッラのねらいは少年Xだ。かれを訊問されることをVは嫌っている。

 阻止しょうとしている。なにか少年Xに知られているのか。

 不都合なことを目撃されているのか。百子は美咲に携帯した。

 返事がない。


13 アリサ総理官邸へ。


「美咲――さんは?」

 翔子のバイクのバックシートからアリサがとびおりた。かなりアワテテいる。

「美咲さんは」

「ストーカーの少年を本庁に搬送していった」

「胸騒ぎがするので美咲さんに連絡してください。翔子さんのところでわたしお手伝いしていたの。美加子さんに理科教えていたの」

 

 アリサが手短にここに翔子と駈けつけた経緯を説明する。

「こちらからは?」

 美咲に連絡ができない。携帯をきっているようだ。百子が首をよこにふる。

「それが翔子。だめなの」

「今夜は皆既月食。しまった!!」

 アリサが興奮している。なにか気がついたらしい。

 どうしょう。どうしょう、とアリサはあわてている。

「翔子さん。もういちどのせて。総理官邸へ向かって。みなさんも!! おねがい。

「なにも訊かないでついて来て」

「青山通りをいったほうが近いわよ」

 翔子があとからくるクノイチに声をかける。

 なぜなの? アリサ、なぜそんなにあわてているの。

 

 なぜなの? アリサ、総理官邸に美咲がいるとわかるの。

 

 訊きたいことはたくさんある。でもアリサの真剣な眼差しに圧倒された。

 なにか起きているのだ。百子たちは従った。

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