第二章 帝都東京はシゲキテキ

1 麻子の休日


「ワア。杉子。わたしたち竹下通り肌で感じてる」


 ポニーテールの菜々がピンクのシェシェを買って店からでてきた。

 アリサもシェシェを黒髪につけている。アリサは菜々に追いついた。


「菜々ちゃん、スゴク似合ってるよ」


 Vに切りとられて失ったシェシェの代替えを買えて菜々はよろこんでいる。

もともと集団で生活していた。一つ屋根の下で子どものときから姉妹のように育っ

てきた。麻子、杉子、菜々の三人とも、freeのときにはみんなタメ口だ。そこにアリサもとけこんでいる。麻子たちには東京に出てから初めての休日だ。


 週1の休日がある。サラリー制。生命保険にも入っている。要人、個人的なストーカー予防のガードまで料金制度の明確なVampireバスターズだ。


 思いおもいそれぞれ行きたいところはちがう。


「御成りのみなさんは、今日は集団で行動したほうがいいわ」


 美咲をご一緒させる。という百子の気配りに甘えた。


 地下鉄の路線図。網の目のように色分けされている。もっとも美咲から渡された。図は一枚。麻子のチーム総勢19人。目で見て瞬時に覚えた。初めての街に忍ぶ。敵の城に忍んでも。街の道路も、城の廊下も入り組んでいる。それをすばやく覚えるのも――。忍びの者の基本だ。


 記憶力のよさはDNAのなかに組み込まれている。野州は鹿沼、御成り忍群。クノイチだ。


「いろいろお店があるのね」

 ケヤキを通りに面したカフェテラス。麻子が美咲に話しかけていた。落葉の通りを見ている。美咲の隣にはゴスロリ・ファッション。の……。アリサが澄ましてコーヒーをのんでいる。


「そうなのよ。桜田門のほうはモメテルミタイ」


 麻子は美咲のことばに耳を傾けている。だが忍びにだけツウジル目線。で――。だれかにミラレテイル。とサインをおくった。


 集団だとわからないように他の仲間はバラケテ席についている。

 外からの痛いほどの視線。だがさりげなく。麻子はニコニコ顔。


「総理の警備に当たっていた竹原以外の二人の行方があれからわからないのよ」


 いっきに小声で美咲がつづけた。拉致された総理を追尾した。監禁されていた場所から救出した。クノイチの活躍がアッパレすぎた。


「竹原はおほめにあずかったらしいけれど」


 あら、美咲。竹原さんとの仲がより親密になっているみたい。


2 狙撃される


 見られている。狙われている。その視線を感じる。あるいは、白昼でも歩きまわる吸血鬼、day walkerかもしれない。


 あの総理の拉致事件だっておかしい。メチャおかしい。ふつう、拉致や誘拐があった場合。犯行声明とか、金か、何か要求があるはずだ。


 総理を救出するのが、早すぎた。犯人にとったら不測の事態だったのか? それで、なにもできないまま、総理を連れ戻されてしまった。そんなところなのだろうか?  総理大臣官邸警備隊のなかに内通者。敵と通じている裏切り者がいる。


 総理の個人的な外出につきそった3人のうち。怪我をした竹原以外の二人、チーフの小田垣警部と町田警部補の行方がわからないでいる。


 これってオカシイ。必ずなにかある。美咲はそう思っている。

 アリサのコーヒーカップがビシッとクダケタ。

 銃声は聞こえなかった。

 でも。銃による狙撃だ。


「みんな伏せて」


 周りでも、異常事態に気づいたものがいる。悲鳴がおきた。あたふたと、テラスから逃げ出す。それを利用した。美咲とクノイチガールズは店の奥に逃げこんだ。


3 狙撃されているの


「美咲。アーバンライフってスリリング」と麻子。


「いきなり狙撃された。おどろきだわ」杉子。


「わたしも。おどろきです」ピンクのシェシェの菜々。


 三人ともまったくおどろいていない。美咲はVバスターズの本部に連絡をいれる。

 夕美がでた。


「メンバーを手配する。あまり動かないほうがいいよ」


 店の中はパニック。さいわい美咲たちが標的とはだれも気づいていない。柱の影に立つ。美咲は道路の向こうを見る。なにも怪しい気配はない。街行く人は、この変事にはまったく気づいていない。――どうして、わたしたちが狙われるの。


 わたしたちが街に遊びにでたなんてだれも知らないはずだわ。それともたえず、見張られているのかしら。


 総理の外出だってつつぬけだった。と竹原さんがいっていた。まさに情報戦争。どこからか漏れる。リークするものがいる。どうして? なんて醜いの。どうして、そういうことが起きるの。


 仲間を裏切ったり。殺しあったり。Vの侵攻にあっているのに。自衛しなくてはならないのに。人間同士で争っている場合でないし。美咲の携帯がなる。


 デスプレイには。bamboo。竹原からだ。


「美咲か。小田垣主任の死体があがった」

 戦慄の事実が知らされた。

「おい。声がおかいしぞ。どうした?」

 美咲は現況を簡潔に説明する。

「すぐいく。ムチャするな」

「まだ病院じゃなかったの」

「タクシーから携帯している。すぐ着くから」


 美咲の心にほんのりとした温かさが伝わってきた。竹原がわたしのために駆けつけてくる。わたしの心配をしてくれる。わたしのことをこころにかけてくれている男がいる。うれしい。


4 狙撃者はだれなの?


 竹原のあのたくましい腕で抱きしめてもらいたい。キチョウメンだ。使命感にもえている。責任感が強い。イヤチャウ。そんなことより。イケメンダ。それも、カナリ、わたしのコノミ。サムライ面だ。動けないまま、時間だけが過ぎる。


 バカ。こんなときに男にうつつをぬかしているな。

 タクシーが向かいの路肩に止まった。いま美咲が想っていた竹原が降り立った。

降り立ったが――。松葉杖をついている。ヤダー。まだ治っていない。病院にいなきゃだめだよ。ムリしちゃって……。わたしのために――。


 胸がジュンときた。ほのぼのとする。どころじゃない。涙がでそう。

 竹原は道端でアクセサリーを売っている中近東の男と話している。

 すぐにこちらに近づいてこない。さすが。


 そして、美咲は気づく。向こう側に。竹原の背後のビルに狙撃者がひそんでいたら。あるいはビルの狭間にいたら。竹原が気づくかもしれない。でも――。竹原にはなんのリアクションも現れない。ということは、狙撃者はわたしたちが座っていた。カフェテラスの側、歩道から撃ってきたのかも。美咲は外にとびだした。


 きた!

 臭う!!

 硝煙の臭い!!!


 やはり、この歩道に狙撃犯はいたのだ。ここを歩いて来たのだ。甲状腺専門の伊藤病院のほうにつづいている。その先に地下鉄への降り口。


5 チンピラ


 千代田線の表参道駅へのB2の降り口だ。雑踏にまぎれた。遺された臭いは薄くなる。かすかな遺臭。絹糸のように。細く幽かに。雑踏をぬっていく硝煙の。物騒な臭い。左折すれば。青山一丁目。双子ビル。ホンダの本社ビル。の。方角だ。右折した。渋谷方面だ。ふたたび。表参道駅への降り口。B3。こんどは半蔵門線だ。服部半蔵。伊賀の里の英雄の名前がついている。


 わたしたちクノイチの誇りだ。服部半蔵の名前にこころを励まされながら走る。

 ふたたび、群衆。ひとが往き交っている。臭いはとぎれた。

 臭いからでは犯人像は特定できない。麻田総理のときのように。化粧品の匂いもしない。男だって化粧する。それなのに、無臭の男。いや男とは決めつけられない。ヒットウーマンがいる時代だ。 La Porte Aoyamaのまえで臭いはとだえてしまった。


 そのかわり――。

 なにか、いらいらするようなとげとげしい空気。それをとりまく悪意のうず。

 いた。一段とひくくなったエントランス前の広場ベンチに。デッキ状の床に――。少女。


「美咲さん。あの子、助けてあげて」

「アリサちゃん、ついてきていたの」

「心配だから」

「危険なのに……わたしのこと、心配してくれたの」

「…………」

「わたしはクノイチよ。危険なことには慣れているの。ダイジョウブ。竹原さんもいま来るわ」


 少女にチンピラがからんでいる。少女はおびえている。近寄る。


「なんだ。オネエチャン」


 ナンパしていた。チンピラがすごむ。見過ごすわけにはいかない。 


6  アリサの謎、深まる?


 脅すだけ。恐がらせるだけで、じぶんが恐怖を感じたことはない。天下無敵のチンピラだ。 単細胞だ。少女はふるえていた。木製のベンチから立ち上がれないでいた。恐くて声がでない。 カタマッテイル。だれかタスケテ。その声なき声が美咲にとどいた。


「タイマンはるき。草食男になにができるの。見せてもらおうじゃないの」


 男の無言のストレートが美咲の顔面に――。ヒット。はしなかった。とどかなかった。 美咲はバシッと手の平で受けた。受けて……。 手くびをねじる。相手は3mもふっとんだ。古武道。 忍者柔術。百地流の投げ技だ。


「出井!!」

 三人残っているうちのひとりの仲間が叫んだ。

「橋身!!」

 出井が叫びかえした。橋身が両手を前に突きだした。なにか念じた。 バント、なにもない中空で出井の落下が止まった。出井の体がゆっくりと着地した。


 時間が停止したみたいだ。 いやちがう。なにか見えない壁があるみたい。

「妖閉空間よ!!」 アリサの声だ。

 いつのまに、まだ……ついてきていたの?? 出井がニヤリと笑った。顔が!!! すっかりかわっている。ユニクロのフリースのベストの胸の内側。ネズミでも這っているようだ。 ゾワゾワっとうごめく。変形した。


「カカッタナ。かかったな。kakatutana」

「美咲。Vだよ」 アリサが構えている。 伊賀の忍びの低い蜘蛛のような構え。


 えっ!!!!  また謎が深まる。このコには助けは必要ではなかった。 ――のかもしれない。かなりできる。クノイチそのものだ。


 そして、すっかりVの。どこからみても。イカツイ顔の出井が、近寄ってつてくる。 硝煙の臭いがする。


「あんただったのね。どうして?」


7 妖閉空間


「どうしてはないだろう。せっかくご招待したのに」


 陰にこもった、大人びた声。見かけよりも、はるかに年とっている。

 だいいち、Vには小刻みな年齢区分などあるわけがない。


 麻子が駆けつけてきた。杉子も。カワイイシユシユの菜々も。そして御成り忍群のみんな。松葉杖をついた竹原も来た。だがみんな。だれもが。美咲の周りでキョロキョロしている。見えていない。美咲とアリサのことを見つけられないのだ。


 すぐそばにいる。手を伸ばせばとどく距離。至近距離にいるのに。

 この妖閉空間に閉じ込められたわたしたちが。見えないのだ。

 こちらからは見える。竹原がおろおろしている。なにか叫んでいる。

 美咲は泣きたくなった。わたしのことを、あんなに心配してくれている男のひとがいる。わたしたちの姿が。視界に入らないのだ。


「どうだ。たのしいか」

 出井はじゅうぶん楽しんでいる。

「生きてここから出られると思うな」

 橋身が構える。ふたりとも?  Vに変形した。外から絶対に見られない。自信があるのだ。鉤爪がおそってきた。ビュと風をきる音。


8 アリサ!! 木の葉隠れよ。


 危うくかわし。

 上半身を直角に。いや、それ以上前に倒して避けた。

 背中のバックパックをもっていかれる。ところだった。

 それほど橋身の動きは速い。こちらの反射能力がおかしい。思うように動けない。女の子を助けなければ。アリサをかばわなければ。それからじぶんの身を守る。それで精一杯だ。美咲はそのまま伏せた。


 タイル張りの床は冷えていた。顔にかさかさしたものが触れた。

 落ち葉だ。 落葉だ。木のハッパだ。デッキの床にはケヤキの落葉がつもっていた。 すぐ横にアリサも平面になっていた。そうだ。アリサがさきに床と平行にかまえたのだ。 それを見ていたからだ。それで……。わたしも、敵の横からの攻撃を避けるために。 伏せたのだ。 鼓動が高鳴っている。息遣いがあらい。


 このままでは、ヤラレル。 光が屈折している。上からの攻撃。立体的な攻撃なら避けやすい。 体を回転させた。橋身の爪が床にあたった。チャリンと音がした。火花が散った。 光が屈折している。 横からの攻撃だったら。避けきれなかった。見切りに狂いが生じた。危うく、かわした。ここはVのshieldのなかだ。ここは透明性熱線遮蔽幕の内側なのだ。


 Vが太陽熱を避けるためのdeviceのなかに閉じこめられている。 このままでは、ふたりを助けるどころではない。わたしが、やられてしまう。 息が詰まる。気を失いそうだ。 モウダメ。苦しい。


「アリサ。木の葉隠れよ」


 その言葉だけでアリサは理解した。ナルトのフアンなのかしら。床の枯れ葉が――。 巨大な洗濯機のドラムのなかに。 吸い込まれたように。とりこまれたように。 集まってきて渦となった。おどろいたことに。その回転に吸い寄せられて。

床すれすれの外部からも――。 原宿の舗道に散っていたケヤキの落ち葉が。大量に。流入してくる。侵入してくる。


 床と幕の間に、すき間があるのだ。無数の枯れ葉の舞が。渦が。Vの視界を狂わせた。枯れ葉が音をたてて渦巻いている。 息がつまる。


「アリサ。これは幕よ!!」


 勘のいいコだわ。ふたりは抱き合って一つの餅のようになった。床と平面になった。 光遮蔽型の幕のドームから転げでた。


9 ホウヨウされた美咲。


「キャー」


 菜々が悲鳴をあげた。菜々の足もとに不意に美咲とアリサが転げ出たのだ。


「あら、美咲さん、そうゆうシュミがあったの」

「ちがう。ちがう」


 あわてて美咲は否定する。立ちあがる。


「麻子にからかわれているのよ」と杉子。

「美咲。どこから出てきた? どこにいた」


 不審尋問にあっているようだ。松葉杖がタイルの床ですべった。竹原の手を離れた。美咲が倒れそうになった竹原を支えた。竹原の顔は傷の痛みにゆがんでいる。


 美咲が抱きとめる。


「その方が似合いですよ、美咲さん」とアリサ。

 アリサはベンチに横たわっている少女を介抱している。

 落ち葉の乱舞するつむじ風が渋谷方面に吹き過ぎていく。


 ふいに、舗道に無数の葉が舞い落ちる。あとには、Vの影はない。


「敵もさるものだ。葉がくれを逆に利用して逃げたな」

 頭の上で竹原の声がしている。わたしこのままでいたい。

 竹原さんのたくましい腕の中にいたい。


 これって抱擁だ。


 恋人同士のホウヨウだ。Vと戦っていたときよりも。胸の鼓動はたかなっていた。このまま、時間が止まってしまえばいい。このまま、竹原さんの胸に顔をうめていたい。このまま、時間がすぎなければいいのに。


 このまま、じっとしていたい。


10 あそこは吸血鬼の巣なの


 アリサがベンチの少女にネームを訊いている。


「鷹野美加子。わたしいきたくない。わたしいきたくない。わたし日輪学園の生徒なの。あそここわい。あそこ吸血鬼の巣なのよ」

「わかった。わかったからゆっくりと話して」


 どうやら、美加子はVにつけられていた。Vの存在を視認できる能力がある。

 その恐怖と戦う術はしらない。 でも――。マインド・shiedを張りダメージを防ぐことは出来る。 アリサがスキャンしようとした。味方と知って、こころの防御を解いたのだ。


 広場のベンチで話しつづける話題ではない。少し歩いた。 ご当地栃木B級グルメ『焼きそば』という看板が目にはいった。 アリサは美加子の話しを聞き出している。 菜々も加わっている。菜々が大人びて見える。まだ菜々だけは小学生なのに。

 

 菜々は鹿沼の出だから、栃木弁。なぜか、アリサも栃木弁をなんなく使って菜々と会話をしている。 三人とも同じくらいの年に見える。


「おかあさんが、日輪を休むと怒るの。みんなそうみたい。受験生だから。あと100日戦争だなんていう学園のキャッチにまどわされているの。1クラス50人も入っている。プリントわたされて空欄に英語なんて、単語書きこむだけ。ぜんぜん勉強にならない。それでも休むなというの。先生も親も。ヒドクナイ」


 アリサと菜々がウンウンとコミックみたいに頷いている。


「ヤングを洗脳しているのね」

 三人の会話のジャマにならないように。声を低めて美咲が麻子にいう。あそこは日輪教の予備校だ。 とんだ東京案内になった。クノイチには休日は似あわないようだ。竹原はもどっていった。 あまりながく病院を抜け出してはいられない。


 携帯が鳴る。 マナーモードにしてなかった。百子からだ。美咲はアリサたちに気配りをした。 席を立つ。

「原宿でモメテルって……通報」

「ああ、それわたしたち」

 みなまでいわせず、すばやく美咲が応える。

「それより頭領」

「美咲に頭領と呼ばれるときは、ホットニュースね」

「日輪学園がまたワルサをはじめたようです」

 美加子のことを報告する。

「保護する必要があるみたいね。いいわ。受験勉強に明るいひとをつけるから――西早稲田の『ムラカミ塾』の翔子さんにおねがいしてみるわ」


 あのひとも、吸血鬼と戦っている。美加子のことを預かってくれるだろう。むしろ、親たちをどう説得するかが。 問題だ。吸血鬼がいるなんていえないよね。という百子の戸惑ったような声で会話はとぎれた。 


 ガタンという音がした。アリサと菜々が立ち上がっている。美加子にこともあろうに。 吸血鬼化現象があらわれている。白い歯をむき出した。乱杭歯。犬歯が長く伸びて来た。 目が赤く光っている。やはり、すでに噛まれていたのだ。

「やめてぇ!!!!」

 アリサが叫ぶ。


11 よろこんで噛まれているの


「安心して。あなたがVになるわけがない。いつ噛まれたの?」

 アリサはじぶんが噛まれる。美加子に噛まれるかもしれない。危険をおかしてまで。悲しそうな顔で。しっかりと。抱きしめている。美加子を抱きしめている。

サメ肌に変わろうとしていたのに。ゾロッと犬歯がのびかけていたのが。もとにもどる。


「昨日の夜の授業のとき……わたしが、さいごのひとりだった。わたしだけ噛まれるのをこばんでいたから。先生が、わかくてハーフで、トワイライトのイケメン、エドワード似だから……みんなよろこんで噛まれているの」


 ――ああ、なんてことかしら。盲点だった。わたしたちは、Vと戦うことばかりに精力をかたむけて来た。若い世代がVに侵されていくのに気づいていなかった。夜道でVに襲われそうなひとのガードにばかり気をくばってきた。学校とか塾にVがいるなんて……。

 受験どころのさわぎではない。美加子はすぐに入院させる。東都病院の地下にV対策病棟がある。


「東京案内観光ツアーはみなさん、日輪学園の偵察にきりかえます」

「美咲。そのほうがわたしたちらしいよ」

 麻子が同意した。

「しかし、東京がこんなことになっているとは……ね」

「まだ一日たっていない。そいつを、美加子を噛んだVを倒せば、病院で血清を打つと同じ効果が得られるわ」

 美咲は忘れていたことを思いだした。レストランにもどった。狙撃されたドサクサで会計をすませてなかった。


12 美咲の恋のはじまり


 美加子を噛んだVを探せば。と美咲は気安めをいった。Vはこちらからは探しあてることは至難だ。向こうから美加子を再度襲ってくれない限り。この広い東京では見つけだせない。美加子は日輪学園の場所を麻子たちに教えただけで、サビシイそうな顔をしていた。美加子は東都病院に特設されているV対策病棟に入院した。


 母親がかけつけて涙の面会になった。


「受験どうするのよ。池袋女子学園高等部を受験するのよ。塾は休むの?」

 ソノ塾で、噛まれたとはいえない。アソコが吸血鬼の巣だなんて。いえない。

だいいち大人には――。吸血鬼の存在を説明しても――。受け入れてもらえない。

想像力の涸渇した。現実主義者の大人には。まったく、現実がみえていない。


 部屋はきまずい雰囲気になってしまった。原宿での事件の二日後。

 美咲の待ちにまったオフの日がきた。美咲は素ピンのまま、竹原に会いにでかけた。どうせバイクだ。髪がたを気にすることもない。お化粧もしない。


 麻子たちが参入してくれた。それで確実に週に一日は定休がくる。つごうによったら、2日は休める。


 クノイチを組織したときに。できるだけあたらしい経営法を採用した。

 百子のきくばりだ。医学生なのに、経営の感性もすぐれている。非営利主義のクノイチのグループに金銭感覚を教育したのも百子だ。世の中はすべてお金を潤滑油として動く。百子はすごい。さすが、東大医学部留年中……その上、経済原理主義をよく理解している……と美咲は百子をリスペクトしている。


「バイクできたか」

「はいっ」

 上司にたいする調子だ。美咲はコチコチになっている。竹原がリンゴをサイドボートら取り出した。


「あっ。わたしむきますから」

 竹原からリンゴをうけとる。竹原の手が美咲の手にふれた。火ぶくれになるのではないか。ポウットモエルヨウニ。熱くなった。わたし竹原さんが好き、とVを追尾していたときに想った。


 あのときは、胸がほのぼのと温かくなった。

 えっ。こんどのこれ……なに??? 竹原さん。大好きだァ。

「美咲。どうした」

 美咲だなんて、呼びかけられて。わたし、どうしょう。 


13 受験勉強教えてあげる


「わたしどうしょう? 受験まで、あと100日なのよ」

 同じころ、アリサは美加子を新宿河田町の東都病院に見舞っていた。V対策病棟は地下三階にある。外部との接触を警戒している。噛み親に。二度、噛まれてしまえば――。手のほどこしようがない。それで面会にも厳しい規制がある。


「美加子の危機を救った友だち」

 アリサはそうセキュリティのPCに登録されている。

「わたしが教えにかよってきてもいいよ」

「だって、アリサ……わたしと同じくらいの年でしょう」

「わたしには、受験勉強は関係ないの」

「どうして? 特待生? 」

「そんなんじゃないよ」

「だって、中三でしょう」

「ほら、あんまりいろんなこと考えないで」


 美加子は納得できない顔。で。だまった。


14  わたしってドジね


 美咲は恥ずかしくてだまりこんでいた。

「なんだ、手をきったのか」

 リンゴをむきなから……。ナイフでチクンと手を……。信じられない。

 ドジ。 美咲のドジ。クノイチが果物ナイフで指を切るなんて、笑っちゃうね。

刃モノが恐いなんて――。自虐ネタでチーフの百子を。仲間を。笑わせることができるほど。 わたしって伊賀の山猿。恋のササヤキには向いていない。


「総理の匂い、Vの臭いを追いかけて走っているときの美咲ってすごかった」

 竹原が美咲の緊張をほごそうとしている。そのこころづかいがうれしい。

「もうひとりの総理の警護に当たっていたかた。町田さんの消息は……」

「まだだ。それよりヨウジをだして一緒にたべよう」

 やだぁ。 わたしってヨウジなしで、竹原さんに食べさせようとしている。


 顔から火がでるほどはずかしい。でもそのあとで――。ふたりして、同じ皿からリンゴをたべた。美咲はむいたリンゴの皮よりもまだ顔を赤らめていた。


「まだ、町田の消息はつかめない。小田垣主任の死因だって特定できないでいる」

「どこで、小田垣さんは発見されたのですか」

「恵比寿。ガーデンプレスの中央広場のベンチ」

「どうして……あそこなのかしら」

「わからない」

「退院したら……いってみたい。小田垣さん遺体の発見場所を見てみたい。どうだいっしょに」


 これって、デートのお誘いみたい。


「はい。いきます。いきます」


 美咲の胸の鼓動がまた高鳴ってきた。


15 美咲の初デート


 小田垣警部の死体はガーデンプレイス中央広場のベンチで凍えていた。

 死体が凍えていた。というのはもちろんおかしな話だ。まだこの季節の寒さでは凍え死ぬなぞというとはないだろう。しかし表立っては、死因は凍死? ということで決着をみた。


 プレスには発表されなかったが頚部に噛み傷があった。 失血死??? もちろん、そんなことを公表できるわけがない。


 上層部のその決定に、異論を唱える者はいなかった。警視庁の内部でも、まだVの存在を認めていないものがいる。


 小田垣の部下だった竹原は捜査一課の刑事と行動を共にすることになった。竹原は美咲が見舞いにいった週の土曜日に退院した。 まだすこし脚を労わっている。


  美咲の携帯がなった。夕暮れ時だ。デスプレイには、bamboo。


「美咲。恵比寿にこれるか?」


 待ちわびた竹原からの声。


「竹原さん。そのベンチに座らないでよ」

「えっ。どこにいる?」

「わたしは忍び。さあ、どこでしょうね」


 竹原は周囲をみまわしている。携帯で話している美咲。周囲には女の子がおおすぎる。どこにいるのだ。美咲。美咲はおかしくなった。


「そこは、小田垣警部が発見されたベンチでしょう」

「美咲からかわないで、正体をみせろ。逮捕するぞ!!」


 美咲はおかしくて、笑いだした。


「ばぁ。オバンデス」

「なんだ。そのオバンデスって挨拶は」


 麻子たちの鹿沼弁を真似てみたのだ。


「コンバンハ」


 竹原のおどろいた顔。おかしくて、美咲は笑いころげた。ユニクロの黒のカーゴパンツに皮ジャン。 ハンチング。どうみてもboy。どうみなくてもboy。


「わたしがクノイチ。女だという先入観があるからよ。変装術は忍びの者の技のひとつ」

 美咲はまじめな顔になった。

「ゆっくり話していても、目立たないところの方がいいわ」

「オフなんだ。そのへんでイツパイヤルカ。飲めるだろう」

「ほどほどには――」

 美咲テキには、ホドホドということになっている。 


16 竹串で戦う美咲


 恵比寿駅に向かった。

 美咲は竹原と歩けるのがうれしい。こんな経験は初めてだ。胸がわくわくしている。竹原の役に立ちたかった。 毎日、あれから恵比寿近辺をくまなく調べ上げていた。なにか手掛かりになるようなことはないか。犯人を特定できるような痕跡は残っていないか。 昭和レトロの古い路地裏。古いことが集客となっている裏街。縄のれんがかかり、引き戸の一杯飲み屋街。


 美咲は竹原と肩を並べて歩いている。肩を並べている――。とはいっても。竹原の肩までしかない。さらに、狭い裏路地に曲がる。 焼き鳥屋の暖簾をくぐった。


「いらっしゃい。美咲さん」

 カウンターのなかからオヤジの声が飛ぶ。

「えっ。知り合いの店なのか?」

「えへっ。わたし酒好きだから」

 美咲はバッくれる。この界隈を歩きまわった。小田垣主任が恵比寿ガーデンプレスのベンチで発見された。そのときは、すでに、死んでいた。そうきいた時から、竹原の役に立ちたいとこの周辺の聞き込みに回った。初めの日は杉子がつきあってくれた。

 その杉子に紹介してもらった店だ。焼き鳥の竹串は鹿沼で作られたものだ。鹿沼の特産物だ。 御成り忍群の数少ない収入源のひとつだとおそわった。


 そしてこの焼き鳥チェーン店主はみんな杉子たちの親戚。

 それで、数度しか来ていないが。いっきに常連待遇となっている。そんな細かいことは。 竹原には説明はしなかった。


「白川郷のドブロク仕立ての濁り酒でいいかしら」

 と美咲は竹原にきく。

「それいこう。トリはタレで」

 と竹原もノッテきた。

「退院、元気になっておめでとう」

 五郎八茶碗になみなみとつがれた濁り酒。茶碗からは濁り酒のホノ甘い芳醇なにおいがたちのぼっている。アツアツの焼き鳥。名古屋コーチンの肉質。食べるとジューシ。


「これはなんぼでも飲める」

「何本でも焼き鳥もたべて」

 とても、ハジメテのふたりには思えない。 いいフンイキで飲み始めた竹原と美咲だったのに――。


「あらためて、退院、おめでとう」と美咲。

 乾杯! 美咲と竹原の五郎八茶碗がキスをする。


「キャ!!」


 入口のほうで無粋な悲鳴。絶叫。卓のうえのものの倒れる音。

 悲鳴。暖簾に片手を掛けている。わかい女性の喉のあたりから血を噴きでている。赤い霧のなかから喘鳴がもれている。ヒュッと小さな笛のような音。


「武器もっている」

「オフだから無防備だ」

「オジサン竹串!!」

「ほいよ。美咲ちゃん。Vだよ!! 相手は」

「先刻承知」

 美咲は竹串の束を手にユウゼント暖簾をはねた。

 路地には――。


17 座頭市でもやりますか!!


 美咲の颯爽とした後ろ姿が暖簾の外に消えた。

 竹原を守ろうとする決意。暖簾にしがみついた女性。を。守ろうとするVバスターズの意気。や。よし。だ。が。おれが、SPだということを忘れている。無防備といったのは。拳銃を携帯していない。そういうことだ。おれはSP。女のスカートのなかに。隠れるようなことはしない。徒手空拳でも戦う。


「ダンナ!! これを。仕込みです」

 カウンターから声が掛って――。杖が竹原に飛んできた。竹原の覚悟をすべて理解した焼鳥屋のオヤジの声だった。自らも、仕込み杖を提げて。カウンターから飛び出してきた。


「座頭市でもやりますか」

 さすがは鹿沼御成忍群の男衆だ。オヤジは余裕の笑み顔。

 ――路地に美咲が見たのは……。


18 美咲剣を片手にキス


 逃げまどう女性。

 連れの男はあまりのことにただ呆然とたちつくしている。

 そして、V。VVVVVVVVVV。の群れ。群れをなして夜の狩り。いつから、東京の夜はこんなに物騒になっていたのだ。夜にのみ活動するVが群れている。暖簾にしがみついた女性だけではなかった。


「許さない」


 美咲はいままさにナイフのような犬歯を。まだ幼さの残る女性の首筋に。打ちこもうとするVの。喉元に竹串をうちこんだ。

 ゲボゲボゲボとVがむせる。

 仲間の悲鳴で駆けつけたのは。


「あらまぁ、イデイさん。あなたのオデマシなの」


 原宿で戦った出井だった。


「また。おまえか。美咲。こんどは逃がさないぞ」

「ずいぶんと、はなばなしくやってくれるじゃない」

「原宿、渋谷、恵比寿はおれたちのテリトリーだからな」

「そうなんだ。あんたらの活動拠点なんだ」

「ちがう。夜の狩り場だ」

「人間狩りなんてゆるさない」


 出井の背後にVの仲間がさらに集まってきていた。

 Vが夜の街であばれまわる。女性を恐怖のどん底に落とした。

 彼女たちはVを認められない。Vとして、視認していない。

 ただのストーカーとしか思っていない。

 それでも注意してひとり歩きはしなくなった。

 かならず同伴の男性と街にでる。ところが草食系の同伴者は役にたたない。

 ただ啞然としている。闘う術がない。軟弱。

 美咲の手から竹串が手裏剣よろしく八方に飛ぶ。

 その先々で、Vの絶叫があがる。

 だが――。

 竹串がつきた。


「このときを待っていた」

 出井の鉤爪がおそってきた。

「バカね。クノイチが手ぶらで街にでないわよ」

 チャリンと金属音。そして出井の無念の叫び。

 美咲の右手に忍者刀。月光に冴えていた。


「美咲。遅れた」


 竹原が血路を開いて。Vの群れのなかから現われた。


「噛まれないでね」

「美咲にかまれたいよ」

「それってわたしとキスしたいつてこと」


 なんと大胆な。戦闘の場になるとがらり人格のかわる美咲だ。


「いまでもどうだ」


 竹原の唇が美咲のほほにふれた。


「なに、イチャツイテイル」

「あらVでも嫉妬するの」

「バカな!!!」

「jealousyはお皺のもとよ」

「どうせおれたちは老け顔だ」


19 美咲の危機


 Vの妖気ただよう路地に――。

 怒号。

 悲鳴。


 絶叫が反響する。悲鳴はまだ襲われつづけてる。女性たちのものだ。いまや恵比寿の路地は殺戮の場と化している。こんなにVが群れているとわかっていれば。


 本部に連絡したのに。これって、ヤバイよ。ヤバ過ぎ。イケメンの男たちが。なんの役にもたたない。


 あまりにも。平和な――と思いこまされている時代に。生きているからだ。ジャマだ。メザワリダ。男のくせに。黄色い悲鳴を上げている。地べたにしゃがみこんでいる。動けない。なんとかしなさいよ。ふるえている。腰が抜けたのだろう。


 わたしの彼、竹原は座頭市だ。

 あらまぁ、焼き鳥やのオッチャンも。

 カマキリのように刀を構えている。

 居合切り? いやちがう。

 

 あれこそ鹿沼流。

「るろうに剣心」の時雨の「斎鬼鹿沼流」の秘剣は平成の世に実在していた。


 伝説の日光忍者、御成り忍群の剣の冴えだ。麻子たちも、ああした剣の技で戦うのね。ああ、携帯しとけばよかった。三人ともVに攻め立てられた。


「美咲の血はどんな味かな」


 勝利を確信した出井のしたり顔。いやらしい。ヨダレをたらしている。夜目にもあきらかに、犬歯がニョキッとのびている。鉤爪がおそってきた。見れば!! もう再生している。いくら、斬り落としても。再生してしまう。


 イヤラシイ。パット下から逆袈裟がけに斬り上げた。

 たしかな手ごたえ。でも切り口の胴からは青い血はながれない。

 小手を出井の脚でけられた。

 手から離れた剣が月光にまった。


「美咲これを」

 仕込みをわたされた。

「あなたわ!!」

 あなた、とよびかけて見れば。竹原は特殊警棒を振りだして長く伸ばした。

 拳銃は携帯していない。でも、警棒はもっていた。

 よかった。

 さすがよ。

 あなた。

 竹原さん!!

 美咲は渡された仕込みで出井の首をはねた。

 Vの首。

 出井の首をサッカーボールのように蹴った。

 出井の体が青い粘液となって溶けていく。

 ヤッタ!!

 美加子の噛み親が出井だったら???

 美加子の吸血鬼化現象は止まるはずだ。

 アリサにもよろこんでもらえる。


20 アリサ。あなたはだれ?


 でも竹原が苦戦している。

 Vは切り口が直ぐにふさがるほどの再生力がある。ともかく、敵はVなのだ。警棒で叩くらいではダメージはあたえられない。美咲は革ジャンの背中からスプレーをだしてVに吹きかける。あのコウモリ忌避剤だ。相手がひるんだ。そのすきに携帯をとりだし緊急信号を送る。


 デスプレイに。もう来てるわ。そして生の声も。「美咲」

 路地の入り口からバイクが突っ込んできた。「美咲」

 百子が。

 麻子が

 人狼のお兄さんたちが。

 そして先頭にアリサがいた。

「もう来てるわよ。美咲さん」


 美咲はほっとした。みんなが駆けつけるのがいま少し遅かったら。

 いまになって鶏肌がたった。焼き鳥の食べ過ぎがいけなかったのかな。うそだ。まだ一本も食べていない。ドブロクで乾杯したところだったのだ。


 みんなで飲み直そうとハシャグ美咲を置いて――。

 竹原は検挙したVの取り調べのため所轄の澁谷署にもどった。

 無駄に遅すぎる警察の機動隊。反対側の路地口から――。


「クノイチには、休日は似合わないみたいね。原宿でもさんざんだった。こんどだって……みんなが駆けつけてくれなかったら、マジ、やばかった」

「美咲さん。竹原さんと討ち死になんかしないでくださいよ」

「それでもいいと思っていた」

「わあっ。アッアっ」


 美咲はみんなに冷やかされている。

 ――それにしても。と美咲は思った。アリサはいつもわたしの危機を救ってくれる。いつもソバニ駆けつけてくれる。わたしのことを警護してるみたい。初対面のときだって、ヤクザに追われているように見せたのかもしれない。ヤクザに追われている美少女としての登場があまりに出来過ぎている。そして……総理の監禁場所に導いてくれた。デキ過ぎている。


 あなたは誰なの?

 アリサ??


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る