第二部 処刑人/百子&クノイチ48ガールズ 第一章 御成忍群くノ一。
1 前日光高原 鹿沼
伊賀のクノイチ48のリーダー(頭領)百々(どど)百子(ももこ)は闇を吸いこんだ。
吐く息が白く見える薄闇だった。
日光颪が吹き過ぎていく。
先を急いでいるうちに日が暮れた。
ここは野州、鹿沼宿。
奥の細道の旅で壬生からたどりつき、松尾芭蕉と曽良が一泊した宿場町だ。日光杉並木街道に連なっている。
礼弊使街道ともいう。
今渡って来た橋。江戸時代に日光東照宮に参詣する京都からの勅使が渡ったというので御成橋という。
本街道を避けることにした。このあたりから川に降りられるはずだ。
川越の殿様が寄進したという。樹齢390年ほどの鬱蒼と茂る杉の巨木の間の細道に別け行った。急坂を下り河川敷に降り立つ。
行くほどに、川音が高鳴った。
黒川の水流だ。この川は日光は小来川から流れてきている。鹿沼の北で行(なめ)川と合流して黒川となる。
川音がさらに高鳴った。水の臭いがした。冷気をおびた空気は、生臭かった。川音と水の臭いには異様な気配が混じっている。
ただならぬ気配に百子は身を低くした。忍者かまえとなる。ザワッと黒川の流れが裂けた。川面がふいに盛り上がった。銀鱗のような光が残映のなかできらめいた。
水遁の術。
いままで、なにごともなく平穏に流れていた川なのに。黒い影が河原に着地した。人影が河川敷に上がってきた。音もたてずに接近してくる。
「誰……?」
百子は沈黙。それは、こちらから聞きたかった。
いきなり――。
手裏剣がとんでくる。
百子は鉄手甲で受けた。キンキンキンと金属音がひびく。
「なにものなの。いやわかる。その鉄をしこんだ手甲。忍者ね。まさか日光江戸村からのいやがらせではない。そのかまえ伊賀の百地流とみたわ」
「ピンポン。さすがね。麻子さん」
「その声、百ちゃんなの」
「おどろいたぁ? 全日本高校剣道大会以来ね」
いちべついらいの挨拶がすむ。
「敵は吸血鬼なの……。仲間をだいぶ失った。伊賀の仲間だけでは補充がつかないの。絶滅危惧種だものね。わたしたちが忍者の技を継承してこられたのも奇跡みたいなものよね」
ふたりは囲炉裏を囲んでいる。麻子の配下、杉子が御膳のしたくをしてくれた。
まるで古風。まるで男のように冷や酒を茶碗で飲み交わしている。さまになっている。
「わたしたちはこの鹿沼の南東の犬飼部落の人狼と戦ってきたので、クノイチとしての技を受け継ぎ磨き、クノイチとして生き延びてきたのよ」
「その異界のものとの戦いで磨き上げた技で参加してくれないかしら」
「ここの野州忍者集団はね、日光忍者、そしてわたしたちの御成、この奥の尾形、古峰ヶ原、と四か所にわかれているの。日光江戸村に雇われて、お陰さまで、クノイチはまだ健在よ。わたしは、あんなところで働くのはいやだけど」
「どうしてなの」
「技の切り売りをするなんて許せないの。命がかかってないもの」
「だったら、ぜひおねがいクノイチ48に参加して」
百子が背負ってきたバックパックから何かとりだした。
百万円の札束だった。五重塔のように積み上げる。
「支度金よ。命の保証はない。不帰還任務」
「忍びのシゴトはいつもそうだったと古老からきいている」
麻子が涙ぐんでいる。
なでしこジャパン沢穂希選手たちの恵まれない頃の生活を思っていた。バイトをしながらの練習。選手生活。お金が目的で選んだ道ではない。
わたしたちもいつもお金で苦労してきた。食いつなぐのに必死だった。わたしたちの正義はだれも評価してくれない。
わたしたちの忍者の技では暮らせなかった。
こんな社会はアンフェアだと愚痴ってもだれも聴いてくれない。
この河川敷の忍者部落で細々と技を磨き生き延びてきた。
「うれしいよ。百子」
麻子が涙ぐんでいる。わたしたちの、技を評価してくれた。
「パソコン買えますね。麻子さん」
杉子がみんなを奥の部屋から呼び寄せた。決して泣かないはずのクノイチが眼に涙をうかべている。
「わたしシュシュ買おうかな。赤いシュシュがほしい」
まだ幼さの残るポニーテールが杉子の隣でハシャグ。
「あら、菜々。これがどれだけのお金かわからないの。宇都宮のベルモールにハンドメイドのシュシュの専門店を出すことだって出来るのよ」
「ソンナにすごいの? わたしにはわかんない」
まわりのガールズがドヨメイタ。秋のむしの鳴き声がふいにとだえた。お酌をしてくれていた杉子が外の気配に耳を傾ける。
松虫。クツワムシ。青松虫。ハヤシノウマオイのスイッチョという鳴き声も途絶えた。
ただ、コオロギのコロコロコロリンーというさびしい声だけが残った。
百子も気づいていた。
「これが人狼なの」
すさまじい凶気が迫ってくる。重油のような黒く粘つく妖気がひくく地をはってくる。
「どうして……いまごろ……オソッテクルノ」
「グットタイミングよ。杉子」
杉子は麻子の意をすばやく理解していた。外に走りだした。
「わたしたちの命がけの戦いを見てね。そのお金にわたしたちの技がふさわしいかどうかはモモチャン、見きわめて」
そのものは四つん這いになっているわけではなかった。だがなんという禍々しさ。黒のジャージの背には月光を浴び〈人狼〉の刺繍文字。
「高くついたでしょう」
と麻子がひやかす。
「おう」
吠えているような声。
「だから、カンパしてもらおうとおもってよ」
「かよわい少女の金を脅し取る気?」
「おう」
「おそろいの刺繍入りのユニホームってわけなの。暴走集団の名前のお披露目にきたわけ」
「まあ、そんなところダネ。裏起毛だからあたたかいぞ」
「あんたらには起毛は必要ないでしょうが。もともと多毛。自毛でいいんじゃない」
「いったな、麻子」
「くるわよ」
前技のような舌戦のおわりを麻子が杉子につげる。
「わたしにやらせてください」
杉子が立ち並んだ仲間から一歩前に出る。
2 グランジュテ
「人狼のサブキャップ、ケンよ」
麻子が敵の名前を百子にささやき声でいった。ケンは鼻づらからとびこんできた。たしかに、人の戦い方ではない。ケンの顔のおくに見える。黒いけものの顎。とがった狼の鼻づら。それは百子だから見ることが出来た。男のかくされた顔だ。
「これが、伝説の人狼なのね」
ケンがたたらを踏んだ。百子のいるのに気づいたのだ。
「どこのお姐さんだ。みなれない顔だ」
「うちの客人よ。今夜はひきとってよ」
「麻子よ。もらうものをもらえばな」
「笑わせないでよ」
杉子が低くかまえた。杉子が跳躍した。半円形を描いた。ケンのバックをとった。背にはりついた。ケンが振り落とそうと。アガク。杉子はケンの背後から両足をのばた。
ケンの両手を脚で拘束する。ケンは鉤爪の攻撃ができない。手の自由がきかない。杉子はケンの喉に片腕をかた。絞める。ケンが苦しそうだ。口吻が伸びる。
杉子の足に噛みつこうとしている。じりじりとケンの腕が盛りあがる。スサマジイ。筋肉だ。アブナイ。このままでは、ケンと杉子はお互いに殺しあう。
「やめなさい!!」
百子の制止の声が空気を切り裂いた。ケンの開いた口に向かって。投げた。ケンがガチっと歯音も高く、両顎でうけとめた。杉子はケンの背中をけった。バック転で河原に下り立った。人狼は口に投げ込まれたモノをつかんだ。口にくわえていたものを見て……。
「なんだ、コリャ」
「とっときなさいよ」
「ゲー。百万円の束だ」
「ほんの名刺代わりよ」
「チーム全員で、大田原の黒牛たべられるぞ!!」
「あなたたち。男のくせにスケールが小さいのよ。もういいかげんに女イジメはやめにしたら。1000年越しの恨みなんていわないで仲良くしたら」
「わたしたちはいいけど」
麻子がすなおに応じる。
「人狼さんは吸血鬼にも変身できるわよね。いま東京は外来種の、もっともアチラさんのほうが本場、ピュアな吸血鬼でしょうが……侵略にあっているのよ。いまこそ日本古来の人狼がインベーダーに抵抗するときよ。どう、アイツラと戦わない」
「キャップと相談してみる」
「返事はそれからでいいのよ。参戦してくれるなら、それは手付金だからね」
「ゲッ。すげえネエチャンだ」
「クノイチ48頭領。「Vampireバスターズ」社長。伊賀の百々百子よ」
御成忍軍。人狼。お互いに過去の恨みはすてる。
人狼にも、御成り忍群にも、大きな飛躍のときがきた。
3 東京の夜
東京にはパーヘクトな闇はない。どこからか人工の光が射しこんでくる。
そして、ここは新宿。西口。思い出横丁。思い出のあるオヤジにも。思い出をつくろうというヤングにも。人気のあるレトロな飲み屋街だ。
「オイ!? おまえな……さっきから一人で飲んでいるけどよ……仲間にふるまわない気かよ」
「あっそうですね」
でっぷりとふとった中年に、隣のハンチングの男がからんでいる。
「どこの社長かしらねぇがよ、部下をだいじにしなよ」
男はまちがっていた。社長ではなく総理だった。
もっとも総理ではあるが大会社の総帥でもある。
部下と周りの男たちをみたのは正しいといえたか?
かれらは総理警護のセキュリティだった。
――だから、やめたほうがいいといったのだ。総理の隣に座っているチーフの小田垣は心でぼやいた。庶民的な居酒屋で飲みたいなどといいだした総理に小田垣は反対した。部下の竹原警部と町田警部補の三人で総理の警護をしている。
――あの狭い場所ではガードしきれません。麻田総理。と反対したのだが。
「総理に成るまえから、アソコデノミタカッタ」
隣の席からハンチングの男はしきりと話しかけている。男はしつこくつきまとう。さすがに小田垣がたまりかねた。席をたつ。麻田もしかたないかという顔で立ち上がった。
「逃げるのかよ」
男は総理が今まで座っていたイスをけとばした。その一瞬のスキに。背後のビニールカーテンから腕が伸びてきた。
総理が抱きかかえられた。
そして、不意に総理が消えた。
3 総理誘拐
同じ時刻。大森にあるV(vampire)バスターズの本部。
百子が立ちあげたVバスターズはボディガードの会社だ。無償で働くには限界があった。人材確保もままならない。いまでは週五日制。残業手当もある。リッパナ会社組織だ。
「夕実。なに聞いているの」
百子の留守をあずかっているサブリーダーの美咲がきく。
「警視庁の超秘匿連絡網回線にハッキングしてる」
「それってヤバイよ」
夕実はかまわずスピーカーのスイッチをいれる。
「緊急。緊急。麻田総理が新宿西口思い出横丁で拉致された。付近のパトカーは応援に駆けつけるよう」
とんでもない内容を告げる声が部屋にひびきわたった。
「夕実。新宿にはだれがいる」
「第八班の六名」
「ケイの班ね」
「現場に急行するように。連絡して」
「この事件。Vがらみですね」
「わたしも行く」
声だけが残った。美咲はヘルメットを手にした。部屋を駆けだしていった。
わたしたちはシノビ。ヒソカニ、ハッキングするなんてお茶の子さいさい。ニコッと夕実はひとり笑いをしている。伊賀の里で連絡係をしていた。――連絡係が夕実の家のダイダイの役職だった。いまでいえば、情報担当。パソコンにはなれていた。(連絡といっても早飛脚とかノロシの時代ではない。コンピューター。文明の利器を操るのだ)ヒイオバアチャンの受け売り、口癖だからことばが古い。
チーフの百子さんに連絡だ――。
「夕実きいてる」
スイッチがonになったままだった。美咲の声が大きくひびいてきた。
「みんな招集して。新宿全域に散らばるように。それに百子リーダーにもこのこと知らせてね」
美咲の声がこわばっている。ドエライ事件に発展しているのだ。
4 思い出横丁を封鎖せよ!!
ネオンはあいかわらず灯っている。立て看板にも灯りはついている。鳥やウナギや焼き魚の匂い。モッ煮込み、ウナギ、オデンに味噌汁。ザッタな匂いが食欲をそそるのも。あいかわらずだ。
ところが、今宵は、動きが容赦なく制御された。たったいままでのいつもの夜が、猥雑な賑わいがストップ。毎夜の喧騒がウソのように静まりかえっていた。美咲は進む。黄色の立ち入り禁止のテープをヒラリと飛び越す。
「きみ、きみ、入らないで」
路地の入口に制服警官が緊張したおももちで立っている。
美咲の目線の先に私服のイケメン。美咲は手をひらひらさせた。カワイク見えるかしら。
「このひとは、いいんだ。通してあげてくれ」
私服で警備に当たっていた顔見知りのSP、首相のボディガードの竹原がとんできた。
「Vバスターズの美咲さんが駆けつけたってことは、やはりアレがらみですか」
「どんな状況だったの……?」
「一瞬の間だった。すぐ路地にとびだした。首相は見当たらなかった」
「だったらVの疑いが濃厚ですね」
酔客がわめきだした。ムリもあるまい。何がなんだかわからない。何も知らされていない。それでいて。厳重な職質をうけている。全員拘束の状態がまだつづいている。身元がはっきりしたもの。不審な挙措のないものから解放されている。ブツブツ文句を言いながら大ガードの方角に歩み去る。
歌舞伎町の「えびや通り」へでも飲み直しにいくのだろう。
美咲は現場に案内された。私服の刑事も制服組も一斉に美咲を不審者あつかいの厳しい視線をなげかけてきた。
「いいの。いいの。このひとは」
そういって、彼らに小声で話しかけている。
「美咲さん。いちおうIDカードみせてあげて」
一同が、はっとした顔をする。内閣調査局直属の身分証明書だ。
「あなたが、うわさの……。所轄の倉持です」
「よろしく。リーダーがこられないでもうしわけありません」
美咲が上を仰いだ。臭う。
屋根のほうから飲み屋街のザッタナ臭いを切り裂くようにVの残り香がただよってきた。
「上に逃げたのか!!」
美咲は忍者走り。凄まじいスピードで人ごみをかきわけ走りだしていた。ときどき、思い出横丁の店々の屋根に目をとばす。
立体的な逃走経路は夢にも思わなかった。竹原が路地をぬけて追いついてくる。美咲はVの遺臭を追尾する。どうか臭いが途絶えませんように。
それにしても、総理をかかえて跳ぶとはなんという腕力だ。Vはやはり異界の生物だ。
5 Vの遺臭をたどれ!!
「リャーシートにどうぞ」
美咲にいわれて竹原は一瞬たじろいだ。
制服でないからいいようなものの――。
これで警官の制服だったら……そのまんま「こち亀」の漫画の世界だ。
ライダーは妙齢の美女。
「どんと肘(ひじ)帝都(ていと)」
美咲の発音が悪いのか。東大法学部出のキャリアの竹原はとまどった。
まさか英語で叱咤されているとは思っていなかった。
それでも、竹原は美咲に後ろから抱きついた。
「センパイ。イイ眺めですね」
かけつけたケイの八班のメンバーがひやかす。
ケイはサスガダ。緊迫した現場のフンイキを敏感によみとる。
無言で美咲に目礼する。
美咲は臭いを追う。
鼻を上にむけるようなことはしなかった。
でもイメージではそうなっている。
大通りにでた。臭いは歩道にあった。よかった。車に乗られたら、おしまいだった。排気ガスや、街のザッタナ臭いのなかからVのscentを追う。かすかな細い糸の流れのような臭い。猟犬のように追う。街の臭いにまざりあって、消えかけているVの生臭い体臭。バイクを歩道沿いギリギリに走らせる。美咲のドライブテクニックの巧みさはおどろくべきものだ。歩道の縁石を擦ることもなく進む。
中央公園にたどりついた。集まってきたのはまだケイの八班のクノイチの面々だけだ。ほかに駆けつけられるメンバーはいなかったのだろう。
「ケイ。わかる」
「臭いは……ここでとだえていますね、美咲サブ」
「とだえたのではない。Vの臭いがこのあたりにたちこめているのよ」
「と……いうことは」
バイクのリヤシートから飛び降り竹原が照れ隠しか、訊問調で聞いてくる。
「ほら……おでましよ!!」
売店でホットドッグをパクついていた人々。そのかげからホームレスが現われた。手にてに棍棒をかまえている。
「レンフィルドよ」
「えっえええ!?????」
「竹原さん。ヤツラ!! おそってくるわよ。吸血鬼に噛まれている」
あとからパトカーで駆けつけた制服警官が聞き込みにまわっている。町田が指揮していた。だれも、不審な人物は見かけなかったのだろう。首を傾げたり、横にふっている。ホームレスの行動に気づき、警官がこちらに走ってくる。
「テロだ。テロだ」
おお声がした。宵の口の公園は騒然となった。
棍棒を振りかざしてた集団が襲いかかってきた。
6 警官隊・ホームレスとクラッシュ
まるで、3Dシネマをみているようだ。
ミョウニ。ナマナマシク。
立体的に浮かびあがってくる。
……ホームレス。ミョウニ。リアルだ。それでいて。ミョウニ。そらぞらしい。 邪悪さはない。空虚感だけがただよっている。
「ピストルは使うな。叩きのめせ!!」
竹原の指令。手荒なことをしないと、こちらの身が危ない。
美咲たちクノイチ48はボウガンで反撃する。
手の平サイズまで進化したボウガンで太股を狙う。
連射が利く。音がしないだけ敵には脅威だ。ホームレスが公園の地面にバタバタと倒れる。腹ばいに倒れたホームレスが膝も曲げずに。起きあがる。紙の人形、関節のない人形みたいな動き。すっかり取りこまれている。噛まれて――RF、レンフィルド、従者にされている。
警官隊は警棒で応戦している。
売店にいたふつうの市民まで、何がなんだかわからないのに。ホームレスに加勢している。すさまじいクラッシュ。怒号が飛び交い。血が飛び散り。人と人とが激突した。
「これじゃ、あと追えないよ」
美咲はあせるほど群衆のなかに深くとりこまれてしまう。忍者だから身は軽い。敵の攻撃もすばやくかわす。
でも、吸血鬼の残した臭いを追尾することは。あきらめた。クヤシイケド、どうしょうもない。先に進めない。
「どうすればいいのよ!!!」
血わき肉躍るモブシーンのなかで美咲は焦りまくっていた。太股を矢で刺されたまま、平気で迫ってくる。RFのホームレス。ナスすべがない。
「ドウシタライイノ」
鮮やかなクノイチの体術も役に立たない。
歯がゆい。くやしい。いらつくぅ。ガブッッッ。美咲のとなりで制服警官が一噛みされた。頸動脈を食いちぎられた。血が噴水のようにフキアガッタ。
「竹原さん、真正の吸血鬼がいる!!!!」
「どう見分ける!????」
「本物は手が長め。指先が尖っている」
喉笛を襲われた警官。鮮血のなかで苦通の表情も痛々しい。悶死した。
「死んでなんかいない。直ぐ病院で吸血鬼免疫抗体を打ってもらって」
吸血鬼となんども戦った。吸血鬼との闘いで仲間がおおく死んだ。吸血鬼には噛まれた後が、怖い。
都庁前でロケしていたテレビ局の撮影隊が駆けつけた。制止ができない。新宿中央公園のクラッシュは放映されている。生中継されている。
7 新宿アンダーグランド
美咲はやっと群衆の後ろに出た。ナイアガラの滝は夜間なのでストップしている。滝の落下点にハンカチが落ちていた。
「あっ。総理のものだ!!」後からついてきた竹原がよろこびの声をあげる。
「それはキンク。プレスにきかれるとまずいわよ」
思わず漏らした『総理』という言葉を美咲に注意される。それほど、竹原はウロタエテいた。群衆は麻田総理が拉致されたとはまだ知らない。ホームレスの一斉取り締まりで、警官が公園にはいってきたと思っている。公式発表までは秘密にしておく義務がある。それにしても総理の身が気がかりだ。
ぶじでいますように。危害を加えられていないとは断言できない。滝の右側面の人工の壁を美咲はさぐっている。かすかだが臭うような気が……する。
「どうします? 入ります??」
美咲が侵入口を探しあてた。もともと具備されていたモノではなさそうだ。コンクリートの扉はするすると開いた。
竹原は制服警官の乱闘を遠目に見る。ふりかえる。町田がこちらに走ってくる。竹原は手を高く上げて町田に合図する。真っ先に暗い洞窟? に駆けこむ。
「ムリしないで」
美咲がフラッシュライトをつける。忍びの必需品だ。わずかの闘争のあいだに、ふたりの呼吸はぴったりと合った。バデイのようだ。それがうれしい、美咲だった。
「総理はGPS機能付きの携帯もってるんじゃないの」
「それが浮気の追跡装置とカン違いしてね。いやだ。と拒否されている」
「あほみたい」
美咲はいってしまってから、ペロリと舌をだした。
8 AKB48のように
――わたし、おかしい。竹原さんをイシキしすぎだぁ。普通だったら、こうした状況で胸がときめくなんてアリエナイ。恋は、クノイチにはゴハット。ヒイオバアチャンに育てられた美咲だ。でも、この胸のトキメキは押さえられない。
――わたし、竹原さんのこと……好きかも。
そのとき――ザワッと、背筋に悪寒がはしった。
「来ますよ」竹原に注意をうながした。
「くるわよ」仲間に警告。
背中がひりひりやけるようだ。この悪意の放射は吸血鬼のものだ。通路は広いスペースへと通じていた。淀橋浄水場の跡地にこの公園は造成されたと聞いている。ここはその遺跡みたいなものなのか。拉致された総理はここに監禁されているのかしら。
ブジかしら。それにもまして、コノトキメキ。敵の気配を全身に感じる。コノトキメキ。竹原の体にふれているわけではない。それでも体がカッと熱くなる。
わたしはクノイチ。竹原さんを守らなければ。
「みんな。天井よ」
そこに、ケイたちの見上げる天井に、吸血鬼は張りついていた。コウモリみたいだ。クノイチはボウガンの矢を一斉に浴びせる。わたしはクノイチ。でも、死ぬときは、彼の腕のなかで死にたい。――わたしって、どうかしている。こんな場合に死を思っている。わたしはクノイチ。負け知らずの女。
でもいつのことか、死ぬとしたら彼の腕のなかで死にたい。AKB48のように。カワイク。
9 恋の予感
――わたしっておかしい。敵を前にして。ヒナ鳥のように、恋の予感にふるえている。胸キュン。竹原さんがワルイのだ。あまりにかっこよすぎる。恋には時間なんて関係ないのだ。ずっとまえから知っていても、好きにならない人もいる。ひと目で好きになることもあるの……ね。女のなかで育っている。男の知り合いはいない。
免疫がないから重症みたい。重症だなんてやだぁな。重傷とおなじ発音じゃないの。吸血鬼と戦っているのに。
「移動している。美咲。くるぞ」
竹原が美咲に注意をうながす。
「Vは武器はもたない。でも牙による喉への攻撃に注意してね。鉤爪も恐いから」
ザワッとVが二体天井から降ってきた。鋭利な爪は曲がっていない。ナイフのように鋼鉄の光をおびている。鋭利な爪はむろん十本。体に何本かケイたちの浴びせた矢がつきたっている。Vのうしろの通路が震動している。地下鉄がすぐそばを通過しているのだろう。騒音がする。
「おまえら、生きてここからは出さぬ」
Vがはじめてがさつな声をだした。美咲は竹原と背中合わせにかまえた。お互いに、Vの攻撃を背後から受けないために。ケイたちクノイチもおなじ布陣をとっている。
「こいつら倒したら、『天狗』に餃子食べにいこう」
美咲の掛け声に、ケイのチーム全員がだってコケタ。
「おれも、仲間にいれてくれ」
「いいわよ」
美咲は勇気リンリン。ケイたち8班のクノイチもヤル気十分。
10 コウモリの襲撃
「どうだ。おれの声がきこえるか」
「これってなによ」美咲は声にならない声で応えた。
「テレパシーだ。聞こえているらしいな」
Vの声が直接耳にひびいてくるのが異様だった。耳というよりも、頭の芯に語りかけてきた。入ってきたのとは、反対側の通路だ。奥のほうから怪しい騒音がさらにたかなってきた。生臭い臭いも吹きこんでくる。
――なによ。なにがくるの。
焦燥感があった。焦りはあっても、不安はない。竹原の背のぬくもりが美咲の心を落ち着かせた。わたしかっこいいとこ竹原さんに見せたい。
ケイが裂帛の気合でVに斬りつけた。八人がかりでVと戦っている。部屋が明るくなった。四囲の壁そのものが光っている。その壁の向こう、通路からとびこんできたのは!!
コウモリだ。地下鉄のような騒音はコウモリの大群の羽ばたきだった。真っ黒なコウモリの群れが羽音と共に部屋になだれこんできた。
振りだして長くのばした特殊警棒で竹原がVの鉤爪を横に払った。チャリンと金属音がした。
コウモリの群れをかきわけて、新たなVが数体あらわれた。動きが速いので何人? いるのかよく見えない。美咲の動体視力は三体と視認していた。
「どうだ。おれの声がきこえるか」
そのVがきいてきた。
あっ。
こいつだ。
臭線をたどってここまできたのだ。
こいつが総理を拉致したのだ。
「おれの名は、ドルゾ」
Vの攻撃は竹原に集中していた。グワという竹原の絶叫。美咲は振り向く。竹原の太股にVの腕がめりこんでいる。鉤爪が突き立っている。美咲は気合いもろともその腕の肩口に忍者刀をたたきつけた。刃が骨を断つ。
11麻田総理を探せ
――わたしが悪い。ドルゾとのテレパシーによる会話に気をとられていた。
「竹原さん」
美咲は竹原を抱き起こした。鉤爪を突き立てられて痛みとショック。ガクガクふるえている。竹原の太股にはVの鉤爪が突き立っている。爪だけではない。美咲に斬り落とされた腕も。その切り口から青い血がながれている。
「ドジだな。コナン」
ドルゾが腕を斬り落とされたVをあざ笑った。ドルゾのほうが格が上なのか。コナンは反駁しない。竹原のまわりにケイたちが集まる。竹原の傷口からは血が噴いている。美咲はハンカチをあてた。直ぐ真っ赤に染まる。
「竹原さんを連れ出して。救急車を呼んで」
ケイが通路をふりかえった。私服の町田が駆けこんできた。現場のすさまじい戦いに息をのむ。
「竹原警部。だいじょうぶですか」
「はやく連れだして」
「倉持。あとの警官は」町田が焦っている。
そういえば、所轄の倉持のほかだれも、特に制服警官は駆けつけていない。
「上層部がテレビのカメラを気にして、彼らを動かせません」
「バカな。総理が拉致されているのだ。総理をさがせ」
竹原の声は苦鳴にきけた。美咲は畏怖の念をこめて竹原を見ていた。このひとはほんものの刑事だ。
わたしあなたにかわって総理を探す。
12 Vの牙
恐怖。地下の部屋にクノイチだけがのこった。
竹原をかかえて、町田と倉持は入り口へもどっていった。群れをなして飛び交うコウモリ。うるさい羽ばたきの音。
――こうもりさえいなければ。いつ上から襲われるかもしれない。そんなことが気にかかる。恐怖がある。こいつらを……倒すには。そうだ、なんてわたしはバカだ。バックサックからスプレー缶をとりだした。わたしバックサックはドラエモンの三次元ポケットみたいなもの。なんでも出てくるのだ。ミイマご推薦のコウモリの忌避剤を持っていた。すっかり忘れていた。
ノズルをコウモリに向ける。強力ノズルにより、水平噴射で6m位の到達距離がある。プッシュ。プッシュ。プッシュ。コウモリには、イヤナ臭いなのだ。効果てき面。先をあらそってもときた通路に逃げていく。
――ワオッ。スゴイ効果。あれほどいたコウモリの大群が逃げていく。
「おかしなchemicalを使うじゃないか」
これでVと心おきなく戦える。さっと美咲の顔すれすれにコナンのカギ爪がかすめる。
「残りの腕も斬りおとすよ!!」
コナンの腕のキリクチからは青い血はもうながれていない。
「ぬかせ!!」
ガバッと牙をむく。刃もののように光っている。鋭い。
13奥の通路へかけこめ
左腕の長い鉤爪がおそってくる。
リーチが長い。これでは竹原もやられたわけだ。
美咲もまだ間合いに入っていない。Vの攻撃はまだだ。と判断していた。ところが腕が伸びてくる。爪がググッと伸びてくる。美咲は後ろにとんだ。後ろにとんで、鋼のような爪の攻撃をなんとか避けた。
体がふるえている。
冷や汗が噴き出た。
なんと、いう相手だ。
武器は牙と鉤爪だけ。
その鉤爪も直刀のように真っすぐにのびて襲いかかってきたりする。変幻自在だ。とんでもない攻撃力のある敵だった。動きや、間合、呼吸のリズムがまったく人間とはちがう。
手をだらりとさげている。
次の瞬間鉤爪の攻撃がくる。
信じられない。速さだ。
わたしはまだ無傷だ。
わたしは生きている。
竹原さんも生きている。
でも、かなりの傷だ。
この運命についていけない。
やっと、好きなひととめぐり会えたのに。
告白するまえに。
引き離された。
悲しい。
悔しい。
「コイツのリーチ長いわよ。鉤爪がまっすぐ伸びるよ」
ケイたちに警告する。
「美咲。来るわよ!!」
ケイが残りの矢を通路に向かって連射した。
Vがさらに数人? 走りこんでくる。
「おれは、おまえらの戦い見させてもらう」
ドルゾが余裕の笑みをもらしている。
「コナン。やられたのか」
「おう。トマか!! おれとかわってくれや」
トマはケイの放った矢が胸につきたっている。
矢羽根がダランと垂れさがっている。
深く突き刺さっていないのだ。
皮膚が甲殻類なみに硬いのか??
すかさず襲ってきた。美咲はコウモリ・スプレーを吹きかけた。火炎放射器のようだ。
トマが咳きこんでいる。咳が止まらない。目をしばたたいている。効果がある。効果はあるが。攻撃をひるませただけだ。体の表面がびくびくと脈打った。腕がくねりながら攻撃。続行。怒っているだけに。いままでよりも激しい。
猛攻だ。思いもよらないスピード。予想に反する動き。鉤爪か伸びてくる。それに注意を集中している。と、回し蹴りが低い位置からおそってくる。なんて動き。早すぎる。
「ケイ……」
美咲はケイに目で合図した。
こんなところで戦っている場合ではない。
総理の所在を追うのが目的だ。
美咲は奥の通路に向かって走る。
ケイたち八班のクノイチが追いかけてくる。
そのまま美咲を追いこしていく。
美咲は愕然とした。
一人足りない。
倒されたのだ。
14 死ぬしきゃない
「トメコはやく」
遅れてきた。右肩をかばいながら留め子があらわれた。
うれしかった。よかった。傷は負っている。でも命には別状はなさそうだ。伊賀の里から最後に駆けつけてきたばかりの留め子。はじめての実戦だったのだろう。
留め子の後はモウダメ。補充はきかない。里の長からそういう伝言をいいつかってクノイチ48に参加した。留め子。いままでのチームだったらこんな事態は起きない。仲間が一人足りないのに気がつかない。そんなこと、アリエナイ。
Vとの戦いで仲間を数多く失った。班長のケイだってあまり実戦経験はない新人にちかい。まして、あいては手強いVだ。
「ゴメン。美咲さんすみません」
ケイが途中で気づきもどってきた。
「わたしがVをくい止める。できるだけ先にいって」
「出口がありました」
「総理の行方も気になるけど。ひとまずこのまま引きましょう」
美咲は追いすがるVに眼つぶしをなげた。マキビシを床にまいてケイたちの後を追う。
なるほど通路はつきた。暗い林にでた。背後に都庁の明かりが見える。ここはまだ中央公園だ。
「どうしてこうなるの」
Vの新たな群れに取り囲まれた。
「あんたら、どこから現れたのよ」
帝都東京にこれほどおおくのVがいるとは。都民は気づかない。外来種のVがこんなに増殖していることを。東京は世界中の吸血鬼に狙われている。Vの総攻撃にあっている。
美咲の不安が的中した。Vに二重三重にかこまれた。万事休す。どうする。
このとき。
林の奥で轟音がひびいた。バイクが轟々とエンジン音も猛々しく現れた。
人狼。ソロイの刺繍のマーク。人狼。Vの別働隊だ。人狼は吸血鬼に変身できる。Vの変身願望を満たす存在だ。
「死ぬしきゃない」
これまでか! Vに囲まれてしまった。美咲ははったとVをにらみつけた。
「死んでもVには負けない。みんな、斬りまくってよ」
「寂しいこといわないで」
聞き覚えのある声がした。頼りになる声がした。
幻聴かしら、と美咲。
人狼の男たちの中から現れたのは。
「リーダー」
クノイチが一斉に歓声をあげた。
「陸自の輸送ヘリできたのよ」
ご存じ。
クノイチ48のリーダー。
伊賀忍者頭領の娘。
百々百子の登場だ。
15 はじめまして。
エツ!! ドウシタノ??? 百子がVに向かっていかない。
戦わない。いつもだったら、敏速に敵陣に斬りこむのに。
「美咲。鹿沼の御成り忍軍のみなさんよ」
人狼の黒のジャージをかきわけて。
黒装束の少女たちが前に進みでた。
ナデシコ・ジャパンが列を成してピッチに入って来るようようだ。
「はじめまして。チーフの麻子です」
いうやいなや、Vの胸に腕をつきたてた。
手槍が仕込まれていた。
Vの心臓をつきさした。
ヤリの穂先は背中にぬけた。
Vがサラサラと塵となった。
「挨拶代わりよ!」
瞬時にVが粉末化するのを美咲は初めてみた。
「すごすぎる」
美咲の驚嘆の声が消えぬ間に!!
「サブの杉子」
杉子がジャンプした。
鹿沼はむかし麻の生産額日本一。
一晩で一尺(30センチ)も成長するという麻を飛び越えることで。
跳び技を鍛えた忍者の末裔だ。
Vの背中にとびのった。
夜目に忍者刀がきらめく。
コンコロリンとVの首が大地におちる。
「るろうに剣心でごぞんじ、鹿沼流飛斬り〈飛翔剣〉」
このとき、バイクのヘッドライトが。
一斉にVの群れにむかって照射された。
その光軸をあびて。
青い血をふいて。
首をうしなったVが。
溶けていく。
「オレニモ。ひとりやらせてくれ。人狼キャップ。ユウヤだ」
Vと交差した。
牙を使ったのか。
鉤爪か。
穏剣か。
Vがどっと倒れた。
「ケン。とどめだ」
16 狼の夜
一軒の居酒屋から女がよろけでた。
かなり有名な全国チエンの居酒屋だ。名は『水車小屋』といった。
ユウヤの前で女がくずおれた。まだ少女だ。身体に女としてのふくらみがまだついていない。
大森駅前。繁華街だった。夜もだいぶふけている。それでも、家路にいそぐもの。あるいは酔客と、人通りはかなりある。――これが都会の夜か。ユウヤはキョロキョロと辺りを見回していた。
「たすけて。おねがい」
少女がかすれた声でいった。
――これが都会の夜か。感激していたのに、現実にひきもどされた。刺激がありすぎる。居酒屋からどかどかと、ヤクザ風の男たちが駆けだしてきた。
暴力団への規制が厳しい。一般人のように装っている。田舎者が見ても普通でないことはわかる。ヤクザの臭いに田舎も都会もない。
「あんた、この女のなんだ」
からんでき。
「通りすがりのものですよ」
平然とユウヤが応えたことが気に入らない。
「なら、どきな」
「ここに、携帯して。お姉さんが出るから。ここに来てもらって」
渡されたユウヤの携帯をしっかりと握りしめる。少女はコクンとうなずいた。ユウヤは少女をシャッターに寄り掛からせた。
その前に立った。少女をかばった。立ちはだかったユウヤを見てヤクザがひるんだ。一メートル九〇にちかい身長。野獣のような凄み。
やくざは遅ればせながら気づいた。相手はただ者ではない。
「おまえどこのものだ。人狼なんてふざけた代紋背負って。ご同業か」
17 ユウヤは激怒した
背中の代紋。
『人狼』をけなされた。アマク見られた。
地元では、人狼と恐れられた。
ユウヤはそのnicknameが誇りだった。
黒のジャージに真紅の刺繍。
『人狼』
かなり気にいっていたのに。バカにされた。許せない。
ユウヤは激怒した。この代紋の刺繍代は高かった。
いや――じぶんたちが田舎の寒村でビンボーしていたからだ。
高いと感じた。自分たちの稼ぎでは払いきれない。
サブのケンがクノイチ部落の麻子のところにタカリにいった。なんで、そんな恥ずかしいことをするんだ。ビンボウしているのは、おれが悪い。おれには金を稼ぐ能力がないからだ。それでも、女の子にタカルなんて男のすることではない。
ケンを止めようと追いかけた。
そこで、河川敷にある御成忍群の部落で、百子に会った。
百子に東京から緊急の呼び出しがあった。百子は自衛隊のヘリコプターを手配した。これはタイヘンナ女だ。凄い。即座に麻子との和平を快諾した。
この女ただものではない。
これはすごいことになる。
長い――長すぎた人狼と御成り忍群の闘争に終止符をうった。
麻子たちとの和議は瞬時に決めた。
バイクごとヘリに同乗した。
百子たちの戦いに参戦する契機となった代紋に――。
その代紋に。ケチをつけられたのだ。
「耳がとおいのでな。もういちど、云ってクレッケ」
つい故郷の訛りがでた。
「なんだ、おまえ、訛っているな。出はOK牧場か」
「おうっ。狼牧場の生まれよ!!」
「なにキドッテっている。ようするにイナカもんだ」
ユウヤは右手をのばした。
ストライプの三つ揃えでめかしこんでいる男の。
耳をつかんだ。
引きちぎった。
口に放り込んだ。
いちどたけ噛みしめた。
「ウウッ!! まずい!!!」
舗道に吐きだした。
このときになって男が絶叫した。男にはなにが起きたのかわからなかった。痛みだけがあった。血がながれだした。男の背広の肩に血がぼってりとたまった。
「拾ったほうがヨカッペヨ。いまからでもお医者さんなら付けられるゼ」
18 hoodの内も外も狼だよ!!
不気味なほど静かな声だ。がからユウヤが冷静だとはいえない。ひさしぶりだった。中央公園であばれた。血がたぎっている。血のたぎりを。心の昂ぶりを。冷まそうとでた夜歩きだった。
たしかに、おれは田舎者だ。どう見たって、イナカ者だ。いまどき人狼なんておかしい。劇画の世界ではあるまいし。人狼なんてハデナ刺繍文字のジャンバー。なんか着て――。街をあるいているものはいない。
男たちは、なんとしても、女を奪還しようとしている。殺気だった顔からでもわかる。三つ揃いの兄貴分らしい男は仲間に運ばれていった。まじで、耳がつくといいが。
「かかわりあいになりたくなかったら、女を置いて立ち去れ」
「この女はおれの恋人だ。おれは彼女を迎いにきた。そうだといってやれ。麻子」
おもわずでた名前にユウヤはとまどった。
「恋人だなんて、いわなくていいよ。お兄ちゃん」
少女はなれている。こうした脅しにはなんども経験しているのだろう。
「お兄ちゃんなの……か!! だから、必死でその娘をかばうのか。いいいかげんにしろ。ただの通りすがりの人間だろうが」
それでユウヤには男たちと女の、関係がなんとなくわかった。だいたいのことがわかった。うまいこといわれて、連れこまれたのだろう。
街を歩いていたひとが集まってきた。何かが起きるという期待に緊張している。
こんなところで、興奮して実体をあらわすわけにはいかない。それこそ、来たばかりの街から排除されかねない。早くすませなければ。ユウヤはいちばんでかいやつに、ボディブローをかませた。分厚い皮下脂肪にはねかえされた。なんだ、こいつは。プロレスラークズレみたいな男がニャッと笑った。
「あにき。マキタの兄貴やりますか」
「おう」
ニヤニヤ笑いながらマキタが容認した。
なにを?
ピストルだった。
ユウヤの怒りが臨界にたっした。
しかたなく、ユウヤはジャージのhoodをかぶった。
これがあるから刺繍に金がかかったのだ。
hoodには狼の顔が刺繍されている。
その内側では変形がはじまっていた。
「なぁーンだ。ロケだよ。ロケ」
立ち去るひとびとがいた。だが、大半は残った。ピストルが発射された。
まさかほんとうに撃つとは思わなかった。urbanヤクザは気が短くていけない。
ユウヤは蚊の刺すくらいの痛みをかんじた。ブシュ。ブシュ。……と蚊の刺す痛み。
「アニキ。こいつ、おかしい。おかしいよ」
やっと気づいた。なにか異様なことに。
「狼人間だよ。平井和正の狼人間だぞ」
いってしまってから、ユウヤは????? いまどき平井和正を読んでるヤツがいるのだろうか。あれは大傑作だ。おれたちの実態をよく書ききっている。hoodの中では顔がびくびくとふるえている。くねりながら、鼻がぐっとつきだしていく。モミアゲに漆黒の毛がながくのびた。コンナ顔を晒せない。
「おまたせ!!」
少女に携帯をかけさせた。こんな早く駆けつけてくれるとは――。サスガ、Vバスターズだ。
先頭は麻子と美咲だ。麻子はひとめで事情をみきわめた。
「ユウヤはその子をつれて帰って。わたしたちに後はまかせて」
狼男に変形した顔は見せるわけにはいかない。ユウヤは少女の手をひいた。
「もうひとり男のひとが摑まってるのよ。ムリヤリ引きこまれるとこ見ちゃったの。それでわたし……」
「それは何処!? どこなの」
美咲の声が上ずっている。
もしかして……。
「ドコナノ」
もしかして、総理……。
少女が指差す。居酒屋。『水車小屋』だ。
ヤクザは麻子たちにまかせた。美咲とユウヤは水車小屋にとびこんだ。
19 総理の匂い
「ちがう。こっち。こっち」
少女がササヤク。客のいる店内の外側の通路。厨房の裏を通った。厨房からは器具の触れあう音。食材が油でいためられる音。がしていた。
背をかがめた。窓に影が映らないように身をかがめたのだ。さいわい、だれにも気づかれなかった。厳重なドアがあった。ロックされている。ユウヤが強引に開けようとしている。
「待って……」
百子が駆けつけた。
「待って。ユウヤさん。客人にケガでもされたらわたしのメンツが立たなくなる」
さすがにおとしどころを心得ている。人狼のグループはVバスターズの客人として迎えられた。別働隊としてセクションを構えた。百子はなにを思ったか。カードをとりだした。
雑司ヶ谷霊園の地下に潜りこんだときのものだ。シャカ。解錠の音がかすかにした。
「この、カードキーがキクってことは……みんな、この建物はVの影響下にあるわよ。いくわよ。ロックンロール」
その拉致された男が総理である。可能性はある。あとから駆けつけた杉子と菜々。そしてケイの八班の六名。みんな合流した。ドでかい看板が目につく大部屋にたどりついた。
関東大森『鬼沢組』
「ウワァ。オシャレな看板だぁ」
菜々があどけなく感激している。たぶん、この部屋のどこかに拉致された男がいる。それが、麻田総理である保証はない。でも、たったひとつの手がかりだ。
20 みなさんおそろいですか?
異形の気配が闇にわだかまっていた。ビルの裏側は薄闇だった。
Vの気配がしている。かれらは闇に生きる者。闇のなかでは強さが増す。美咲と人狼ユウヤたちは、鬼沢組の事務所ビルの裏に待機した。
「わたし助けてもらった恩返しになにかお役にたちたい」
前に見える建物から逃げてきたアリサも付いて来ていた。
「アブナイと思ったら、直ぐ逃げてよ」
美咲の言葉に素直に従うアリサだった。
「総理だといいね」
麻子がささやく。百子はカッターでカギの箇所のガラスをきる。手を差し入れる。ロックを解錠する。忍びこむ。その大部屋には人はいなかった。物置として使われている。
「なんなのよ。オオゲサナ看板掲げて」
こわれた応接セットや段ボールの箱が山積みされていた。
ドァは閉ざされていなかった。廊下は暗かった。
「節電しているのかしら」
こんどは百子がささやく。
「廊下のつきあたりに人の気配がする」
ふたりで同時につぶやく。進む。
「まっていた。遅いじゃないか」
廊下の向こうのドアがあく。顔をだしたのは肥満男。マキタ。
「あら、おまたせ。みなさんおそろいですか?」
百子は逃げも隠れもしない。平然と部屋に入る。
そこには――。
21 鬼沢組のドン
それとわかる。風貌だ。
V。ではないようだ。絶えずパソコンで命令を伝え、組みを管理し、顔のしられていなかった――。ボス? と、噂の鬼沢組のボス? そのボスらしき怪しげな男の周りに立っている。鬼沢組の面々。
「あんたらが、イマ売出し中のクノイチガールズか! まだ小娘なのに。可哀そうだが――毎度邪魔なんだよ。消してしまえ」
鬼沢組長だ。いやロボットのようでもある。抑揚のない声。さもさも見くびった声がとぶ。麻子が宙をとんだ。ホザイテいるボス。らしい。痩せた鬼沢の背後にのった。
御成り忍群の得意技だ。
「さあ!! 拉致してきた男をだしなさい」
「何処に隠したの」
百子もハンドバウをかまえた。鬼沢の首には麻子の刃が光っている。
ザワッと動いた。ザワザワっとその場にいた。組員が二人を囲む。
そして、Vも。すわ!!!! ――ボスの危機。カラダをハッテモ。ボスを守る。
でも、でも。フリーズ。固まっている。麻子がボスの喉元に。短刀を。擬している。
22 総理!! お迎えに来ました。
静かさがやぶられた。
隣室の扉が開いた。
転げでたのは、総理だった。
腕と脚をテープで拘束されている。
「きみは……?!」
「総理。お迎えにきました」
男はだいぶ興奮している。顔が赤くゆがんでいる。が。まちがいなく。麻田総理だ。『ワンピース』を読むのが大好きな総理だ。
「きみは??」
「調査室の下っぴきです」
わざと下世話なことば。百子はルパン三世の銭形警部ではなく。銭形平次のフアンだ。八五郎。ガラッ八のそそっかしいところが好きだ。木村室長が総理に紹介してくれたときも「下っぴきの百子です」と名乗っている。
総理の顔に喜びの表情がうかんだ。
「おう。あのときの」
よかった。パニックをおこされたら助けににくくなる。
「動かないで」
総理のほうに移動しょうとした。
Vを麻子が叱咤する。
「動くな」
マキタが叫ぶ。ボスの鬼沢の首筋から赤い血の雫がたれる。
23 総理救出成功。
その少し前。
美咲が携帯をとじる。
「リーダーからよ。突入許可がでたわ」
レイが薄闇のなかでうなずく。
鬼沢ビルの裏に止めてある車の間をぬってすすむ。
予期したように、闇にわだかまっていたものが寄ってくる。
血に飢えたVの群れだ。
「強行突破!!!」
「待ってください」
アリサが美咲の先におどりでた。
「敵は正面入り口よ」
「いまの言葉は?」
「ルーマニヤ語でいったの」
Vたちはアリサの言葉に従った。
黒い颶風となって正面entranceに向かって吹き過ぎていく。
鬼沢組のボスの部屋では――。でも、ボスの声がおかしい。こいつフィギァロボットか?
「おれにかまわずコイツラをやれ」
小娘たちに後れをとったといわれたら。この渡世で物笑いだ。気迫のこもった。凄惨な声。
が――鬼沢からほどばしる。いま動かれたら――。
鬼沢が行動にでたら――。総理を助けられない。
麻子は潔く――。百子もあぶない。何の迷いもなく――。
麻子は深々と短刀を鬼沢の喉につきたてた。こうでもしなければ、総理はたすけられないと判断した。絶叫する組員。
だが。Vは鬼沢の上にのしかかった。Vの予期せぬ行動に。みんな、啞然となる。血をすすりだした。このスキだ! 百子と麻子は総理を抱えた。廊下に走り出た。ユウヤが向こうから走ってくる。
「ユウヤ。後オネガイネ」
「まかせてくれ。麻子」
千年もおたがいに恨みぬいた種族同士。だからこそ、あいての気持ちはよくわかる。千年の恨みが反転した。長いことpartnerだったように息がぴったりと合っている。
24 ゲッ。イエデ少女????
百子と麻子にかかえられている。両側から支えられている。
「両手に花だな」
「総理。ジョークがでましたね、うれしいです」
漫画文化や若者言葉にも造詣のある総理だ。美咲とレイの班が駆けつけた。
「わたしユウヤのところへもどる」
「わたしもいく」
レイが麻子と廊下の奥に走りだしている。 乱闘の気合いがひびいている。
麻子にかわった美咲。
「総理。これはシャネルのオードトワレ。エゴイストですね」
美咲はこの芳香と焼き鳥のにおいを追尾した。
「においで追いかけて来てくれたのか。ワンコ刑事みたいだ」
「おほめにあずかってうれしいです。鼻ヒクヒク」
笑い。 コレで……一気に緊張がとけた。
居酒屋「水車小屋』の前に人狼のメンバーが集まっていた。
百子の命令でユウヤ救援に向かう。 百子と美咲がAMBULANCEにのりこむ。
首相はぐったりと横になってしまう。興奮していたので平静を装っていたのだ。
「この子は?」
美咲が百子にアリサとの経緯を説明した。
「おとうさんやおかあさんは?」
美咲はおどろいた。どうしても家に連絡させなかったのだ。夜も更けている。
「家は在りません」
「ゲツ。イエデ少女????」
「おかあさんもおとうさんもいません」
「いないって……どういうことなの? アリサちゃん」
アリサ泣きだしてしまった。やはり謎の少女だ。やはりわけあり少女だ。
「さっきルーマニヤ語話していたでしょう。どこで習ったの」
「家の近所にお友だちがいたの。ルーマニヤ語を話す。友だちがいるの」
「そこはどこなの? やっぱ家があるのね」
「わかんない」
まだ泣きじゃくっている。美咲まで混乱してしまった。まだ公務中だ。それ以上問いただすことは、中止した。
謎の少女はそれで安心したのか。美咲の膝でねこんでしまった。
よほど疲れていたのだろう。あどけない寝顔。
何歳くらいかしら。身長は美咲の肩くらいある。
150センチくらい。高校生になっていないのではないか。
この謎の少女との出会いが――。
クノイチ美咲の運命を大きく変えていく。美咲はそれをまだ知らない。
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