第九章 青山/原宿はトワイライト――死闘 


 東京の片隅に開いた異界。


 壊滅した地下都市から迷路のような抜け道をたどった。

 Vのたどりついたところは――。

 そこはサポーターの部屋。

 レインフイルドの在所。本人たちは承知して、通路の先の小さな空間に住んでいた。その部屋べやが役に立った。

 

 一人住まいのわけなのに、あなたの隣の部屋で人声がしていませんか?

 都市に開いた小さな異界。あなたの身近にある。かもしれません。

 あなたはいま六本木を歩いている。仲間が急にふえた。酔っているのでよくは、わからない。うっかり声をかけてからまれても怖い。暴走族かもしれない。だれかの友人なのだろう。


「こうして純と街歩くのしばらくぶりだね」


 翔子と純。ふたりしてぶらりと鳥居坂をのぼっていた。青山墓地からずっと歩いて来た。たのしそうに見える。デートではない。パトロールだ。

 

 翔子はすっかりデート気分。純と手をつないで幸せムード。うれしくて、こころかうきうきしている。池袋地区は発煙手榴弾の煙が地上に漏れてた。その箇所を玲加が記録した。Vの潜伏場所を一斉に襲うことが出来た。


 ところがほかの地区ではVの隠れ家はまったく見当がつかない。

 それでふたり一組で巡行している。


「純。おかしいよ。まえをいくグループ急にひとが増えた」

「手袋をしている。黒のたっぷりと大きいてぶくろだ。指の具合が……おかしい」

「つけてみる」


 啓示を受けたように純は力づょくウナヅク。

 身もこころも引き締まる。坂を登りつめたところで異変は起きた。四人ほどの手袋の男たちが、酔っている男たちと肩を組んだ。酔っているので、彼らは何が起ころうとしているのか気づかない。友だちが肩を寄せて来たとしか思っていない。


「もう一軒いこう!!」


 そんな声かけてくる。そう期待していた。手袋男の口が耳まで裂けた。

 Vだ。犬歯がニョッキと伸びる。白くひかっている。


 純と翔子。走った。追い越した。バチッと鬼切丸を鞘におさめた。

 ふたりが振り返った。Vが溶けている。青い粘塊となる。溶け出す。

 のこりのVは純と翔子を睨んでいる。双眸が赤く光っている。


「やったな。やりやがったな」


 眼がさらに凄絶な光をおびる。手袋を脱ぐ。ナイフの爪だ。襲ってきた。 

六本木の都市伝説がまさに始まった。吸血鬼VS翔子と純。


 Vと吸血鬼エクスキュターの戦いだ。



「おれハジメ、こちらは弟のジロウ。戦う前に話がしたい」

「いいわよ、わたしは翔子」

「純でーす」

「どうしてぼくらの居る場所がわかるのかな。もしかして、いまはやりの超能力?」


 そんなことは翔子はいちども考えていなかった。たしかに池袋駅の地下通路でVに遭遇してから毎日のように戦ってきた。


 これって異常なのかもしれない。平和な人の世を転覆させようとしている。わたしたちの生き血をすって生きている。わたしちたを食い物のにしている。だから消去する。絶対的な悪であるから、倒すことになんのためらいもない。テロまで起こそうとしている。反社会的存在だ。抹殺してあたりまえ。当然のこと。そう信じて戦ってきた。


「それは昔堅気の強硬派のやっていること。ぼくらは噛みついてもほんのチョッピリしか血は吸わない」


 ジロウが誇らしげに説明する。


「それでも、人の血を吸うからにはぼくらの敵だ」純が断定する。

「人間ほど残酷ではない。ひとはひとを平気で殺す。戦争をし大量殺人を正当化する。ぼくらは仲間同士で殺し合いなどしない。仲間の血を吸えば、ぼくらは溶解する」


 ジロウが胸を張って言う。


「ぼくらはニュータイプなんだ」


 翔子の携帯かなった。


「百ちゃんがたいへん。青山墓地の陥没地帯でVにとりかこまれている」

 玲加からの連絡だ。

「純、青山墓地よ。あんたら付いてきてみる」

 

「こいつら死んでなんかいなかった」

 百子が駆けつけた翔子にいう。

「おまえらこそ、バカか。ぼくらは墓に埋められても生き返るの。それを忘れている」 

 翔子との会話がすんでいないからと、ハジメとジロウは付いてきた。のんびりとしたものだ。


「ハジメとジロウ。よくきた。参戦しろ!!」

「ヤーダネ」

「なんなの、コイツ」

「Vのニュータイプだって」


 襲ってきたVを片手で切り捨てた。翔子が百子に応えている。Vが陥没した大地から腕をつきだす。顔がでる。胸が現れ、地上に躍り出る。


「こいつら増えるばかりよ。ルイの仇!!」

 クミがVの群れに斬りこむ。

「どうした。ハジメ。ジロウ」

「ぼくらはニュータイプ。穏健派。ゴメンね、戦えないよ」

「なにほざく。どけ」


 ひときは巨体のVが丸たのような腕でハジメを払いのけた。のけられなかった。腕を逆に取られた。ハジメに投げ飛ばされた。


「いけない、ダメだ。Vが人間の味方するなんて古今東西金輪際あってはならないことだ」


「言葉まで古いんだね」

 ジロウがひやかす。


 ミイマがハーレーダビットソンの鼓動も高らかに戦いの渦の中に乗り込んできた。


「うわっ!!! あこがれのミイマだ」

 ハジメとジロウが歓声を上げている。

「なら……わたしたちの味方してみる」

「いいよ。よろこんで、ミイマの味方する。ミイマはじぶんのためにたたかっていない。人間とぼくらが共存できないかと模索しながら戦っているの、わかっているから」


 何かおかしな成り行きになってきた。


『転調の兆し』がいま起きている。

『ひととの共存の道』選んではどうなのと、わたしが雑司ヶ谷で説教したことが吸血鬼界で風評となっているらしい。ミイマはうれしくなった。


 それはここだけ、ハジメとジロウの周辺の吸血鬼だけの意見だった。周りではVとかけつけたクノイチ48のメンバーが凄惨な戦いをくりひろげている。



 クノイチガールズは6人で組んでVと戦っている。

 このところの戦いで欠員もできている。

 6名で一班。一班が8組集まって、クノイチ48名のチームだ。そのチームリーダーが百子。もっとも臨戦態勢によっては一人でも戦わなければならない。


 墓石に顎をのせ、左手で墓石をだいて、右手で仲間に最後のメールを打ってよこした小太郎。

 

 壮烈な討ち死にをしたコタ。

 コタ班の班長だった。正式にはイガノクノイチを一文字だけ用いて班の名前にしている。そして百子の班だが、呼びやすいので班長の名前で呼んでいる。コタは正式には、イ班の班長だったことになる。

 

 戦火のなかからクミを救い出したルイ。ルイ班の班長だった。クの班だ。

 

 ninjyaの修業で体をしぼりこんでいる。美しい体型のガールズだ。新体操のような美しい体さばきをみせて戦っている。陰惨な戦いに花を添えている。

 

 そして、たびかさなるVとの戦いで学んだ。十字手裏剣よりもミイマ特製のバラ手裏剣のほうが効果がある。さらに野州は鹿沼産の皐月――刺し木を矢尻とした半弓で射る。クノイチの武器は日々進化している。とはいっても、手工業的武器だ。

 

 Vが麻衣に鉤爪ををつきだした。麻衣は鉄鉤爪で受けた。爪には爪を。そうおもって装備した忍者の暗器だ。隠し武器がVのナイフのような爪と触れ合って火花をちらした。チャリンという音がした。麻衣は宙に跳んだ。回転まわしげりをくりだしながらVの眼に鉄鉤爪の突きをかませた。


「鉤爪はあんたらだけの武具じゃないのよ」

「ああ、おれの眼が、眼が」

「あんたらなんか、目じやないよ」


 双眸から青い血をながすVに矢がつきたった。Vがハリネズミとなった。青い塊となった。吐き気をもよおすような臭いをたてた。消えていく。


「ハジメ。ジロウ。なに日和(ひお)っている。はやく戦え」

「やだね。こんなきれいなお姉さんたちとは戦えないよ」

「バカカ!! ほざいていろ」


 ミイマは悲しみながらもBVを斬る。元は同じ堕天使。天国を追放された仲間だ。といっても、ミイマの一族は薔薇のトゲで指を刺された。ソノ血を吸っているところを見咎められての追放だ。以後、血は吸っていない。それがホワイト・バンパイアだ。WVだ。


 神に反乱したルシファーに盲従しているのがBVなのだ。だからVと一言でいうが彼らはBVなのだ。そのなかの過激派がいま戦っている相手だ。


 BVはあいかわらず血を吸い、ルシファーに従っている。その二つさえなければ……なんとか人間と共存できるものを。――残念だ。ガツとVの骨を断つ。手ごたえには悲しみがともなっていた。悔しい。GGの無念を晴らしているという思いもある。複雑な心境だ。そこに隙ができた。「ミイマ!! 後ろ」百子が遠くで叫んだ。

あのひときは巨体のVがミイマの喉に腕をかけた。小柄なミイマは宙に持ち上げられた。


「止めろ!! ボス」


 ハジメが巨体にとび蹴り。バンとはじき返された。鉄パンでできているような体だ。腕を巨体のVが振った。ミイマは投げ飛ばされた。

 瞬間鬼切丸が流星のようVの喉にすいこまれていった。ミイマは崩落現場からつきでていた鉄骨のうえに落ちた。


「ミイマ」何人かそれを目撃した者たちが悲鳴をあげた。

 ミイマの腹部から鉄骨の先がつきでている。苦しそうな息の下から、明るい声。


「心配しないで。わたしは死なない。死ねない体だから。でもこのままGGに会いにいってもいいかな」


 ミイマは赤い血をながしていた。眼から涙。痛い、苦しい。でも、ミイマの涙はGGを想ってのものだ。



「ミイマ。口きかないで」


 翔子の携帯から、大森のモニタールームにいる玲加の声がする。

 モニターでミイマの負傷を見ての指図だ。玲加の声をきいた。苦痛に耐えて話していた。ミイマが沈黙する。そうだ。いまは体力を温存しなければ。これくらいの傷でも体力を消耗すると危険だ。


 だいいち、気力がなくなる。生きようとする意欲がなくなる。GGに会いたいと思っている。どう危険なのかは経験がないからわらなない。長い眠りに落ちるのかしら……。


 パイプは左の肩甲骨の下のほうにも突き立っている。二か所の傷口から血が噴き出ている。内臓に破損はないはずだ。大量の血が流れている。


 クノイチガールズが忍刀に仕込まれたヤスリでパイプを切っている。


 青山は雨になった。トワイライト。斜陽が黒雲に陰り遠くで冬の雷がなっている。降る雨を嫌った。ボスVをミイマに倒された。Vの群れは迫りくる宵闇の中に紛れていく。流れる水に弱い。雨が強くなった。救急車が到着した。


「原宿の藤麻病院におねがいします。知り合いだから」

 翔子が救急隊員に不安を隠しきれない声で頼んでいる。そんなに心配することはないのに。

 純も乗り込んでくる。


「わたしも、あと麻衣たのんだわね」百子の声だ。

「はい。リーダー」

 麻衣の声をあとに救急車はスタートした。五分とかかるまい。

 ……ミイマはGGと出会ったころのことを思っていた。


 GGの思念をキャッチするまで……あのときも長いこと沈黙していた。

 MV(マインドパアンパイア)であるわたしは人の思念をよく吸いとる。

 悪いこころの思念だと消化不良を起こす。悲しくなる。ときには嘔吐する。

 わたしをどう感じているか、直ぐにわかってしまう。

 ながいこと眠っていたこころに、透明なすんだこころが触れてきた。

 悲しんでいた。あきらめようとしていた。


 悲しんでいた。父の病を。母の病を。

 あきらめようとしていた。作家になることを。


 わたしに助けられるかもしれない。

 悲しみをやわらげてあげられるかもしれない。

 わたしは長い眠りから浮かび上がった。

 ……向こう岸から橋をわたって若者が来る。

 わたしはこちら側から橋を渡り始めた。

 ふたりは、橋の中央で眼と眼があった。


 この人でいい。この若者と現世で暮らしてもいい。


「傷よりも、こころが衰退しているのが心配なの」

 玲加が話している。衰退だなんて難しい言葉使っている。

 この歴史に明るい、歴史好きの歴女はほんとうは何歳なのか。

 ……わたし訊いたことがない。

 ……手術台に乗せられている。


「先生、わたしたち特異体質……」

「みなまで言うな。神代寺とは古い付き合いだ。それを承知で来たのだろうが」

「よろしくおねがいします」


 玲加が大人びている。玲加ちゃん、幾つなの? 


 あのときも若者はわたしにそうきいた。


「幾つなの?」

「どうして?」

「未成年を誘惑したなんて、おやじに笑われそうだ」


 オセジでないことはわかっていた。

 わたしが、余りあどけないので……彼がたのしそうに笑っている。

 あどけないのは、あなたのほうでしょう、とはいわなかった。

 いえば、わたしがひとのこころを読めることがわかってしまう。

 ……でもいっかは、告白しなければ。


 あれからながいこと彼と過ごした。

 わたしにとつてはほんの一瞬だけど……。

 彼がGGとなるまで、たのしかった。バラに囲まれた日々。


「バラをもってきたからな」

 バラ園から父が駆けつけてくれた。

「バラのベッドに寝ていれば、すぐによくなる」

 父が枕元で玲加と話している。

「廊下は翔子と純が見張っている。そとは百子とクノイチ48のメンバーがいる」

「あいつら。復讐にくるのですか」

「来るとおもう。ミイマが倒したのは、おそらくかなりの大物だ」

「油断するな。Vも必死だからな。地下都市を二か所も潰された恨みもある」

 

 ……わたしはこのまま長い眠りについてもいい。

 

 GGに会いたい。彼と会ったころにもどりたい。



「ミイマはやく目覚めて。心拍も血圧もすべて正常なのよ。GGと遊んでいるのでしょう。玲加にはわかるよ」

 

 病室の窓の外ではすっかり雨はやんでいた。

 表参道ヒルズなどのイカス、クリスマスの飾りつけ。

 イルミネーションを見ようと繰り出した人の波。

 そのざわめきが、伝わってくる。彼氏と腕を組んで胸を弾ませている。

 コマーシャルの幻影にマドワサレテ華やいで今この時を過ごしている彼女たち。

 

 いいなぁ、わたしちたちもそうしたい。でも、わたしたちにはむりだ。

 平凡な恋人たちのようにたのしく街を歩くことはできない。わたしたちはひとの目に触れてはいけない。わたしたちの戦いは人目に触れていけないのだ。

 

 だからこそ、ミイマが結婚して子供を三人も育てたことは――。

 奇跡のようなできごとだった。わたしたちの歴史に残ることだった。わたしたちに希望の灯をともした。


 人との共存。あのままずっと、GGの故郷で生きていければよかったのにね。結局は、東京に呼び戻されて、不幸な結果になった。わたしたちもザンネンだったよ。


「ミイマ、はやく元気になって」

 

 人の世に不幸をもたらすVと戦いましょう。

 人の世に不幸や混乱をもたらすVと戦いましょう。

 人の世を、わがVの世に転覆させる。

 バカげたことを考えているVと戦いましょう。

 

 もう……こうなったら全面戦争しかないと神代寺の始祖も、ここの院長先生と話していた。


「ミイマ。夢からさめて。わたしたちには強力なミイマのリーダーシップが必要なの……」


 窓の外、はるか上空で稲妻が光ったようだ。少し遅れてかすかな雷鳴。

 玲加がミイマのためにシャネルの表参道ブティックで買ってきたルージュココ。魅惑的な赤。ミイマの漆黒の髪によく似合う。


「ミイマ。これはオクリビトの死化粧じゃないからね。卯の花に兼房見ゆる白髪かな、だ、からね。戦いの前の化粧だからね」


 兼房が白髪を黒く染めて戦ったという故事を思い出すところがいかにも歴女。

 さすがに玲加。


 部屋の電気が暗くなった。明滅をくりかえしている。

 そして。

 キタ。

 きた。

 来た。

 あまり歓迎したくない鬼の腕が玲加の頭上から突き下ろされた。


「羅生門の鬼ね?」

 これまた故事にのっとったセリフだ。歴女の面目躍如。


「よく知っているな娘。さすが不死の一族」

 声だけが天井から聞こえてくる。


「それをいうなら、わたしにもいって。不死の一族。そのとおりよ」

「ミイマ!!」

「タダイマ。玲加。心配かけたわね。あなたの思念はわたしにとどいていたからね。ありがとう」

「なに、イチヤついている。おまえらL(Lesbian)か」

「ちがう。MVよ。マインドバンパイア」


 鬼がにやにや笑っている。鬼が笑うとよけい不気味だ。


「弟を消滅させたミイマとはおまえか。どこかであったな」


「あんたら、あの奈良から平安京にかけて都を荒らした鬼の三兄弟」

「美魔なのか。あの玉藻の護衛隊長の美魔なのか? それにしてはわかすぎる」

「ほめていただいて恐縮」


 ミイマの化粧したばかりの美しい唇から皮肉がとびだす。鬼は弟を消された憎悪に目をらんらんと輝かせている。肌はうろこ状で青黒い。あまりに定番通りの姿だ。


「これならどうだ」

 今風の草食系の若者。肉食の鬼の変身だ。

「これならデートしてくれるか」

 笑っている。目だけは弟の復讐心に燃えて深紅に血走っている。どばっと腕をふるって襲ってきた。ミイマをかばつて玲加がバラの鞭で応戦する。ミイマが鬼切丸を枕元からとりだす。


「あなたもこの鬼切丸の餌食になるのね。茨木童子さん」

 ミイマは目前の鬼の名を思い出した。


「手ごわいわよ。玲加」

 廊下でも争いあう騒ぎ。翔子と純が寝ずの張り番をしていたのに。この騒ぎに部屋にかけつけないのを玲加は不審に思っていた。こいつは一人で来たわけではないのだ。

 そとにもVがいる。そしてクリスマス商戦にわく原宿通りがしんと静まった。

 クノイチガールズも戦いの渦ににまきこまれた!! 


 妖空間に原宿が閉じ込められた。



 ミイマの病室の天井を破って侵入した茨木童子。ミイマは冷静な声で語りかけた。戦いの前の静けさを思わせる。


「病院に迷惑かけられない。外に出ましょう」

「望むところだ」


 バリンと天井を突き破って茨木童子が消える。


「あいつ、なに聞いているの。病院を壊して平気なの」

 天井の破損個所を恨めしそうに見上げるミイマ。


「それなに? 百子」

 外ではすでに翔子や百子が戦っていた。

「流星錘」

「翔子。わたし、コタやルイに死なれて悲しかった。責任感じてた。悔しかった。十字手裏剣がきかない敵だった」 

「暗器の名は――?」

 翔子はわざとぶっきらぼうに聞いた。

 百子の感傷を断ち切るためだ。

 たしかに大勢の仲間に死なれで百子は暗くなっている。

「りゅうせいすい」

 ビュンと長い紐の先の錘(すい)がVの喉を打った。

 ドバッと青い血が噴いた。

 ケヤキ並木の梢までふきあがった。


「いつまでも同じ武具で戦うとは思わないで」


 百子が勇ましくVに向かって叫ぶ。まるでそれが合図であったかのように、見よ!!! クノイチ48のガールズの手元を!!!!!!

 鎖鎌。

 梢子棍(しょうしこん)と打撃武器。

 射程武器の半弓。クロスボウ。

 諸葛孔明の発明と伝わっている連射のきく諸葛弩。


 Vとの戦いで百子は学習した。

 古典的な武器であってもまだ効果がある。

 いや古い武器だからこそ効果があるのだ。

 日本古来の鬼がその主要メンバーであるV軍団には効果があるのだ。

 すっかりさまがわりした攻撃にVはたじたじだ。


「錘にも矢尻にも銀をつかった。刀エクササイズで稼がなきゃね」


 百子がようやく活気づく。妖空間に閉じこめられて、活人画のように動かない原宿の賑わい。クリスマスまえのど派手なエルミネイション。静止した女には、恋人がVであったことなどわからない。


 あわや、血をすわれ。Vの餌食になるのを救われたこともわからない。

 やがて、妖空間が開ける。となりに恋人がいない。何人が悲鳴を上げるのだろうか。肩を並べ、手をつないでいた恋人がVであった。血をすわれる危険のない世の中。身近なものに襲われる。そんなことが起きないで、生きていけるように、わたしたちは戦っている。


 翔子も百子も同じ思いだ。いや、ここ、まさに戦乱の巷で戦っているみんながそう思っている。


 ミイマは茨木童子と戦っている。

 童子は弟を殺された恨みがある。

 ミイマにはGGを殺された恨み。

 お互いの、怨念のぶっかりあいが火をふく。


 ミイマは美少女。

 童子は草食系のイケメン。


 だが怨念の猛々しさが死闘をくりひろげている。

 ミイマの傷は完全には癒えていない。

 純がサポートしている。

 玲加がミイマを襲おうとするVをばら鞭で撃退する。

 翔子も駆けつける。

 GGがいないのだけが寂しい。

 麻衣の班。

 昇格してクミがルイの跡を継いだルイの班がたたかっている。

 クミは班の名前をかえることには反対した。

 いっまでも、ルイの名前を残したい。

 銀の打撃。

 銀の矢尻で攻め立てられ、Vは浮足立っている。

 絶叫。

 苦鳴。

 断末魔の叫び。

 BVからもクノイチガールズからも上っている。


 今宵また無名のまま、少女の命が原宿の路上で消える。

 遠くで鳴っていた雷鳴が近寄ってきた。

 空には稲妻が。

 地上には戦いの雄叫び。

 そして――純が――。



 ミイマの右肩がまだ治りきっていない。

 純がミイマの右サイドを固めている。

 翔子が左側を守ってVと戦っていた。

 Vはこのさい一番邪魔になる、ミイマに攻撃を集中してきた。Vが人にまぎれて、吸血行為に励もうとすると、かならず邪魔される。


 銅のような血の臭いがミイマには嗅ぎあてられてしまう。

 ゆっくりと血をすっていられない。

 なにせ彼女はMVなのだ。そして死なない女。玲加も同族だ。

 翔子も純も、クノイチ48のメンバーもVの行動をよく感知する。


「翔子。気をつけてよ。今夜のVは手強いよ!!」

「百子の武器が有効なのよ」


 流星錘の錘が風をきる音がする。

 ビュっと錘が弧を描く。そこにはかならず血を流したVがいる。肉片を削がれたVが青い粘液を垂らしている。妖空間でひとびとの動きが止まっている。


 街の騒音もしない。鎖鎌の分胴も唸る。Vは音に敏感だ。いらいらしている。

 今夜こそ。とミイマは思った。GGの仇を撃つ。

 Vをまちがいなく追いつめている。

 クノイチ48のガールズは最強だ。

 Vという怪異な生き物にもひるまない。

 いままでのわたしの戦場では、勇気を鼓舞してたたかうことがまず大切だった。

まして、この敵はVなのだ。平成になってからは純のような男はめずらしい。女の子がやたら強くなった。特殊な相手におびえてはいない。スゴイ。リツパヨ。


 仮想現実(ばーちゃる・りありてい)の世界で。

 架空の、異世界体験をしているからだろう。

『アバター』にしても『トワイライト』にしてもあれらの映像。

 電子工学的なメカニズムによって。異界の敵と戦うことにならされているのだ。

 なにが起きてもおどろかない。

 どんな怪物が出現しても不安はない。

 むしろこの戦いをたのしんでいる。

 スゴイ。

「ミイマ。右!!」

 純の叫びではっとわれにかえった。戦いのさなかに思っていけない。

 注意が散漫になっていた。Vの攻撃が翔子に集中していた。

 ミイマは翔子に右サイドを守られていた。それで正面のBVと戦うことができた。

 右手の鬼切丸を翔子を取囲んでいるVに突きだした。

 突きながら跳んだ。着地するときに剣を稲妻状にふるってさらにふたりのBVを倒した。このときだ、左にいた純に茨木童子が右手を長く伸ばした。


 ミイマの真向かいにいたはずの童子だ。その手の先には!!

 翔子のそばに走りょって来ようとしていた純!!

 童子の手の先は、X―メン。アダマンチウムの爪のように見えた。そのナイフの爪が矢のように飛んだ。一瞬そう見えた。純がみ切れなかった。まさか爪が倍近くのびるとは!!

 爪は純の胸に鋭くエグッタ。突きたった。

「純!!」

 翔子が絶叫した。翔子も純が刺されるのを見た。翔子の絶叫が戦場を切り裂いた。すべての動きが止まった。そして、純が倒れた。胸から血を噴いている。真っ赤な血が噴き上がった。


「カクゴ!!」


 ミイマの鬼切丸が勝ち誇った茨木童子の眉間に突きたった。


「ナンノコレキシ」


 童子は鬼切丸を握った。「翔子!!」駆けつけた百子が童子の首に錘を投げた。


 ――そして、純は――。



 そして純が――瀕死。


 純は集中治療室にいる。翔子が清潔すぎる白衣で付き添っている。

 泣いている。声はでない。出せない。ほかの患者もいる。本来なら、付き添うことだって許されないはずだ。


 さいわいというか。藤麻(とうま)病院の前で戦っていた。

 純はタスカルノダロウカ。

 茨木童子をミイマが倒した瞬時、妖空間が消えた。


 駆けつけた百子の父の部下が純のながした血の跡を洗っている。

 血は早くも路面にしみこんでしまった。なかなかきれいにはならない。

 倒したVの死体や部位は再生を図られないように焼却炉におくられた。

 ヤッラを焼く火はどんな色の煙を上げるのだろう。百子は思っていた。


 超法規的な処置を異能部隊はとれる。

 彼らの作業はカメラでとらえている。

 原宿をいく群衆はロケくらいにしか思っていない。


「ワタシの彼いないシ」

 と騒ぎたした女の子もいた。だがそれもすぐにおさまった。

 原宿通りは元の静かさに、と言うか――喧騒にもどった。


「あとは……百子、おれたちに任せろ。クノイチ48は解散しろ。ボランテアで戦うにはあまりに犠牲が多すぎる」

「暴走族に命令するようなこと言わないで。わたしは翔子が戦っているのをみて参加したの。それこそわたしの忍者としての血が騒いだのよ」


 街にはジングベルやサイレントナイトの音楽が流れている。ひとびとはひとまず平和にクリスマスを迎えようとしている。


 ……わたしと純。

 デートしたことあるのかしら。

 遊園地にいったことはない。

 映画もいっしょに観たこともない。

 やっとふたりだけで街にでても、すぐVとの争いにまきこまれてしまう。


 やだよ。純、死なないで。


 純に死なれたら、死なれたら、わたしどうすればいいの。

 ……わたしと純。

 好きだよ。愛している。

 そう――もっともっと言っておけばよかった。


 死なないで純。


 涙がとまらない。


 涙がとまらない。


 ……お兄ちゃん。


 純、お兄ちゃん。


 サヨナラじゃないよね。


 もどっときて。


 わたしの呼びかけに応えて帰ってきてくれたんだから。


 こんどもアチラにいかないで。死なないで。


 これらもずっと、ずっと翔子といっしょにいて。


 もうどこにもいかないと誓って。


 死なないで。


 ミイマは呆然と廊下の長椅子に座っていた。

 長い歴史を生きてきた。

 若者が血をながして死んでいくのもみた。

 でも。

 翔子と純。

 あのまま。

 純が……蘇生しなかったら。意識がもどらなかったら。


 その翌日。小泉純は死んだ。

 村上翔子は純の遺体にすがって泣いた。

 はらはらとこぼした涙が純の涙痕に重なった。

 純は口惜しかった。死にたくなかった。

 クヤシナミダをこぼしにがら死んでいった。

 わたしと共闘して、これからも、吸血鬼を処刑したかったはずだ。

 翔子は涙のなかからけなげにも、立ちあがった。

                              

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