第2話第2章「初めまして恋心」
「それじゃ要ちゃんまた明日ねー!」
「じゃあな要!あ、今日の宿題…終わったら答え送ってきてくれよ」
「は?仙波…お前ただでさえ成績悪いんだからこんなことしてると赤点だぞ?…それじゃまた明日な」
ようやく長い授業が終わり解放された学生は楽しそうに馬鹿話をしながら家路を急いだり寄り道を楽しんだりしている。5体の悪魔を屠った日から3日が経ったが要の日常は変わらない。ただ少し違うといえば要はこのまま帰宅するのではなく会社、というか事務所に行くことだ。昼間に社長から事務所に来てほしいという連絡が入ったからだ。その声はどこか嬉しそうでほくほくとした感じだったからきっとほしかったお宝グッズをゲットしたから見せびらかしたいだけかと要は思っていたのだが…。
「要君!お小遣いをあげよう!」
「…は?」
「いやいやお小遣いだよ?お金だよ?ほしくないのかい?」
「確かにお金はほしいですけど…どうしたんですか?もしかしてやばい企業始めちゃいました?それとも闇金にでも…」
「もぉ…やだなぁ…私が稼いだんだよ!」
そう言って後ろにえっへんという擬音が付きそうなほどに偉そうに胸をそらす社長。そのどこか子供っぽい動作に要の調子は乱されまくりだ。
「いや…稼ぐって言ったって社長の家って金持ちじゃ…」
「ま、確かに私の家はお金持ちだけどね。けど私だってお金稼ぐ時ぐらいあるよ!」
「で、何したんですか?まさか詐欺とか言わないでくださいよ。さすがに身内を警察に引っ張っていくのは勘弁ですんで…」
「要君の中で私はどういうお金の稼ぎ方をしてるんだい…?ちょっとお姉さんに教えてくれると嬉しいなぁ…」
ねっとりとそういって要の身体に密着する桜庭社長。花のような香水の匂いと大人独特のフェロモンたっぷりの色気、さらに密着した少しむっちりとしてむにゅむにゅとした身体つきが要の理性に襲い掛かってきた。さすがに健全な青少年の要には刺激が強すぎたようで真っ赤な顔をして黙ることしかできなかった。
「ま、それはまた今度じっくり聞くとして…。このお金は悪魔を討伐した報酬。要君が学校に行ってる間に依頼が来てね、軽いものだったからさくさくっとこなしてきたのさ」
こう見えても社長は悪魔祓いだ。今は前線を引退しているがたまにふらっと悪魔を討伐して回っている。要が社長から悪魔祓いとしての教育を受けたのはこういう背景があるからである。
「はぁ…社長…あんまり危ないことしないでくださいよ…俺たちにとっては親みたいな人なんですから…もしいなくなったら俺たち路頭に迷いますよ?」
「ははは、ごめんごめん。今度はちゃんと要君に連絡するよ。だから今回はこれで許してくれないかな?」
社長は封筒に入っていた万札をちらちらと見せつける。さすがに要も万札の魅力には勝てるはずがなく仕方ないなとため息交じりに社長の行動を許してしまう。
「…で、俺をここに呼んだ理由って…まさかこれだけ?」
「いやいや、そんなことないよ」
そう言った社長はさっきまでのおちゃらけた感じとは打って変わり今は真剣そのものだった。
「悪魔を見たという通報が入ってね。どうにもほかのギルドはこれを見逃すようだ。また被害が出てから依頼者に金をがっぽりせしめようという魂胆だろうね」
野良悪魔の通報は数多にあるが普通のギルドならこれを見逃す。何せ悪魔は彼らにとっては金の生る木同然だ。人間に危害をくわえれば大量の報酬を持った依頼主が助けてくれと必ず転がり込んでくる、それを見越してこうやって見逃しているのだ。なんとも腐っている、まさに悪魔祓い、いや、人間こそ真の悪魔だとも思えてしまう。
「さすがに見逃すなんてできるわけないから俺が討伐して来いってことだな」
「そう、わかってるね要君は」
「何年この仕事やってると思ってるんですか…」
「…そうだね。君はまだ10代後半だってのに年期だけは人一倍あるもんね…」
寂しそうにそう言った社長の横顔は憂いに満ち溢れていた。要は何か言葉を紡ごうとしたがあまりいい言葉が見つからず結局悪魔の詳細を促すことしかできなかった。要の内心は何か物が詰まったみたいにもやもやとしていたがそのまま戦場へと向かった。
「要君、この公園だ。どうだろう?悪魔はいるかい?」
「いや…目視はできない…それにまだ日が高い…気配を隠している可能性もあるな…」
要の上空にはまだ太陽がぎらぎらと輝き日を放っていた。少し上を向くだけで眩い光に目が焼かれそうだ。
「こっちも詳しい位置まではまだ把握できてないんだ…ごめんよ」
「いや、大丈夫だ…」
「キャー!」
と、不意に耳をつんざく甲高い叫び声が公園の奥の茂みになっている場所から聞こえてきた。木々が生い茂った茂みの奥なら日もあまり当たらない、悪魔が活動するにはうってつけの場所だ。インカムから聞こえる急いでという声に急かされて要はバッと飛び出した。
がさがさと木々をかき分けて奥へ進んでいく。その途中悲鳴が断続的に聞こえて早く行かないとと足を急かした。だんだんと叫び声が近くなってくる。そして飛び出した先、円状に開けたその場所に悪魔がいた。人型の悪魔の目の前には要が通う学校の制服を着た女の子がいた。中学生かと見間違えてしまうくらいの幼く可愛らしい顔立ちが涙で濡れてしまっている。それに制服もところどころ傷が入りちらちらと下着が覗いて少しいやらしくなってしまっている…。
(うはぁ…何あの娘…中学生にしか見えねぇ…身長も低いのに…おっぱいはおっきいんだな…ごく…って俺は何を見惚れて)るんだ!)
ぺたんとへたり込んでしまっているが身長が低いというのは見た目にもわかった。たぶんクラスでは下から数えたほうが早いぐらいの低身長だろう。けれどその身長の割には胸は豊満に成長していて、そこだけは要の同級生の平均、いや、それ以上のものだろうと確信した。
「うぅ…怖いよぉ…私食べてもおいしくないからさ…ね?だからやめてよぉ…」
頭が少し弱いのか、それともパニックになっているからか言動がバカっぽい。そんなことで引き下がってくれる悪魔なんていないだろうに。じりじりと悪魔は女の子に近づいていく。彼女はゆっくりと後ずさりして、そして木にぶつかった。絶望した顔で後ろの木を恨めしそうに見つめてぎゅっと彼女は目を閉じた。もう諦めたのだろうか。
「だれか…助けてよぉ…」
(一般人の前であんまりこういうことはしたくないんだけど…仕方ないか。人命優先だ)
「おい…クズ…その娘にこれ以上近づくな…」
「なに…?」
女の子に夢中になっていたのか悪魔の背後はがら空き状態で簡単に要は銃を突きつけることができた。安全装置もすでに外しており後は引き金を引くだけでこの悪魔の頭は簡単に吹っ飛んでしまう。けれどこの女の子の目の前で悪魔の頭を吹き飛ばすには要には抵抗があった。だからここはいったん丁重に退場してもらうことに要は決めた。
「今お前の頭に突き付けられてるモノ、わかるよな?死にたくなければさっさとこの場から離れろ」
「ちっ…この俺が背後を取られるとはな…」
「大丈夫か?ケガはないか…って聞くのは野暮か…安心しろ、俺が助けてやるからな」
「う、うん…」
女の子は突如乱入してきた要に混乱しているようだったが、助けが来たと理解したのかほっとした風に表情を緩めた。その頬を安堵の涙がつつぅと伝った。それに大きくてくりっとした瞳が要をまるでヒーローでも見るかのように輝いていた。
「さて…さぁ…早く退場してもらおうか?」
「なめるなよ…人間風情が…!」
「あ、危ない!避けて!」
彼女が叫んだのと悪魔が振り返り隠し持っていた刃を振るってくるのとはほぼ同時だった。しかしその攻撃は彼女の忠告により要に当たることはなく、黒く怪しく光る刀身は虚しく空を切った。
「はぁ…人がせっかく逃がしてやろうって言ってるのにな…馬鹿な奴め…」
「ふん!人間ごときの命令を聞く俺様じゃねぇよ!貴様のその舐め腐った口が二度と聞けないようにしてやるぜ!」
そう叫んだ悪魔だったが要は一つ大きなため息をついて聞き流すだけだった。こんなに低レベルな奴が相手だと頭痛が収まらない気分だ。
「ごめんだけど少しだけ目をつぶっててくれないか?ちょっとこいつを黙らせたいんでね」
要の言葉に女の子はうなずき素直に目を閉じた。ご大層に耳まで塞いでしまって、きっと銃声対策なんだろうなと要は思った。
「あぁ、そうだ。一つ質問なんだが隻眼の悪魔を知っているか?」
「あ?隻眼?知らねぇよそんなの…うぎゃぁぁぁぁ!い、いてぇぇぇぇ!」
「そっか…ならおとなしく死んでろ」
右腕を撃ち抜かれて叫んでいた悪魔だが要の冷たい一言と同時に放たれたもう一発の冷酷な鉛玉がその叫びをシャットアウトした。もう二度とそいつのバカな言葉もアホみたいな叫び声を聞くこともないと思うと要の内心はすっきりした気分だった。
悪魔の死骸を女の子に見えないように茂みに隠して体についた血も極力拭き取っていく。血が付いていれば女の子が怖がると考えたからだ。
「よし…これぐらいでいいかな…ほら、君、もう大丈夫だよ」
「え…?もう…終わったんですか…?」
「あぁ、君を襲っていた悪魔は俺が退治したから心配しないで」
「あ、ありがとうございます!私すっごく怖くて…どうしていいかわからなくて…死んじゃうかもしれないって思ってたのに…ほんとによかった…私…まだ生きてるんだ…」
女の子は改めて自分の無事を確認して安堵したのかまたぼろぼろと涙を流してしまった。要はその子の前でしゃがみ込み昔妹にやっていたように頭を撫でた。その動作は要の無意識の行動だった。けれどどういうわけか彼は懐かしい気分に浸っていた。
それはこの女の子がどこか妹に似ていたからだった。あのまま眠っていなければきっとこれぐらいの身長だろう、まだ幼さの残る顔立ちにくりくりっとした瞳、ぷにっとしていて少し赤みがさしている健康そうな頬、その女の子の顔に要は成長した時の妹の姿を重ねてみていた。ただどうしても妹と重なって見えないところが低身長の割に大きな胸と、左右非対称の茶髪めいたツインテールだった。
「ぐすっ…慰めて…くれてるんですか…?」
「あ、ご、ごめん!俺、無意識にやっちゃってたみたいだ…嫌、だったよな…?」
慌てて要は手を放す。しかし女の子は寂しそうな、そしてどこか物欲しそうな潤んだ瞳を向けてもう少しして欲しいとおねだりしてきた。さすがに女の子にこんな瞳を向けられて断れるわけもなく、要はまた彼女の頭をなでなでした。
「ふにゅぅ…気持ちいい…なんだか落ち着きますぅ…」
「そうか…そろそろやめてもいいか…3分ぐらいずっと撫でてるから疲れたんだけど…」
「だめです…もうちょっと…ってあれ…?そういえば私…服…キャーッ!やっぱりボロボロになってる…!パンツもブラもちらちら見えちゃってるよぉ!ダメダメ!見ちゃダメぇ!」
しかしそれも今更である。要は服の破れ目から見えるピンク色のブラとパンツをじっくり堪能した後だった。年頃の男の子ならこのチャンスを逃さないはずもない、それは要も例外ではなくしっかりと脳内メモリーにも保存されていた。
「だ、大丈夫!み、見てないよ…!」
要はそう弁解するも口から出る言葉はどこか白々しいものだった。しかし女の子はそんな要の弁解は耳にも入っていないのか思いっきり戸惑ってしまっている。もしこのまま放置していれば要を殺して自分も死ぬとまで言っちゃいそうな雰囲気である。さすがにそこまでいかれると面倒なので彼は羽織っていたコートを彼女にかけてあげた。
「ほら…それ、貸してやるから隠してろ…」
「あ、ありがと…えへへ…優しいんだね…あ、そういえば名前…」
「ん?俺か…俺は…要だ。凍夜要」
あまり深く関わるのはこの子のためになるとは思わなかったが名前だけなら、という安直な考えで名乗ったのだが、これがその後の要の人生を左右する出来事になるとは想像もできなかった。
「そっか…要君っていうんだ…私は時雨。鈴谷時雨(すずやしぐれ)だよ」
「鈴谷…さん、ね」
「時雨って呼んでよ。そっちのほうが可愛くて好きなんだ」
「なら…時雨…さん?」
「さん付けもいらないよ。見たところ年上そうだしそういう堅苦しいのは無し!」
えらくフランクな態度に要は度肝を抜かれたがそれも一時だった。話していくうちにだんだんと慣れてきてしまっていた。で、慣れてしまったからか要は失言をしたことに気付かなかった。
「時雨のその制服って…確か購買部で申請すれば新しいのが買えるよな?」
「うん、そうだよ。…ってあれ?なんで要君そんなこと知ってるの?あ!もしかして同じ学校とか!?」
要はしまったと思ったがもう時すでに遅しだ。今更訂正しても不自然だろうし要は正直に話すことにした。
「そうだよ。俺も同じ学校、2年3組だ」
「そっか、2年生なんだ!じゃあ呼び方も要先輩にしなくちゃね!」
「お、おいおいやめろって恥ずかしい…」
「え~…でも先輩なんだしちゃんと先輩って呼ばなくちゃ!」
(先輩、なんて呼ばれたの初めてだよ…。ラノベとか漫画でずっと憧れてたけど…いざ呼ばれるとめっちゃ恥ずかしい…!)
要は真っ赤になりそうな顔をどうにか平静に見えるように保ち会話を続けようとした。が、耳元のインカムから社長の声が聞こえたのでそちらに耳を傾けた。
「要君、その子ほんとに大丈夫?大きなケガとかしてない?」
「あぁ、見たところ大丈夫だし本人もそう言ってた」
「そう…でも万が一ってこともあり得るし病院に連れて行ってあげて。いつもの病院だから窓口で名前を言えばすぐに診てもらえるはずよ」
「要先輩?誰とお話してるの?」
無垢な顔で時雨がそう聞いてくる。幼い瞳が興味津々といった風に輝いているように見えた。
「あぁ、桜庭社長、え~と…俺を雇ってる悪魔祓いのギルドのボス、みたいな感じかな」
「へぇ…社長さんとお知り合いなんて要先輩ってすごいんだね」
「で、もし君に万が一のことがあったら危ないから病院で診てもらえるように取り計らってくれたんだ。だから一緒に…って…そうだ…服…このまま街を歩くのも嫌だよな?」
「そうだ!じゃあこの公園のすぐ目の前にショッピングモールあるでしょ?あそこに私の行きつけのお店があるからそこでお洋服買っていこうよ!それに私先輩にお礼もしたいし…」
「でも…それだと店にその格好のまま入ることになるけどいいのか?」
「うん、大丈夫。今日これから服買いに行こうかなぁって思って目星をつけてたのがあるから選ぶ暇もなくすぐに試着室で着替えるし問題ないよ!」
「そうか、わかった。それじゃ行こうか」
「やったー!先輩と一緒にショッピングだぁ!」
要としてはなぜ初対面の相手とここまではしゃげるのかわからなかったが、時雨がさっきの悪魔のことでショックを受けていたりしていないだけましだった。これぐらい明るい笑顔をしてくれていれば問題ないだろうと要は内心で安心した。
まだ日は高く空を照らしていて要と時雨のファーストコンタクトの残り時間が十分にあることを示していた…。
「どうどう?似合うかな?」
試着室から出てきた時雨はくるりと回転して新しく買う服を要に見せつける。胸元に英字が書かれている真っ白なパーカージャケットに赤のフレアスカートという何ともシンプルで王道な組み合わせ、しかしセオリーにのっとっているからこそシンプルで時雨本来の可愛らしさが際立っていると思う。それにくるりと翻った時に左右非対称のツインテールがまるで彼女に絡みついているかのような錯覚を覚えて少しどきりとしてしまった。
「あれ?どしたの、無言になって…もしかして…似合わないとか?」
「あ、あぁいや、すっごくにあってると思うぞ、うん」
危うく見惚れてしまいそうになっていた要はかぶりを振って意識を元に戻す。時雨はそう、とだけ短く言ってそのままお会計へ。
「それじゃ先輩、お礼したいから上の階いこ?行きつけの喫茶店があるんだぁ」
そう言った時雨に連れられたのはデパートの最上階手前、ちょうどフードコートが集まるエリアの一番隅の一角にひっそりとたてられた喫茶店だった。気を付けないと見過ごしてしまいそうなほどに地味なその場所は要も訪れたのは初めてだった。
時雨は慣れた様子で扉を開いて中に入った。からんからんと心地よいベルの音が店内に響き渡る。
「いらっしゃいませ…っと時雨ちゃんじゃないか。いらっしゃい」
「こんにちはマスター!いつもの席空いてる?」
「もちろん。いつ時雨ちゃんが来てもいいようにずっと空けてるよ」
「お客さんがほとんど来ないから空いてるだけじゃないの?」
「ははは、時雨ちゃんってば痛いこと言うねぇ」
カウンターでコーヒーカップを磨いていた渋いおじさんは入店するなり時雨となれなれしく会話を始めた。時雨の話からするとこの喫茶店のマスターであり、そして彼女はこの店の常連ということがうかがえる。
「おっ、時雨ちゃん…そっちの子は…もしかして彼氏かな?」
「え!?」
「あらら、時雨ちゃん真っ赤になっちゃって…もしかして図星だったかな?」
「ち、違うよマスター!こっちはただの先輩!要先輩からも何か言ってよ!」
「えっと…何か言うって言ってもなぁ…あ、俺要って言います…時雨と同じ学校の2年生です。えと…恋人じゃないんでその…」
突然そんなことを振られても要には対処する能力もなくしどろもどろになってしまう。そんな要の様子がおかしかったのかマスターは快活そうにはははと笑った。
「ははは、ごめんごめん。僕もからかいすぎたみたいだよ。いやぁ…それにしても…要君かぁ…なかなかいい男だね。かっこいいというよりは美形かな?」
「はぁ…ありがとうございます…」
「ここでありがとうか!普通なら謙遜とかするのに…君はなかなか面白いな、気に入ったよ」
「ちょっとマスター!あんまり二人で盛り上がらないでよ!」
「あぁごめんごめん。それじゃ注文が決まったら呼んでくれよ」
そう言ったマスターはさっきの朗らかな雰囲気とは一転今度はダンディズムあふれる雰囲気でまたカップを磨き始めた。その様は久しぶりに会った親戚のおじさんと話してると不意におじさんのほうに仕事の電話がかかってきた、みたいな感じだった。
「さ、先輩。何でも好きなもの頼んでくださいね!お礼として私がおごりますから!」
「う~ん…後輩におごられるってのもどうかと思うんだけどな…」
要としてはさすがにそれは人としてどうかと思うが時雨は気にしていないようだった。それに断ってもきっと無理に注文させられるんだろうなと覚悟を決めてメニューを開いた。
(うわっ…高い…コーヒー一杯で500円もするのか…)
「あ、要君。うちのコーヒーは厳選した豆を使ってるからちょっと高めなんだよ。けどその分味は保証するよ」
「え!?な、なんで俺が思ってたこと…」
まさか顔に出ていたのだろうか。しかし要は思考があまり表に出ないタイプの人間だからそれはほとんどありえないだろう。
「要先輩…マスターって超能力者って噂があるんだよ…人の心が読めるとかコーヒー豆を触っただけでどの種類かわかったり…はたまた目からコーヒーが、口からミルクが出てくるって噂だよ…」
「まじかよ…」
さすがに最後のはあり得ないと思ったけれど、しかし前者二つは本物の可能性も見えてくる。プロ中のプロのバリスタじゃないだろうかと要は思ったが結局その真相は知ることはできなかった。
「じゃあ俺は…ホットコーヒーにしようかな」
「えぇ!?先輩コーヒーだけでいいの!?もっと頼みなよ!男の子なんだからいっぱい食べなくっちゃ!ほら、ハンバーグとかグラタンとかスパゲッティとかもあるよ!」
「いや…別に俺はコーヒーで…」
「時雨ちゃん、男はみんなね、喫茶店でコーヒーをたしなみながら英字新聞を読むというのに憧れているのさ。なぁ要君」
「いや、マスター…それいつの時代の男ですか…」
少し古めかしくて味のある店内にレコード音声だろうか、これまた味のある傷ついた音声の落ち着いたクラシック曲が響いて気分を落ち着かせる。それにだんだんと漂ってくるコーヒーを沸かすいい香りがさらに心をしっとりと落ち着かせてくれた。それに伴ってだんだんとマスター厳選のコーヒーというものがどういうものか早く飲みたいと舌が呻いているのが分かった。
「なぁ時雨…少し聞きたいんだけどさ…」
「ん?何かな、先輩?」
注文を待つ間暇なので要は気になっていたことを切り出すことにした。
「あのさ…俺のこと、怖くないのか?」
「え?怖い?なんで?」
「だって…さっきのあれで分かったと思うけどさ、俺って悪魔祓いなんだよ…裏の世界で悪魔を殺して回る存在なんだ…。それにあの身体能力見ただろ?俺さ、悪魔とのハーフなんだよ…」
要のその言葉の後に数秒の沈黙があった。コーヒーが蒸れるこぽこぽという音がやけに大きく響いて耳に届いた。
「別に怖いとも思わないよ。むしろかっこいいよ!だって私を助けてくれたヒーローだよ!?そんな先輩のことを怖いとか誰も思わないって!それに先輩は悪魔でも悪い悪魔をやっつけてるんでしょ?悪い奴を倒してまわってるんだからやっぱり先輩はヒーローだよ!」
予想もしていなかった時雨の言葉に要はあっけにとられてバカみたいな顔をさらすしかできなかった。まさか自分がヒーローなんて呼ばれる日が来ようとは思わなかった。時雨のきらきらした瞳は決して嘘を言っている風には見えない、本心から要のことをヒーローとして見ているのだ。
その事実に要はほっと安堵の息を漏らして、そして涙腺が緩むのを感じた。自分から突き放そうとしたのに、なぜか救われた気がしたのだ。しかし必死にそれをこらえて何とか平静を保つようにする。
「そっか…ありがとな…時雨…」
「え?私感謝されることしたっけ?むしろ感謝するのはこっちのほうだと思うんだけど…」
何事かわかっていない時雨は目を白黒させておろおろとするしかなかったようだ。
「はい、要君、コーヒーお待ちどうさま」
時雨と何気ない会話を交わしている間にコーヒーが出来上がったようだ。ことん、と静かに要の目の前に置かれたコーヒー。そこから漂う湯気と一緒に香ばしくて深みのある香りが伝わってくる。そしてその隣には注文もしていないショートケーキが置かれていた。もちろん時雨が注文したわけでもない。
「マスター、俺ケーキなんて注文してないんだけど…」
「あぁ、これはサービスというか試供品だよ。今度男性向けスイーツの種類を増やしてみようかなと思ってさ。ほら、最近男の子の間でもスイーツが流行ってるじゃない、あのプロレスラーのおかげでさ」
「なるほど…」
「要君がおいしいって言ってくれたら商品化確定だ。これで集客率も大幅にアップかな」
「その前にこの喫茶店の場所変えたら?こんな見つかりにくい隠れ家的なところじゃお客さんも気づかないって…」
「むっ…時雨ちゃん…僕はこの店にこだわりがあるんだよ、場所を変えるなんてもってのほかだ」
「でも実は?」
「いやぁ…友達がこのモールのオーナーの息子でね、格安で場所を提供してもらえるからっていうわけでさ…って何を言わすのさ」
「いや…マスターが自爆しただけじゃん…」
要は楽しそうに話す二人の会話を横目で聞き流しながらコーヒーを一口すすった。こう見えても要はかなりのコーヒー好きでそれに関してはうるさいと自負している。あんなにマスターが勧めるのだからどういうものかとお手並み拝見という風に油断していた要は衝撃を受けた。
(な、なんだこれ…!?今まで飲んだことないうまさだ…!これは…今世紀最大のベストオブコーヒー!)
口に含んだ瞬間コーヒー独特の風味がふんわりと口の中に広がる。舌に触れた時にはじんわりとした奥深いコクのある苦みが襲いかかってき、喉を流れていく瞬間はまさに快感に近いものが全身を襲ったと思えるほどのすっきり感だ。まさに口の中すべての神経を使って味わえるコーヒーといったところだ。それにこの温度もたまらなくベストだ。挽きたて熱々ではなく少し冷ましているようでほんのりと暖かな感じだ、その温度がさらにコーヒーの味をより感じさせやすいようにしているみたいだ。
その感動を引きずりながら要はショートケーキを口に放り込んだ。あまり甘すぎずにさっぱりとしたクリームとふんわりとしたスポンジが口の中で踊る。そして所々でイチゴの酸味が口内を刺激するように暴れまわる。それにこれは結構コーヒーに合う味だ。甘味の後に苦みを楽しみ、また甘みに戻る、この永遠の無限ループにとらわれたように要は目の前の至福を楽しんだ。
「お、要君は結構気に入ってくれたみたいだな。これは商品化はありだな…さて、お待たせ時雨ちゃん」
「待ってました!」
と時雨の目の前には大きなパフェがドン!と置かれた。それはまさにタワーのような高さで女の子が一人で食べきれるのかと不安になるくらいだ。けれど彼女はそれに全く怯む様子もなく意気揚々とスプーンを手に取りパクパクと口に運んでいく。
見る見る間にパフェは姿を消していく。まるで掃除機かバキュームのような、吸い込むような食べっぷりの時雨の姿を見ているとだんだん要は胃もたれするのを感じた。
「う~んおいしい!やっぱりパフェは最高だなぁ」
(もしかしてこいつ…お礼と称して自分がパフェ食べたかっただけじゃないのか…?)
要は内心でそう思ったが言葉にすることはしなかった。幸せそうにパフェを頬張っている彼女の邪魔は極力したくなかったからだ。要は彼女が食べ終わるまでぼぉっとその姿を眺めながら店内のBGMに耳を傾けていた。
「ふぅ…おいしかった!ごちそうさまマスター!」
「時雨ちゃん、今日もいい食べっぷりだねぇ」
「えへへ…それじゃ先輩、もう出ようか?」
「あぁ、そうだな…ってお前、口元にクリームついてるぞ」
要の指摘を受けてごしごしと口元をこする彼女だがどうもピンポイントで拭けていない。じれったくなった要はティッシュを手に取り彼女の口元を拭った。彼女は一瞬驚いたように目を見開いたがすぐにそれに応じるように口を突き出してきた。なぜかその頬は恥ずかしそうに赤に染まっていた。
「えへへ…ありがと、先輩…」
真っ赤な顔で少し上目遣いがちにお礼をしてくる後輩の可愛らしい姿に彼はどきりと心臓が高鳴ったのを隠すのに必死だった。
「でさ、先輩。病院ってどこにあるの?この近く?」
「いや、ちょっと遠いからバスで行く…と、ちょうどいいタイミングでバスが停まってたな」
ナイスタイミングと内心で喜び要たちはバスに乗り込んだ。
空がだんだんとオレンジに染まっていく様を窓から眺める。ゆらゆらとバスに揺られて移動する間なぜか二人の間には沈黙が走っていた。それは病院で検査を受ける前の緊張なのか、それとも話題が出尽くしてしまったゆえの沈黙なのか、もしくはそれ以外か。結局その時の沈黙の正体は要にはわからずじまいだった。
「ねぇ先輩…もし遅くなるようだったらお母さんに連絡しておこうかなって思うんだけど…」
「あぁそうだな。それがいい、俺にかまわず連絡してくれ」
「うん…」
時雨は母親に電話をかける。隣に座っている後輩の電話内容を盗み聞くわけにはいかないので要はイヤフォンを取り出してスマホに接続する。それを耳に当ててお気に入りのバンドのアルバムを再生した。耳元で女性ボーカルの力強い歌声とバリバリのロックの演奏が流れ込んでくる。彼はその音を耳に流し込みながら、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。
で、気が付けば無事に終点である病院に到着していた。時雨に起こされて眠気眼をこすりながら要は降車する。そして受付で自分の名前を言うとすぐに奥の病室へと通された。さすがに病室へと同行するのも気が引けるので要は受付で待っていることにした。
「あの…すいません」
「はい?あぁ、要君ね、どうしたの?」
待っている間はさすがに暇なので彼はずっと気になっていたことを尋ねるべく受付のナースさん、吉乃さんに声をかけた。30代そこそこの彼女は要の妹、空がまだ病院に入院していたときによく世話をしてくれたナースさんだ。身体を拭いたり筋肉が衰えないようにマッサージをしたりしている場面を当時の要は何度も見ていた。それに彼女は要を見つけると自分から声をかけてくれたのだ。そのため今でもこうして暇なときは話し相手になってもらったりしている。
が、今日は世間話をするつもりもなかった。彼は単刀直入に言葉を発した。
「あの…妹を治す薬は…どれくらい完成に近づいてますか?」
少しの希望を込めてそう尋ねたが吉乃さんの顔が急に曇ったことからその希望も打ち壊されることとなった。
「ごめんね、要君…まだ、完成の目途は立ってないの…」
「そう、ですか…」
「要君がずっと悪魔を狩ってそれを提供してくれるのはありがたいんだけど…それでもまだまだ研究は進まないみたい…」
「やっぱり…そうですか…すいません…」
わかっていたことだがこうして言葉にして言われるとやはりつらいものはある。心にぐっと重いものが乗せられて潰れてしまいそうだ。自分のやってきたことが実を結ばないということがこれだけつらいものだということを要は悪魔祓いになってから嫌というほど痛感していたのだ。
「それにしても…要君のここ1年の悪魔の討伐数はすごいよね。グーンと伸びてるよ。何かあったのかな?」
「う~ん…あんまり心当たりがないんですけどね…」
「そうなの?無意識で悪魔をいっぱい倒してるなんて…」
「もしかすると焦ってるのかもしれません…薬ができないことと、妹の寿命がどれだけ残ってるのかって…」
要自身なぜこの1年で悪魔の討伐数が伸びているのかわからなかった。けれど確かに目に見えない何かに急かされているということだけはわかった。暗闇の中で、何かわけのわからないものにずっと後ろを付きまとわれているような、それに似た感覚だ。
「偉いね、要君は…妹さんのためにって一生懸命になってるのってなんだかかっこいいなぁ…私もこんなお兄ちゃんが欲しかったかも…聞いてよ要君!私のお兄ちゃんったらね…」
結局そのあとは時雨が病室から出てくるまで他愛もない会話をして時間を潰した。吉乃さんが要の沈んだ心をどうにか明るくしようと無理に明るい話題を作っていることが、逆に彼の心をきりきりと締め付けていた。吉乃さんの優しさが、胸に染み込みすぎて痛みに変わっていた…。
「で、検査結果はどうだったんだ?」
「別に何ともないみたい。健康すぎだってさ」
「はは、健康なのが一番だな」
「…」
「ん?どうした時雨?」
帰りのバスの中、会話を交わしていた時雨が急に黙り込んで要の顔を覗き込んだ。くりっとした大きな瞳に要の不思議そうな顔が映りこんでいた。
「要先輩…ちょっと落ち込んでる?」
「え?なんで?」
まさか内心を悟られたんじゃないかと要は焦る。が、それも顔に出さないように平静を装った。
「う~ん…あんまりよくわかんないんだけど…しょぼんとしてるっていうのとはちょっと違うんだけど…あ~よくわかんないや!」
「おいおい…なんだよ、それ…」
じっと要の顔を覗き込んで思案顔を浮かべていた彼女だがうがぁ!と急に大声をあげてぶんぶんと頭を振った。それはまさに難しい問題を解いていたが集中が切れた時のそれに似ていた。
「言葉にするのは難しいけど…私が診察受ける前と後じゃちょっと顔つき違うもん」
「初対面の相手のちょっとした顔の変化ってわかるものなのか?」
「う~ん…ふつうはわからないかもしれないけど…先輩だもん」
「え?俺、だから?」
また時雨は大きな瞳で要を見据えた。瞳の中にいた要は心底不思議そうなバカっぽい顔を浮かべていた。
「うん…好きになっちゃった先輩だから、だよ…」
「え…?今、なんて…?」
ぼそりとつぶやくように言った言葉は、隣に座っている要でさえ聞き取れないほどに小さな声だった。だから彼はもう一度と聞き返したのだが…
「無し無し!今の無し!なんでもない!」
めちゃくちゃに頭を振られてそれ以上何も聞くことはできなかった。そしてまたしても訪れる行きと同じ静寂の時間。バスのエンジン音だけが嫌に耳に響いた。
夜の帳が降りた街並み、その街頭の光を受けてちらりと見た時雨の顔は、真っ赤に染まっていて、どこか恥ずかしそうにもじもじとうつむいているのだった。
「それじゃ先輩!また明日!」
「あぁ、また明日な…って明日?」
「うん、また先輩のクラスにお邪魔するね」
「え!?ちょ、ちょっと待てって!」
「えへへ、待たないよーだ!それじゃバイバイ先輩!」
先にバスから降りる時雨は楽しげに、そしていたずらっ子のようなにんまりとした笑みを浮かべて走り去るバスに向かって手を振っていた。
「ほんとに…不思議な子だな…」
やっと一人になった要ははぁとため息をつく。しかしなぜか彼の心の中に寂しさが浮かび上がってきた。出会って数時間しかたっていない時雨がいなくなっただけで、要は寂しいと感じてしまっていたのだ。
(なんだこの気持ち…もしかして…あんまり人と接することができてなかったからか?いや、でも仙波たちとよくつるむし…う~ん…)
うんうんとうなっても結局その心の寂しさの正体はわからずじまいだった。
終点を告げるバスのアナウンスと同時に、要の忙しなかった一日が、初めての彼女との出会いの日が終わった―
―幕間の物語「どんどん好きになっていく」―
お母さんとの電話が終わった私はそっと要先輩の顔をうかがった。夕暮れに照らされてオレンジの光を受けた先輩の顔は眠ってしまっているのかやけに安らかだった。
(うわぁ…先輩の顔って…じっくり見ると女の子みたい…)
整った顔立ち、切れ長の瞳、長い睫毛、それに男の子とは信じられないほど肌がきれいだった。まさにもち肌のような感じだ。髪の毛もきれいな黒色だし、もうちょっと長く伸ばしたら一目見たら女の子だと勘違いしてしまいそうだ。
気づけばじっと先輩の顔を食い入るように見ていた自分に恥ずかしくなってくる。だんだんと頬が熱くなって胸のドキドキも高くなってくるみたいだ。
こんな気持ち、初めてだった。
初めて先輩を見た時から、私の心はぐちゃぐちゃだった。ドキドキが収まらなくて、キュンキュンが溢れてきて、気が付けばそれが爆発しそうなくらい高まっていて、それを先輩に見つからないように必死に隠して…。
初めては先輩に助けてもらってからだ、そこからキュンキュンが収まらなくて、先輩と話していくうちにどんどん先輩に引き込まれて、彼のことを知りたいと思うようになって、彼のすべてを自分のものにしたいという欲求さえ生まれてしまっていた。
(これって…やっぱり、恋、なのかな…?)
恋なんてしたことないからわからない。けれど漫画や小説で語られる恋は、今の私の症状と似ているものがあった。
恋、そう自覚するだけでまた顔が熱くなってくる。それに心臓が爆発するぐらいにドキドキと昂っていた。
「先輩…」
じっと先輩の顔を眺める。先輩はすうすうと気持ちよさそうな寝息を立てている。眠っているのなら、何をしてもばれないはず。私の心の中にいた悪魔がそうささやいた。そして悪魔は私から主導権を奪い去り、私自身の欲望を発散するように動いた。
ぐいっと先輩の顔に近づく。微細な呼吸音でさえも聞こえてしまうぐらいの距離に来ても、それでも先輩は起きない。私の激しいドキドキの音が聞こえてしまいそうなこの距離でさえ、先輩は眠ったままなのだ。これならば、と私の悪魔はさらに一歩距離を縮めようとした。
だけどその瞬間だった。先輩の左耳のイヤフォンがポロリと落ちたのだ。
(!?)
目を覚ましてしまう、そう思った私の中の悪魔は急に心の奥底に引っ込んだ。そしてまた主導権を握った私は先輩から勢いよく顔を放した。
しかし私の中の悪魔が懸念したようなことは起こらずに先輩は何も知らずに寝息を立て続けていた。私はふぅと小さく息をついた。あの瞬間はまさに心臓が止まってしまいそうなほど驚いた。その反動が今になって襲いかかってき、額につつぅと冷たいものが流れ落ちた。
(先輩のイヤフォン…戻したほうがいいよね…)
そう思った私だがふと魔がさしてイヤフォンを自分の耳に持ってきた。先輩が何を聞いているのか興味があったからか、はたまた好きになった先輩と同じ音楽を共有したかったのか、それは判別不能だったが、とにかくイヤフォンで音楽を盗み聞いたのは事実だった。
イヤフォンから流れてくる音、それはロックだった。可愛らしくも力強い女性ボーカルが特徴だった。
(あ、これ…ピューパだ…)
先輩が聞いていた曲はピューパという私の好きなロックバンドのものだった。ボーカル兼ギターのユノ、彼女の実の兄でベースのソウ、もう一人の兄でドラムのクロ、そしてユノの幼馴染だという女性でサイドギターの椎名、この4人で構成されているインディーズバンドだ。サナギを意味するバンド名と同じように彼女たちはプロという成虫にはならずにインディーズでずっとやっていくと宣言したバンドだ。しかしその人気はインディーズの中ではトップクラス、プロのロックバンドにも彼女たちのことを高く評価する者たちもいた。ちなみに彼女たちは生まれも育ちもこの町で地元のライブハウスには週1~2回ぐらい(ツアーに出ているときは別だが)の単位で出演しているのだ。
しかし先輩がピューパが好きなんて意外だ。なんたって彼女たちのライブは男子禁制なのだから。動画サイトにも曲は上がっていないのも相まって彼女たちのファンは9割女性だ。まさかそれを先輩が知っているということに驚きを隠せない一方で、彼女たちの良さを共有したいという欲望も湧き上がってきた。
けれどもしイヤフォンでこっそり盗み聞いたことがばれたらどうしようかと不安が突き上がってくる。
(何か適当なきっかけを作ってでも話したいな…)
それから病院に着くまで、私は先輩のイヤフォンの片方を借りてピューパの曲に聴き入っていた。
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