2-1-5
「別に構いませんよ。今は人手が足りてないので猫の手でも手を借りたいですから」
岩崎さんが真琴を見てほくそ笑む。
「室長さんの言ってることは本当だ。嫌われすぎて他のとっから応援なんて期待できないしな。俺だって室長さんと個人的に親しくしてる上司から言われなきゃ手伝いになんて来なかった。それに上司の命令でもなきゃ、お茶が熱くてうずくまってる馬鹿野郎がいるところなんて絶対に来るもんか」
うずくまりながら真琴が睨む。目尻に光るものが見えた。
「殺す。絶対に殺す。今すぐ殺す」
「室長さん、こいつ殺人未遂で逮捕してもいいっすかぁ?」
「駄目ですよ。八月一日さん、この二人は置いといて行きましょうか」
真琴を心配しつつも、室長についていく。
室長が廊下へ出て、向かいの部屋の扉を開ける。またも大広間が現れた。同じようにそれぞれの机の上には、多種多様な趣味を机一杯に広げてあった。エロ本が置いてある机まである。違ったのは二人の男女がいたことだ。二人は机に向かい合い、何やら頭を抱えている。男性はシャーペンとノート、女性はノートパソコンと向かい合っていた。
この女性が千秋さんなのだろう。
千秋さんが僕らに目を向ける。流すように室長を一瞥する。もう一度僕に視線を動かし、再度室長に視線を動かし、止まる。千秋さんは立ち上がり、室長の胸に人差し指をぐりぐりと突き刺す。
「し、つ、ちょ、う? まーた新人拾ってきたんですか。こんの忙しい時に」
千秋さんはふんわりとしたカールを巻いた髪型だった。明るいベージュ系の髪色は、そのカールをクッキリと見やすくしていた。白いシャツにベストを羽織っていた。黒のスキニーパンツを履いており、遠目に見ればマジシャンにもバーテンダーにも見えそうな格好だった。
呆れたような表情の千秋さんに、室長は両手を広げて含むところがないことをアピールする。
「いいえ、違いますよー」
誰だ、さっき期待のニューホープとか言っていたのは。
「それで? 私に何かさせたいからわざわざ書類作成を任せて逃げたのに舞い戻ってきたんでしょ?」
「さすが長年の付き合いになると話が早くて助かります」
「なら私が書類作成なんてしたくないっていう話も分かってくれるよね」
「もちろん分かりますが、お断りです」
いい笑顔で断ると、女性は僕に手を差し出した。
「どうせ私やあそこに座ってる坊やみたいに長い付き合いになると思うから言うわよ。これからよろしくね。私は向井千秋、あなたは?」
「あ、僕は八月一日秋穂といいます」
握手は交わさない。
「君、手を差し出されたら受け取るのが礼儀よ。それと秋穂ってことは、今のその姿は男装してるってこと?」
追いついた真琴が小さく舌を出し、冷やしながら言う。
「そいつはサイコメトラーだ。あと、正真正銘の男だ……よな?」
「男です」
「そうなんだ。てっきり礼儀知らずの二丁目界隈の人かと思って内心焦っちゃったじゃない」
礼儀知らずと思われることはいじめ等で慣れているからまだしも、二丁目の人と思われるのは勘弁して欲しい。そろそろ改名を真面目に視野に入れようかな。
千秋さんが「ごめんね」と両手を合わせ謝る。気弱な僕は言葉に躓きながら水に流す意味合いの言葉を口にした。それを見届けた室長がパンと手を叩く。
「さて、それではこれからのことを話し合いましょう」
千秋さんが振り返る。手を振り、呼びかける。
「ぼーやー、カモーン」
ボウヤと呼ばれた男は怪訝な顔でコチラへと歩く。近づいてきてようやくその男が、少年だと気付いた。短髪で目付きが悪く、詰襟学生服のポケットに深々と手を入れていた。もう一つ特筆するなら真琴以上に背が小さかった。百五十もいってないだろう。
この子もここにいるということは第二課の一員なのだろうか。しかし、学ランを着ているということはまだ中学生か高校生ということなのか。真琴の年はまだしっかりと確認していないので実は年上かもとは思っていたが、学ランを着ている人物がいるということは年下の線が濃くなった。警察組織は中高生でも入れるのか。超能力者ということだから特例なのだろうか。そんな特例、スケバンとかいうドラマの中だけの話と思っていた。
「坊やじゃねえよ」
「真琴より大きくなったら考えてあげる」
坊やと呼ばれた少年が輪に加わると、室長は僕らを応接室に通した。
応接室はこれはまた税金の無駄遣いと呼ばれそうな家具の絢爛豪華具合だった。オフィスビルの応接室なのだからもっと簡易なものを想像していた。ソファに机だけといった感じのものをだ。だが、これはどうだ。本皮のソファにご立派な机、刺々しい観葉植物、触れて作者を知るのも恐ろしい御大層な掛け軸、絨毯まで敷いてある。しまいには目がチカチカしそうな明かりを放つシャンデリアまである。
ビルのワンフロア貸し切りといい、この応接室といい、一体いくらこの課にばらまいているんだ。僕のバイト時代の月収の何ヶ月分だ。何年分だ。ああ、聞くのも恐ろしい。この無駄遣いをマスコミにリークしたら数ヶ月はこの話題で持ち切りになるんじゃないだろうか。
「秋穂ちゃん、ほら座って」
千秋さんに言われて座る。『秋穂ちゃん』が気になったが無理矢理気にしないことにした。間違って本皮のソファに触れて値段を知ってしまわぬようにする方に気を使った。
「これからどこに拉致されたか探します」
室長が話した内容はこうだった。
千秋さんが今出払っている第二課の人らの司令塔となって捜索をかける。倉庫ということぐらいしかまともに分かっていないため、総当たり戦で事にあたるということになった。岩崎さんが超能力を使ってもっと楽に調べられないのかと文句を口にしたが、室長が「どんなハイテクだって情報が少なければ絞り切れないでしょう」とたしなめた。
岩崎さんは署に戻り、上司に事情を説明しに戻る。なんとか捜査人員を増やして欲しいとのことだ。
僕と真琴は押収された車の情報を見に現場へ向かうこととなった。一度破片で見たが、しっかり本体でも情報を確認した方がいいとのことだった。
室長は何をやるか教えてくれなかったが何かやるらしい。
その話した内容に不満気な顔をしたのが一人いた。千秋さんが坊やと読んだ少年だった。
「おい、俺は何すんだよ」
彼は呼ばれたのに何一つ指示が飛ばされなかった。まだ高校生にもなっていなさそうな垢抜けない人に誘拐事件は荷が重いという判断だろうか。先日高校卒業したばかりの僕がいうのもおかしな話だが。
室長は人差し指を唇に添える。
「超極秘任務をしてもらう予定です」
坊やは一度考える素振りをする。
「ならいいや」
なんとも扱いやすい少年だ。垢抜けないとかいうレベルではない。子供だ。
室長が立ち上がる。
「それでは皆さんお願いします」
室長の号令とともに各自それぞれの指示を実行に移す。僕も真琴に連れられて部屋から出ようとした。
「あ、二人共待って。特に真琴は忘れ物」
千秋さんの声で振り返る。
二人同時に振り返ると、千秋さんが真琴めがけて何かを投げてよこした。僕はいきなりのことで驚き固まったが真琴は難なくそれをキャッチする。真琴の手の中を覗くと、携帯電話が握りしめられていた。
「朝からずっと机の上に忘れてたわよ。それなくちゃ土地勘ない場所歩けないでしょ?」
だから真琴は、僕に道を聞いたのか。
このご時世、携帯端末さえあればその場で調べればいいので下調べなしに行動するのがもはや当たり前になっている。だがその反面、携帯端末をなくすと何もできなくなってしまう脆弱性がある。その脆弱性のためか、電子マネーの利用幅が格段と増えた今でもアナログな硬貨や紙幣が好んで使われている。小学生や中学生は、学校によってお金の有り難みを知るために電子マネーの利用を禁止しているところもあるみたいだ。
それがあろうことか日本国政府が奨励している。間違っているとは思わないが時代にそぐわない。お金の有り難みを知りたいのなら小遣いゼロの義務教育期間を過ごせばいいというのが個人的見解だ。そういう経緯を経た人間が言うんだから間違いない。
「ああ、おかげで八月一日秋穂に道を尋ねる羽目になった」
「秋穂ちゃんにはこれね」
千秋さんが僕にも何か渡す。今度は手渡しだった。手の中には、持ち手は電動シェーバーみたいな形で先端はクワガタやさすまたみたいな形の黒い物体があった。
「これって、まさかアレですか?」
「そう、スタンガン」
試しにスイッチを入れてみると、激しい音を立てながら青い電流が先端部分を流れた。
「どうしてこれを僕に?」
千秋さんがケロッとした顔をする。
「だって君貧弱そうだし、もし何かの際に君が誘拐されたらいけないと思って」
真琴なんて背が小さいし女ですよ、と言おうとしたが止めた。あの美雲を誘拐した時見せた猛ダッシュとあの特殊警棒の投擲を思い出したからだ。あんなこと僕にはできない。
「ありがたくお借りします」
僕らはこの場を後にした。
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