みかる、再会

 新しい制服に新しい教科書、新しく出会ったクラスメイトと、新しいことづくめの新学期。クラスメイトとも少しずつ打ち解けて、かわす会話もはずむ。けれど、まだどことなくよそゆきの表情が残っているという頃。みかるも、皆に変わるところなく、ちょっとすまし顔などして、あたりさわりのない会話に加わって笑顔など見せていた。

 そんな具合に普段はクラスメイトに囲まれて、明るくほがらかな表情を見せていたみかるだったが、なんだかぼうっとしている、そうした様子の見受けられることがしばしばあった。なんだか上の空で、遠くを見ている。

「鳥崎さん?」

 呼びかけられて、

「あ、ごめんごめん」

 笑って謝ってごまかして、そんな彼女が気にしていたのは、ほかでもない、入学式のあの日に出会った受付の彼女だった。

 通学路といわず校庭といわず、教室移動で立ち入る上級生のクラスの入る校舎といわず、みちゆく廊下をはじめ、窓から戸口から覗く教室の中にいたるまで、そこに上級生の姿をみとめれば目が勝手に追ってしまう。

 このところ、みかるはずっとそんな感じだった。

 四六時中思い続けている、なんてことはさすがになかった。けれど、日常のあちこちにあの日のことを思い出させる瞬間があった。自分の名前を書くことがあれば、当たり前に思い出す。自分の書いた自分の名前、それどころかノートの上を走るちょっとしたペンの動きにさえも思い出されることがあった。自分の部屋の、机にそっと飾ったあの名札もそう。

――会えないなあ。

 正直なところ、簡単に会えると思ってた。同じ学校に通ってるからといって、そうそう会えるものではないんだな。あてがはずれた、このまま会えないままなのかなあ。なんてがっかりしていたみかるだが、思いがけなく、いやむしろあっけなく再会ははたされた。

 翌日開かれた、新入生対象のオリエンテーション。

 これからの学校生活を送る上での注意事項や、年中行事の説明とともに、部活動の紹介がなされたのだが、やたらと元気な運動部に、吹奏楽部や軽音楽部、美術部といった文化系でも定番ともいえる部活が、新入部員獲得をかけて派手な発表を繰り広げる、ちょっとしたエンタテイメント。その合間合間に、地味なクラブが、どういう活動をしてきて、どういう実績があるかなどなど、精一杯のアピールをしていた。

 中でも地味を極めていた部活があった。

 舞台袖から男子生徒がひとり舞台中央に出てきたかと思うと、のんびりとした口調で、部の紹介を開始した。その説明は丁寧で、言葉も聞き取りやすくはあったが、そもそも内容が問題で、部活動の成果、作品なんぞを見せるでもなく、大会なり資格なり、なにか目標をあげるわけでもなく、ただ淡々と概要を語るに終始した。

 やる気があるのかどうかさえわからない説明に、大半どころかほとんどの一年生は興味を向けるはずもなく、勝手気ままなしゃべり声がざわざわと波になってやかましい。

 だが、みかるは違った。語られていた内容に、ふと意識がひっぱられるものがあったのだ。

 しかし、ひっぱられたというみかるの意識、それが舞台の上の彼に向かっていたのかというと、そういうわけではなかった。思い出していたのは、例の上級生のこと。漫然と舞台を眺めながら、ただなんとなく彼のいう部活の内容を聞いていて、と、その時、舞台の上、光がかげり暗がりになっている、その光と影の境に見える姿に釘付けになった。

 すらりとした長身。きちんと着込んだ制服は、スカートの丈も長くして、両腕をゆるく前にあわせた様子には、余裕、落ち着きが感じられた。そして豊かに波打つ黒髪――。

 ああっ! 胸の鼓動を一気に加速させると同時に、思わずみかるは身を乗り出してしまっていた。口をついて出ようとした声だけは、すんでのところでとどめたものの、一瞬、息を呑んで、と、そのタイミングで、

「あっ、あの人――!」

 するどく響く声があがった。

 あまりに大きすぎたその声に、講堂は一瞬にして静まりかえる。

 集中する視線――。

 みかるは、その声があたかも自分のものであったかのように、はっと手で口を押さえながら縮こまると、おそるおそる声のした方に目を向けた。

 そこには、一度は立ち上がりかけそうになったものの、四方八方からあびせられる注目に萎縮して、きまり悪そうにふたたび腰をおろそうとしているクラスメイトの姿があった。恥ずかしそうに顔や髪に手をやったり、なんでもないからと、照れ笑いでごまかしたりと忙しそうにしていたが、周囲はすぐに興味を失って、ほどなくざわめきが戻ってくる。

 しかしみかるの動悸はおさまらなかった。

 自分だけがあの人を探していると思っていた。思っていたのに、あの人を探していた人がほかにもいた。それもこんなに近くに!

 彼女が突然大声をあげた理由は誰にもわかってないかも知れない。けれど自分にはわかっている。わかっているのは、自分だけかも知れない――。

 同じクラスの、まだ話したことのない女子生徒。名前はなんていっただろうか。このオリエンテーションが終わったら、その子に話しかけてみよう。そして、さっきの部の見学にいこうって誘ってみよう。

 部の名前は、硬筆習字部。通称、ペン字部で通っているらしい。

 今のみかるには、それだけわかれば充分だった。そこにいけばあの人に会える、その確証があれば充分だった。

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