3章-5  2つの武器③


「……せーのっ!」


 シャノアが掛け声をかけた直後。

 磯城の肩からゴキッという音がした。


「いったああああああああ!!!腕が!うでがあああああああ!!」

「うるさい。こっちだってできるだけ痛まないように気を付けているの。」

「だって!だって!コレって本当に痛いんだからね!!」


 前回の終わりでデザートイーグル真っ青の反動を食らい肩を脱臼させてしまった磯城。

 先程の音は外れた骨をシャノアが強引にはめ込む音だった。


 予想を超える痛みに半泣きの磯城は抗議するもシャノアは無視。


『(ほら!泣かないでください坊ちゃま!男の子でしょ?)』

「(っていうかどんな怪我でも治るんなら脱臼だって治るんじゃないのか?)」

『(坊ちゃま。脱臼が短時間で自然に治ったりなんかしたら即身バレですからね?いろいろと終われますよ?)』


 そんなやり取りをしている横で店員さんがしきりに平謝りしていた。


「す、すいません。まさか魔弾を使うために銃を媒介にする方だったなんて……」


 そんなことを言われるとより良心が痛んでしまう磯城。


「それより……銃のほうはいかがですか?」

「ああ!そうだ!!」


 何しろ肩が外れるくらいの衝撃をあの銃も受けてしまっている。

 壊れていたら非常に申し訳がない。というか弁償だろう。

 そんな磯城の心配を察してか、いつの間にか拾い上げていたそれを差し出してきた。


「安心してください。先程確認しましたけどどこもおかしくなっていません。」

「あんな無茶な砲撃を行ったのに対しておかしくなってないのがすごいですね。」


 それを聞いてホッとしながらも心配をぬぐいきれない磯城は両手で持った銃をあちこちを眺め壊れてないかの確認をたっぷり30秒費やした。


「さすが《アルテアシリーズ》……【財閥】謹製の目玉製品。」


 感心したようにシャノアが呟く。

 銃を評価しないシャノアが褒めるくらいなのだから当然名銃なのだろうと辺りを付けた磯城は当然の心理ながらお値段の方が心配になってくる。 


「すいません。コレっていくらですか?」

「そうですね……10000|P(ピース)でどうですか?」

「………安い。」


 その値段を聞いたシャノアは思わずポツリとつぶやく。


「……そうなのか?」


 この世界の相場が分からない磯城は思わず聞く。


「前に帝国に行ったときに他の《アルテアシリーズ》が売られているのを見たことがあるけど10万Pはした。」


「10万……定価の1/10……。」

「(坊ちゃまの命の価値は銃10丁分ですかねえ。ちなみにアメリカだったら相場で2000ドルってところでしょうね。)」

「(嫌なこと言うなよおい。)」


 そんなことを言われると自分の命が軽いような気がしてそれはそれで何か嫌な気分になってくる。

「それにしても……何でこんなに安いの?」


 シャノアは疑わしげに聞いてくる。

 うまい話であるならば何かの詐欺?と言わんばかりに聞いてしまっても悪くはないだろう。


「そうですね……。お客様への投資と思えば高くなどありませんから。」

「……ふーん。」


 そう言って物言いたげに磯城を見つめるシャノア。


「……なに?」

「……別に?」


 大体言いたいことが分かるだけにこれ以上追及はしない。

『こいつに期待?馬鹿な。』と言いたげなことを追及しても磯城が傷つくだけなので会えてい返さない。

 場の空気が少し悪くなったのを察した店員さんはコホンと咳払いをして脱線した話の修正を始めた。


「どうされます?お買いになられますか?」

「あ。買います。」


 磯城は即座に答える。

 魔弾を打つのに銃は必要になるし何より安い。

 するとシャノアが財布を出してきて、


「じゃあここは私が立て替えておく。」

「シャ、シャノア?いいよ!払わなくてもこっちも持ってるから……。」


 そう言って懐から財布を取り出す磯城。


『(……坊ちゃま?お金在ります?)』

「(大丈夫。この間お小遣いをもらったから……。)」


 そう。財布の中には。結構なお金があった。

 1万円札3枚千円札3枚あと小銭少々。

 男子高校生にしてみれば結構な大金が入っていた。

 が、ここは異世界セリス=マゼリア。

 当然セリス=マゼリアここで日本円など通用するはずがない。


「(ねえ。アガサ?……このお金両替できるかな?)」

『(100%無理だと断言します。)』

「ですよね。」


 そうして黙り込んだ磯城にシャノアは一言。


「……シキ?お金足りる?」

「………足りません。」


 結局ここはシャノアに立て替えてもらい後日自分が弁償することとなった。

 

「あと……これを。」


 差し出されたものは全長40cmほどの1本の短剣だった。

 使い込まれたと見える革製のシースが味わい深い。


「な、ナイフですか……。」

「別に敵を切るためのものじゃありませんよ。」

「え?。」

「木の枝を切ったり肉の解体に使うサバイバルナイフですよ。まあ戦闘にも使いますけど。」

「どんなワンダーでも1人1本は持ってる。」


 鞘を抜くと漆黒に鈍く光る刀身が照らし出される。

 それを芸術品を見るかのように眺めていた。


「えっと……。コレっていくらですか?」

「サービスでお付けしますよ。」

「え?」


 思わず声が漏れる磯城。

 ない日の事は全く分からない磯城であったが手になじむグリップに鈍く光る刃先。

 決して大量生産の粗悪品でいことが分かるその逸品をあげると聞いて磯城は耳を疑った。


「売れないから投げ売りで売ってるんじゃないの?」

「違いますよ……。そうですね……磯城さんへの期待……でしょうか?」

「期待??」

『(この商人さんって………うん。おかしいんじゃないですかね?)』

「おい!何か言いたいならはっきり言ってくれ!!」


 あんまりな評価に思わず声を荒げた磯城を決して責めることはできない。


「いえいえ。コレは勘ですよ。商人の勘ってものですよ。『目の前の少年はただ者ではない。彼は絶対に何かしでかす』と。心ではそう感じてるんですよ?。」

「し、しでかすって……何かいい感じに聞こえないんですけど……。」


 まあ期待はされているようなので磯城としてはまんざらでもなかったりする。

 その一言も次の言葉で吹き飛ぶことになる。


「まあ伊達に数十年は生きてませんからね?馬鹿にはできないと思いますが。」

「へえ……そうなんですか………………。」


 その言葉を吟味するのに使った数秒の沈黙を挟んで。


「『…………え?』」


 違和感を感じた磯城は硬直した。

 気にかかったのは先程の台詞の後半部分。


「(え?数十年?この人数十年って言った?)」


 目の前の彼女はどう見ても20代の女性にしか見えなかった。いや、10代でも通ってしまうかもしれない。

 それが。今の言い回しでは明らかに年配の女性の台詞だった。


『(いやあ。さすがにないでしょう?十数年の聞き間違いでは?まだ10代っぽいですし。)』

「(だ、だよねえ。)」


 一応そう結論付けるが2人はどうも釈然としなかった。

 とは言え年齢を聞けば早いがさすがに女性に年齢を聞くのはエチケット的によろしくないのでこれ以上突っ込むことはできなかった。


「で、ではお会計なんですが……その……。」

「???」


 先程までどんなことにもスラスラと答えていた彼女がここまで言いよどむのは少しだけ付き合いの長いシャノアでも今までなかった。


「……」


 金額を見たシャノアが一言。

 能面の表情はほんの一瞬驚愕に包まれる。

 そして何事の内容にいつもの無表情に戻って一言。


「100万P……」

『(ひゃ、100万!)』

「え?桁2つ増えてない!!」


 そう。さっき代金は1万と言ったのが100倍になっている。


「え?な、何でですか?もしかしてあのナイフ!?あのナイフそんなにしたんですか?」

「い、いえ、そうではなく……あれはサービスで。」

「それじゃああれですか?消費税!消費税9900%!!この街には一体全体どんな暴政が敷かれているんですか?」

「ち、違います違います!!そもそも消費税って一体……?」

「落ち着いて。」


 そう言ってシャノアは磯城の頭にパンチを入れた。


「落ち着いて磯城。取りあえず黙れ。」

「うん。ちょっとびっくりしちゃって……。」

「え。いや。いいんですよ。差額の99万Pはあれなんですよ。」


 店員さんはすっとあるものを指さす。

 その先に目をやると、磯城の表情は能面のように綺麗ざっぱりなくなった。

 

 その先には亀裂の入った石の壁。いかにも堅そうな石壁には放射状の罅が入っており一部は剥がれ落ち地肌が露出している。

 なぜこんな傷ができているのか?

 そんなもの前回の結末オチを知っていればおのずと想像がつく。


「なるほど……。魔弾で壊した壁の修繕費。」

「あ、あの……申し訳ありませんが一部でも弁償していただけると……。」

「…………シャノア……さん?お金。持ってますか?」

「持ってるけど……どうする?」

「どうか立て替えてくれませんか?」


 異世界生活1日目。

 背負うハメとなった10万Pの借金。

 ずいぶん幸先の悪いスタートとなった。


 P.S.

 この日磯城は。生まれて初めて土下座をした。



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