3章-2  2つの条件


 前回のあらすじ。

 どうやら磯城には1億の首が懸っているらしい。


「…………い、いちおく……。」

『(ぼ、ぼっちゃま!しっかりしてください!)』


 その瞬間。磯城の思考が停止した。

 いや、思考だけではない。手や足の動き、果ては呼吸や心臓まで止まったように感じた。


「?どうしたの?」

「い、いや?なんでもないよ?」


 倒れたくなる衝動をこらえ無理に笑って元気を装ったが、見ていたアガサ曰く全くごまかせていなかったと後に語っていた。ちなみに余談ではあるが真正面から見ていたシャノアは強敵に当たる前の武者震いと勘違いしてくれていた。


「ね、ねえ……?自分あまりに大きいから全然分かんないんだけど……それってどのくらいかな……?」

「大体……。【ゾード=ラグナ】の人間が一生働かずに暮らせる金額……?」

「……ええ……。」

 

 その予想は想像を絶する答えだった。あまりの(自分にかけられた)金額の多さに思わず声を上げガタガタと体を震わせていると、さすがに不安に思ったのかシャノアが声をかけてきた。


「シキ。見たことない金額だからって緊張することはない。」

「いや、コレは…………き、緊張するなって方が無理だよ。」


 実際磯城がガタガタしているのは純粋に狩られることに対する恐怖なのだがそんなことをシャノアは知る由もない。磯城としては非常にありがたい誤解に少しだけ緊張が緩む。


「こんなもの《まれびと》にすればまだまだ安い方。もう少し気を抜いた方がいい。」

「………!!(や、安い!これで!?)」

『(とんでもないですね……。)』


 と思ったら、次の言葉で落ち着くどころかより緊張を招くことになった。


「というわけで、」

「すいません。辞退させてください!!」

「………ダメ。」


 あっさり却下。しかし磯城もここは譲れない。

 速くここから逃げないと自分の正体がバレる危険性があるのだから。


「僕に《まれびと》は倒せないよ!!」

「違う。」

「え?違うの?」

「倒すのを手伝ってほしいだけ。トドメは私が刺す。」

「ひいいいいいいっ!ますます嫌だ!!」


 とどめを刺されるのは勘弁願いたい磯城はますます叫ぶ。かっこ悪いと言っていられない。


「怖いのは分かるけど……無理。やらなきゃダメ。」

「どうして!?」


 思わず叫ぶ磯城。

 そんな磯城にシャノアは呆れながらも説明を始めた。


「どうしてって……登録した時に何か言われなかった?」

「登録?」

「彷徨者でしょ?だったらどこかに登録しているはず。まさか……。」

「……あの……とうやってないんだけど……。」

「え。」


 表情を変えなかったシャノアは一瞬だけ驚きの顔を浮かべた。

 磯城は彼女でもそんな顔をするのかと思わず思ってしまった。


「シキ……あなたって……アウトローだったの……。」

無法者アウトロー?何そのよくない響きは?」

彷徨者ワンダーを統括する《彷徨會》に登録していない彷徨者のこと。」

「だったらアウトローだね。」

「……………………………。」


「…………え?それなんかマズイの?」


 そんなことを言う磯城に対して怒気を孕ませた少女はこう告げた。


「基本は盗掘とか虐殺とかみたいな前科とか後ろめたい経歴の持ち主がほとんど……。見かけたら文句なしで拘束するっていうのが決まりなんだけど……。」

「いやいやいや!!ただその存在を知らなかかっただけで……。その、後で登録するよ。するからその背中の剣を抜くのはやめてくれ!!

「……そう。まあいい。シキを見てて犯罪者って感じはしないし……。」


 少しばかり逡巡したが磯城の危険性を考え余計な不安は馬鹿らしいと考え剣にかけた手を離した。


「シキ。今日中に登録はして。絶対。」

「わ、分かったよ……。」


 磯城としてもこれ以上のトラブルは避けたいのでおとなしくしたがった方がいいと思っていたからだ。


「それにしても……いったいどうしてアウトローに……?」

「そ、それより!何でそれをやらなくちゃいけないんだ?」

「そう……。」


 シャノアは磯城が唐突に話題を切り上げたことが気になっていたが、あえて触れなかった。

 ほんのわずかではあるが彼を見て彼の性格や性質を理解できた彼女は登録していない理由などどうせ大したことではないのだろうと思ったからだ。


「じゃあ素人同然のあなたにもわかるように教えていく。」

「よろしくお願いします。」

「まず……。余所者である私達ワンダーは基本的に共同体や国家からは快く思われていない。」

「……そうなの?」

『(そうでしょうね。余所者である《まれびと》を忌み嫌っているんですから。移民や難民の受け入れが問題なるケースはどこの国で起こっていますよ。もちろん《しらほし》でも。)』

「(ああ、中華内線の時に問題になったな……。)」


 磯城が思い出したのは数年前に起こった中国の内戦。東アジア全体を巻き込んだそれは黄河を真っ赤に染めるほどだったという。

 そして《しらほし》にも多数の難民が流入し人口を5割増やすほどだった。


「シキ?聞いてる?」

「え?ああ、聞いてる聞いてる。」

「国としては厄介、でもワンダーは開拓の重要な人手であり外貨の貴重な獲得源。だから《彷徨者》の代表達が2つの条件に国内での活動を認めることになった。」

「2つの条件?それは……?」

「1つは国家に対し不干渉であること。」

「不干渉……?」

「犯罪行為や国家に所属する組織に対しての交戦を行わない。」

「ああ……。」


 犯罪行為は言わずもがな。

 国家に所属する組織への交戦も有事の際に備えて不必要な戦いなど避けておきたいからだろう。


「もう1つがさっき言った《災厄警報》への要請に対して絶対に応えること。」

「え?どうして?」

「緊急時には資金はもちろんだけど人手は絶対にいる。でもそこ以外の場所が手薄になると治安の悪化・最悪侵略の危険が多くなる。そんな時は私達が必要となってくる。」

「どこの国でもそうなったときは人手が欲しいってことか?」

「そう。だからこそ。私達の活動の自由が認められるための対価として《災厄警報》への要請に答えるということが必要になってくる。」


「で、でも国からの要請に答えないといけないってことは国家からの要請があるまでは動けないってことでしょ?ついさっき起こった《オトヅレ》に対してここまで迅速に動くはずが……。」

「シキ……。ここは開拓地だから特定の国家と言うものはない。だからそう言った裁量はその町の首長……ここで言う【ゾード=ラグナ】の村長に一任されているの。」

「…………。」


 沈黙が数秒。


「……つまり?」


 蚊の鳴くようなかすれた声で聞く磯城。しかし。そんなことは聞くまでもなくわかっていた。


「つまりもうこの一帯はすでに村長の手で災厄警報は発令済みってこと。ちなみに無法者あなたであっても例外じゃない。質問は?」


 その時磯城に質問はなかった。それでも碌な答えが返ってこないことが分かっていても聞かなければならない質問を聞いてみることにした。


「……一応聞きたいけど……?断ったら?」

「あの尋問・・の続きを知りたいなら断ればいい。」


 あの尋問。先程体験した首筋を少し切られた拷問の続き。先程は深さ数ミリの切り傷程度で済んだからよかった。しかし、その先数センチ、いや、最悪切断されなどすればどうなるかなど言うまでもない。

 人として死んでも地獄。《まれびと》として死ななくても当然地獄。


 思わず首を抑えてしまう磯城。

 先程の拷問の続きを思い出し思わずぞっとする。

 

「ハ、ハハハ………。」


 このどうしようもない八方塞りの状況を前に乾いた笑いが止まらなかった。


「ナント……なんという理不尽……!!」

「それはそう。世の中なんてそんなもの。世界はシキを中心に回っているわけじゃないし。」


 慰めも慈しみもない無情の言葉にがっくりと項垂れる磯城。

 そこへ追い討ちが襲い来る。


「で?どうするの?やる?やらない?」


 シャノアの出す選択肢のない選択肢にどうするかなどもう迷えなかった。


「ううう……………。やらせていただきますううううう。」


 かくして運命は決まった。逆らえるはずもなかった。

 こんな運命を自分に刻んだ神様を呪いながら、御陵磯城じぶんが生きるために《まれびとじぶん》を殺す矛盾した任務に突き進む。



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