第3章 THE DANGER ALART Ⅲ

 3章-1  2つの指令




「はい。これ。」


 食後。

 結局大皿10枚を平らげたシャノアは懐から2枚の書類を出した。


「……!」

『(これは……!)』


 その紙を見て磯城は思わず眼を見開く。

 ただし、書かれている内容ではなく使われている文字に。


「これって……。」

『(ええ。《天突く槍》に遺されていた碑文の文字……《CM文字》ですね。)』


 それは象形文字とも楔形文字とも違うために、地球のものと大きくかけ離れているために今まで解読できなかった文字。

 Celis Mageria(セリス=マゼリア)の頭文字をとって名付けられたそれだった。

 当然磯城には何と書いてあるかを読むことができない。


「えーっと……これは?」

「1つはこの村【ゾード=ラグナ】への入村申請書。」

「申請書?いるもんなの?」

「え……。」


 磯城にとっては村に入るのにわざわざお偉いさんの許可が必要なのかと言う考えだった。

 おかしいかと言われると別におかしくはない。

 ただし、日本人からしてみれば、だが。 


「何を言ってるの?普通はそう。」

 

 シャノアは何を言っているんだみたいな顔をしている。

 どうも釈然としない磯城にアガサが話しかけてくる。


『(坊ちゃま。ここは開拓地ですよ。国家と言うものは存在しないものなのだと考えられます。)』

「(かもね。で?)」

『(では坊ちゃま。彼女のようによそ者が武器をぶら下げて街を闊歩されて気分がいいと思いますか?彼らの背負う刃が自分達を襲う可能性もあるというのに?)』

「(あ、そうか……。)」


 自治都市とは言え日本領である《しらほし》には銃刀法もあるし、魔法に対しても《チョーカー》という拘束具のおかげで。道を歩いていたら魔法や武器で襲われるなんてことはまず起きない。 

 だがここには銃刀法もチョーカーもない。持つ者の倫理観のみに委ねられるという非常に危うい世界でもある。。


「今回は尋問があったから事後承諾になるけど今日中には必ず仕上げて欲しい。」

「……。」

「……シキ?」


 先程の言ったが、磯城は《CM文字》を使えない。

 何の反応もしない磯城を訝しんだシャノアは無事に事情を察してくれた。


「もしかしてシキ……読めない?」

「ま、まあね……文字の読み書きは教わらなかったから……。」

『(《CM文字》は……ですけどね。)』


 実際、日本国の自治区である《しらほし》であるが異世界のゲートシティとして世界中から注目を集めているため外国人が半数近くを占めている。

 なので磯城も日本語の他に英語と中国語は読み書きはもちろん会話に至るまで何の問題なく使うことができる三国言語者トリリンガルだ。

 まあ……それができたところで《セリス=マゼリアここ》では関係のない話ではあるが。


「嘘でしょ……?」

「ぐわあああっ!!!!」


 か細いくらいの小さな声は細く鋭い刃となって磯城の胸をえぐった。


「……分かった。私が書いておくから口頭で言って……。気にしなくていい。辺境とかに行けばそんな人はいるって聞いたことがあるから。」

「ああ……ごめん。そ、それで?もう1枚はなんて書いてあるんだ?」


 慰めの言葉をかけてくるシャノアに対し、言葉について触れられたくない磯城はその話題を打ち切り別の話題……もう一枚の書類について質問する。


「協力要請書。」

「き、協力?なんの?」

「現在発令中の第3種の《災厄警報デンジャーアラート》について。」

「災厄警報……ってのは?」


 正直、聞くまでもないがあまり事情を知らない為思わず聞かずにはいられなかった。


「1つの国家が壊滅的被害を受ける災厄の発生が確認された時に発令される警報。この時はワンダーは一般人を救助する義務が生じる。」 

「え。」


 そして案の定……と言うか少々磯城の想像以上の事態だということを聞いて驚きよりも疑問が生じた。


「国が亡びる……今の状況で?」


 実際周囲の様子を見てみると混乱どころか落ちついてにぎやかに昼食を食べて楽しんでいるのんびりとした田舎だ。

 しかも真昼間から酒をかっくらう者までいる始末。

 様子を見る限り本当に楽しそうに食事をしており、自身の最後を悲観して自棄になっている様子もない。


「まあ……今出てる第3種災厄警報は情報が制限されているから。」

「それってどういう状況な訳?3種があるってことは1種とか2種とかがあるんだよね?」


「第1種が国家間の戦争。」

「成程。大変な事態だ。」


 国家間の戦闘行為の際の難民の避難や救助。


「第2種が超級の自然災害。」

「地震とか台風……。これも大変だな……。」

 

 災害時におけるボランティア行為がこれに当てはまる。


「そして一番の脅威である第3種。それが《まれびと》の出現。」

「そうそう《まれびと》が一番………………え?」


 思わず言葉を止めた磯城。


「どうしたの?」

「い、いや……。そ、そうなんだあー。」


 何しろシャノア達の対応を見て自分が、《まれびと》がいかに危険視されているかはわかっていた


「(でも……戦争・自然災害と同等以上とされる脅威って……どういうことだ!?)」

「(まれびと1人の出現で1つの国家が滅亡の危機を迎える……、とんでもないですね……。)」


 そんな脅威に対してこの世界は全力で対処してくるに違いない。こうしている間にももう世界中から戦闘のプロがここに集結してくるかもしれない。

 そうなれば最後、磯城など瞬く間に確殺されてしまうだろう。


「(……ゴクッ。)」

『(坊ちゃま緊張しておられますか?)』


 当然だろう。と磯城は心の中で叫ぶ。

 さっきからイノシシ、シャノアに続いて|セリス=マゼリア(ぜんせかい)と1日に3回も生命の危機が続々とやってきている状況を前に《しらほし》というぬるま湯につかって生きてきた磯城にとってこの時間は全く生きた心地がせず緊張しっぱなしだったからだ。

 その緊張がシャノアに悟られるわけにはいかないと必死に平静を振舞おうとする。


「シキ。緊張してるの?」

「!!!い、いや。そんなことは」


 しかし、その弩曲もむなしく緊張していることがシャノアに悟られ思わず身を固くする磯城。

 そしてシャノアの次の言葉を待つ。その間が時間が非常に長く感じられた。


「シキ……。」

「は、はいっ!!!」

「怖いのは分かる。《まれびと》は驚異。でもこれは現実。どうにかして切り抜けることを考えることが大事。」

「え?ああ。そうだね……(ホッ……)。」


 どうやらこの震えを《まれびと》に対する恐怖だと勘違いしたようだ。

 勘違いしてくれて大変ありがたいが残念ながらこの状況は磯城にとって大変ありがたくない。

 何しろ正体がばれれば最後、全世界が舞台、自分以外が全員鬼、捕まれば死の鬼ごっこが始まってしまうのだから。


「で、でもさ、本当にいるの?その、《まれびと》って……?実際に見たわけじゃないんだろ?」

「もちろん。と言うよりあなたも聞いたでしょ?《オトヅレ》を?」


 《オトヅレ》。


「《オトヅレ》って……何?」

「何って………聞いたでしょ?あの音。」


 音。

 そう言われて磯城の脳裏に真っ先に思い浮かんだ音があった。


「……ガラスっぽい何が割れるような音?」

「そう。そんな感じの音。あれがそう。」


 磯城が《セリス=マゼリア》に来る直前、《しらほし》で聞いた謎の音。

 アガサには聞こえなかったというあの音こそが《オトヅレ》らしい。


「そうか……。」


 この時磯城は自分が《まれびと》であることは間違いないと確信した。


「そう、住民の避難誘導もするけどやっぱり《まれびと》の討伐が主な任務になる。」

 自分が自分を殺すなどと言う訳のわからない事態に巻き込まれている。

 ここはとっとと逃げ出すに限る。と磯城は結論付ける。


「あの……拒否権ってないの?」

「ない。」

「………えーと……。」


 なので即刻拒否を申しあげた。

 そして即刻却下された。

 

「なんで?」


 そのあまりの即答ぶりに思わず聞き返す磯城。


「あなたは言った。自分はワンダーだと。」

「……言ったっけ?」

『(言いましたね。)』


「そして私はこう言った。ワンダーには厄災警報に対処をする義務が生じる。と。」

「……本当に言ったっけ?」

『(本当に言いましたね。)』


 ワンダーをやめる気がない以上この仕事は受けなければならない。


 賞金首である自分をワンダーである自分自身が倒す。

 それが本当だとすれば、自分殺しなどと言う矛盾した展開になる。


「(コレは色々厄介になるな。)」


 そう思わずにはいられなかった。

 しかし。これで終わりではない。


「分かったそんな磯城にもやる気を出るようになる情報がある。」

「ど、どういうこと……?」


 泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目、Rub salt into wounds。

 悪いことは向こうから立て続けにやってくるという認識はどこの世界でも案外同じだったりする。


「討伐には懸賞金、1.000.000Pがもらえるから。」

「……え?」


 与えられた情報は果報ではなく悲報そのもの。

 あまりの金額の多さに蒼白にさせた顔面からあらゆる表情が抜け落ちた。



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