2章-9 その道はあまりに険しく
「えーと……なに?」
突如会話すらおぼつかないほどの喧噪が一気に消えて、それ以上の爆笑に沸き立った店内。
原因である磯城は何が起きたか分からずただただ呆然とする。
「………。」
シャノアは笑ってはいなかった。
むしろ……呆れているのは明らかであった。
「あなた……《天突く槍》がどこにあるか分かってるの?」
「え?えーと……アレの真下じゃないの?」
窓から見える動かない月を指して答える。
「「「「「「「「「「……………。」」」」」」」」」」
再び沈黙が場を支配する。
「あれ?違うの?」
「いいえ。あの月の下であっている。」
「な、なんだ……。じゃあ黙んないでよ心臓に悪い。」
それを聞いてほっと胸をなでおろす磯城。
「(……俺こいつ知らないと思ってたぜ。)」
「(……ああそうだな。)」
「(……あまりに無知だからなあ……。)」
そんな失礼な話がひっそりと展開されていたことを磯城は知る由もない。
「……………はあ。」
そして。その様子を見てますます呆れるシャノア。
それは知っていたのにも関わらず、いや知っていたからこその行動だった。
「無茶苦茶ね……。《天突く槍》がある《トスタニア》は《カルターナ》に並ぶ《封ぜる大地》だっていうのに……?」
「……《封ぜる大地》?」
「……そんな事も知らないで行くつもりだったの?」
「うう…………。(知らないと言わせてくれえ……。)」
『(坊ちゃま!言ったら終わりですよ!)』
そこまで言われるともう何も言えなくなる磯城。
何やら彼女の言葉に棘が感じられるが当然だろう。
これ以上ない溜息をついたシャノアは鞄の内側からA3サイズほどのの大きな紙を取り出し机一杯に広げた。
「これは……?」
「世界地図。」
磯城がその地図を覗き込むと円形に世界を覆う山がそびえる巨大な大陸の中に4つの大陸と島々が描かれていた。
「これが………《セリス=マゼリア》。」
ここ100年に及ぶ調査では《セリス=マゼリア》の地図が見つかった記録は残っていない。
つまり、これを見たのは磯城が世界で初めてという事になる。
「……くうううっ!!」
そう思うと少し感慨深いものが出てきてしまってもおかしくはない。
世界初なんて偉業を成し遂げ(大したことをしたわけではないが)少々浮かれてしまってもおかしくはないかもしれない。
「何してるの?地図を見てニヤニヤして?」
「え?い、いや。何でもないよ……。」
もっとも、事情を知らなければ地図を見てニヤニヤしている変な人なのだが。
なので磯城はニヤケ顔を必死で隠し普通の顔に戻した……つもりだったが全然隠せていなかった。。
そんな彼を気味悪がったシャノアは無視して先を進める。気味の悪いものは誰だって触りたいものじゃない。
「そ、それよりこの地図って正確なの?結構細かいことが書かれているけど?」
「………うん。《
「……ウェスタリー。」
西方系。また気になる単語が出てきたが、他にも聞きたいことがあるのでスルー。
「まず……ここは……?」
「私達がいるのはこの辺り。外環大陸のメシド地方。」
シャノアは世界の外側の大陸の南西の端を指さす。
世界の果て《鐵窓環脈》の麓だ。
「ふむふむ。で?《天突く槍》は?」
「ここ。」
指したのは地図の中心の中心。小さな島の中心。
「うっ………結構遠いな……。」
さらに言えばこの中央の島である《トスタニア》。……こっちではフロンティアと呼ぶその地は100年にもおよぶ開拓の際に行った調査で大体の事は分かってきた。
その面積は約800万km²。オーストラリア大陸に匹敵するくらいの広さを持つという事が分かっている。
その《トスタニア》が島と表現されてもおかしくない位小さく描かれている。
つまりそれは。
『(この《セリス=マゼリア》全体の面積が地球以上のものであることを意味する。という事ですか……。)』
「(アガサ……ここから《天突く槍》まで何キロぐらいあるか分かる?)」
『さあ……この地図が正確だった場合は……。地球半周分、約20000km位でしょうか?』
「(20000……。)」
それは地球半周分もの距離。
しかもそれは直線距離の話。
間には海があるために大きく迂回する必要がある。
なので甘く見ても30000kmは覚悟しなければならない。
1日50kmを毎日歩いたとしてもだとしても……600日。2年近くの旅を覚悟しなければならないという事だ。
あまりの事実に目の前が暗くなる磯城。しかし、話はここで終わらない。
「でも、問題はそこじゃない。」
「…?どういうこと?まだ何かあるの?」
勘弁してくれと叫びたくなる磯城を無視し、シャノアは話を続けていく。
「《天突く槍》・・・・・・いや。そもそも《トスタニア》に行くための手段がないってこと。」
「え?この海を渡ればいいんじゃないのか?船とかでさ。」
「無理。」
即答。
どういうことかを詰問したくなったがそうする前にシャノアは答えた。
「……トスタニアを囲う《迷走の海》。そこが難所。」
「瞑想の海?訊いた感じだと穏やかだけど……?」
「そう?そこは文字通り流れる海流が滅茶苦茶に動き船乗り達を海に沈める船の墓場。」
『(坊ちゃま。きっと”めいそう”とは予想された道を大きく外れる迷って走る迷走だと思いますが……。)』
「(あ、成程。そう言うことか……。)」
「その魔の海域のせいで。内部を知ることができない閉ざされた場所、故にそこを《封ぜる大地》と呼ぶ。」
「うわあ……マジですか……」
『(そもそも、《セリス=マゼリア》が無人だと思っていた理由を考えれば分かる事でしたよね……。)』
「(あ……。)」
《しらほし》と《セリス=マゼリア》の間で交流が無かった理由。
100年も開拓していながらその間現地の人間に会わないなんて普通は考えられない。
だから、《セリス=マゼリア》には人間は存在しないなどと言う結論になったのだ。
しかし、その答えは何てことない、踏破するための技術が存在しない外界から隔絶された場所だったからだ。
だが、そんな事は今の磯城にとってどうでもいい。
「どうしよう……。」
『(弱りましたね……。)』
距離と海流。
出口の突如前に現れた絶望的な障害に思わず気が遠くなってしまう。
簡単だと思っていたことが難しいどころか不可能であることが分かり。心が折れそうになる磯城。
「そんなことも知らなかったの。馬鹿ね。あなた。」
「グサッ!!………ガクッ。」
『(ぼ、坊ちゃまー!!)』
一刀両断容赦のないその追い討ちに心が折れた磯城は両手をつきうなだれ……要するにorzの状態になっていた。
「来たーっ!!シャノア嬢がバッサリ言ったー!!」
「ダウン!!ダウンだ!!これは立ち上がれない!!」
「これでコイツの儂らの仲間入りじゃー!!」
それを見た周囲は歓声と悲鳴が入りまじった声で囃したてる。
何やら酒のにおいが漂ってくるのはそういうことんのだろう。
まだ昼時だというのにこれから酒を飲む彼らは平気なのだろうか?と普段の磯城なら思っている事だろうが、現在の磯城にそんな余力などない。
「………何?この小芝居……。」
そんな中、1人冷静なシャノアはポツリと突っ込んだが沸き立つ観衆に聞こえることは無かった。
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