2章-8  オリバー・クレッセン




「御馳走様」

「ご、ごちそうさま……」


 結局。

 シャノアは約30分の食事時間をほぼ無言だった。

 なので磯城にとってもほぼ無言となりさらに周囲からやっかみの視線が突き刺さる食事となった。


「(ううっ……気まずい……。)」


 磯城の人生の中でもここまで重苦しい食事風景はそうないだろう。


『…………。』


 ちなみに今更であるが実体を出せないアガサはチョーカーの中で静かにしている。


「ねえ。」


 食休みをしていると向かいで座っていたシャノアが厳しい口調で話しかけてきた。

 磯城は思わず悪い事が見つかった子供のように体を硬直させる。


「それで?何であんなところにいたの?」

「え、ええと……。何でって……」


 何か飛ばされて………。という言葉が思わず出かかったが咄嗟に言葉を封じ込める。

 この言葉を口にするべきではない。確実に終れる。


「あそこは《カリギュラ》の縄張り。」

「(……カリギュラ?ローマ皇帝?)」

『(先程襲われたアレではないでしょうか?)』

「ああ、あのツノイノシシ……?」

「ツノイノシシ?」

「あ、いやなんでもない。カリギュラね。うん。」


 何か飛ばされて………。という言葉が再び出かかったが咄嗟に言葉を封じ込める。

 重ねて言うがこの言葉を口にするべきではない。確実に終れる。

 

 本当の事を言えない以上ここでは適当にお茶を濁すしかない。

 なのでここは、言い訳として無難な答えを言う。


「えー?遭難しちゃって……カリギュラの縄張りに迷い込んだみたい。」

『(無難ですね。そもそもあんなところで何をしてたかを聞かれたらどうします?)』

「(どうしよう………考えてない。)」

 

 何か飛ばされて………さすがにくどいので省略する。

 言えることは良い言い訳が思いつかないので変なことを聞かれないかと戦々恐々していたということだけ。

 しかしそんな緊張はシャノアの次の発言で吹き飛ばされた。


「…………そうなんだ。」

「「「「「「!!!!!!!」」」」」」


 その瞬間。場が、凍りつく。

 磯城たちだけではない。周囲の客たちも固まってしまっている。


「(い、今のって………ダジャレ?)」

『(うーんそうみたいですねえ。ほら。アレじゃないですか?《ギャップ萌え》とかいうやつ。)』

「(クールなあの子が実はダジャレ好き♡……って萌えるかそんなもん!!)」

『じゃあもしかしてそんなつもりない。とか?聞いてみたらどうです?』

「(え……いや。それは……。)」


 しかし、それってダジャレ?なんてこと聞くことができず声に出せない。

 そしてそれは周囲の皆さんも同じだった。


「………………。」

「どうしたの?」


 しばらく固まってしまっていたがシャノアの呼びかけにようやく硬直が解ける。


「あ、いや。自覚ないのかと思って?」

「??」

「ああいや。そうなんだってやつ。」

「ただ遭難とそうなんだを引っかけたんだけど?」

「やっぱり自覚あるじゃん!!」


 目の前の少女は……意外と面白い所があるのかもしれない。そう思わずにはいられなかった。




「ところで……あなた彷徨者ワンダーなのよね?」

「ワンダー??」

「は?」


 思わず聞き返した磯城の反応に呆れ声を出したシャノア。

 周囲の人たちも「何言ってんだコイツ?」みたいな眼でこちらを見てきた。


『(坊ちゃま……コレはヤバいみたいですね。)』

「(ご、ごめん)」


「まあ……いいわ。」

「(ホッ……。)」


 幸いシャノアはそのことを気にする様子はなかった。磯城とアガサは心の中で安堵した。


「あのね……ワンダーっていうのは……」

「《奇跡を求め彷徨う者ワンダー・フォー・ワンダー》の略称よ!!定住せずに各地を移動する人を指す言葉なの!!そして!!そこ言葉は大冒険家オリバー・クレッセンの二つ名が起源となっているの。」

「うわっ!!リベラさん?」


 そこに突然リベラが会話に割り込んできた。


『(な、なんですかこの人……。何か……その……。)』

「うん……何か……その……。」


 ……のだが、先程のきびきびした態度と違い………なんかはっちゃけていた。


「そもそも、オリバー・クレッセンは世界の果てである《鐵窓環脈》が世界を覆っていることを証明してね!そのことで環脈の別名を《オリバーリング》と呼ばれているわ!!他にも《イース=チャペル》、《アルクエム回廊》をはじめとした遺跡群の探索もあるの!」

「え、ええ………?」


 呆然としている磯城だったが周囲の人は特段驚いた様子もなく食事に集中している。

 どうやら彼女のはっちゃけは特段珍しいことではないらしい。


「冒険だけが彼の持ち味じゃない!!学者であった彼は歴史書アイリスの編纂や、学術機関学院の開校と言った文化面への貢献もあるわ!!!そして!!そんな彼の最大の功績が………!!!!」

「リベラ?仕事終わったの?」

「いえ。まだです。少し休憩を入れている所ですね。」


 シャノアが質問をするとガラリと口調が元に戻る。

 二重人格なんじゃないかこの人?と本気で思った。


「それで?どうしてオリバー様の話をしていたの?」

「彼じゃないわ彷徨者の話。」

「……そうですか。」


 一瞬ではっちゃけて一瞬でさめる。忙しい人だと思った。


「では失礼。何かあれば事務所の方に常駐していますので。」


 そう言うや否やキビキビと奥にある階段を登っていった。

 残されたのは呆然としている磯城と


「な、なんだったんだ……。」

「リベラはオリバー・クレッセンの大ファン。彼が少しでも話題に出てくればああなる。」

『(いわゆる信奉者って奴ですね。)』


「それで?話を戻すけどあなたは彷徨者なの?」

「え、えーと……。」


 ここで逸れに逸れていた話題が一気に修復される。


『(要するに旅人の事でしょう。)』

「(……ああ。俺は……。)」

『(ここで一生を過ごすというのなら一般人ですけど……どうします?)』


 当然そうなる。そして磯城の中にその選択は存在しない。


「まあ一応……彷徨者という事になるな。」


 するとシャノアは呆れたような眼をした。

 嫌な予感がしたと同時にシャノアの口が開く。


「……あなたは何でそんなに弱いのに彷徨者になろうと思ったの?」

「よわ!!……事実だけに反論できないけど……。」


 確かに磯城は弱い。

 この間測った体力テストもEランクと学年ワーストテンにランキングしており魔術の方も人並みより少し上手な程度。

 しかも他人に暴力をふるったことなど3回しかなくどれも子供の喧嘩レベル。魔術を生物に向けたのだってさっきは初めてとEXPなどほとんどゼロ。

 そんな自分が強いかと訊かれれば磯城は違うと即答できる。


「(………できるんだけど……。)」


 しかし、いくら強いとはいえ自分と同じくらいの年齢の少女に指摘されると泣きそうになる。


「……泣いてるのいいけどそんな弱いあなたがなんで?」

『(うわー。トドメを刺しに来ましたよこの子。)』

「泣いてない。泣いてないぞ。」


 ………涙を流しながらも磯城は自身の現在の目的を考える。

 いや。考えるまでもなかった。目的など《セリス=マゼリア》に来た時に決めていたのだから。


「(そんなものは決まっている。地球に帰って平穏無事に日常を過ごす事だ。)」


 一刻も早く帰って勉強をして遊んで魔術の研究をする。

 その為に必要な行動は2つ。


「うーん。そうだなあ。まずは生き別れた妹を探すのが1つ。」

「妹?」

「ああ。何としても見つけなくちゃいけないんだ。」


 アガサは言っていた。美祢もこの世界に飛ばされた可能性が高いと。


 磯城は《まれびと》となってしまった。となれば、美祢も《まれびと》になった可能性が高い。

 なので彼女は世界の敵となってしまっている。

 地球に帰還するために早急に探し出す必要がある。


「そして……もう1つは」


 そしてもう1つ。その帰還の為に必要な事柄。


「あとはまあ……《天突く槍スカイ=スピア》に行くためなんだけど……。」


 少し前にも出てきたが、この世界は決して地球と隔絶されていない。

 《間の関》と呼ばれる門。そこに行けば帰還はできる。

 いや、別に間の関に到達できなくても問題はない。何しろここには多数の開拓者がいる。

 彼等さえ見つけてしまえば命の危険はぐっと下がるだろう。

 

 何はより。《天突く槍》は月の真下に位置するという情報までつかんでいる以上用意にたどり着けるだろう。


 しかし。


「「「「「「「「「「……………………………………。」」」」」」」」」」」


 その言葉を言った瞬間。店に充満していた喧噪は完全に鳴りを潜めた。

 その場にいる誰もが口を止め、こちらを凝視している。

 シャノアなどつかんていたフォークを落としてしまっている。

 

「ス………《天突く………槍》?」


 凍ったような沈黙の中シャノアが訊く


「本気?」

「え?………うん。本気…………だけど?」


 磯城が思わず声を出したその瞬間。


「「「「「「「「「「「「「「ガハハハハハハハ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 沈黙は一転、居酒屋は爆笑の渦に包まれた。


「………え?」




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